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『 「虚夢世界の流離人」 』
海原・みなも1252

 雪のように舞う花びら。頭上には月の冴える夜空。足元は水におおわれ、浅いところは道となり、深いところには水底に建物が存在する。
 正面のずっと向こうには森があって、その辺りは夕闇に包まれている。
 背後には澄み渡る青空。宙に浮かぶ島からは、建物が地面に向かって生えている。 
 
「僕は夢屋の『獏』、こと藤凪 一流です。普段は幻術を使った手品で大道芸をしたり、夢に関する悩みを受けて悪夢を祓ったりしているんですが……。どうやら、失敗して誰かの夢と現実世界が入れ替わってしまったみたいなんです」
 必死になって説明するのは、茶髪に茶色の瞳をした少年。
その前には、青く長い髪の毛に青い瞳をした細身の美少女がいた。彼女の腕は、蝙蝠のような羽になっている。
「ここでは存在する人はそのままですが、以前の世界の記憶がなく、当たり前のようにここで生活しています。夢をつくった本人も覚えていません」
「あれが、現実……なんですか? この世界が夢? でも、私……」
 青い髪の少女、海原 みなもは困惑したようにつぶやいた。
 そう、彼女は以前の世界をおぼろげにだが夢に見たことがあるというのだ。
 それは今、この世界ではとても貴重な存在だった。
「大丈夫! 僕が絶対に何とかしますから、心配しないでください!」
 戸惑うみなもを安心させるため、一流は肩をつかんで元気よく声をあげる。
「ただ、これが誰の夢だったのかを突き止め、原因を解明しないと帰れません。悪夢を祓うには、強い願いが必要なんです。僕一人じゃ足りません。だからどうか、あなたも協力して下さい」
「……わかりました。困っている人がいるんでしたら、あたしもできる範囲で協力します」
 このとおり、とばかりに頭を下げる一流に、みなもは少し考え込み、小さくうなずいて見せた。
「本当に!? よかったぁ。……あ、いや。ありがとうございます」
「いいですよ、普通にしゃべってくださっても」
みなもが微笑むと、一流は少し照れくさそうに頭をかく。
「あ……えっと、じゃあみなもちゃん、でいいかな? あはは。仕事中はできるだけ敬語にしてるんだけど、実は結構肩こるんだよね」
「はい。それで、どうすればいいんですか?」
「そうだね。とりあえず分担作業にしようか。君は浮遊島の住人みたいだからそこ、僕は向こうの夕闇の森ね。怪しい人がいたら片っ端から連れてきて」
 一流はここにね、と浅瀬の道部分を指差す。
「怪しいって……どんな風にですか?」
「わかりやすいのは、『夢は何か』って訊いて答えられない人、かな」
「……答えられない人、ですね。わかりました」
「じゃあ、また後でね」
 ばさりと羽を広げて飛び立つみなもを、一流は浅瀬の地上から手を振って見送る。
 青空の中に浮いている、いくつかの小さな島。逆さに生えている建物たちが、今のみなもが暮らす場所だ。
 みなもは、とりあえず約束を果たそうと手当たり次第に質問をしていく。
 空を飛び回る人たちの姿は様々で、蝙蝠の羽もあれば天使のような白い大きな翼、虫の翅などもある。
 しかしその誰もが、『○○になりたい』『××が欲しい』など、どうでもいい夢を答えるのだった。
 そんなとき、ふと目についたのは白い髪に金色の瞳をした少年だった。
不機嫌そうなムスッとした顔をしていながら、その背には愛らしい蝶の羽がついている。
「……あの、いきなりですけど、あなたの夢は何ですか?」
「何だ、お前」
 少年はぶっきらぼうな口調で尋ね返す。
「――夢などない。そんなものは、とうに捨てた」
 吐き捨てるように言う少年に、みなもの瞳が輝く。
「すみません、あたしと一緒に来て下さい!」
 ガシッとその手をつかみ、嘆願する。
 白い髪の少年は、口調や表情はぶっきらぼうながら、必死になって説明するみなもに、とりあえずついていくだけなら構わないと了承してくれる。
「……あれ、ハク? どしたの可愛い羽つけちゃって!」
 少年の姿を見るなり、一流は親しげに声をかける。彼の隣には、金髪にこげ茶色の瞳。黒いふさふさの尻尾と黒い毛並みの手足、そして頭には垂れた黒い耳をつけた少年がいた。
「あ、みなもちゃんは初対面だよね。えっと、こっちの白い髪をしてるのが中国の妖怪、猫鬼の猫 白星(マオ バイシン)」
「我をその名で呼ぶな!!」
「……って呼ぶと怒るんで、ハクって呼んだげて」
 一流の紹介に、みなもは頭を下げて挨拶する。
「で、こっちの金髪の犬が黒川 雷明」
「犬ちゃうわ! わいは狼や!」
「いや、タレ耳の狼とか……」
 どうやら、こちらも知り合いらしい。随分と顔の広い少年だ。
「わぁ。撫でてもいいですか?」
「いいよ、撫でちゃって撫でちゃって。大丈夫、噛み付かないから」
 嬉しそうに手を出そうとするみなもに、それを促す一流。
「せやから犬扱いすなっちゅうねん!」
 文句を言いながらも、頭を撫でるみなもに対し、雷明は顔をしかめるだけで抵抗はしなかった。
「ま、とりあえず二人とも『夢はナシ』って答えたんだよね。一応水の中のにもいってみなくちゃいけないから、その間待っててくれる?」
「無理やり連れ出しといて勝手やなぁ……」
 雷明は呆れたようにつぶやき、ハクは無言のままため息をつく。
「あ。でも、みなもちゃんの羽じゃあ……」
「いえ、水の中――だったら、もしかして」
 言うなり、みなもは水の中へと飛び込んだ。
「わぁ、みなもちゃんっ!?」
 一流が慌てて声をあげると、とぷん、と水面下に顔が現れた。
「……あの夢が本当なら、私は人魚の末裔だったんです」
 みなもの姿は、先ほどまでの蝙蝠羽ではなく、鱗を身にまとった人魚の姿に変わっていた。
「――すごい……」
 一流は目をぱちくりさせて感嘆の声をあげる。
「夢の世界だからじゃなくて元々人魚なんだ……。うわぁ、なんか感動だなぁ。僕、本物の人魚見たの初めてだ!」
 そして目を輝かせ、少年らしくはしゃぎたてる。
「……あ、あの……」
 みなもは頬を染め、恥ずかしそうにうつむいた。
「藤凪さん……は、どうするんですか?」
「あ、僕は大丈夫。……さぁさぁ、ご注目。これよりお目にかけまするは夢屋『獏』の珍妙特異な変身術!」
 いきなり始まる口上に、みなもが目をぱちくりしている間に一流はぽん、ぽんと、手から足から、その形態を変えていく。
 指の間には水かき、皮膚は緑色になり、甲羅を背負って。さらに頭のてっぺんに白く平らな皿のようなもの。と、いうと……。
「カッパ……。藤凪さん、カッパさんだったんですね!?」
 真剣な表情で叫ぶみなもに、一流は強張ったような笑みを浮かべ。
「い、いや……ただのウケ狙い、だったんだけど。ごめん、なんか滑ったみたい?」
 水かきのついた手で、ポリポリと頭をかき、苦笑する。
「え、でも……その姿は?」
「これはね、幻術っていって、要するに幻なんですよ。だから前の世界じゃ、見た目が変わっても何の意味もない。……だけどここは、夢を基盤につくられているからね。ここでなら、夢が現実になる。――わかるかな?」
「幻の姿であっても、ここでは実際にその力が使える、ということですね」
 一流は心得た様子のみなもに笑顔を浮かべた。
 青く澄んだ水の中を、人魚とカッパはどこまでも深くもぐっていく。
「なんじゃ、お主ら。ここから先はわらわの領域じゃぞ!」
 不意に、黒い髪に紫の瞳をした、12歳ほどの少女が現れ怒鳴りたてる。
 赤くひらひらしたヒレを泳がせる、丸っとした下半身。大きさこそ人の身体に合わせているが、その魚の尾は、誰しもが見覚えのあるものだった。
「金魚? って、ここって海水なんじゃないの?」
「何を言うておるのじゃ。そもそも、お主こそ河童ではないか」
「あぁ、そういやそうだ! カッパって川の生き物だよ!」
 一流が叫ぶ中、みなもはひらひらと踊る赤いヒレをじっと見て。
「金魚さん……可愛い」
 と、間の抜けた言葉を挟む。
「何じゃ。お主、なかなかわかっておるではないか。そうであろう、わらわは愛らしく、かつ聡明で気品のある、『神』じゃからのう」
「誰もそこまで言ってないよ薊姫」
「神様なんですか!?」
「自称ね」
 素直に驚くみなもに、一流はため息と共に頭をふる。
「何を言う! わらわはまことの神じゃぞ! お主、あまり無礼な態度を取ると天罰を下すぞ!」
「あ、ところで話変わるけど、薊姫の夢って何?」
「うん? 何じゃいきなり。わらわの夢か? それはのう……やはり全世界の人間どもがわらわを崇め奉り、毎日のように供え物と賽銭を……」
「あ、いいや。もうわかった」
 得意になって語り始める薊姫を制し、一流はみなもに行こうか、と声をかけて背を向ける。しかし思いついたかのようにふと振り返り。
「あのさ、薊姫。金魚の神様崇める人はそういないと思うよ〜?」
「無礼者―っ!!」
 からかうように言い残す一流に対し、薊姫が怒りの声をあげる。
「きゃあっ」
「うわっ」
 突如水が荒れ、その中に巨大な龍……龍神が現れる。
「ちょ……っ。それは反則……っ」
 慌てて叫ぶ一流に対し、水中に現れたいくつもの渦が迫っていく。
「藤凪さん!」
 みなもの声があがり、渦は動きを止めた。そして少しの間を置き、姿を消していく。
「あ、ありがと……」
 引きつった顔で礼を言う一流の手を引き、みなもはその場を離れる。
 互いに本気ではないとしても、龍神と闘うのは得策ではない。
「――藤凪さんって、意外と口が悪いんですね」
「え……そうかな? 別にそんなキツイ言い方は……」
「小さな女のコをいじめたりしちゃダメですよ」
 軽く微笑んで注意するみなもに、一流はバツが悪そうにうつむいた。
 それから何人かに質問をしてまわるが、大した収穫はなく。二人は元の場所へと戻った。
「さてと、じゃあもう一度訊くよ。君たちの夢は何? 望み……こうなったらいいっていう希望は?」
 ハクと雷明に向け、一流は静かに語りかける。
「――戻りたい」
 一流の言葉に、ハクは顔をしかめたまま、小さくつぶやく。
「主の……真の主の元へ、戻りたい。普通の猫として、彼女の元へ。……それだけだ」
 適わぬ夢だけどな、と自嘲めいた笑みと共に語るハクに、一流はそうか、と小さくうなずいて見せた。
「雷明は?」
「別に、何もあらへん。……ただ、そうやな。寺だの幽霊だの、そないなもんに関わらんと生きていけたら十分や」
「よし! 正解」
 言葉と共に、ニッコリと微笑み、一流はぽん、と雷明の肩を叩く。
 すると急に、世界がグニャリと歪みだす。
「ふ、藤凪さん!?」
「これは雷明のつくり出した夢だったんだ。それを形にするのをやめれば、元の世界に帰れるはず……っ」
 パキィンッ。
 ガラスが割れるような音が辺りに響いて、天井に穴があき、世界がバラバラと崩れていく。
「――違う……」
 いつの間にか、雷明の姿もハクの姿もなくなり、一流とみなもの二人だけになっていた。
「何だ、これ。壊すことはできても、戻らない。何か別の力が邪魔してる……?」
 呆然とする一流。みなもは、降ってくる世界の欠片をじぃっと眺めていた。
 どこか切なげな、愛おしげな表情で。
「――そういえば……君にはまだ、聞いてなかったね」
「え……?」
「みなもちゃんの夢って、何?」
 ドキン、と。みなもの胸が音を立てる。
「……それは……」
 ――夢って何? 何がしたいの? 何が欲しいの?
 みなもは自分自身に問いかける。だが、答えは返らない。
 つくり出したのは、雷明だったのかもしれない。……だけど、みなもの現実逃避願望がそれを維持するのに役立っていたのだ。
 みなも本人は想像もしていなかったことだが、この場になってようやくそれを理解する。
「――私は……」
「僕はね」
 震えた声で答えようとするみなもに、一流はすぅっと息を吸い込み、大きな声で遮った。
「僕の夢は、みんなに笑顔になってもらうこと。疲れた人や、怒ってたり哀しんでたりする人を、少しでも笑わせてあげたいと思う。……だからさ。君がもし、ここに残りたいのなら。こっちの世界でしか笑えないというのなら。僕は、君の夢をかなえるよ」
 いつものおどけたような笑顔ではなく、少し大人びた、優しい微笑みだった。
「姿は違えと、友達も家族も、みんなこの世界にいる。もう一度同じ世界を構築することはできるよ。……どうする?」
 それは試したり、からかったりするものではなかった。
 真剣な表情に、みなもも真剣に考え込む。
「……私……」
「うん?」
「――元の世界に、帰ります」
「……わかった。じゃあ、頑張ってね。疲れたときには、いつだって夢を見せてあげるから」
 今にも泣き出しそうな顔で告げるみなもの頭を、一流はぽんぽん、と優しく撫でる。
 夢の世界が崩れ落ちた、真っ白な世界の中で。二人の姿もまた、光に包まれるように白く霞んでゆく。
「――ありがとう、藤凪さん! あたし、頑張りますから!」
 みなもは声がかき消されぬよう、力の限りに叫ぶのだった。



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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号:1252 / PC名:海原 みなも / 性別:女 / 年齢:13歳 / 職業:中学生】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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海原 みなも様

はじめまして、こんにちは。ライターの青谷 圭です。発注いただきありがとうございます。
人魚の設定など、楽しんで書かせていただきました。
規定よりも長文になってしまいましたが、推敲の末、世界観や流れを活かすためそのまま提出させていただきました。
みなもちゃんはどちらかというと夢の世界の方がお好きなようでしたが、特に残りたいとは言わず協力するとのことでしたのでこのようなラストにいたしました。
こちらパラレルワールドになっておりますが、一流に関してはそのときの記憶がある、ということ構いませんのでまた疲れたときにはまた遊びに来てあげてください。
エイプリルフール・愉快な物語2007 -
青谷圭 クリエイターズルームへ
東京怪談
2007年04月09日

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