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『 【春の花が散るモノに】 』
アレスディア・ヴォルフリート2919

 それは春の花が散るモノに似ている。
 一瞬で、儚くて。
 それでいて、凛と強く美しい。

『散らないで。あなたの夢を、散らさないで』

 何処から聞こえる声だろう。
 霞のかかる様な声、見えざる存在。知ろうと思って瞳を開けばそこは桜色の世界。
 ふんわりと身体の浮く感覚。足元に目を落せば敷き詰められた桜の絨毯。
「夢を、見に行きませんか? あなたが散してしまった、いつかの夢を」
 温かな声。まるで春の声。
 ざざっ…。
 春の声は風を巻く。敷き詰まった桜の花弁を天へと昇らせ、足元には道が出来た。
 舞い散る花弁のその向こう、黒髪を風花に遊ばせる少女が微笑む。

「大丈夫、此処は夢の世界――何も、恐れる事はありません」


+ + +


 まるで雪。降りしきる桜の花ひらの中、灰銀の髪を持った彼女は立ち尽くしていた。
 此処が何処で、今自分が何をしているのか。それに立ち尽くして困惑をしているのではない。
 けぶるような春の香りの中で、アレスディアは一つ問いかけられていた。
 ―――夢を、見に行きませんか?
 その問いに、彼女は考えているのだ。
 夢とは一言で言えるが、その言葉の中には無限のモノが詰まっている。
 大きな志から生まれた夢や、その昔に抱きしめた小さく大事な夢願い。夢の姿とは、色彩も数も限りがないのだ。
 そんな中。春の香りの中で、ふいに自分が手元に手繰り寄せたある日の思い出は、果たして夢と呼べるだろうか…


 それはまだ自分が十にもならぬ、様々な夢や希望の彩りで輝いた幼い頃の記憶だ。
 同じ年頃の娘達とは違い、木剣を振るい果敢にやんちゃにと呼べるように過ごしていたあの頃に見つけた小さな小さな春の思い出と約束。
 けっして豊かとは言い切れなかったアレスディアの故郷は、それでも穏やかさや平和というその点では華やかなる中央よりも豊かで温かかったと思う。
 春は短かく、芽吹く春草の数も限られているようなそんな厳しい地だった。しかし短いながらの春でも、子供の心は新しい季節の誕生に心を躍らせ瞳を輝かせていたのだ。
 どこからやって来たのか、澄んだ歌声をさえずる春鳥に連れられるように幼いアレスディアは街外れへとやってきていた。
 冒険心の強かった小さなアレスディアは行動範囲も広くあったが、さえずる小鳥に連れられたそこは、そんなアレスディアでも知らぬ場所だった。
 立ち枯れて、薄気味の悪いばかりと言われる街外れの木立にも春は来る。懸命に新芽を萌えさせる木々の足元に、幼いアレスディアはそれを見つけていた。
 それを見つけた時の喜びの気持ちは、今でも鮮明に覚えている。
 足元には春草の絨毯が広がっていたのだ。萌黄の色が風に靡き可憐な春花が強く誇らしげに揺れていた。
 そうして見つけた小さなアレスディアは直ぐにでも走り出す。宝物を見つけた時の子供の笑顔を湛えて、黒髪を揺らして一目散に母のもとへと走る。
 恵みの少ないこの土地で、大地に根を下ろし力強く空へと咲き誇るその花を直ぐにでも母に見せたくて、伝えたくて、少女は母の部屋の扉を元気に開く。
 病弱だったが笑顔の優しい母はその子の言葉に微笑んで耳を傾けてくれる。凄く綺麗な花が咲いていて、温かくて気持ちが良くて。幼い子供は言葉の数こそ少なかったかもしれない。しかしその輝く瞳が全てを物語っていたのだろう、母は微笑んで一つの約束をしてくれたのだ。

 ―――次の春は一緒に行きましょうね
 
 優しく黒髪を撫でて告げられた言葉に、あの日のアレスディアは力いっぱい微笑んで頷いた。
 寝台上の母が外出をするには日和も選ばねばならなくて、短な故郷の春はその年に母をあの花畑へと導く事が出来なかったのだ。だから次の春に。
 次にあの小鳥がさえずったら、母の手を握ってあの花畑へ行くのだと。
 小さなアレスディアは母と約束をしたのだ。



 ふとアレスディアは瞳を開いた。灰銀色の髪が花ひらの風に舞って、それをそっと押さえて小さく笑う。懐かしむ様な、それはどこか切なさも混じった笑みだったかもしれない。
 母は次の春を迎えられず、あの時見つけた花畑もあれ以来見ていない。
 あまりにも多くの事がありすぎたあれから何年もの間。あの小さな花畑を見つけた喜びはこんなにも鮮明に覚えていたのに、こうして花畑の存在やあの時交わした母との約束を思い出す事が少なかったのはどうしてだろうか。
 甘えや未熟さを寄せ付けぬようにと、自分がそれを封じてしまっていたのかもしれない。
 アレスディアはそこまで思ってそっと口を開いた。
「…叶えたくて、叶えられなかった事が…ある。夢、などという大層なものでも無いかもしれないが…母との、約束を…」
 ぽつり、ぽつりと彼女は言葉を落す。
 これは、こんな時にしか口に出来ぬことかもしれない。
「こうして、言葉にしてしまうのは私の未熟さで…母などと、甘えていいような歳でも…もう無いのは承知しているし…夢で約束を、など自己満足でしかないかもしれぬが」
 桜色の春風が優しく頬を撫でて行く。穏やかなその風と、降りしきる優しい桜の花ひらにゆっくりと肩の力が抜けて行った。
 夢なのだから。と、見渡す限りの桜色の世界を見つめてアレスディアは頷いた。
「夢で願えるのなら…あの日母と交わした約束を。あの小さな花畑を、母と共に見に行きたいと思う」
 言葉にしたアレスディアには幼い自分を振り返ったその時に浮かべた切なさはなかった。
 ただ純粋にそれを思った時、はらりはらりと舞っていた桜色がざざっと音を立てて背後へと吹き飛ばされていく。
『では、行きましょう』
 はじめに問いかけられた声と同じだった。
 声が消え、降り散る桜色を吹き消す風が止んで、風と共に舞っていたアレスディアの灰銀の髪が静かに背へと下りた頃、そこは先ほどの桜色の世界とは別の場所だった。



「……ここ、は…」
 あの時の約束の花畑。
 記憶の中の花畑とまるで変わらぬが、何かが違う。
 ああ…そうか、あの頃よりも空が近い。視線が高いのだ。

 ―――アレスディア

「え…?」
 足元で揺れる花が、あの時よりもずっと低く感じて膝を折って手を伸ばそうとした。
 指先が白い花へと触れるその寸前、とても懐かしい声に呼ばれた気がして自然と振り返っていた。
「…母さん…」
 振り返ったアレスディアは、その視線の先に美しく優しい女性(ヒト)がいる。
 木々の間より降り注ぐ光の糸に、黒髪を柔らかく輝かせる彼女はアレスディアの記憶の中にいるその人と寸分違わぬ表情で微笑んでいた。
 そしてそんな彼女の手をしっかりと握る黒髪の幼い少女が一人。
 どうやら、あちらの二人はアレスディアが見えていない様だ。視界の中に居るはずなのに、まるで視線を送られるという事がなかった。
「あれは…私か」
 無邪気に笑っては何かを一生懸命と喋っている少女の姿に、アレスディアは思わず小さく肩を揺らし笑った。
 自分も幼い頃はあんな風に誰かに何かを伝えようと、懸命に身振り手振りで話しをしたものなのだ。
 懐かしいな、と素直に思えたのはこうして外から母と幼い自分を見ることが出来たからかもしれない。
 ああして、母の手を取って話しをする事が出来たらば。と、一瞬だけ思ったが、アレスディアはそれにゆっくりと首を横へと振っていた。
 こうして、見守るだけでいい。自分があの日に見つけた花畑を見て、母が喜び幸せそうな微笑を浮かべてくれている。
 それ以上の事は……願ったらば我侭がす過ぎてしまいそうだった…。

 花畑は相変わらず春風に揺られ、サワと静かに音を立てている。
 黒髪の母子は花の名を教えあい、木々の合間を飛び交う小鳥を見つけあう。それを灰銀の娘が少しだけ離れた場所より見つめている。
 夢だと言うのに、やがて花々を揺らす風が冷たさを抱きはじめている。身体の弱い母には、これだけの温度の差でも気をかけねばならず、そろそろ二人の帰りが近いのだとアレスディアは自然と知った。
 そして母子はゆっくりと歩き出す。
 その姿を見て、アレスディアはもう少し一緒にと言うその気持ちをぐっと堪えた。夢なのだから、引きとめたとしても…何も変わらない。
 夢なのだから…
「…母さんっ」
 夢なのだから、ほんの少しの我侭は許してもらえるはずだ。
 優しい人を思って、この言葉を口にしたのはいつ以来だっただろう。白い花を静かに分けて去ろうとしていた後ろ姿に、アレスディアは思わず言葉を向けていた。
 ゆっくりと彼女が、アレスディアの母が振り返るまでのその数秒が不思議なほどゆっくりで息が止まってしまいそうだとアレスディアは思っていた。
 そして振り返った母がしっかりと此方を見据えて、そしてそのまま微笑んだ。

 ―――本当に、素敵なお花畑ね。一緒に見に来てくれて、嬉しかったわ。
 ―――ありがとう、アレスディア

 それは微笑んだ彼女が告げたのか。そう言ったのだと、アレスディアの心が思っていたのか。
 綺麗に微笑んだ母を見てアレスディアはすっと息を吸った。そうしないと、なんだか涙でもこぼれてしまいそうで。
 ざざっと風が吹いた。足元から春花の白い花ひらが舞い上がる。アレスディアの灰糸の髪も舞い上がって、花ひらの向こうの母の黒髪もふわりと風に揺れた。



 やがて白い花ひら色を変えて桜色になった。けぶるような桜色にアレスディアの約束の花畑は霞んで、それと共に母と幼かった彼女もまた去っていた。
 舞い上がっていた桜色はやがて降りしきる。雨の様な桜の花ひらの中に佇んだアレスディアは、まだどこか遠くを見つめるように母がいたその場所を見つめていた。
「よろこんで、くれていたのだよな。…いいや、よろこんでいるのは…」
 私自身だ。
 現実ではありえない、夢の中だからこそ叶った約束。夢でなんて自己満足すぎると最初は思っていた。しかし、こうしてそれが叶った後の今、自分の中に訪れている幸せはとても大事なものだと思えた。
 そんな胸の中に咲いた幸せの花は、あの花畑の花達の様にアレスディアが空へと向かって力強くも美しく咲くための光ときっとなってゆくのだろう。
 そっと胸元に手を置いて、アレスディアは桜の降りしきる天をそのまま仰いだ。
「大事な夢を、見せてくれて…有難う」
 手繰り寄せたあの日の思い出と約束は、夢という形でアレスディアの中に小さな花を咲かせた。
 夢の中で約束を叶えたいと願ってよかったと今はしっかりと思う事が出来たアレスディアは、とても晴れた笑顔を浮かべていた。
 そんな彼女の煙色の髪を、舞い散る桜の風が優しく優しく揺らしていた。



 描いた夢、抱いた夢、失った夢、閉ざされてしまった夢。それこそまさに夢物語。
 叶える事の出来なかったそれを、夢の世界の中だけでも叶えよう。
 そして忘れないで、貴方が心に抱いた幾つもの夢の破片たちを。
 それは現世であなたを形作って彩る花の片。貴方自身。

『だから、願わくば…散さないで』

 形に出来なかった夢はあなたの宝物。
 今宵の夢があなたの大事な花片に成りますように。
 あなたの新たな夢見につながります様に。

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【2919/アレスディア・ヴォルフリート/女性/18歳/ルーンアームナイト】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 アレスディア様。
 この度は櫻ノ夢にご参加ありがとう御座いました。ライター神楽月です。
 叶えられなかったお母様との約束を夢の中で。というお話でしたので、シュチュノベ風な雰囲気で書かせて頂きました。
 ご満足頂ける内容となっていれば幸いに御座います。
 甘えたり、優しさを求めたりと言う事がアレスディア様にはどこか抵抗があって、
 自分に律してる部分があるのかな…夢の中でなら、少しはそういう心を解けさせる事が出来るかな…などと考えながらの執筆でした。

 感想、リテイク、何か御座いましたらばご遠慮なくお申し付け下さい。
 それでは、またご縁がありましたら宜しくお願いいたします。
PCゲームノベル・櫻ノ夢2007 -
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聖獣界ソーン
2007年04月13日

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