『幸せの贈り物 』

真砂・朱鷺乃（0776）

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　バレンタインデーに送られた、リボンの掛かった小さな箱。
　開ければ甘い香りとともに、丸い形のチョコが幾つか入っているのが見える。
　不揃いな大きさ、少し歪な形。
　手作りであろう事は、容易に予想が出来た。
　手渡してくれた時の、少し恥ずかしそうな、それでいて嬉しそうな笑顔とともに浮かぶ、一生懸命チョコを作っているあの人の姿。
　お返しは心の篭ったものを送りたい。
　けれど・・・


「何を贈ったら良いかって、俺にきかれてもなぁ」
　紫色の瞳を細めながら、ソファーに深く座り込んだ鷺染　詠二（さぎそめ・えいじ）が困ったように天井を仰ぐ。
　いそいそとキッチンから紅茶とクッキーを持ってきた笹貝　メグル（ささがい・−）が兄である詠二の隣に座ると、長い銀色の髪を１本に束ねてからカップに手を伸ばす。
「ご自分で一生懸命選んだものならば、喜んでくださると思いますけれど」
　やや上目使いになりながら、メグルが控えめにそう呟くと紅茶に息を吹きかける。
　それに習ってカップを手に取ると、『私』は心の中に渦巻いている気持ちを素直に言葉にして伝える。
　すなわち・・・買ったものではなく、自分で作ったものをあげたい。相手がそうしてくれたように、自分も悩みながら、相手の事を想いながら作りたい・・・
「手作り、ですか」
　メグルが元々大きな瞳を尚更大きくさせて、淡い色の唇の前に手を持ってくるとパチクリと瞬きをする。
　手作りは変なのだろうか・・・？不安そうな瞳をチラリと向ければ、彼女は柔らかく微笑んで首を振った。
「素敵ですね。ぜひ兄も誘ってやってください」
「毎年お返しは手作りだろ？」
「・・・お兄さんの場合、私の分はついでみたいなもんじゃないですか。あまったからあげる、みたいに」
　ぷぅっと頬を膨らませてむくれるメグルに苦笑しながら、詠二は傍らに置いてあったブックラックから厚めの本を取り出してこちらに寄越した。
「お菓子作りの本、良かったら貸すからどうぞ」
「キッチンもご自由に使ってください。もし分からない事があれば、お手伝いいたします」
　メグルが柔らかい微笑を浮かべ、詠二が悪戯っぽい表情を覗かせながら部屋の隅に置かれた電話を指差した。
「何を作りたいのか決まらなかったら、相手の人に聞いてみれば良いしな」


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　常温に戻したバターを泡立てながら、真砂・朱鷺乃は隣でバットにコーンスターチを敷き詰めているレオン・ユーリーにチラリと視線を向けた。
「ねぇ、本当にジンジャークッキー平気かなあ？」
　やや心配そうに眉尻を下げ、それでも手だけは止めずに泡立て続ける。
「良いんじゃねーの？」
「お菓子の本見て、これなら平気かなあって思ったんだけど・・・お砂糖は控え目にするし・・・」
「アイツも、そう甘ったるくなければ食うだろう。夜中に作業してると小腹が空くって言ってたし」
「本当？」
　肯定の言葉をかける代わりに、レオンは微かに微笑んだ。
　クリーム状になったバターに、ブラウンシュガーを加えてさらに混ぜる朱鷺乃。
「クッキーなら失敗し難いしな」
「そうなんだよねぇ。マシュマロとか、キャンディとかも良いかなぁって思ったんだけど、作るの難しそうで・・・」
　遠くに注がれる視線に、レオンが水とグラニュー糖と水飴を手鍋に入れ、火をつけながら苦笑する。
　朱鷺乃の料理の腕は、上手いとも下手とも言えないものだった。
　一生懸命すぎて、集中力が途切れてしまい、凡ミスをしてしまう時が多々有る事を、レオンは知っていた。
　朱鷺乃が想いを寄せる人の親友である彼は、彼女とは良い友達・・・兄妹のようなものだった。
「・・・朱鷺乃が作ったモンなら何でも食うと思うけど・・・」
「え？何か言った？」
　レオンの呟きに、溶き卵を慎重に入れながら混ぜていた朱鷺乃が顔を上げて首を傾げる。
　シャカシャカと、泡だて器がボウルに当たる度に軽快な音が響き、レオンの呟き声程度は掻き消してしまっているようだ。
「何でもない・・・こっちの話し」
「ふーん。・・・レオンは何作ってるの？」
　ふわりとボウルから香る独特の香りに、朱鷺乃が鼻をひくつかせる。
　レオンが鍋の液体をボウルに移し、移したものを再び鍋に入れる。
「んー、これ、ウィスキー？」
「ご名答。彼女へのお返しにな、ウィスキーボンボン」
　家族が沢山おり、料理の腕はなかなか良いレオンが、静かにウィスキーと鍋の液体を混ぜ合わせる。
「酒の匂いの中で菓子作りってのもなんとも・・・」
「彼女へのお返しって言うか、レオンが食べたいだけ？」
　生姜の絞り汁を入れて混ぜ合わせ、薄力粉・ココア・ベーキングパウダー・シナモン・クローブを振るい入れていた朱鷺乃がサラリと痛いところをつく。
　手元に注がれている視線と良い、真剣そのものの横顔と良い、レオンに意地悪をしようとして言った言葉ではない。それは、レオンにも良く分かっていた。
　けれど、無意識に核心を突かれたからこそ、傷は深いと言うもので・・・
　出来上がったものを型に流し込み、表面にコーンスターチをたっぷりと振るいかけ、レオンは手を止めた。
　このまま６〜７時間程度置いておけば、砂糖が再結晶して固まり出す。
　泡だて器を置き、ゴムベラに持ち替えた朱鷺乃の頬を引っ張るレオン。
　何が起きたのか分からない朱鷺乃が、ほっぺたを引っ張られるままにポカーンとし・・・
「俺が食いたいだけとか言うのはこの口か？」
「らって、しょうれしょー？（訳：だって、そうでしょー？）」
　悪意ゼロの純粋な瞳は、やはり心を抉る。
　赤い瞳がパチリと瞬きをし、レオンは口の中で「やれやれ」と呟くとパっと手を放した。
　ゴムベラでザックリと混ぜた後で、生地をひとまとめにしてラップで包み、冷蔵庫に入れる朱鷺乃。
「１時間程度冷やせば良いんだよね？・・・あれ？レオンはすることないの？」
「あーって言うか、今日はこのままでまた明日になるかもしんねー」
「え？どう言う事？」
「砂糖の殻が出来るのに、時間がかかるんだよな」
　型に流し込んでから１２時間以上経過しないと、殻は薄く壊れやすいので取り出すことは出来ない。
　明日も此処に来るべきか、それとも・・・
「その事でしたらご心配なく」
　何時の間にかキッチンの扉近くに立っていたメグルが、銀色の髪を揺らしながらフワリと微笑む。
「朱鷺乃さんの生地が冷える頃に、レオンさんのウィスキーボンボンもチョコレートで加工できるようにしておきます」
「え、しておきますって、お料理番組じゃねーんだから・・・」
　事前に作っておきましたと言う事は有り得ない。
「具体的に言いますと、未来から取ってくるんです。私は、時間を自由に移動できる能力があるんです」
　サラリととんでもない事を言うと、メグルは丁寧に頭を下げた後でこちらに背を向けて出て行ってしまった。

　
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　待ちの時間、レオンは朱鷺乃からの質問攻撃にあっていた。
　次から次へとされる、彼に関しての質問。
　好きな人の事を知りたいと思う気持ちは良く分かるのだが、さすがにこれだけ次々と質問されては・・・
「それじゃぁ、どんな色が好き？」
「あー、そうだなぁ・・・よく着てる服の色とかは・・・」
　目を輝かせながら、ほんの少し頬を上気させて身を乗り出している朱鷺乃。
　女の子でも男の子でも、好きな人の話をしている時の顔は輝いている。
　少々面倒臭いと思いつつも、可愛いと思えてしまう・・・甘やかし系の兄貴にはならないぞと気を引き締めつつ、自然に口元に浮かんでくる笑みを押し殺す。
「そろそろ時間かな？」
　真っ白な壁にかかっていた時計に視線を移し、朱鷺乃はゆっくりと腰を上げると解いていた髪を再び１つにまとめる。
「本当に出来てるのか？」
「んー、分からないけど、メグルさんはそんな嘘をつくような人には見えなかったよ」
「それには俺も同感だな」
　真っ直ぐな凛とした瞳は、嘘偽りが嫌いなタイプのようにさえ見えた。
「そう言えば、詠二さん、だっけ。メグルさんのお兄さんの」
　どこか人を拒絶したようなメグルとは違い、兄だと紹介された詠二は人懐っこかった。
「あんまり似てないよね。どっちも綺麗な顔立ちだとは思うけど・・・」
「ジャンルが違う感じだよな」
「うん。良い人そうだったよね」
「そうだな」
「・・・でも、心の読めない人だよね」
　朱鷺乃がふっと大人びた表情で遠くを見詰める。
　無邪気な詠二の顔は、確かに懐っこかった。思わずこちらもつられて微笑んでしまいそうになった。
　・・・けれど、紫色の瞳は笑ってなんかいなかった ―――
「相手次第で態度を変えるのかな？」
　ポツリとそう呟いた後で、朱鷺乃は１つだけ頭を振った。
　詠二とメグルの事を頭から追い出し・・・キッチンに入ると、冷蔵庫を開ける。
　ヒヤリとした冷たい風が、白い帯となって朱鷺乃を包み込む。
「あ、本当に出来てる・・・」
　背後から聞こえたレオンの声に、朱鷺乃は生地を慎重に冷蔵庫から出すとテーブルの上に置き、ベーキングシートで挟むと丁寧に伸ばし始めた。
「本当に出来てたんだ」
「ほら」
　レオンが小さな勾玉型のウィスキーボンボンを朱鷺乃に見せる。
「それにチョコレートつけて出来上がり？」
「あぁ。でも、慎重にやらないと・・・」
　手で触れただけでも溶け出してしまいそうな薄い飴に、レオンは急いでチョコレートを刻むと湯煎にかけた。
　朱鷺乃が型抜きに小麦粉をつけて、生地を抜いていく・・・
「無駄のないように抜けよ」
「分かってるって」
　星型やハート型、色々な型を使いながら生地を抜いていく。
　端から綺麗に、なるべく無駄のないように抜き取っていく作業は、パズルの感覚に似ていた。
「あまった生地は、まとめて伸ばせばまた使えるぜ？」
「はい、先生！」
「・・・先生？」
　シュピっと敬礼した朱鷺乃に、チョコレートを型に流し込んでいたレオンの動きが止まる。
「何だか、お料理教室みたいで・・・」
「うーん、先生としてはもう少し上手に型抜きをしてもらいたいな」
　端が少し欠けた星を指差しながら苦笑するレオン。
　朱鷺乃が慌ててそれを隠そうと、テーブルの前に立ち・・・
「し、精進するであります！」
「はは、頑張れ」
　麺棒で伸ばした生地を、今度は慎重に抜いていく朱鷺乃。
　あまりにも真剣で一生懸命な朱鷺乃の顔に、自然と顔が綻び ――― 頭を撫ぜたくなる衝動を、なんとか押さえる。
「しっかし、バレンタインにもチョコ送って今度はクッキー・・・健気だねぇ」
「え、何か言った？」
　真剣になりすぎて聞こえていなかった朱鷺乃が顔を上げる。
　何でもないと言うように首を振り、レオンはオーブンを１８０℃に設定すると再び自分の作業に取り掛かった。
　ある程度固まったチョコレートの中心部分をくりぬき、そこに先ほど作ったウィスキーボンボンを入れて上から繋ぎのチョコレートを塗り、上にチョコレートを乗せる。
　朱鷺乃が１８０℃に温まったオーブンの中に生地を入れ、１０分に設定するとパチンと手を打った。
「後は出来上がりを待つだけだね！」
「俺の方も、あと少し」
　レオンがチョコレートを冷蔵庫の中に入れ・・・何時の間にか、テーブルの上に小さな缶と手紙が乗っている事に気がついた。
「あれ？これ、メグルさんからだ・・・」
「何て書いてあるんだ？」
「えっと・・・『朱鷺乃さん・レオンさんへ。お菓子作りお疲れ様です。私と兄は、所用が入りまして少し外に出ています。もし宜しければ、紅茶でも飲んで一休みなさってください』だって」
　見れば金色の缶の側面には、紅茶の葉が描かれている。
「・・・何時来たんだろう？」
「全然気付かない・・・って事はねーだろうから・・・」
「何気に凄いんだね、メグルさん・・・」
　朱鷺乃とレオンは顔を見合わせると、食器棚の中から真っ白なカップを取り出してお湯を沸かし始めた。


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　焼きあがったクッキーを十分冷やした後で、朱鷺乃とレオンは試食会を開いた。
　縁に繊細な薔薇のイラストが描かれているお皿の上に、様々な形のクッキーが並ぶ。
　レオンが星型のクッキーを１つつまみ、サクリと軽い音を立てて齧る。
「どうかな？」
　ゆっくりと咀嚼していたレオンが、コクリと喉を鳴らし・・・ふわりと微笑むと、朱鷺乃の頭を撫ぜた。
「うん。美味しい。これならきっと、あいつも喜ぶよ」
「本当！？良かった・・・！」
　喜びのあまり、目尻に涙を溜めた朱鷺乃が歓声をあげ・・・トテトテと隣の応接室まで小走りに行くと、部屋の隅に置いたバッグの中からラッピング用のリボンと箱を取ってくる。
「はいこれ、レオンの分」
「お、さんきゅ」
　箱とリボンを渡され、レオンがお礼を言いながらウィスキーボンボンを１つ口の中に放り入れる。
　甘いチョコレートがジワリと溶け、中から薫り高いウィスキーの液体がドロリと出てくる。
　口の中に広がった深い味を堪能した後で、飲み下す。
　熱を持った液体が、食道を通ってゆっくりと胃に落ちるのを楽しむと、チョコレートを１つつまんで朱鷺乃の口の中に入れる。
「え、ちょ、私まだ未成ね・・・」
「大丈夫大丈夫」
　ニヤニヤとしながらレオンが朱鷺乃の肩をぽんと叩く。
　甘いチョコレートがトロリと口の中で溶け、中から出てきたのは・・・
「これ、何？」
「どうだ？」
「んー・・・甘い」
「や、甘いのは知ってんだけど・・・」
「あ！マシュマロ！？」
「ご名答」
　ふわふわとした柔らかな甘い味は、チョコレートと同様、舌の上で儚く溶け消えた。
「これ、美味しい！」
「それじゃぁ、成功だな」
「レオン、何時の間にマシュマロチョコレートまで作ってたの？」
「チョコレートでコーティングするだけだから、そんな手間かからねーし」
「ふーん、これもあげるの？」
「あぁ」
　箱を組み立てて、チョコレートを綺麗に並べていくレオン。
　その背中で朱鷺乃がクスリと微笑み ―――
「むしろ、そっちをあげるんでしょう？」
「あぁ・・・って、どっちもあげるっつの！」
　うっかり頷いてしまったレオンが声を荒げ、朱鷺乃の頬を引っ張る。
「じゅぼしー！（訳：図星ー！）」
「図星じゃねぇって！だから、本当にどっちもあげるんだってば！」
　可愛さあまって憎さ１００倍。
　朱鷺乃とレオンは何だかんだ言いながら、仲良くラッピングをすませるとキッチンの後片付けをして応接室に戻った。


☆♪☆ ――― ★♪★ ――― ☆♪☆


　戻って来たメグルと詠二にキッチンを使わせてもらったお礼を簡単に言って、２人は席を立った。
「お気をつけてお帰りください」
　メグルが丁寧に頭を下げて扉を開け・・・気付いた時には、見慣れた通りの真ん中に立っていた。
「あれ？ここ・・・」
「夢だったっつーわけじゃないし・・・」
　手に持った箱をまじまじと見詰めると、２人はあまり深く考えない事にして、歩きなれた道を先へと進み始めた。
「・・・喜んでもらえるといいな・・・」
　長い髪を揺らしながら歩いていた朱鷺乃がポツリと呟き、レオンが背中をそっと叩く。
「一生懸命作ったんだ。きっと喜んでくれる」
「そうだよね、レオンにもお墨付き貰ったし！」
「・・・や、味とかの問題じゃなくて・・・」
　気持ちがこもっているからこそ嬉しいし、その分美味しく感じる。
　そう言おうとしたレオンだったが、２人の未来を決めるのは２人自身だ。
　遠まわしな助言やフォローはしても、あまり核心的な事を言ってはいけない。
「レオンも、喜んでもらえると良いね！」
「・・・あぁ」
　ややあってからゆっくりと頷くと、レオンは長い指でそっと箱を撫ぜた ――――――



Ｅ　Ｎ　Ｄ


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号　／　ＰＣ名　／　性別　／　年齢　／　クラス】


　0776 / 真砂・朱鷺乃　　 / 女性 / 18歳 / エスパーハーフサイバー


　0653 / レオン・ユーリー / 男性 / 21歳 / エキスパート


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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　この度は『幸せの贈り物』にご参加いただきましてまことに有難う御座いました。
　朱鷺乃ちゃんにレオンさん、初めましてのご参加有難う御座いました。
　口調がとても心配ですが、許容範囲内でしたでしょうか・・・？
　お友達（兄妹）同士のご参加と言う事で、楽しく・優しく・温かくをモットーに執筆いたしました。
　しっとりとした優しい雰囲気のノベルに仕上がっていればと思います。

　　それでは、またどこかでお逢いいたしました時は宜しくお願いいたします。

ホワイトデー・恋人達の物語２００７

雨音響希

PSYCHO MASTERS　アナザー・レポート

2007年03月14日