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『教えて! 冥月先生の護身術道場 』
黒・冥月2778)&三嶋 小太郎(NPC4205)

「さぁ、というわけでだ」
「はーい、質問でーす」
 いつもどおり、影の中の道場に呼び出された小太郎。
 黒・冥月というとても心強い師匠を前に、手を上げて質問する。
「なんだ、説明の途中だぞ」
「どうしても気になることが一つあるんだが……その看板は師匠が作ったのか?」
 冥月の後ろにかけられてある看板、白い木の板に『教えて! 冥月先生の護身術道場』と書かれている。
 文字が妙にファンシーな色合いで、どうにも彼女らしくない。
「色々と要らないものも影の中に詰め込んであるから、それらをリサイクルしてな。なかなかの出来だろ?」
「色々詰め込みすぎだろ……」
 看板の飾り付けには、よくある折り紙で作られる鎖や、ロリポップ調のステッキ、クリスマスツリーのてっぺんにある星など、なんとも煌びやかだ。
 だが、なんとも統率感に欠け、そのキラキラした感じが逆に安っぽい。
「まぁ、深くは突っ込まないけどさ。師匠がそれで良いなら」
「良いというか、まぁ、要らないものの処分に困ってただけだがな」
「身も蓋もない事言うなよ」
 とりあえず、看板はさておき、説明に戻る。
「今回は防御を考えて教えようと思う」
「防御? 防御ねぇ……俺ってあんまり防御が得意じゃないんだよなぁ」
「だからこそ、今回の特訓だ。お前はどう見ても攻撃に比を置き過ぎてるからな。もっと防御の事を考えなければなるまい」
「いや、そこはアレだよ。攻撃は最大の防御ってヤツ?」
 生意気な口を聞く小僧に、師匠の鉄拳が落ちる。
「そういうのは強いヤツの台詞だ。守りが完璧だからこそ攻撃に集中できる。弱いヤツは守りに徹し、相手の隙をつくのが定石だ」
「そういうのは弱いヤツに言ってくれ」
「もう一度言ってやろう。弱いヤツは守りに徹しろ」
 随分反抗的な小太郎だが、もう一度繰り返し台詞を吐かれ、ムッとして黙った。
「良いか、小太郎。そもそも武術というのは攻守が一体となって技としての形を成す。どちらかが欠けていてはそれはケンカ殺法にもならん。強くなるためにこそ、防御というものが必要なんだ」
「まぁ、理屈はわかるけどな。でも正直言ってあんまり防御ってパッと思いつかないんだよなぁ」
「そんなだからお前は弱いというんだ。それに、防御の仕方、というか護身の仕方は今から教える。お前に合いそうな護身術的なものだな」
「護身術ねぇ……。そういうのはか弱い女の子に教えてあげたらどうだよ?」
 もう『護身術』という響からして辟易らしい小太郎。どうやら護身術と言う物に対して明らかな偏見を持っているらしい。
 これは矯正せねばなるまい。
「ならば小太郎、一つ試してみようか」
 そう言って冥月がにやりと笑う。

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 畳の上に冥月が仰向けに寝転がる。
「ほら、早くしろ」
「お、オス」
 師匠に言われて小太郎は多少緊張しながら冥月の上に覆いかぶさる様に四つん這いになった。
「こ、これで良いか?」
「それで良い。この状態ならば、お前がすぐマウントを取る事もできよう? パッと見、お前が有利だ」
「そうだな」
 確かに、自然に考えて下よりも上が有利そうに見える位置関係。
 女性に教える護身術として、一つのシチュエーションとしてありえなくもないパターンだろうか。
 今の所、小太郎が痴漢役、冥月が女性役。事実、女性である冥月に対して女性役という言い回しもおかしいが。
「ここからなら無理矢理唇を奪ったり、身体をまさぐったりいろいろできるぞ」
「するか、そんな事っ!」
「まぁ、冗談はさておき、今から私がこの状態から抜け出すから、良く覚えておけよ?」
「何をだ?」
「私がどういう風に動いたか。一つ一つ口で説明できるようにしろ」
「何で?」
「良いから、師匠がやれといったらやれ」
「お、オス」
 強い口調で言われ、小太郎も多少身をすくめて答える。
 今の状態から最早動転しかけている純情小太郎。女性の上に覆いかぶさるなんて事は、これ以前にはない状況だろう。
 そんなテンパってる状況を見越して、だが容赦なく冥月が動く。

 気がつくと、小太郎は腕を逆に極められていた。
「うぉ、あてててて!」
「どうだ? わかったか?」
「何一つわからん! どういうことだ!?」
「……わかった、もう一度やって見せようか」
 もう少しでへし折れそうに思えるほど極められていた右腕が解放され、小太郎は何とか一息ついた。
 冥月がどんな風に動いたのか、ほとんどわからなかった。それほど動きに無駄がなく、その上素早かった。
「今度はもう少し遅めにやってやろう。だが、あまりヘンに力むなよ? 下手したら折ってしまうかもしれんからな」
「そ、それは怖いな」
 マジビビリの小太郎に、冥月は苦笑した。

 先程の状態に戻る。つまり冥月が下で仰向け、小太郎が上で四つん這い。
「よし、もう一度やるからしっかり覚えろよ」
「お、オス」
 小太郎の答えを聞いた冥月がもう一度、小太郎の腕を極めにかかる。
 まずは小太郎の右腕を左手でつかむ。
 更に片足を封じるように、自分の両足を絡め、小太郎の右肘を極めるように自分の右腕を絡ませ、腕を極めたまま起き上がる。
 そして自分の右肘で小太郎の右肩を押し、更に右手を天に引っ張る。
「はい、極まり」
「いたたたた!」
 足も絡められ、小太郎は逃げる事ができない。このままでは折られるの必至だろう。
「わかったか?」
「わかった、わかったから、まず放せ!」
 必死の形相の小太郎を、冥月は笑って解放し、小太郎が落ち着くまでその無様な姿を眺める。
「その様子じゃ、私と密着してたのにその感触を確かめてはいなさそうだな?」
「そんな余裕ねぇよ! っていうか、余裕があったとしてもそんな感触、確かめるか!」
 痛みで多少涙眼になる小太郎だが、やはりそれを笑顔で眺める冥月。
「これでわかったろ。護身術だって馬鹿に出来ない」
「ぬぅ、ちょっと誤解してたかもな」
 今、右腕を失いかけた小太郎。これは認めざるを得まい。
「まぁ、純粋な防御とは言い辛いが、お前の言う『攻撃は最大の防御』に近いだろ?」
「そうだな。攻めてる側だったはずの俺が逆に攻められてるんだからな」
「あの体制で攻める攻めない、ってお前……エロいぞ」
「そうじゃなくてッ! そうじゃなくてだな!」
 必死で言い訳する姿もやはり、ニヤニヤと眺める。

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「さて、それでは本題だ。ここからは簡単なところから行くぞ」
「お、オス」
 仕切りなおしで、再び二人で向かい合って立つ。
 護身術を教える、と言っても口で説明するよりも身体で覚えさせた方が良いだろう。
 という事で、また先程と同じように小太郎が痴漢、冥月が女性。また言い方が妙だが。
「それでは小太郎、私に後ろから抱きついて来い」
「はぁ!?」
「言っただろ。師匠がやれといったらやれ」
 渋々ながら、小太郎は背を向けた冥月に抱きつく。
 すると、小太郎の腕は冥月の肘の辺りの高さで巻きついた。もう少し上を予想していたのだが……。
「……ああ、そうか。小さいから」
「小さいとか言うな!」
 小太郎自身、ちょっとショックだったらしく、声が少し震えていたような気もしないでもないが、まぁ今回はこれでやってみよう。
 今の所、冥月は図らずも腕が使えないので、今はその他の部位を使って小太郎の包囲を抜ける。
 まずは基本、相手の足を踏む。
 本当ならヒールがついてる靴を使って効果倍増したい所だが、ここは屋内の道場。素足で踏みつける。
 本気でやると、小太郎の足の甲を粉砕しそうなので、ある程度加減して。それでも踵は小太郎の足を強か踏みつけ、小太郎は危うく声をあげる所だった。
 そして冥月が足を上げると、痛みゆえに小太郎は自然と足を引く。
 その浮いた足を引っ掛け、後ろに体重をかけると二人して床に倒れる事になる。
「ゲブゥ!」
「本来ならここで肘も入れたいところだが、肋骨を折りかねんからな」
 そして相手が小太郎のように低身長ではなく、それなりの身長を持っていれば、相手の腕を極める事もできる。
 相手の両手首を持って持ち上げ、そのままグルリと回転すればそれで良し。それなりに練習が必要かもしれないが。
「じゃあ次は正面から抱きついてきた場合もやってみようか」
 呼びかける冥月だが、小太郎の返事はただ呻くのみ。
 どうやら受身は成功した様だが、やはり冥月分の体重が加算されると結構な衝撃になったようだ。
 しばらく休憩を置いてからにする事にした。

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「さて、正面からだが……」
「また抱きつけってか?」
「察しが良いな。痴漢が板についてきたんじゃないか?」
「アホ言うな!」
 本気で否定する小太郎。わかってはいるが、その必死さは逆効果になりえる気がする。
 そんな事は横に避けておき、次だ。
 顔を真っ赤にしてブツブツと文句を呟きながら、小太郎が冥月に抱きつく。
 その際、やはり小太郎の顔は冥月の胸辺りだ。
「ししょー……こ、これは特訓云々の前に窒息の危機だ……」
「どうだ嬉しかろう、中学生?」
「嬉しかねぇよ!」
 どうやらあまり効果無しのようだ。抱きつくという行動には恥ずかしがり、目の前の胸にはあまり恥ずかしがらない。
 なんとも妙な耐性である。
「では、お前が窒息する前に始めるぞ」
 一言置いて、始める。
 まずは両足を浮かせる。
 完全に体重を相手に預け、相手の意表をつく作戦だ。
 多分、これによって相手はすぐに手を放すはず。相手がバックドロップをするつもりなら逆効果かもしれないが。
 だが、小太郎もなんとも模範的にその手を放した。
 解放された冥月はすぐに体勢を立て直して着地、小太郎の右足を両腕でつかみ、左足で相手の右足を引っ掛ける。
 そして、右足を思い切り引っ張り上げる。すると、小太郎は易々と転倒した。彼の体重が軽いのも要因の一つだろうか。
 これで形勢は逆転。ここからはどうとでもなるが、せっかく右足をつかんでいるので、そのまま四の字固めを決める。
「いたたたたた!」
「因みに、タップもギブも認めないのでそのつもりでな」
「お、折られる!?」
 それから数分間その状態だったが、小太郎が一向に技から抜け出せそうにないので、冥月は仕方なく小太郎を解放した。

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 その後、離れた状態から、武器を持った状態から、など色々なパターンを想定して訓練したものの、冥月の身体に触ることに小太郎が恥ずかしがる事頻り。
 いつものように組み手形式ならまだしも、今回は痴漢役を当てはめられたので、何となく気分もそちらに傾いてしまうのだろう。
 冥月に『真面目にやれ』と叱咤を受けてもそれは変わらなかったとさ。

「ふむ、まぁ、これで大体は終わったと思うが……」
「身体のあちこちが痛む……。何故俺がこんな目に……」
 少しやりすぎたようである。
 だが、これぐらいやらなければ身体に染み付かないだろう。痛みは強烈な記憶として残るはず。
「まぁ、実戦的な防御行動はまた次の機会にやるとして、今回覚えた事は忘れないように」
「オス。っていうか、俺は技をかけてないわけだが……」
「やられ方は身についたろ?」
「不本意ながらな」
「それで良いんだよ。今度はお前が教える役だ」
 冥月の言葉の意図が汲めず、小太郎は首をかしげた。
「今度はそれを、お前が教えるんだ」
「俺が、師匠に?」
「私に教えてどうする。次来る時にはゲストを呼ぶ予定だから、ソイツにだ。人に教えることで得られる物もあろう」
「なるほど、つまり師匠も俺に何かを教えることで何かを得ている、と!」
「馬鹿を言うな。お前程度に物を教えても何の得にもならん。そんな事を言っている暇があるんだったら、今日覚えた事を反復してるんだな」
 小太郎の軽口を一刀両断しつつ、冥月は道場を出ていた。
 それを見送りながら、小僧は首を捻る。
 次回来る予定だという、ゲストとやらは誰なのか、と。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
ピコかめ クリエイターズルームへ
東京怪談
2007年04月09日

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