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『あふれる光の中で 』
千獣3087)&(登場しない)

 きらきらと、葉の間から光がこぼれてくる。暖かい風は優しく頬を撫でた。さらりと揺れた髪を風に任せ、千獣は木の幹に背を預けた。森の中の大樹の枝の上で、時間は静かに流れる。
 戦いが終われば、訪れるのは静寂。
 ここは静かだ。小鳥のさえずりも遠くから聞こえる川のせせらぎも、何も千獣の心を邪魔しない。
 しかし、戦い終わった千獣の心は、ざわざわとゆれていた。
――あのイノシシと人間のように、縄張りが交われば争いが起こる
 少しだけ、蘇る昨日よりも遠い昔の記憶。
 巨大なイノシシと戦った事がある。夜の畑で、戦った。人間の畑の果実を狙って襲ってきたイノシシ。畑の持ち主は、困り果てていた。だから、千獣は戦った。
 人間の、縄張りを、守るために。
 縄張りとは、自らが生きるための糧を得る場所。命を繋ぐための、譲れない場所だ。交われば、人であれ獣であれ、自らの生命を主張し、時には相手の生命を退けなければならない。千獣は既にそれを知っている。つまり、生命と生命の主張に善悪は無い。生きると言うことに、何の善悪もない。皆、獣も人間も、そして、自分も、ただ生きているだけ。
――けれど、
 風に揺れる髪を少しだけ押さえて、千獣は自分の手のひらを眺めた。
 あのイノシシ達は、生きるため餌場を求めた。それは、自然の摂理。
 しかし、そう、しかし、だ。この手で戦った、獣達の事を、千獣は思う。その獣達を使役していた人間の事を、千獣は思う。
 あの者達は、イノシシ達とは全く違う、つまり、自然の摂理には当てはまらないと言う事。
 この手のひらを眺めていると、ありありと、その事を思い出した。

 過日、千獣は、ある興行団に潜入した。興行団に雇われた村人と連絡が取れない。興行団を調べていた青年とも連絡が取れなくなってしまった。それは、どう言う事なのか。そんな村人の切なる願いを受けて、興行団に潜入した。
 そこで、出会ったのは、自然の理を嘲笑うかのように、獣を所有していた人間達。そうだ、あの興行団は違う。畑を襲ったイノシシ達とは明らかに違う。所有していた獣に、人の命を喰らわせた。獣の命なら喰らっても良いが、人の命は喰らってはならない。そんなことではない。喰わせたのだ。使役し、その意思を奪い、犯し、無理やり喰わせた。
 興行団で、その獣と、千獣は戦った。
 ああ、あの獣達を思うと、千獣の心はざわざわと揺れるのだ。
 それは翼を持ち、人間の言葉を理解し、そして、興行団に飼われていた獣。自然に生み出されたものでは無いけれど、人間に見せる為に作られたのかもしれないけれど、大きくて堂々とした獣。
 その獣は、最初に千獣を目にした時、笑った。それは、どうしようもなく、自嘲の笑みだった。静かに、人間の言葉を繰り、千獣と戦う事をしなかった。
 さわさわと、風に揺られ大樹の葉が擦れあう。
 足元から吹き上げる風は、あの獣が飛び込んできた瞬間を思い出させた。あれほど静かだった獣は、次に千獣の前に姿を現したときには人間に使役されていた。目の前に立つ千獣を、餌として貪り食うように、牙をむき出し、襲ってきたのだ。
 人間が、千獣達を襲わせた。獣に襲わせた。
 それどころか、千獣達が興行団へたどり着くまでに、数多の人間を獣に喰わせていたのだと言う。

――あの獣の笑み
 そうだ。何度でも、思い出す。
 最初にあの獣と出会ったときの事。その獣は、最初に千獣を目にした時、笑った。どうしようもなく、自嘲の笑み。あれは、知っていたのだ。自らが、人間に使役され、そして、望まない命を喰っていたのかを知っていた! そんな、自嘲の笑みだった。何をしているのかを理解している、けれど、それに逆らう事ができない、そんな悲しい微笑み。
 もしも、獣達が望んで人を牙にかけていたのなら、自分を前にしてあんな笑みは浮かべない。
 千獣には、はっきりと、それが分かる。
 あの穏やかな時の獣と出会っていた千獣には、分かってしまったのだ。
 自分に向けられたあの微笑に、一体どれほどの重みがあった事だろうか。こんな時、一体、どんな言葉でこの感情を表現して良いのか、千獣は知らない。ただ、胸に染み渡る、悲しい色の波が、千獣の心をどうしようもなく踏み荒らす。不安? 少し違う。悲しい? それも少し違う気がする。
 ただ、あの獣の、微笑を忘れてはいけない。
 だから、千獣は、何度でもあの獣の微笑を思い出すのだ。
 獣は、きっと、人間の命を喰らうことを望んでいなかった。
 それを、興行団の人間は、喰らわずとも良い命を、その心狂わせ喰わせた。

――喰らうはずも喰らわれるはずも無かった命を喰わせたのは、人間
 あの獣の事を思うたび、その事が、胸に痞える。

 きらきらと、葉の間からこぼれてくる暖かな光。
 やがて、あふれてくる光の中で、千獣は記憶から、一つ二つと、思いを取り出す。
 人は怖いのかと問うたことがある。
 一言、良し悪しと答えられた問い。
 さらりと告げられたその答えに、含まれているものは大きい、と、思う。あの獣の微笑みのように、沢山の事が閉じ込められた言葉だ。
 つまり、一人の人間が悪いから、人間は全て悪いのではない。
 千獣の想う人も慕う人達も、あの興行団にいた者と同じ人間。
 けれど、違う、違うのだ。
 人間は、溢れるほどに沢山いて、多分、この光よりも沢山いて、皆が人間で皆が違う。
 だから、人間を総じて黒い感情で覆ってしまってはいけない、と、千獣は思う。この大樹のように優しく、小鳥のさえずりのように美しく、暖かな気持ちで、心の中に人間を受け入れられたらどんなに良いか。
 けれど、迷う時がある。
 あの興行団のような人間を見ると、どうしても、浮かんでくるこの気持ち。
 暖かな人達がいる。けれど、そうでは無い人達が千獣の心を苦しめる。

――人間とは何か。

 やさしい大樹も、あふれる光も、小鳥のさえずりも。
 千獣の迷いに、答えをくれる事は、今は無い。この静かな森の中で、それが、少し、寂しい。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
陵かなめ クリエイターズルームへ
聖獣界ソーン
2007年04月20日

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