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『運命の意地悪 』
ファム・ファム2791)&立花香里亜(NPC3919)

「……最近ファムちゃん来ないけど、大丈夫なのかなぁ」
 夕飯の準備をしながら、立花 香里亜(たちばな・かりあ)はふと呟いた。
 今日のメニューは大根とイカの煮物に、豆腐とわかめのみそ汁、そして菜の花のおひたし……ファム・ファムのことを思い出したのは、そのおひたしを作っている途中だった。菜の花の緑色が、ファムのふわっとした緑の髪の毛を思い出させたのかも知れない。
 ファムは『地球人の運命を守る、大事な大事なお仕事』をしているという少女だ。見た目は六歳児ぐらいで、天使のような小さな羽と首についているリボンが愛らしく、香里亜はその手伝いを何度かやったことがある。
 手伝いと言っても、本当にそれが運命に関わるものなのかは、香里亜からは全く分からない。ただ自分が手伝うことで、何かが救えるのならそれで良いなと思っているだけだ。
 だが、前回手伝いをした後、別れ際にファムが言ったことが、香里亜は気になっている。
 それは、ひな人形に宿った別の次元の魂を祓う手伝いだったのだが、その時の様子がまたまた店の防犯カメラに写っていて、それを見た途端ファムは目からぽろぽろと涙をこぼし、こんな言葉を言ったのだ。
『お仕事が大勢の目に…また二千年前の「神の子」事件の悪夢がぁ…!』
 香里亜の顔は映っていなかったのだが、やはりまずかったのだろうか……。
 元々その事件を見たのもテレビの怪奇番組だったので、もっと自分が気をつけるべきだったのかも知れない。そう思うと、ファムに悪いことをしてしまったような気がする。
「でも、私からファムちゃんを呼べないんですよね」
 そう。
 いつもファムと会うときは、ファムが一方的に香里亜の前に現れる。なので、香里亜はファムがどこにいるかとか、今何をしているかを全く知ることが出来ない。
 ずっと気になっているのは、あの時泣いていたファムの姿。
 自分で良ければ話を聞いて慰めたいのだが、会えなければそうすることも出来ない。溜息をついて、香里亜はコンロの火を止め、出来上がったおひたしを冷蔵庫に入れたあとで何となく居間に向かう。今日は定休日なので、食事をするのも一人だ。
「ご飯たべるにはちょっと早いから、笑点でも見ようかな」
 日曜の夕方に、年頃の娘が一人笑点を見る姿というのも何だか切ない気がするが、まあそれはそれで仕方がない。そう呟いてテレビのリモコンを手に取ったときだった。
「こんばんはですぅ……」
「ファムちゃん?」
 噂をすれば影が差す。
 そーっとテレビの裏からファムが顔を出した。また泣いていたのか、ほんのりと目の縁が赤い。香里亜はささっとファムが座れるように開いているところに座布団を出した。
「心配してたんですよ。ささ、座布団使いますか?」
「いえ、お気遣いなく……今日はお詫びに来たのです」
 ちょこんと座布団にファムが正座をした。それを見て、何だか香里亜もかしこまって正座をしてしまう。するとファムがぺこっと土下座をした。
「先日は失礼したのです」
 そのちょこんとした土下座に、香里亜はわたわたと慌てた。確かにひな人形に宿った別次元の魂を祓ったときは、ファムのキスで自分の力を強化してもらったので、次の日全身筋肉痛になったが、土下座されるほどの事ではない。
「い、いえっ。顔を上げて下さい、そんな大した事はしてないですし」
「いえ、あたしがうっかりしていたのですぅ……また、『神の子事件』を起こしてしまうところだったのです」
 顔を上げたファムの目は涙で潤んでいる。
 香里亜はティッシュの入ったケースを探し、ファムの前に置いた。
「あの、その『神の子事件』って何なんでしょう。ファムちゃんが良ければ、私にお話ししてくれませんか?」
 …………。
 沈黙が何だか耳に痛い。
 その沈黙を破ったのは、ファムがぐすっと鼻をすすった音だった。
「何か、大変なお話なんですね」
 きっとファムには、自分が計り知れないほどの何かがあるのだろう。それでもこうして泣いている姿は、普通の子供と変わりがない。それを放っておくことは出来ないし、これからも機会があればファムを手伝いたいと思っている香里亜としては、疑問は少しでも解消しておきたい。
 ファムはぎゅっと口を結ぶと、何かを決意したように顔を上げ香里亜の目をじっと見つめた。
「あの時読まれた聖書ですが、あれは先輩達が作った物で、実はあの宗教は生まれない筈でした……」
「聖書って、クリスマスの時のですか?」
 こくっ。
 ファムが首を縦に振る。
 それは香里亜がファムと初めて出会った事件で、その時はクリスマスツリーに憑いた別次元の邪霊を祓う手伝いだった。その時に香里亜は、「ルカによる福音書」第二章「天使と羊飼い」の一部を呪文代わりに唱えたのだ。
 生まれないはずだった。そう言われ、香里亜は思わず沈黙する。神の子、とファムが言っているのは……香里亜は軽く首を横に振り、ファムにゆっくりと話を促す。
「生まれないはずだった……とは、どういう意味ですか?」
「はい。その事ですが……神の子とされた彼は、貴女と同じくお願いされただけの人だったのですぅ」
 それはこの星の運命を守るために、献身的に手伝いをした結果だったらしい。
 ファムの先輩と波長があった彼は、頻繁に持ち込まれる頼みを、嫌な顔一つせずに一つ一つ処理していったという。その頃はまだ文明も未発達だった代わりに、色々と運命に関わる出来事も多かったらしい。
「とても大変でしたのに、貴女と同じく文句一つなく……でもそれが人には奇蹟と映り、神の子と祀り上げられ、それはやがて宗教化しました」
 話が壮大になってきた。
 だがその「奇跡」が、ファムの先輩にパワーアップされた上での結果だというのであれば何となく納得も行く。確か彼が宗教家として活動したのは、確か三年ほどだ。それは本で読んで知っている。
「神を得た民は他を弾圧、それを止めようと『隣人を愛せよ』と示せば、次は遠い異教を潰し始め……それは何度運命を修復しても戻らず、今も狂い続けています」
 ぐすっ。ファムの大きな目から涙がこぼれた。
 こんな時何を言ったらいいのだろう。
 何を言っても、今はどうにもならないような気がする。現に宗教を元にした戦争は今でも続いているし、終わりそうな兆しさえ見えない。香里亜は今のところ何か特待の神を崇めたりはしていないが、誰もが自分が信じているものを正しいと思いたい気持ちも分かる。
「これ、使って下さい」
 ティッシュを引きだして二枚ほど渡すと、ファムはそれで鼻をかんだ。
 ファムが言っていることが本当かどうか、香里亜には確かめる術はない。多分誰にも確かめようはないのかも知れない。
 だからこそ、どう声をかけたらいいのか分からなかった。
 そのまま黙っていると、ファムは涙をこぼしながら話を続ける。
「運命を守る者が運命を壊した、これをあたし達は『神の子事件』として運命史に残る罪過と戒めとしました」
「それは、ファムちゃんの先輩が『彼』の運命を壊したって事ですか?」
「『彼』だけではないのです。生まれなかった宗教が生まれ、それを信じる人がたくさんいることや、起こらなかった争いが起きてしまったりした事……たくさんの運命が、そこでおかしくなってしまったのです」
 何だかそれは悲しい話だ。
 運命が狂ってしまって生まれてしまったという宗教。でも、その恩恵を香里亜も多かれ少なかれ受けている。クリスマスにもらったプレゼントや、その時の思い出……それすらも、生まれなかったというのは、やっぱりちょっと寂しい。
 確かに、ファム達から見ればそれは大きな運命の狂いなのかも知れない。
 死ななくていい人が死に、生まれないはずのものが生まれる。でも、それもまた、今の世界にはなくてはならないもので……。
「………」
 上手く言葉が出てこない。
 言葉にしてしまったら、何か壊れてしまうような気がする。言いたい言葉が喉の奥で塊になってしまったように、ぎゅっと詰まる。
「彼が十字架に架けられた時、先輩は発狂しかけたそうです。今も宗教戦争の度に泣いてます。あたしも研修で聞かされた時は、一月涙が止まりませんでした……」
「それはすごく、悲しいですよね」
 見当外れな事を言ってることは分かっている。それでも、何か言わないと息が詰まってしまいそうだった。
 世界の運命を守るために、文句一つ言わず手伝ってくれた誰かが自分のせいで死んでしまったら……それは張り裂けるほどの哀しみだ。手伝いをさせていなければ、世界の運命は狂ってしまったのかも知れないけれど、彼は死ななかったのだから。
 ファムがあの時、泣きながら去っていった訳が今やっと分かった。
 きっとあの時の映像で、香里亜だと言うことが分かってしまったら、また『彼』の二の舞になると思ったのだろう。それがファムの言う『二千年前の「神の子」事件の悪夢』なのだ。
「………」
 運命とは……なんて意地悪なんだろう。
 香里亜は深く溜息をつく。誰かが悪い訳じゃない。ファムは「運命を壊した」と言ったが、それがなければ香里亜はファムと出会わなかった。クリスマスマーケットがなければ、あそこでファムの手伝いをし、その後も会うことはなかった。
 それでも間違っているというのなら、運命は意地悪だ。
「だから気をつけていたのに、また運命を壊す所でした」
 えぐっ……ファムは手の甲で涙を拭う。それを見ながら、香里亜はゆっくりと言葉を吐いた。
「ファムちゃん、聞いてくれますか?」
「はい、何でしょう。お叱りなら何でも言って下さい」
「確かに、運命は狂ってしまっているのかも知れません。でも、必要な狂いって何処かにあると思うんです……って言うと、ファムちゃんの先輩に怒られちゃいそうですけど」
 完全な世界なんてどこにもない。
 地球の自転だって、完全な訳ではない。だから閏年や閏秒がある。今は真北を示すための北極星も、何千年もしたらずれてしまい別の星が北極星になる。完璧なものは美しいかも知れないけれど、きっと脆い。
 香里亜は泣いているファムの頭をそっと撫でる。
「悲しい出来事ですけれど、それが生まれたからこそ私はファムちゃんのお手伝いが出来たんです。それがなければ、ファムちゃんと出会わずに一生が終わっちゃってたんです。だから、何て言ったらいいのかな……」
 ファムの哀しみは、きっと香里亜に計り知れないほどの哀しみなのかも知れない。
 きっとこれからも『彼』に頼み事をしたというファムの先輩の涙は止まることがないかも知れない。でも、それを香里亜にどうすることは出来ない。
 だけど……ファムは自分の友達だ。
 友達が悲しんでいるのを、黙って見ているのは嫌だ。香里亜はその頭を撫で、ゆっくりとこう話す。
「ファムちゃん言ってましたよね『頑張れば、未来はいくらでも変えられます』って。だから、これから一緒に変えていきましょう。私じゃ、そんなに大きな事は出来ないかも知れませんけど」
「ふえっ?」
 ファムが顔を上げる。
 本当はファムがここに来たのは、『神の子事件』の真相を話すと同時に、もう二度と香里亜には頼み事をしないと言うためだった。人の目に付いてしまったことで、香里亜を『彼』と同じ目に遭わせないために、お別れを言うつもりだった。
 だが、香里亜はファムを見て頬笑んでいるだけだ。
「でっ、でもっ……あんなにたくさんの目に付いてしまいましたぁ……」
「大丈夫ですよ。顔は映ってませんでしたし、あれで私だって分かる人はいませんから」
「も、もう頼まないつもりで来たのに、どうしてそんなに優しいんですかぁ?」
 じわっとファムの大きな瞳に涙が溜まる。
 それを見て香里亜はにこっと笑った。
「だって、お友達じゃないですか」
 そう言った瞬間、ファムがふぇえ〜と泣き声を上げる。
「えっ、私何か悪い事言いましたか?ファムちゃーん、泣きやんでー」
「ち、違いますぅ……嬉しいんですぅ」
 もしかしたら『彼』も、香里亜と同じ気持ちだったのだろうか。先輩のことを「友達」だと思っていたからこそ、何も言わず黙って自分の狂ってしまった運命を受け入れ……それをファムが言うと、香里亜は泣いているファムを抱きしめた。
「今度は、私も顔とか見られないように気をつけますね。それにあのテレビはお昼しかやってませんから、そんなに見てる人いませんよ」
「でも、また同じようなことが起こったら……」
「その時はお面とか被ったりします。それともファムちゃん、私が手伝うの嫌ですか?」
 ぶんぶんとファムが勢いよく首を横に振る。
「そんな事ないのですぅ。出来れば、一緒に変えていきたいって……ふえぇーん」
 頑張れば、未来はいくらでも変えられる。
 あの出来事は今でもファムにとっては悲しくて、思い出しては泣いてしまうけれど、それも少しずつ変えていけるだろうか。
 生まれたことが、間違いじゃなかったと言えるぐらい。
 そうじゃないと、香里亜と出会ったことも間違いになってしまう。
「また、ファムちゃんのお手伝いさせて下さいね。あ、でもこの前みたいに筋肉痛になりそうなのは、出来ればお仕事お休みの前の日で」
「は、はいなのです。ぐすっ……」
「今度はお面とか、マスクとか用意しましょう。美少女仮面です……って、何か自分で言うと切なーい」
 その言葉に、ファムがやっと頬笑んだ。

「また来てくださいね、ファムちゃん」
 すっかり泣きやんだファムの柔らかい頬を突きながら香里亜がそう言うと、ファムはこくっと頷いた。まだ目の端は赤いが、もう涙で潤んではいない。
「はい。また来ますので、その時はよろしくお願いしますね」
「待ってます。一緒に地球人の運命を守りますよ」
 本当はお互い不安だらけだ。
 また『神の子事件』を起こしてしまうかも知れない。自分の力だけで、運命を守りきれないかも知れない。
 でも、きっと二人なら大丈夫。何故か分からないがそんな気がする。
「では、またお会いしましょー」
 ふっ……とファムの姿が消えていく。それをしばらく見送り、ふぅと一息……。
「おなかすいちゃったな。さて、ご飯にしよっと」
 炊きあがったばかりのご飯の匂いが鼻をくすぐる。火を止めていた煮物にも、きっと良い感じに味が染みこんでいるだろう。
「今日の煮物は自信作〜♪」
 また次の運命の危機が来るまでには、もう少し強くなっておきますね。
 炊飯器のご飯をかき混ぜながら、香里亜は心の中でファムにそう言った。

fin

◆ライター通信◆
ありがとうございます、水月小織です。
前回の「神の子事件」についての説明と、お別れを言いに来たファムちゃんとのお話を…と言うことで、こんな話を書かせていただきました。一つの狂いで、とても辛いことなのかも知れませんが、それがあったからこそある意味出会うことが出来たので、それも大きな運命の中の一つなのかなという気がします。
出来ればこれからもお手伝いしたいなとか、そんな気持ちも込めさせ頂きました。
リテイク、ご意見は遠慮なく言って下さい。
またよろしくお願いいたします。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
水月小織 クリエイターズルームへ
東京怪談
2007年03月26日

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