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『黎明に咲く花 〜紡ぐ夢路の交差点〜 』
クリスクリス(w3c964)


 その夜、異なる世界に住む少女達は、それぞれ、同じ夢を見た。

「──あなたの声を、聴かせて下さい」
 少女はそう呟くと、そっと、手を差し伸べた。
 その手を握り締める。手繰り寄せられるように、周囲の景色が一変する。

 無限とも夢幻とも思えるような、桜色の世界。
 辺り一帯を埋め尽くさんばかりに、咲き誇る桜達。

 その中で、ただ一本──蕾をつけながら花を咲かせることができないでいる、幼い桜。
 少女は言った。この桜が咲くためには人の思いが必要なのだと。

「──聴かせて下さい、あなたの声を」


 歌の紡ぎ手たる鳥姫の少女は夢に導かれ。
 夢魔の血を持つ少女は己が力を以って夢を渡り。
 そして雪色の髪の少女はかつての記憶を辿り、夢を追いかけた。


 蕾を膨らませた幼い桜の木の前で。
 仄かに光を纏う桜の花弁が舞い散る中で。

 異なる世界の道が交わる時、そこに生まれるのはもう一つの新しい世界。
 人が交わればいくつもの種が蒔かれ、それはささやかに華やかに世界を彩っていく。

 例えば、人はそれを奇跡と呼ぶのかもしれない。

 ──そして、世界は桜の色に染まる。





 開けた視界の隅に最初に映ったのは、蕾を膨らませていながら今だ咲けないでいる幼い桜の木だった。
 次いで、自分以外の二人の少女の姿。三人は同時に目を瞬かせて、互いに視線を交し合った。

 天使や鳥の翼に似た羽耳を持つ、人魚の竪琴を抱えた金色の瞳の少女。
 大きくて立派な箒を携えた、ココアの色の髪と夕焼けの色の瞳を持つ少女。
 そして、雪色の髪と氷色の瞳を持ちながら、太陽のような明るさを湛えた笑みを浮かべる少女。

「……お二人も、この桜に呼ばれて来たんですね」
 おそらくは夢の中で道が混ざり合ったのだろう。微笑みを浮かべながら、最初に口を開いたのはココア色の髪の──樋口真帆だった。その穏やかで丁寧な物腰に、クリスクリスは大きく頷き、ミルカは目の前の桜と二人の少女を交互に見やる。
「そうだよっ! ボクはね、前にも、この子に……ううん、ボクのこと、呼んでくれたひとに。逢ったような気がして」
「よくわからないけれど、でも、そうね、あなた達がそうなら、あたしもきっとそうなんだわ。えっとね、はじめまして、ね? あたしは、ミルカっていうのよ」
 ミルカの名乗りに二人も頷いた。真帆は胸に手を当て、クリスクリスは大きく手を挙げて。
「──はじめまして。樋口真帆──と、申します。樋口が苗字で、名前が真帆」
「はじめまして! ボクはね、クリスクリス。クリスだよっ!」
 漂う空気は桜の花弁が頬に触れるようなくすぐったさを伴っていた。自然と溢れて零れる笑みは楽しげで、初対面なのにすぐに打ち解けられたのは、周囲の桜達も手を差し伸べてくれていたからだろうか。
「……きれい、ね。世界ぜんぶが幸せの色に染まってる。でも、この子だけ、皆のように咲けないでいる」
 見上げた空を覆わんばかりの桜色。地面に絨毯を広げたように降り積もる花弁。
 周りの桜はいっそ誇らしげにその身に花を咲かせているのに、ただ一人、花を咲かせられない小さな桜。
 ──三人をこの場に導き、そして引き合わせてくれた幼い桜。
 咲き誇るその姿はきっととても美しいだろうに、まだ、花は咲いていない。
「この子が咲けない理由は……『声』が足りないから?」
「でしょうね、夢の……番人さんの言葉が本当なら。嘘だとも、思いませんけれど」
「番人さん? ──ボク達を呼んでくれたひと?」
 そう、この桜を咲かせて欲しいと。この夢の果てへ導いた少女は三人に告げた。
 桜を咲かせる魔法の呪文を、三人は知らない。けれどそれほど難しそうなことではないという、漠然とした予想もあった。
 この桜を咲かせるには、『声』が必要なのだという。
「……ねえ、あたし達の声は、届いているのかしら」
 ミルカがぽつりと呟いた。聞こえる?と、桜に向かって首を傾げたりもしている。
 その声に、さわ──と、枝が微かに揺れたようにも見えた。
「きっと、ね、届いてると思います」
 花が咲いていないから、寂しくもあり華やかさもない。だが、木として小さいわけではない。誰の目に見てもきっと、十分に立派な桜だろう。花が咲いていないから、それだけで小さく見えるのかもしれない。
「自信がないのかもしれません。綺麗に咲けなかったらどうしようだとか、誰も見てくれないんじゃないかとか……そういった、不安でいっぱいで」
 だから、自分ひとりの力だけでは、咲けない。
「この木に宿っている精は、幼い子のような気もします。きっと……周りの桜に比べても、本当に幼いのではないかと」
 花を咲かせている木々と比べれば明らかだった。人でいう所の皺のようなものが、花を咲かせている周りの木々に比べても、この幼い桜の木には少ない。
 真帆の言葉に、クリスクリスは同意するようにこくこくと首を縦に振り、笑った。
「そういう不安、わかる気がするよ。始まりはいつだってそう、不安がいっぱいで、ドキドキして──周りのお姉さん達が綺麗過ぎて、気後れしちゃっているのかもしれないね?」
 三人はそれぞれ幹に手を当てて、広がる枝の先を見やった。空へと向けて手を伸ばしている、腕。宝石のように至る所に散りばめられた蕾は確かに膨らんでいる。いつ咲いても──それこそ、今、見ている前でぽんと開いてもおかしくないと、そんなことまで思えるくらいには。
 だが、まだ、花を咲かせるには何かが──『声』が、足りない。
 真帆は周囲の木々に何かを問うように視線を巡らせた。降りしきる花に手を伸べて、そこに宿る思いを探す。
「誰かに咲いた姿を見せたいとか、隣の花に負けたくないとか……花を咲かせる理由も、その木によってきっと違うけど……共通するのは、『咲きたい』というその想い。きっと、この子もそう」
 掌に零れた一片をそっと握り締めながら、真帆が優しく語り掛ける。
「……君は、どうかな、──咲きたい? ……周りの皆も、待ってるよ」
 真帆の問いかけに答えるかのように、吹く風が枝を、蕾を揺らす。
「どんな色でも、どんな形でも、キミの蕾はキミだけが色付けられる花──蕾を解いてキミが微笑むの、お姉さん達も待ってるよっ」
 クリスクリスはくすぐったさとこみ上げてくる笑いとで小さく肩を震わせて、それから、ぎゅっと、両手で幹ごと桜の木を抱き締めた。
 身近にいる『お姉さん』達を、ふっと思い出す。辛い時や不安な時は、こうやって抱き締めてくれる、素敵で、優しくて、あたたかい──大切な人達。
 一人じゃない、皆がいる。少しでも、キミの不安が消えますように──そんな願いを込めて、クリスクリスは桜を抱き締めた。

 思いは、願いは、届くだろうか。『声』は──

 咲きたいという想い。そして、願い。それを叶えることのできる力があるのなら。
 ──否、あるからこそ、ここに導かれたのだろう。それは自然と生まれた、答えだった。
「この子が咲くのに『声』が必要なら、あたしは、歌を歌うわ。どんな状況でも、あたしの本分はこれ、だもの。こーゆー時こそ、声高らかに歌わなくっちゃあ、ね」
 手にした竪琴の弦を軽く爪弾いて、ミルカは笑った。幼い桜木だけではなく、周りの桜達にも伝えようとするかのように。
「……私も、聞きたいです。ミルカさんのお歌」
「えへへっ、ボクも、ボクも!」
 やわらかく笑んで、目を輝かせて。そんな二人にくすぐったそうに笑いながら、ミルカの竪琴が旋律を奏で、そこに歌声を織り交ぜる。
 目覚めを呼ぶ、子守唄。生きる喜びを、この世界に在ることの幸せを、心に秘めた想いを、穏やかなあたたかな音色に変えて──思うままに、ただ、歌う。
 真帆とクリスクリスは互いに顔を見合わせた。
 知らないはずなのに、知っている──どこかで聞いたことのあるような、歌だった。夢の世界だからだろうか。
 それは胸の内から、心から自然と溢れ出る、桜への想い。ミルカの竪琴の音色と歌声に、二人の歌声がやわらかく重なっていった。

 歌声に合わさるように。あるいは、その『声』を受け止めるために。
 雨の雫を弾くように花が開いた。一つ、二つ、流れるように、幼い桜の木が次々に花を咲かせて行く。

 三人の顔が喜びで満ちた。最後の蕾が花を咲かせると同時に、歌は終わり、余韻を、そして空を覆う雲のほとんどを風が攫って行った。
 風は地面に積もった桜の花弁をも攫い、巻き上げて、そして再び空から降らせた。
 雪のように、はらはらと舞う花の雨。それは決して、冷たくはない。
「……綺麗」
 ミルカは頭上に咲く花を夢見るような眼差しで見上げ、
「やったねっ!」
 クリスクリスは高々と拳を掲げてガッツポーズをし、
「咲きました、ね」
 そして、真帆は目を細めながら胸を撫で下ろした。

 始まりが、とても眩しかった。間もなく訪れる夜明けを、一足早く運んできてくれたかのように。
 確かな思いを受け止めて咲いた幼い桜は、他の桜達に負けないくらいに美しかった。

「私達にも、花を咲かせる力はあるんだって、教えてくれているみたい」
「力を合わせれば何だってできるってこと、だよっ」
「ひとはね、たくさんの、生み育てる力を持っているもの。言葉も、声も、歌も。……花を咲かせる力だって。それに、ね、女の子は……誰だってお母さんだわ?」
 三人は互いに顔を見合わせて、どこかくすぐったそうに、誇らしげに、笑った。

「せっかく桜が咲いたんだから、お花見、しなくっちゃ。これでさよならなんて、もったいないわ」
「──そうですね……ふふっ、紅茶とお菓子なら、ご用意、できますよ?」
「わ、ほんと!?」

 それから夢が覚めるまで、真帆が紡ぎ上げた紅茶や菓子を楽しみながら、満開の桜を肴に──それはそれは賑やかな花を咲かせることになる。
 蒔かれた種は数知れず、咲いた花は桜ばかりではない。夢が終わる頃には七色の蝶が何匹も、やわらかな羽根を広げて舞い上がった。
 互いに住む世界が違う以上、これは一夜限りの出逢いだから。
 架け橋が消えても、世界が分かれてしまっても、夢を忘れないように。二度と紡げない思い出を、鮮やかな色で染められるように。
 思い思いの言葉は夜明けまで尽きることはなく、時に鈴の音のようにやわらかく響いていく。

 そうして、いつか咲いた桜が散る時に、その花弁は仄かで甘い光を纏って。
 光を纏った花弁は一つになり、大きくなって、広がって──

 ──様々な人の想いを抱いた新たな世界が、どこかに、生まれる。


 それは夢路のどこか──世界の交わったその先の世界で紡がれた物語。







※*‥・*…*※‥*※ 登場人物一覧 *※*…**※**‥*※

【整理番号 * PC名 * 性別 * 年齢 * 職業】

聖獣界ソーン/
3457 * ミルカ * 女性 * 17歳(実年齢17歳) * 吟遊詩人

東京怪談 SECOND REVOLUTION/
6458 * 樋口・真帆 * 女性 * 17歳(実年齢17歳) * 高校生/見習い魔女

神魔創世記 アクスディアEXceed/
w3c964ouma * クリスクリス * 女性 * 17歳 * ウィンターフォーク

※*…*…※*‥*※* ライター通信 *※…*‥*※**‥*※

いつもお世話になっております、この度は櫻の夢へのご参加、まことにありがとうございました。
偶然にも同い年のお嬢様方三人、という巡り合わせに、何かの縁を感じずにはいられません。
一夜限りの旅ではありましたが、いかがでしたでしょうか。少しでも、お楽しみ頂ければ幸いです。
またお逢いする機会に恵まれる事がございましたら、どうぞ、宜しくお願い致します。
春ははじまりの季節。これからも素敵な出逢いが皆様に訪れますよう。
PCゲームノベル・櫻ノ夢2007 -
羽鳥日陽子 クリエイターズルームへ
神魔創世記 アクスディアEXceed
2007年04月10日

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