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『廃棄プラント#0283の幻影 』
真砂・朱鷺乃0776

 無人の通路を真砂朱鷺乃とレオン・ユーリーは歩んでいた。
 セフィロト第二階層『イェソド』へと侵入した二人だったが、予測していた戦闘も無く、ただ探索の時間だけが過ぎていった。
 人のいない広い空間は不安を覚えさせるものだと、二人は思った。
 特に物心ついた時からにぎやかな家族と共に育ったレオンは。
「誰もいないね」
 朱鷺乃が沈黙の続きを破るように口を開く。
「タクトニムもいない、か」
 傭兵として糧を得る事が多いレオンだけに、注意深く周囲を見渡しながら言った。
 イェソドへと繋がる高速エレベーターを見つけ、シンクタンクが運ぶ物資の隙間に二人が身を潜ませたのは数十分前だった。
 第二階層への移動にはパスカードが必要だったが、戦闘でカードを得るには戦力不足だった。
 やがて四基あるうちたった一つだけ機能していたエレベーターは滑らかに上昇し、二人は物資を載せたコンテナごと食糧生産プラントへと運ばれた。
 そのプラント群はイェソド外縁部に位置しており、内部の設定気候ごとにブロックが分かれている。
「……っくしゅ!」
 ふと、レオンは鼻にむずがゆさを感じてくしゃみをした。
「風邪?
大丈夫、レオン?」
 長身のレオンを心配そうに見上げて朱鷺乃が尋ねた。
「おかしいな、体調は特に悪くねーんだけど」
 首を傾げるレオンに、悪戯っぽく朱鷺乃は笑顔を見せる。
「ナントカも風邪ひくって言うしねっ」
「……ナントカって何だよ」
 む、とレオンが口を尖らせ、くすくすと笑った朱鷺乃が数歩前に駆け出した。
「何だろねー?」 
「あ、ごまかすなよ!」
 朱鷺乃は無邪気に一度こちらを振り返り、するりと半分開いていたドアの向こうに身を隠す。
 それを追いかけてレオンが見た物は、見慣れない木に花の咲く場所だった。
 通路にも小さな花びらが転々と舞っている。
「きれいだね。
公園かな、ここ」
 『審判の日』以来自然環境も激変し、それ以前はありふれた花さえ貴重になってしまった。
 セフィロト建設の際に公園が設けられていてもおかしくない。
 しかし、ここは居住区ではなく、食糧生産をメインにした階層だった。
「うーん、どうかなぁ」
 うっとりと花を見上げる朱鷺乃に並んで、レオンも周りを見渡した。 
 手近にあったプラントのプレートに刻印されたナンバーは『#0283』。
 電力や水などの供給は行われているようだが、十分とは言えないように思える。
 誰もいないプラントの中、淡い霞にも似たピンク色の花が木々を染めていた。
 熱帯のブラジル、ジャングルのむせ返るような生命感を溢れさせた植物とは違う佇まい。
 咲いては儚く散り、再び春を待つ花。
 遠く東洋の人々が愛した花。
 その花は桜に似ている。
「回り見てくる。
一緒に来るか?」
「ちょっと歩き疲れたし、ここでお花見してようかな」
 木の根元に腰掛けた朱鷺乃が答えた。
「そっか。
それじゃ行ってくるな」
 手を振る朱鷺乃に背を向けて、レオンは歩き出した。


 ――いいお天気、って言うのも変かな。
 プラント内は人工灯が柔らかな光で空間を満たし、温度・湿度もほぼ快適に保たれていた。
 人工の春の日はうららかに朱鷺乃の上に降り注いでいる。
 ともすれば閉鎖空間であるセフィロト内部だという事も、忘れてしまいそうになる程だった。
 ――結構疲れちゃってたのかな……。
 身体のけだるさが徐々に増していき、朱鷺乃は瞳を閉じた。
 ――少しの間なら、大丈夫だよね。
 暖かな感覚に身をゆだね、朱鷺乃は眠りに落ちていった。


 一方レオンは、プラントの一角に研究資料が置かれているのを見つけていた。
 キャビネットに収められたファイルのタイトルには『汎広域意識共有実験体/オモイカワ』とある。
 ――実験?
 所々抜け落ちている部分や専門的な用語が多すぎて理解できない箇所もあったが、あの桜に似た木々・オモイカワは、記憶から取り出した映像をその場にいる者全員に認識させる能力を持っているらしい。
 背筋を薄寒い感覚が這い登り、レオンは身体を震わせた。
「ただの花じゃないってのかよ!?」
 ――朱鷺乃の所に戻らないと……いや、もう少し情報が欲しい……。
 焦る気持ちを抑えつつ、レオンはファイルを読み進めていく。
 オモイカワも当初は純粋にクローン培養された植物に過ぎなかった。
 が、ある時から――世界的にエスパーが増加した頃……特異能力を持つ事が知られた。
 オモイカワは不完全ながら、意識の共有化をもたらした。
 他人の心を完全に理解する事、それは人類が抱えた命題の一つだ。
 しかし人の心は表層に見えている穏やかな部分だけではなく、見ようによっては醜くも映る部分も抱えている。
 オモイカワ自体にそれらを取捨選択する能力は無いため、実験に関わった人間は精神的ダメージを受けた。
 そしてこのプラントは結果的に廃棄処分となった。
 一度はプラントへの電力、水などの供給も止められたはずだが、何故か復旧している。
 レオンはその理由を考えてみた。
 オモイカワが取り込んだ人間の過去から学習し、意識を持つに至ったとしたら?
 生存への欲求により、人間を呼び寄せるだろう――レオンたちのように。
 ――狂い咲きなのか、あれは。
 花が実を結ぶ事は無く、ただ永遠に春の日を繰り返す。
 散った花が実になり、次の命に引き継がれる事は無く、ただ一個の生命で完結している存在。
 ――こんな所にいつまでもいられるかよ! 
 レオンは朱鷺乃の元へと駆け出した。


「ね、早くろうそくつけて!」
 小さな女の子の、弾んだ声。
 ――誰だろ……ずっと前に、聞いた事があるような……。
「待って、今つけてあげるから」
 優しくたしなめる女の人の声が重なる。
 ――この声も。
 暗闇の中、うっすらと見えるテーブルに並べられたバースディケーキ、飲み物のグラス、大皿に盛られたオードブルとささやかに生けられたマーガレット。
 ――マーガレットは、私が選んで買ったんだっけ……。
 女の子に喜んでもらいたくて選んだ花。
 花を買ったマーケットのざわめき、花を選んでくれた店員のおばさんがおまけをしてくれた事。
 そんな些細な事までも、今朱鷺乃は思い出せる。
 しかし、どこか現実感がない。
 朱鷺乃は暗闇の中、胸にこみ上げる暖かなものに困惑した。  
 優しい空気が流れているこの場所に、朱鷺乃は見覚えが無いのだ。
「ケーキは逃げないよ」
 男の人の笑った声に、女の子が言い返す。
「手品みたいに消えちゃってたらパパのせいだからね!」
「もう、二人とも静かにして」
 暗い中で、蝋燭に明かりが灯された。
 細い蝋燭が数本立てられたケーキと、それを囲む三人の姿が浮かび上がる。
 両親と妹の笑顔は、朱鷺乃にも向けられている。
 三人は自分の家族だと朱鷺乃は思った。
 見覚えが無いにもかかわらず。
 ――あ、これ夢なのかな?
    きっと私、いつもお父さんやお母さん、妹がいればいいなって思ってたから。
 朱鷺乃は初めて笑顔を三人に向けた。
 ――こんな風に、過ごせたらいいな……。
 灯された蝋燭の明かりが消され、再び柔らかな闇が朱鷺乃を包んだ。


 駆け出したレオンは風景に違和感を覚えて立ち止まった。
 オモイカワと朱鷺乃を目指して走っていたはずなのに、そこは子供の頃過ごしたスラムの空き地に変わっていた。
「え?」
 低い目線は懐かしい場所を映し出している。
 着ている服も近所の男の子からのお下がりで、裾が少し足りなかった。
 足元に感じるふわりとした感触を抱き起こせば、それはレオンが子供の頃に飼っていた黒い子犬だった。
 家族に飼いたいと言い出せず、こっそり自分の食事を運んでいた子犬。
 じゃれた子犬が温かな舌でレオンの指をなめる。
「あはは、食い物じゃねーって」
 レオンはくすぐったさに笑った。
 ――そうだ、いつも俺が来るのをこの空き地で待ってた……。
 レオンの後ろを元気についてきた相棒は、いつか痩せていき動かなくなってしまった。
「……死んじまったんだっけ」
 懐かしい思い出は悲しい結末も含んでいた。
 レオンの意識は子供の頃から、現在の物へと戻っていく。
 それと同時にスラムと子犬の幻影は薄れ、三人の人物と歩む朱鷺乃の姿が遠くに見えてきた。


「……朱鷺乃!」
「レオン?」
 朱鷺乃と一緒にいる三人――大人の男女二人と一人の女の子は、どこか朱鷺乃に似てレオンには見えた。
 しかし振り返った朱鷺乃がレオンに視線を定めると、ゆっくりと瞬いて三人は消えていった。
 黒い子犬ももうレオンの元から消えている。
「私……夢見てた」
 朱鷺乃は一度瞳を閉じ、ゆっくりと息を吸い込んで満ち足りたように呟いた。
「私にも、お父さんとお母さん、妹がいた夢」
 レオンはそれが朱鷺乃から失われた記憶の一部だと思ったが、口には出さなかった。
 夢で見れるから良い事実もある。
 失ったものが優しければ優しい程、それに気付いた時の悲しみは大きい。
 もう帰ってこない物だから、人はそれを忘れてしまおうとするのかもしれない。
 前を向いて歩き出す為に。
「そっか」
「でも、夢より現実の方が良いかな」
 立ち上がった朱鷺乃はレオンを見上げて笑った。
 その笑顔に寂しさは欠片も含まれていない。
「家族になるなら、レオンがいいな」
 するりとレオンの腕に朱鷺乃は腕を絡ませる。
「レオンは家族一杯だから、私みたいな妹が増えても困らないよねっ♪」
 レオンも朱鷺乃の頭をぽん、と撫でて笑い返した。
「まーな。
今更一人位増えても……あ、お前は一人で二人分以上食うんだっけ。
それは困るな」
 うんうんと一人頷くレオンに朱鷺乃は口を返す。
「ひどーい!
私、いつそんなにご飯食べてた!?」
「ケーキだのお菓子だの食ってるだろ」
 頬をさっと赤らめて朱鷺乃が言う。
「あれは別なの!」 
「入るとこ一緒だろ?」
 レオンにからかわれた朱鷺乃は頬を膨らませて先に立って歩き出した。
 その後姿を追い、レオンもプラントを後にする。
 二人を通して優しい幻影をその中に取り込んだオモイカワを残して。
 いつか誰かが再びこの場所を訪れた時、オモイカワが見せる幻は醜く歪んだ人の心ではなく……温もり持つ絆の光景になっているのかもしれない。
 その日まで、オモイカワは花を咲かせる。
 幻の春の中で。
 

(終)


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【 0776 / 真砂・朱鷺乃 / 女性 / 18歳 / エスパーハーフサイバー 】
【 0653 / レオン・ユーリー / 男性 / 21歳 / エキスパート 】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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こんにちは、追軌真弓です。
お届けが遅くなりまして申し訳ありません。
セフィロト第二階層さわり部分、という感じのシナリオでしたが、楽しんで頂けましたでしょうか。
パーティノベルの場所に設定できればもっとセフィロトも楽しめるのでは、と思います。
今回モチーフにした『オモイカワ』という桜は実際にあります。
目の前に置いて参考にしたのは彼岸桜ですが。
もちろんこちらではまだまだ咲いてませんので、花屋さんで買いました……桜どころかまだ雪が積もってますよ。
朱鷺乃様は昔の記憶を幻で見ていましたが、それよりも現実の方に愛しさを感じている所
がいいなと思いました。
お二人の関係も兄妹という事で、からかうシーンを入れてみましたがイメージと違ってなければと思います。
ご意見・ご感想などありましたらブログのメールフォームからお寄せ下さいね。
今回はご参加ありがとうございました。
また機会がありましたら、宜しくお願いします!


【弓曳 ‐ゆみひき‐】
http://yumihiki.jugem.jp/
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2007年04月13日

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