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『黎明に咲く花 〜ゆりかごの桜〜 』
藤野 羽月1989


 その夜、二人は同じ夢を見た。

「──あなたの声を、聴かせて下さい」
 少女はそう呟くと、二人に手を差し伸べた。
 周囲の景色が一変する。

 無限とも夢幻とも思えるような、桜色の世界。
 辺り一帯を埋め尽くさんばかりに、咲き誇る桜達。

 その中で、ただ一本──蕾をつけながら花を咲かせることができないでいる、幼い桜。
 少女は言った。この桜が咲くためには人の思いが必要なのだと。

「──聴かせて下さい、あなたの声を」

 そして世界は桜の色に染まる。





 風の匂いが変わる。頬をくすぐるささやかな感触に、彼らは自分達を歓迎してくれているのだと感じ取る。
 薄明かりを纏う淡い桜色の世界。雲間に覗く月は真円。月が知らせる時刻は真夜中。夜空から舞う桜の花弁は星が降るような──

 傍らにある愛しい人の姿に安堵の息を吐いた。いつだって共にありたいと願うのは、それが例え夢の世界であろうと変わらない。
 霞みかかったような風景は次第に鮮明になり、夢と現の境界すら曖昧に滲んで行くようだったが、自分達をこの世界へと導いた少女がそうしたように、互いに手を差し伸べ、硬く握り締める。
 知らず、溢れて零れる笑み。夢の中でもそのぬくもりが確かにある、そのことが嬉しかった。

 二人の目の前には、一本の幼い桜。自分達をこの世界へ導いた少女の姿はどこにもない。
 蕾は小さく、花が開くには少し足りない。周りの桜達は一斉に、自らの美しさを競い合うように咲いては桜色の花弁を散らし風に遊ばせているというのに。
「声を聴かせて……か」
 幼い桜の幹に触れながら、羽月は呟いた。その桜は確かに幼さを感じさせる気がするのだが、樹として見るならば十分に立派だと言えるだろう。少なくとも羽月はそう思っていた。
 伸びやかに広がる枝は勢いがあり、今にも空に届きそうだし、ところどころに散りばめられた蕾も、大きさこそささやかなものだが量自体は決して少なくない。
 花が咲くまでは本当にあと一息なのだろう。だが、その一息が足りないのだ。ほんの少しだけ。

「リラさん。……私が居た国では、言霊と言うのがあった」
 不意に、羽月は口を開いた。名前を呼んだ相手だけではなく、幼い桜にも語りかけるかのような、口調で。
 リラは緩く首を傾げながら、はい、と、頷いた。
「言霊、ですか?」
「そう、言葉に魂が宿るとでも言うのだろうか。発すれば其処に想いは宿り、花を咲かすのだと。言霊の幸はふ国とも、言われていた」
「言霊の……幸はふ国」
 繰り返し呟くリラに、羽月は目を細めて続ける。
「それだけ、言葉を大事にしていたということ。……例え、リラさんが異国の人であろうと、それは必然なのだから関係ない。リラさんの言葉にも、魂は宿っている。それは、違いない」
「……ありがとうございます、羽月さん。言葉で花を咲かせる、って……とても、素敵ですね」
 リラは文字通り、花綻ぶような笑みを浮かべながらそう答えた。羽月の言葉を噛み締めるように、片方の手を胸に、もう片方の手を幼い桜の幹に添えて──ライラックの色をした瞳は静かに小さな蕾達を映す。
「植物もきっと、人の言葉や気持ちが伝わるんだと思いますし、それに……生きるものが成長していくには、やっぱり愛情が必要なんじゃないかな……って、思うんです。ほら、赤ちゃんが必死にお母さんを求めるみたいに」
「確かに、そうだな」
 リラの笑みが深まる。彼女が庭の花達に毎日声をかけているのを知っている。そのことによって、綺麗な花が咲くことも。それと似たような──否、同じなのだろう。
 初音と名乗ったあの少女は、この桜が咲くためには人の思いが必要なのだと言った。
 人の思い。それは時に純粋な力となり得るもの。この桜が必要としているのは他でもない、その『力』なのだろう。
 夢の世界とは言え、こうして触れて、あるいは実際に手を差し伸べることが出来るというのに、それを拒む理由はどこにもなかった。
「美しく咲くために自らの力のみではなく、周りの力もということであるならば、協力したいな。どうだろう、リラさん」
 隣で自分と同じように桜を見上げていた妻は、真っ直ぐにこちらを見て頷いた。
「はい、私も。この子が綺麗な花を咲かせるために、私達に出来ることがあるのなら……」
 そっと幹を撫でながらリラは笑う。きっとこの空間に咲く桜にも負けない笑みだと、羽月は思う。
「私、歌を歌おうと思うんです」
 羽月は目を細めた。
「そうだな、リラさんの歌が聴きたいと、私も思っていた。ならば私はリラさんの歌に合わせて笛を吹こう」
 二人は視線を交えながら、やわらかく、やわらかく微笑んだ。


 羽月の笛の澄んだ音色が、周囲に咲く花を擽るように駆け抜けていった。
 その音色に応えるかのように、はらりと舞った花弁が頬や肩を撫でて行く。
 ささやかな宴の始まりを告げるそれを合図にして、リラは口を開いた。右手を幼い桜の幹に添え、左手は己の胸の上に。
 この桜はどんな花を咲かせてくれるのだろう、リラはその姿を思い描きながら、大きく息を吸い込んだ。
 湧き上がるとりどりの想いを、たくさんの愛情を──浮かび上がるそのままの旋律に変え、溢れ出すそのままの言葉に託した。

 高く、低く、やわらかく、儚く、強く──遠くまで、どこまでも。
 奥底に息づく願いを感じ取ろうとするかのように、あるいは母が子に語りかけるように──穏やかで、優しく、慈愛に満ちたライラックの眼差しが、膨らんだ蕾の一つ一つに向けられている。
 それに重なる羽月の笛の音が、控え目ながら彩りを添える。交わる二つの旋律が、一つになって舞い上がる。
 響く歌声。響く笛の音。『声』という名の、想いの花。
 辺りを吹いていたあたたかな風が止み、周囲で咲き乱れる桜達もまた、二人の『声』に聞き入っているようだった。


 始まりは誰もが通る道。決して怖いものではない。
 皆が『あなた』のために、手を差し伸べて、その時を待っている。

 目覚めの時は今。
 夜明けはすぐ側に。

 美しく咲くその姿を誰かの心に焼き付けて刻み込むように。忘れられない想いを、胸に灯すように。
 咲いて、咲いて、咲き誇れ。


 ──やがて。

 その時は訪れたと誰かが告げた。


 仄かな光をその身に纏い、遥かな空に手を伸ばすように、小さな蕾がふわりと開いた。
 そうして次々に、新たな世界の中心で産声を上げるように、一つ、一つ、ふわり、ふわりと、二人の『声』を抱き締めながら花を咲かせて行くのが見えた。
 花が咲く、その瞬間を目にしたリラの声音に喜びが満ちた。羽月の笛の音に静謐な輝きが宿った。
 笛の音を拾うように鳥が羽ばたき、歌声をなぞるように蝶が舞った。雲がいずこかへ流れて消えて、濃紺の空に金色の月が笑った。
 それは桜が見せた幻。夢の世界では例え何が起ころうと、目に見えるものこそが真実。

 最後の蕾が花を咲かせるのと、二人の『声』が止むのは同時。
 地面に絨毯のように敷き詰められていた無数の花弁が、追いかけてくる風に足元を掬われ一斉に空を飛んだ。
 幼い桜を祝福するかのように、降る花の雨はあたたかな薄紅。

 どちらからともなく互いにそっと寄り添って、手を握り締め、二人は花開いた幼い桜の木を見上げた。
「お弁当、持って来れたら良かったな」
「……目が覚めても思い出せるように、ここで、この姿をしっかりと見て行こう」
 羽月の言葉に、リラはそうですねと目を細める。
 また来年。それはどちらからということもなく交わされる確かな約束。
 綺麗な花を咲かせてくれるように。ささやかな力を、『声』を聴かせてくれる人の存在があるように。
 願わくは、願わくは。


 ──ありがとう。
 ざわ──と、梢が揺れて、心地良い音を響かせる。
 桜が微笑んだような気がした。


 そしていつか、咲いた桜が散る時に、その花弁は仄かで甘い光を纏って。
 様々な人の想いを抱いた新たな世界が、どこかに、生まれる。






※*‥・*…*※‥*※ 登場人物一覧 *※*…**※**‥*※

【整理番号 * PC名 * 性別 * 年齢 * 職業】

1989 * 藤野 羽月 * 男性 * 17歳(実年齢17歳) * 傀儡師
1879 * リラ・サファト * 女性 * 16歳(実年齢20歳) * 家事?

※*…*…※*‥*※* ライター通信 *※…*‥*※**‥*※

いつもお世話になっております。この度もご夫婦でのご参加、まことにありがとうございました。
プレイングの時点で既に和みまくっておりまして、この素敵プレイングを上手く形に出来るだろうか…!
と毎度ながら戦々恐々と、いえ、とても楽しく書かせて頂きました。
少しでもお楽しみ頂ければ、とても、とても嬉しいです。
それでは、またの機会が御座いましたら、どうぞ宜しくお願い致します。
桜の花びらのような穏やかで優しい夢が、お二人のもとに降り注ぎますよう。
PCゲームノベル・櫻ノ夢2007 -
羽鳥日陽子 クリエイターズルームへ
聖獣界ソーン
2007年04月06日

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