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『素人にはオススメできないダイエット 』
彼瀬・蔵人4321)&霧崎・渉(NPC2819)


 今の季節、青い空に似合うのは木枯らしではなく暖かい風。朝、冬の合間を縫って顔を出す太陽をにらみながら防寒具を選んでいたのがウソのような陽気が漂う。都内にある公園にも小鳥たちがさえずり、春の訪れを喜んでいた。近所の皆様もさまざまな癒しを求めてここにやってくる。明るい季節は人間の気持ちも変えるのだろうか。


 そんなある日の朝。
 太陽が昇ってまだ間もない時間に巨漢の男が人を待っていた。その内容は彼の姿を見ればすぐにわかる。ジャージだ。早い話がジョギングである。だが、周囲の人間が見れば「もしかして歩くのも億劫なんじゃねぇか?」と言わせるほど太りに太っていた。そんな感想を物語るかのように、彼の寄りかかった木は根元から傾いでいる。本人はまったく動こうともしない、というよりはここまで来るのに体力を使い果たしたと表現するのが正確だろうか。誰がこんな男の面倒なんか見るのか……と口には出さないまでも、不意に表情で物語ってしまったのが今回のパートナー・霧崎 渉である。

 「お、おはようございます〜。う、うわ〜、ずいぶんなことになってますねぇ。電話で聞いてた状況よりずっとずっとすごいですよ」
 「あ……ああ、おはようございます。わかります? 僕です、彼瀬 蔵人です」
 「まだ本人認証は必要ありませんね。お顔を拝見して一目でわかりますし。じゃ、さっそく始めましょうか」
 「すみません。よっ……こいせっ……と」

 少し身体を動かすだけで蔵人の足元がぐらつく。そりゃそうだ、地面を揺らしているようなものなのだから。見るに見かねた渉はすばやく肩を貸そうとするも躊躇した。巨躯とはいえ動けば木が揺れるほどのパワーを支え切るには金狼になるしかない。渉もさっき起きたばかりで、いきなり変化するには負担が大きすぎる。コミュニティーで見る少年を見るように、彼は自分の力を持て余している蔵人を静かに見守った。ただいつもと違うのは、温かいまなざしではなく冷静なまなざしであることだろうか。

 ダイエットといえばジョギングに筋トレが定番だが、蔵人に限って言えばそれはただの準備運動。ちなみに渉はいつも子どもたちとジョギングや体操などをしているので日課と呼ぶべきか。ひとつだけ違うところは……この後に控える特別メニュー。蔵人の身の上を心配しているであろう家族から事の詳細を聞いている渉はいつものメニューに加えてボクシングスタイルを織り交ぜた走りを見せている。こちらは元が元だけに軽快な走り。この後の展開を警戒してのトレーニングだ。
 ところが当の本人はサポートについてくるのがやっと。半ば魂が抜けたような表情でのたのたと追いかけてくる。最初のジョギングだけで吐く息は荒くなり、とてもこの先は続きそうに見えない。全身から汗だかなんだかわからない白い湯気が立ち上り、本人だけが知り得る過酷さを如実に物語っている。
 渉は冷静だ。明らかにへばっても、途中で立ち止まっても、さっきと変わらないまなざしを蔵人に送り続ける。実は家族から『蔵人を強制的に断食させている』と聞かされていたからだ。もちろん生かさず殺さずのところで抑えているが、当然のことながら物理的な空腹感はある。渉は初めて便利になった世の中を恨んだ。公園が紹介しているジョギングコースにはコンビニが点在し、うかつにその辺を走れば蔵人は喜び勇んで中に駆け込み、明るい店内に並べられた食い物に手をつけるだろう。別に犯人も中身の入っている財布くらいは持っている。しかし今回はそれをも取り上げてのダイエットだそうで、このまま便利屋に飛び込まれたら渉が全額お支払いになってしまうのだ。
 つい金銭が絡むと『絆』のことが頭をよぎってしまい、マジで獲物を金色の目で殺す金狼さん。そしてその手の殺気にはめっぽう知覚過敏なおデブさん。まさにふたりの関係は狼と羊。この場はなんとか狼が迷える子羊を押さえ込むことができた。緑が生い茂る森の一角に彼を誘い、ほっと息をつく渉。その後は筋トレに移行するも、あんまり派手にやると環境破壊が進むので渉が自己判断で適当に打ち切った。それには理由がある。蔵人は思った以上に汗をかいていない。それに筋トレは脂肪を燃焼させるだけのものではない。渉は『いよいよか』と息を呑んだ。


 ここからが本番だ。渉はふーっと静かに息を吐くと、躊躇なく金狼に変化した!
 さすがの蔵人もなりふり構わず合気道の構えを取る。違和感は容赦なくバリバリだが、そんなことは気にしてられない。本気の金狼を防ぐにはこれしかないのだ。

 「聞いてますよね。特別メニューの話」
 「ああ、組み手ですよね。一度お手合わせ願いたかったんですよ、実は。もっともこんなに太ってない頃ですが……」
 「……死なない程度にって言われてるんですけど、どのくらいが死なない程度なんでしょう……」
 「あんまり危ないようなら死んだ振りしま、ぶぐっ!」

 甘っちょろいことを口にした瞬間、幾度となく悲しげな音を鳴らしてきた腹に強烈なパンチが突き刺さる! しかし蔵人の脂肪があまりに厚すぎて衝撃が分散してしまう……

 「ううううう……渉さん、ひどいですよぉ……」
 「お、おかしいな。な、なんだ、今の手ごたえ……とても脂肪を殴ったとは思えない違和感が……?」

 蔵人の家族だけならまだしも、本人までもがこの組み手の本当の狙いを知っているとは渉も知らなかっただろう。彼は蔵人のダイエットに最適な人物だったのだ。ずばり、狙いは金狼の浄化能力。負の力に耐性を持ち、さらにそれを打ち砕かんとするその能力が狙いなのである。だから『ジョギングのコースに気をつける』だの、『性格的に面倒見がいい』だのは二の次。本当のダイエットを成功させるために、家族総出で渉を引っ張り出したのである。それを証拠にさっきなどとは比べ物にならないほどの湯気が周囲に立ち込め、それはまるで霧のように広がって空へと舞う。森は春らしさというよりも樹海らしさに変貌した。

 「こ、これは……?!」
 「はあぁぁぁっ!」
 「しょ、掌握する力が半端なく強……たぁっ!!」

 手首をひねって自由を奪おうとする蔵人に対し、得意のすばやさで対抗する渉。あっという間に体勢を変え、ひらりと飛んだかと思うと頭にキック一発! 首が据わっている蔵人は避ける術がない。まさに屈辱の一撃だ。

 「ぐあっ! うう、いつもなら右に曲げるだけで避けれるのに……」
 「そういう身体にするためにやってるんですから。ほらほら、どんどん行きますよ! 手を抜くと俺も怒られるんですからね!」
 「あ、なーんだ。渉さんも一緒に怒られてくれるんですか?」

  どげし!!

 「ごばっ……し、脂肪の死角をついて攻撃って、ひ、ひどくないですかぁ?」
 「電話だけでもご家族の方はものすごい威圧感を放ってるんですよ! 怒られるのわかってて、そんなお住まいに行きたくないです! 必死なんです、俺も!」
 「ううう、今日の渉さんは非情だ……」

 渉の言葉は金狼の表情にも真剣さを醸し出している。今日の彼はちょっと違う。でもちょっとずつダイエットできている蔵人の動きも若干ではあるがよくなってきた。いつ終わるともしれない組み手ダイエット。家族の合格ラインに達するまで続けられる。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
市川智彦 クリエイターズルームへ
東京怪談
2007年04月06日

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