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『Zutrinken 』
氷室・浩介6725)&辰海・蒼磨(6897)&ナイトホーク(NPC3829)

「やった……心付けがちょっと入ってるぜ」
 安アパートの一室で、白い封筒の中身を数えていた氷室 浩介(ひむろ・こうすけ)は、何かを確かめるようにもう一度念入りに札の数を数え直した。
 普段このアパートを住居兼事務所にしながら、浩介は「何でも屋」を営んでいる。内容はボディガードまがいのことから庭の草むしり、はたまた電球の取り替えまで、気力・体力・精神力の範囲内で色々とこなしている……というか、犯罪行為以外なら、基本何でもありだ。受け付けなければ明日の食事に困るからだ。
 それは……。
「ほう。それなら久しぶりにいい酒が飲めそうだな……お主が不甲斐ないせいで、ここしばらく『りきゅーる類』とか『その他の雑酒』ばかりで飽いていたところだ」
 浩介の目に、紺の着流しが不意に飛び込む。
 辰海 蒼磨(たつみ・そうま)。彼は浩介の命の恩人の竜神で、今はここに居候中だ。一緒に暮らすことになった馴れ初め?を話すと長くなるのだが、何でも浩介が高校生の頃死にかけたのを、蒼磨に救ってもらった恩があるらしい。それも最近知ったので、浩介は時々蒼磨の言うことが眉唾なのではないかと思うことがある。
「お前が食い過ぎなんだ。ちったぁ遠慮しろ」
 浩介が基本的に貧乏な理由。それも蒼磨にある。
 何しろ本人が竜神と言うだけあって、食うし飲む。
 何でも屋という商売自体、かなり足下が危うい自転車操業なのに、その稼ぎを綺麗さっぱりと胃袋に納める食欲魔神なのだから、稼いでも稼いでも暮らしは全然楽にならない。
 しかし蒼磨曰く「遠慮している」というのだから、本気を出したらどうなるのか……腎臓でも売らなければ、とてもじゃないが養っていけないような気がする。
 封筒を手にしっかり持ちながら、浩介が蒼磨をじっと見ると、切れ長の青い目が細くなる。
「そろそろお主の作った食事じゃなくて、わしは外食がしたいのだが」
「………」
 この調子では貯金など無理な話だ。まあ、それでも今回「庭に花壇を作る」という仕事をの出来を、依頼人が大層気に入ってくれたようで、今日の報酬で家賃などを払っても余裕がある。自分で食事を作るのも面倒だし、何処か外に行って飲みに行くのもいいだろう。花壇を作る作業をしたのは浩介だが、そのデザインは蒼磨がやったのだから。
「お前はどこ行きたいんだ?」
 仕方ない。そんな事を思いながら聞くと、蒼磨は街頭に置いてあるフリーペーパーをパラパラとめくりだし、あるところを指さした。
「わしは、この『かくてる』とやらを飲んでみたい。店の名前も今宵の空のようで、麗しいと思わんか?」
 それは『蒼月亭』という店だった。
 昼間はカフェで夜はバーになるらしい。クーポンを持っていくと昼ならコーヒーが一杯サービスで、夜は会計が10%オフになる。
 そのクーポンもありがたいのだが、浩介の目を惹いたのはメニューの安さだった。
「うおっ!カクテルメニュー500円からってマジか?」
 店の説明には『マスターが注文してから豆を挽くコーヒーと、本格カクテルがお勧めのお店』などと書いてある。これなら蒼磨と一緒に飲み食いしても、懐があまり痛まなそうだ。
「どうだ?良さそうであろう」
 カクテルに関しては二人とも全然詳しくないのだが、散歩がてら連れ立っていくのも悪くない。既にうずうずと行きたそうにしている蒼磨に、浩介は溜息をつく。
「よし、お前にしては上出来だ。行くぜ」
 先ほど蒼磨が言ったとおり、今日は晴れた空に蒼い月が浮かんでいる。封筒をシャツのポケットに突っ込むと、浩介は意気揚々と立ち上がった。

 平日の夜の街は、何かが起こりそうな予感を漂わせながらも、しんと静まりかえっていた。クーポンを切り取り、その住所を確かめながら歩く二つの影は全く違った形をしている。
「お主、こっちではないか?」
「そうみたいだな。知る人ぞ知る店っぽい」
 その店は大通りから少し小路を入った場所にあるらしい。住宅街の番地表示を見て道を曲がると目の前に蔦の絡まるビルと、古い木の看板が見えてきた。
「ここか?」
 入り口には『Open』というドアプレートがかかっている。チラリと覗くと中に客はいないようだ。
 カラン。ドアベルが鳴ると同時に、店の中から二人に向かって声が掛けられる。
「いらっしゃいませ、蒼月亭へようこそ」
 カウンターの中にいたのは、マスターらしき長身で色黒の男だった。彼は初めて来た二人にニッと人懐っこく笑うと、開いているカウンターを指し示す。
「初めまして、俺はマスターのナイトホーク。ゆっくりしてってよ」
「うす、失礼します」
 普段は安い居酒屋や屋台ぐらいにしか縁がないので、浩介は何となく緊張してしまう。蒼磨の方は古いアンティークの照明や、後ろの棚にたくさん並べられたボトルなどに興味津々のようで、カクテルぐらいに入ったローストビーフのサラダを出しているナイトホークに質問をし始めた。
「御主人、後ろに並んでいるのは全て酒であるか?」
「そうだよ。足下の冷凍庫や冷蔵庫にも色んな酒が入ってる。酒が好きで始めた商売だしな。何飲む?」
 さてどうしたものか。
 お互いカクテルなど知らないので、メニューを見てもよく分からない。浩介はメニューの中で唯一知っている『ソルティドッグ』を注文する。
「お主、それは美味いのか?」
「カクテルはよく分からねぇんだよ……」
 ぼそぼそ話している浩介と蒼磨の話が聞こえたのか、ナイトホークは後ろの酒を指さしながら煙草をくわえた。カクテルがよく分からない客が来るのは、別に珍しいことではない。
「じゃあそっちの着物のお客さんは、どんな味がいいとかある?甘めが好きとか、きつい方がいいとか、それを言ってくれればお勧めを作るけど」
「かたじけない。それがし、かくてるについては全くの門外漢でな。辛口で、きつめのがあればそれを頂きたいのだが」
「かしこまりました」
 そう言うとナイトホークは、まず浩介の頼んだソルティドッグに取りかかった。グレープフルーツを切り、ゴブレットの縁に果汁を付ける。そしてカクテル用の塩が入った入れ物に縁をつけると綺麗に塩が立った。
「ソルティドッグの塩って、そうやってつけるんすね」
 その手際の良さに浩介が身を乗り出すと、蒼磨も興味深そうに一緒になって見ている。
「御主人、それは簡単そうに見えてコツがありそうであるな」
「ああ。果汁を付けすぎると塩が流れる。塩も細かい物の方がいい」
 話ながらも、大きめの氷やウォッカを入れる手つきは滑らかだ。そして手際よくグレープフルーツを搾り、それをゴブレットに入れ少しだけステアすると浩介の前にグラスが差し出された。
「お待たせいたしました。ソルティドッグです。そちらのお客様はもう少々お待ち下さい」
 今度はシェーカーとカクテルグラスが出された。辛口で強いカクテル……見た目酒には強そうなので、今日は『アースクエイク』にしようか。ジンとウイスキー、そしてペルノー(アニスで作ったリキュール)を入れ、軽快な手つきでシェーカーを振り始める。
「うおー……」
 プロに向かってこう言うのも変だが、やはり手際がものすごく良い。自分のグラスを持つと、蒼磨がじっと浩介の顔を見る。
「それは美味いか?」
「俺飲んでないのに聞くな。黙って待て」
 一口飲んだソルティドッグは、浩介が飲んだことのないような美味しさだった。今まで居酒屋などでも頼んだことはあるが、これを飲んでしまうと、今まで飲んできたのは何だったのかという気になる。
「うわ、マジ美味い」
 それを聞いたナイトホークが、嬉しそうに蒼磨の前に薄オレンジ色のカクテルを差し出す。
「そう言っていただけると光栄です。お待たせいたしました。辛口で強めと言うことで、アースクエイクを作らせていただきました。飲むと体が揺れるほど強いので『地震』と名付けられたカクテルです」
 自分の元に来たカクテルを蒼磨は嬉しそうに口にした。確かにジンとペルノーの香りが強く、口当たりは辛いが後味は爽やかだ。浩介ではないが、確かに美味い。
「うむ、御主人。これは気に入った。ところで、わしのとこいつのは作り方が違うようであるが、理由があるのでござろうか」
 蒼磨の質問に、ナイトホークはシェーカーを洗いながら笑う。
「ああ、混ざりにくいやつを素早く混ぜながら冷やすのと、強い酒の角を取る時はシェーカーを振るんだ。比重がさほどなかったり、シェーカーで振ると濁ったり味が丸くなりすぎるのは混ぜるだけ」
 全然知らなかった。思わず感心しながら、浩介は蒼磨のグラスを見る。
「それ一口くれよ。そっちも美味そうだ」
「お主のとわしのでは、そっちの方が多いから不公平であろう。頼め」
「別々の頼んだ方が、色々味わえっぞ」
 何だか対照的な二人だ。そんな二人のやりとりを見ながら、ナイトホークは煙草に火を付けて話しかける。
「仲良さそうだけど、二人は友達?」
 そこで浩介は持っていた名刺を差し出した。こういう時に営業をかけておかなければ、なかなか商売は広がらない。そして一緒に蒼磨のことも紹介する。
「何でも屋をやってる氷室 浩介っす。あ、これは家の居候っす」
 その時だった。
「それがしは、齢二百五十六歳の竜神でござる。こやつが死にかけたときに、憑いて陸に上がって来たのだ」
 ……本当のことを言ってどうする。
 浩介はぱしっと蒼磨にツッコミを入れると、何とかごまかすように一生懸命フォローを入れ始めた。誰も彼にも本当のことを教えればいいと言うものではない。下手すると初対面で「変人」のレッテルを貼られてしまう。
「いや、二十六歳の友人っす。俺、死にかけたことがあって、それ以来腐れ縁で……」
 嘘をつくなら、真実に混ぜなければ。だがそのフォローを聞いたのか聞き流したのか、ナイトホークは笑いながら二人を見た。
「ん、うちは訳ありの客多いから大丈夫だよ」
 竜神どころか、この店には人間ではない色々な客が来る。そんなナイトホークも不死だったりするのだが、それがちっぽけなぐらいだ。
 もっと不審がられると思っていたのに、何気なく受け入れられてしまったので浩介が気抜けしていると、その横では蒼磨が既に一杯目のグラスを空けている。
「御主人は分かってらっしゃる。こやつは色々口うるさくてな」
「お前がマイペースすぎなんだっつーの。ナイトホークさんみたいに、皆が受け入れる訳じゃねぇんだって」
「お主は小さいな。御主人、別のを頂けぬか?」
「聞けよ、人の話を……」
 人ではない蒼磨は、時々人間の感覚とかなりずれているところがある。昔は人と神が共存していたのかも知れないが、今は違う。科学が発達し、地球の裏までネットで繋がるようになってしまい、人は色々なものを忘れてしまった。
 浩介は時々不安になるのだ。
 蒼磨は自分に正直に、自由に生きているだけだ。だが、それが受け入れられなかったら、どうするのだろうかと。
「つったく、お前は暢気なんだよ」
 そんな思いをごまかすように言い捨てる。すると蒼磨は、それを見透かしたかのようにふぅと溜息をついた。
「お主が神経質なだけだ。そのうちなじんでくる。そうであろう、御主人」
 『フォールン・エンジェル』の入ったシェーカーを振りながら、ナイトホークが頷く。
「蒼磨さんのことを心配してるんだよ」
「違っ……!」
 言い当てられてしまった。慌てて否定するが、蒼磨は目を細めているだけだ。
「やはり陸は面白いのう。酒も美味いし、これでお主の稼ぎが良ければ言うことなしなのだが」
「それは、お前が俺の稼ぎを全部食うからだ。海に帰れ」
 不安になって損した。自分の不安など、蒼磨は全て跳ね返すだろう。たとえ人に受け入れられなかったとしても、それはそれとしてまた流れ続ける。
「まあまあ、はいフォールン・エンジェルです。浩介も何か飲むか?」
「あ、ナイトホークさんにお任せするっす。強いとか気にしなくていいっすから、お勧めを」
 そのリクエストに、ナイトホークは『ブルー・ムーン』を作った。店の名前にかけたのだが、それ以外にも「出来ない相談」と言った意味でも使われる言葉。
 その青いカクテルが出されると、蒼磨が物欲しそうにじっと見る。
「美味そうだな。その青はわしの着物と合いそうではないか?」
「やらねぇぞ。自分で頼め」
 さっきのお返しだ。心の中で舌を出しながら、浩介はスミレの香りがするカクテルを口にした。

 ゆっくりとした時間。美味しいカクテル。
 最初は緊張していたのだが、だんだん口も軽くなってくる。
「ナイトホークさんって、仕事の斡旋もやってるんすか?」
 仕事の紹介話を仄めかされ、浩介は身を乗り出した。普段から貧乏だし、こうやって仕事を頼んでくれる人と知り合いになれるのはありがたい。ナイトホークは煙草を消し、壁の方を指さした。
 そこには「アルバイト求む」という小さな紙が貼ってある。
「簡単な仕事から、ちょっと危険な物までいろいろあるけど、何かあったら連絡するよ」
「お願いします。ありがたいっす……お前も飲んでばかりいないで何か言えよ」
 ぐい……と浩介は、蒼磨の頭を無理矢理下げさせた。蒼磨は何が何だか分からないと言う表情をし、じっとナイトホークの顔を見る。
「御主人……いや、内藤殿は顔が広いのだな」
「ちょっ!」
 どうやら蒼磨は「ナイトホーク」を「内藤」と「ホーク」に分けて覚えたらしい。流石にそれはないだろうと、思わずぱしっと頭を叩く。
 一瞬誰のことを言われたのか分からず唖然としたナイトホークは、その様子を見て肩を振るわせ始めた。
「ごめ……俺も色んな呼ばれ方してるけど、内藤殿はちょっとツボった。いいな、それ。今度そうやって名乗るかな」
「いや、付き合わなくていいっす。図に乗りますから」
「いい名字だな。内藤殿、それがしにブルー・ムーンを作っていただきたいのだが」
「早速呼ぶな。ナイトホークさんだっつってんだろ」
 そんなやりとりをナイトホークは笑いながら見ている。
「色んな呼ばれ方してるから、好きに呼びなよ。ブルー・ムーンで乾杯しようぜ」
 家に帰るときにでも、ちゃんと次に正しい名前を呼べるよう蒼磨には教えておこう。浩介はそう思う。でも、もしかしたら蒼磨のことだから「好きに呼べと言われた」と、聞き流すかも知れないが。
「今後ともごひいきに。改めてよろしく」
「こちらこそよろしくお願いするっす」
「よろしく頼み申す」
 青いカクテルの入ったグラスが高い音を立てる。
 その青に映っていた、照明の月が優しく揺れる。

fin

◆登場人物(この物語に登場した人物の一覧)◆
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
6725/氷室・浩介/男性/20歳/何でも屋
6897/辰海・蒼磨/男性/256歳/何でも屋手伝い&竜神

◆ライター通信◆
初めまして、水月小織です。そしてありがとうございます。
少し懐が暖かくなった二人が、蒼月亭へ行ってカクテルデビューということで、このような話を書かせていただきました。
蒼磨さんの「内藤殿」は結構ツボです。浩介さんは日々価値観の違いに苦労しつつも、その中には心配とかそんな気持ちがあるのかなとか。タイトルはドイツ語で「乾杯」の意味です。
リテイク、ご意見は遠慮なく言って下さい。
また機会がありましたらよろしくお願いいたします。
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
水月小織 クリエイターズルームへ
東京怪談
2007年03月23日

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