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『櫻花神殺行 』
キング=オセロット2872

 休息にたくさんの眠りを必要としなくなったのは、いつからだったか。
 見た目は人の姿そのままに、戦う事へと特化した身体へ作り変えた、あの日からか。
 キング=オセロットはその日の記憶をもちろん正確に覚えている。
 けれど硝煙が立ち込める戦場の記憶をたどろうとすると、細部が曖昧に霞んでしまう。
 ――それもまた良いか。
 戦いに身を置いたかつてならまだしも、異世界にいる今、仮初とはいえ安息の日々を紡ぐ事が多いのだから。
 燻らせた紙巻が燃え尽きてしまうと、ソファに身を預けたオセロットは瞳を閉じた。


 ――ここを通るのも久しぶりだな。
 オセロットは暗い森の小道を進みながら梢を見上げた。
 森の暗さはかつての自分に安息を与えてくれた夜の闇のように、そっと寄り添うようオセロットを包んでいる。
 戦場での休息はいつも束の間で、果たして現実なのか夢なのかわからない事が多かった。
 叫び出してしまいそうな惨劇から目を開けて安堵したのも一瞬で、同じ光景を現実に見た日も幾度かあった。
 そんなある日の夢で、オセロットは少女と出会った。
 建物の影から現れた少女へ反射的に銃を向けたオセロットに彼女は驚いた後、
「初めまして」
と微笑んだ。
 帯や小物まで白でまとめた少女は白妙と名乗った。
 二人で何をするという訳でもなかったが、広い祭殿を連れ立って歩むだけでオセロットのささくれた心は和らいだ。
 白妙を夢に見る間隔はまちまちで、続けて数日彼女と出会う時もあれば、数年の空白が訪れる時もあった。
 けれどいつでも、桜の咲いている季節だったように思う。
 夢で訪れた場所は広々とした祭殿で、至る所に桜が植えられていた。
 雰囲気は東方の神を祭る場所、神社に似ているかもしれない。
 白妙の世話は、赤い袴に白い着物を身に着けた巫女装束の女性たちがしているようで、時折祭殿の中で姿を見かけた。
 朱塗りの柱が幾つも建てられた間を通り、細やかな砂利を踏みしめて祭殿の格子戸を開ければ、変わらぬ少女の姿で白妙が微笑んでいた。
 しばらく白妙と巡り合う事は無かったのだが。
 久しぶりに会う白妙が思いつめた表情をしているのがオセロットは気にかかった。
 ――何があった?
 春の日差し、桜舞い散る木漏れ日のような麗らかな雰囲気を持つ白妙だったというのに。
 白妙は薄く笑って、
「オセロットはいつも前を向いて、その先を見てるよね」
と言った。
 そして少女に不釣合いな諦観を含んだ響きで付け加える。
「……私は俯いてばかりだけど」
 初めて聞く白妙の、疲れ、倦んだ声だった。
「ここがどんな場所か、オセロットは知らなかったよね」
 ぽつりぽつりと、白妙が話していく。
 ここが現実の地平に存在する場所ではない事。
 夢でしか辿り着けない場所である事。
 そして、自分がある宗教で祀られた神であるという事。
「私が大人の姿になってゆく分の神力を、あの人たちはずっと使ってきたの」
 あの人たち、と言うのは現実で彼女を祀る者たちだろうか。
「皆がそれで幸せになってくれるならいいって思ってた。
でも、この頃はあの人たち……争ってばかりで……」
 一度は慈しんだ者たちが時を経て争う様子に、白妙は悲しんでいた。
「こんな私がいなくなれば、きっと」
 言いかけて白妙は黙った。
 不穏な続きを予感して、オセロットは眉をひそめる。
「ごめんね。
いつもオセロットは落ち着いて私の話を聞いてくれてたから……。
つい頼りたくなっちゃった」
 神様失格だね、と白妙は苦く笑った。
 それから、オセロットが聞きたくはなかった言葉を放つ。
「……私を殺して。
この祭殿から解かれるには、それしか方法がないと思うの」
 戦いに長けたオセロットならば彼女の助力になれるだろう。
 しかし、彼女を殺めるのが最良の方法だろうか。
 ――あなたが生きていく場所は、ここでなくても良いのではないか?
 それがたとえ神の場合であっても、心を持ち、悲しみを抱えているのであれば尚更。
「もし、ここに来てくれるなら……次の新月の晩、枕元に桜の枝を置いて眠って。
月が瞳を閉じている夜なら、巫女たちの目も届きにくい筈だから」

 
 今晩がその新月の夜だ。
 枕元には桜の小枝。
 オセロットは静かに目を閉じ、夢の小路を急いだ。 
 

 新月は世界を等しく闇に包んでいた。
 暗い森を抜けた先、朱塗りの柱が見えてきたと同時に戦槍を携えた娘は立ち止まった。
 アレスディア・ヴォルフリートは自分以外の気配を感じたのだ。
「誰だ!?」
 素早く誰何する声に、夜目にも輝く金髪の女性が現れる。
 キング=オセロットだった。
 殺気は感じられないが、その手にある銃はアレスディアの胸に照準を合わせられていた。
 サイボーグである彼女が標的を撃ちもらす事は無い。
「返答如何では刃を交える事になるぞ」
 アレスディアにオセロットも言葉を返す。
「それはこちらも同じだ。
この場にいるという事は、あなたも白妙の言葉を聞き入れたのだろう」
 夢の世界に幽閉され、神力を搾取され続けている少女神、白妙。
 彼女が言った言葉は、その死を望むものだった。
「……私は白妙をここから開放する為に来た。
ただし、死という形ではなくだ」
 オセロットは銃を下ろした。
「私も同じだ。
神力を奪われ続け、最後には命をも奪われるなどと話にならないからな」
 ふ、とオセロットが笑みを見せた時、
「それを聞いて拙者も安心したでござる」
闇の一部が湾曲し、忍装束を纏った男が忽然と現れた。
 闇に滅する忍びの者、鬼眼幻路だった。
「拙者もお主らと同じく、白妙殿をここから出さんと馳せ参じた者故」
 口調は飄々としているが、気配を完璧に消して様子を伺うあたりかなりの手練でなければ出来ない。
 更にもう一人、闇を抜けて現れる存在を三人は感じた。
 身体中に呪符を施した娘が静かにこちらを見ている。
 その身のうちに獣を潜ませた獣使い、千獣だ。
「……白妙……殺す、の……?」
 たどたどしい口調でそう問い掛ける千獣の背後に、ざわりと獣の蠢く気配が立ち上った。
「否、そうではござらん」
 幻路の言葉に千獣は目を瞬かせる。
「……ちが、う……?」
「白妙殿は殺して欲しいと言ったでござるが……。
それは間違っておられると一言、伝えたいのでござる」
 アレスディアも幻路の言葉を引き取って続ける。
「死をもって得る自由など、本当の自由ではない。
私はそう思っている」
 志同じく集まった者同士、という認識が四人の間にあった緊張を解いた。


「さて、どう白妙を連れ出すかだが」
 オセロットが片目に嵌めたモノクルを上げて聞く。
 それぞれ戦いの経験があるとはいえ、少人数で白妙を助け出すにはそれなりの作戦が必要だった。
 そこで軍人としての経験があるオセロットが今回は意見を取りまとめている。
「巫女たちとの戦いは避けられないのか……」
 神である白妙が失われないよう、巫女たちが四人と戦う事は容易に想像できる。
「彼女らは説得など聞かぬのだろうな」
 アレスディアがやや皮肉気に呟いた。
 そして思いついた考えを口にした。
「祭壇の空間も力の搾取も、白妙殿の意思によるものでないなら、何か仕掛けがあるはず。
それを見つけ、停止させれば白妙殿は解放されるのではないか?」
 頷くオセロットに幻路が申し出る。
「内部の偵察ならば拙者に任せるでござる。
浄天丸を飛ばせば、巫女に気付かれず探れるでござるろう」
 幻路が聖獣装具を懐から出して見せた。
 黒曜石で出来たそれは、幻路の意により鳥の姿を取って辺りを探索出来る。
 すると、それまで黙っていた千獣が口を開いた。
「……私……白妙、守るから……その間、祭壇……? 
壊して……欲しい……」
 オセロットは一同を見渡し確認を取る。
「内部の構造を把握後、千獣は白妙の元へ。
私と幻路は巫女を引き付けつつ、祭殿の仕掛けを壊すアレスディアの援護。
こういった作戦でいいだろうか?」
 アレスディアが答える。
「異論は無い」
「拙者も」
 千獣もこくりと頷いたのを見て、幻路は印を結び浄天丸に念を込め始めた。
 黒曜石の宝珠が闇に溶け込む鴉の姿を取り、幻路の元から飛び立っていく。
「……ふむ。
敷地にある四本の柱毎に、結界が張られているでござる。
……松明が配されていて、巫女はそこを中心に見回りをしているようでござるな」
 鴉の瞳を通して得た物を幻路が伝える。
「敷地の一番奥にある建物に、白妙殿がいるようでござる。
そこの警備は他よりも一段と厳しいよう見受けられる故」
 浄天丸が消えた虚空を見上げていたアレスディアが、振り返って言った。
「何か特別な装置なりは見つかっただろうか?」
「……白い桜の木が一本、縄で拘束されているのが見えるでござる。
注連縄よりも禍々しい……これで白妙殿の神力を掠め取っているのではなかろうか」
 幻路の言葉にアレスディアが思考を巡らす。
「それを断ち切れば良いのだな」
 浄天丸を手元に返した幻路が聞いた。
「結界はどうするでござる?」 
 オセロットがそれに答えた。
「一箇所でも破られればそこに巫女たちは集中するだろう。
私たち三人が祭殿を目指す間、反対方向から千獣が白妙と接触して連れ出して欲しい」
 千獣が疑問を口にする。
「……どこに、白妙……連れて、行けば……いい?」
「そのまま敷地の外へでござるか?」
 幻路が上空から見下ろした世界は、祭殿の外に暗い森が広がるばかりで、人が住めるようには思えなかったのだ。
 オセロットがやや眉を寄せて答えた。
「私たちは白妙を生かして連れ出そうとしているが、もしそれを白妙が拒んだ時はどうする?」
 アレスディアもその可能性に思い当たり、唇を噛む。
「千獣、神木の前に白妙を連れて来てくれ。
……最後に白妙に答えを聞いてから、神木の注連縄を切りたい。
これからどう生きるか、決断は白妙が下す事だ」
 その言葉に頷きあい、四人は一旦別れた。


 東側にある大きな朱塗りの柱の前、オセロット、幻路、アレスディアが立っていた。
 結界は近付いて見ると薄青い光を放つ蜘蛛の巣のように見えた。
「そろそろ頃合か……」
 千獣も今頃は敷地の北側に回り込み、三人が結界を破るのを待っている事だろう。
 アレスディアがルーンアームにコマンドを与える。
 突撃層はアレスディアの言葉が響くと同時にその形状を変えていった。
「……我が命矛として、牙剥く全てを滅する…… 」
 漆黒の『失墜』がアレスディアの手に宿る。
 振りかぶり、鋭く失墜を柱に突きたてた途端、結界が霧散していく。
「行くぞ」
 短く合図するオセロットに続いて、幻路、アレスディアも敷地内に走り出す。
 異変を察知した巫女たちが三人を目指して集まって来た。
「何奴!?」
 和弓や日本刀、小刀、薙刀などを手にした巫女の数は決して少なくない。
「私たちは白妙を連れ出すのが目的だ。
この者と戦う為に来たのではない。
流血沙汰とは無粋だし、流血させねばならないほどの相手でもないしな」
 オセロットが巫女たちの手元だけを正確に手刀で狙いながら言った。
 銃はあくまでも威嚇の為だけだ。
「無論でござる。
白妙殿も流血など好まぬでござろうからな」
 幻路は巧みに火薬玉を使い分け、閃光で爆音で巫女たちの注意を引き付ける。
 その間にアレスディアが戦乱から抜け出し、神木の元へと先に向かう。
「先に行くぞ!」
 軽く目を見交わし、三人はそれぞれの役割を果たそうと戦乱の中散った。
 一方、千獣もまた敷地内に進入していた。
 アレスディアが結界を破った為、進入自体は容易に出来た。
「……白妙……待って、て……」
 素早く物音を立てずに走れる獣の姿を借りて、千獣は闇の中白妙の姿を探した。
 夢で訪れた場所の記憶を辿り、巫女の視線をかいくぐりながら千獣は走る。
 と、襖の向こうから巫女の声が聞こえてきた。
「白妙様、早くこちらへ……賊が侵入した模様です」
 白妙の存在に千獣の心は逸ったが、今慌てて出て行っては忍んで来た意味がなくなってしまう。 
「……少し待って」
 答える白妙の声。
「お願い。
少しの間でいいから、私を一人にして」
 何を持ち出そうとしているのか知れなかったが、巫女は白妙に時間を与えたようだ。
「……わかりました」
「ありがとう」
 衝立の先の気配を探りながら、千獣は白妙に向かって囁いた。
「……ね、白妙……そこに、いるの……?」
 驚き息を飲む音と同時に、そっと襖が開いた。
「千獣……!」
 白妙は獣化した姿に一瞬驚いた様子を見せたが、すぐにそれが千獣だと理解した。
「……助けに、来た……白妙……皆、待ってる……」
 白妙が首を傾げて尋ねた。
 そして今夜が新月の晩だと気付く。
「皆……?
ああ、私の願いを聞いて……殺しに……」
 白妙は大粒の涙を床に落とした。
 心許した友人に自分の命を奪わせようとした後悔、そしてそんな願いを聞き入れてくれた友人に対する思い。
 それらが白妙に涙を流させていた。
「……違う……助け、に、来た……。
皆……白妙、に、生きて……欲しい、から……」
 千獣は必死に言葉を紡いで白妙に言い聞かせた。
「……白妙、幸せ……?
この前……ちゃんと、笑って、なかった……」
 そっと白妙の頬に手を添えて、千獣は涙をぎこちなく拭った。
 それから一つ一つ自分にも確認するように、白妙に話しかける。
「……私は、白妙、が、幸せに、なって、くれる、と、幸せ……」
 白妙の涙が止まらずに千獣は困ったが、小さな子供をあやす様に肩を抱きしめて言い聞かせた。
「……白妙、が、誰かの、幸せを、願う、なら……私の、幸せの、ためにも……白妙も、幸せに、なって……?」
 小さく俯いた白妙が頷いた時、巫女の戻る気配が感じられた。
「……行こう? 外、へ……」
 千獣に手を引かれて立ち上がった白妙はまだ涙に頬を濡らしていたが、もう悲しい表情ではなかった。


 神木の桜は白い花びらをその地に蒔きながら闇に立っていた。
 それを幾重にも太い縄が取り囲む様子は、息苦しささえアレスディアに感じさせた。
「……神を奉り、その守護や恩恵に与える事は古来よりある。
だが、それは敬いの心あっての事。
己が私欲のために神を監禁し、かつ、欲に溺れて争いあうなど愚行の極み」
 苦々しく言葉を放つアレスディアの周りには巫女たちが倒れている。
 しかし戦意と戦力を奪われただけで、命は奪われていない。
「白妙はまだか?」
 混戦を抜けてオセロットと幻路が神木の前に現れる。
 二人とも無傷で、さしたる疲労も見られない。
「もうすぐ来るでござる」
 浄天丸を飛ばした幻路が闇の向こうを指し示した。
 果たして――千獣に手を引かれて白妙は現れた。
 しかしその背後には巫女たちが追っ手として迫っていた。
 千獣は先に白妙を神木の前に進ませながら、巫女たちに向かって言った。
「誰かと、手を、取り合って、生きる、のと……誰かの、幸せ、を、奪って、生きる、のは、違う… …」
 白妙がオセロット、アレスディア、幻路によって保護されたのを見、千獣は巫女たちの輪の中に入って行く。
「あなた、達、は……白妙の、手を、取った、こと、ある……?」
 鋭い爪で巫女たちの動きを牽制しながら、さっきまで繋いでいた白妙の手の温もりを千獣は思った。
「 ……奪う、のは……終わり。
この後、どう、するか、は、あなた達、次第……別の、誰かから、奪う……?
それとも、手を、取り、合う……?」
 その言葉は巫女たちよりも、神力を奪い続けた人々に聞かせる言葉だったのかもしれない。
 程無くして巫女たちは全て地に伏した。
 オセロットが白妙に問い掛ける。
「私たちがあなたを殺しに来たのではないというのは、もうわかっていると思うが」
 白妙が決意を秘めた表情で頷く。
「私は血も涙も失われた身体だが、頼りたくなったと伸ばされた手を取らぬ程、心まで失っていない」 
 「神の生を人生と呼ぶのかはわからないが」と、前置きしてオセロットは続ける。
「……私たちはあなたをここから解き放つ事はできる。
だが、その後は、神に戻るも戻らぬも、あなたが決断しなければならない。
私が代わりにあなたの人生の決断をくだす事は、できない」
 白妙は真っ直ぐオセロットを見つめて答えた。
「わかってる。
どんな理由でも、私は民を見捨てる事になるのだから……その咎も、受け入れるわ」
 アレスディアは白妙を祭っていた人々の行く末を思いながら言った。 
「……白妙殿がいなくなれば、その恩恵に与っていた者がどうなるか、わからぬ訳ではない。
搾取し続けてきた報いだなどと言うつもりもない。
だが……私の、白妙殿を解放したいという欲の方が此度は勝ったのだ」
 私欲という、人間が逃れられない枷を思う時、アレスディアは知らず知らずに歯噛みしてしまう。
 幻路も白妙に声をかける。
「殺して、は間違っておられるぞ。
白妙殿は祭壇から出る事が望みでござろう?
殺してではなく、外へ連れ出して、でござる」
 子供に言葉を言い含める大人の口調で、幻路は言った。
 その口調にどこかおかしさを感じて、ようやく白妙が微笑む。
「ありがとう」
 白妙の視線に気恥ずかしさを感じたのか、幻路が取り繕うように言い添えた。
「……拙者、別に正義だとか思ってはござらぬ。
神であろうと人であろうと、自由意志を妨げられる謂れなどない。
ただ、それだけの事。
というか、人間、甘い汁を吸いすぎると碌な事をしないでござるな」
 思い当たる節があるのか、最後に遠い目をして幻路が言う。
「この注連縄を切れば、あなたは開放されるのか?」
 オセロットの確認に白妙は頷いた。
「そう、これは私自身。
注連縄を切れば、この空間は消えるの」
 永遠に春を繰り返す桜の木は、注連縄の戒めを解かれた時、次の季節へと花を散らし、葉を付け、実を実らせるようになる。
 いつか生に終わりが訪れるその時まで。
 それは生に終わりを持つ存在になる事、神ではなくなるという事だ。
「……本当、に……それで、いい?」
 千獣に白妙は微笑み返し、四人に向かって深々と頭を下げた。
「お願いします」
「……白妙殿、私はあなたを解放する。
あなたを縛める、人の欲望から!」
 アレスディアが失墜を翳して注連縄を切った。
 その瞬間、強い風が巻き起こり、地に落ちた花びらさえも舞い上がらせた。
 花びらが舞う向こうで、倒れていた巫女や朱塗りの柱、建物の輪郭が霞んで消え始める。
「本当にありがとう……私、どんな姿になっても、ずっと皆を忘れない。
遠く離れてても、いつでも思ってるから」
 本来の場所へと戻った神力が、白妙の姿を少女から成熟した女性へと変える。
 少し大人びた表情を作り、白妙は微笑んだ。
 その生の行く末には、また新たな悲しみ、苦しみが待つのかもしれないが。
 今はただ、あでやかに微笑んでいる。
「……さよなら。
それとも、おはようって言うのが正しいのかな?」
 そう言って白妙の姿も見えなくなった。
 新月の闇が地平線の向こうから明けていく様子は、夢が覚める様子にも似ている。
 そう、四人は思った。


 薄闇の中、オセロットは瞳を開いた。
 まだ夜明けまでに時間があるのか、寝室は柔らかな闇で満たされ、日の出の光を待っている。
 枕元の桜は花びらを散らせてしまっていた。
 咲いた花が散る、短くも確実な時の流れ。
 オセロットはコンマ一秒まで正確に時を計測できたが、実時間と感覚は時に相反する。
 ベッドから身体を起こし、オセロットは紙巻に火を着けた。
 ――……長い夢だった。いや、夢という現実か。
 心が、身体が受け止めるものであれば、それが己を取り巻く世界だという事に変わりは無い。
 わずかに吹く風が、薄く開けていた窓から桜の香りを運んでくる。
 枕元に置いた枝を手折った、薄紅色よりもまだ淡い色をした白妙桜。
 夢で出会った少女が桜に由来する神だったと、今では確かめる術も無いのだが。
 ――春が巡れば、時に思い出すのだろうな。
 再び瞳を閉じても、二度とまみえる事の無い少女の姿を。
 神だった少女が最初で最後に望んだ願い事は、果たして叶ったのだろうか。
 祭殿を出て、外の世界へと一人歩む白妙が最後に見せた笑顔は晴れやかだった。
 何もかも受け止めて、潔い決意を胸に。
 一度は慈しんだ民との結びつきを自ら解いた咎さえ受け入れる強さ、それを白妙は持っていた。
 搾取されていた神力が戻ってきた為、心なしか白妙は大人びて見えた。
 ――成長したのだな。
 神に成長という言葉が当てはまるのか知れないが、外見だけでなく精神が一回り大きな存在になったとオセロットには感じられた。
 今どこでどう過ごしているのかもしれない白妙に、オセロットは静かに問いかける。
 ――……聞こえているかは、わからないが。
 束の間心を通わせた、一人の少女を思いながら。
 ――人生の決断は独りでしなければならない。
    だが、人生は孤独ではない。
 少なくとも、オセロットとあの場にいた三人は白妙を思い、夢の小路をたどって来たのだから。
 ――あなたは独りではない。
    それだけは、忘れないで欲しい。
 まだ藍色の闇が満たす部屋に、小さな炎が点り、流れ出した紫煙が外の朝靄に消えていった。


(終)


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【 3087 / 千獣 / 女性 / 17歳 / 獣使い 】
【 2872 / キング=オセロット / 女性 / 23歳 / コマンドー 】
【 3492 / 鬼眼・幻路 / 男性 / 24歳 / 忍者 】
【 2919 / アレスディア・ヴォルフリート / 女性 / 18歳 / ルーンアームナイト 】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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こんにちは、追軌真弓です。
神殺しというテーマの『櫻ノ夢』シナリオでしたが、楽しんで頂けましたでしょうか。
今回モチーフにした『白妙』という桜も実際にあります。
目の前に置いて参考にしたのは彼岸桜ですが。
もちろんこちらではまだまだ咲いてませんので、花屋さんで買いました……桜どころかまだ雪が積もってますよ。
オセロット様は設定で元軍人というような事がありましたので、作戦立案の役割を担って頂きました。
クールな物腰に秘めた精神の気高さが素敵だと思います。
ご意見・ご感想などありましたらブログのメールフォームからお寄せ下さいね。
今回はご参加ありがとうございました。
また機会がありましたら、宜しくお願いします!


【弓曳‐ゆみひき‐】
http://yumihiki.jugem.jp/
PCゲームノベル・櫻ノ夢2007 -
追軌真弓 クリエイターズルームへ
聖獣界ソーン
2007年04月10日

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