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『和食で夕食 』
黒・冥月2778)&ユリ(NPC4371)

 色々あって、ユリと夕食を食べる事になった黒・冥月。
 だがまだ日は高い。
「夕食時まではまだ時間があるな……。少し寄り道でもしていくか?」
「……寄り道、ですか?」
 冥月に言われ、ユリは小首を傾げる。
「……どこか良いところでも?」
「ああ、そろそろ衣替えの季節だろうし、少し衣料品でも見て回らないか?」
「……良いですね。私もそろそろ新しい服とか欲しいですし」
「よし、なら決まりだ」
 暇潰しの内容も決まったので、すぐに目的地へ向かう。

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「……ブルジョワジーって恐ろしい」
 だがユリは、そこに並べられた服の値段の高さに目を丸くする。

 連れて来られたのは大きな高級デパート。
 こういうところの品物は全般的に高いのは知っていたが、ここまで桁が違うとは思ってなかった。
「どうだ、何か気に入るものでもあったか?」
「……そ、そうですね」
 冥月が近寄って尋ねるが、ユリの反応は芳しくない。
 ユリの視線が値札に向いているのを見て、冥月も何となく彼女の心情を察する。
「IO2から給料とかもらってないのか?」
「……貰ってはいますけど、ここまで高いとなると私の生活レベルが下がりそうです」
 服一着にウン万円、一式そろえて会計しようとすれば十万金が軽くすっ飛んでいく。
 ブランド物も並ぶこのデパートで、その程度の値段はザラなのだが、やはり貧乏興信所を笑えない貧乏生活を送っている少女もまた、そんな服には手が届かないのである。
「もっとリーズナブルな方が良かったか……。店選びを間違えたな」
「……い、いえ。でもこうして高いものを眺めてるだけで目の保養になります」
 その考え方が最早貧乏性が染み付いている証拠でもある。
 高いから買えないけど、見るだけならタダなんだから良いじゃない! と、半ば開き直っているのだ。
 そんなかわいそうな少女がなんとも見ていられなくなり、冥月はそっと声をかける。
「なんなら、プレゼントに一着買ってやろうか?」
「……王子様は当てになりませんからね……。あ、でも冥月さんにそこまでしていただくのは、流石に悪いです」
 やんわりと断るユリだが、視線は先程から変わらず、ただ一着を眺めている。
 薄紫のワンピース、春らしいパステルカラーだ。
「あのワンピースが欲しいのか?」
「……え、いえ! ぜ、全然」
 慌てて視線を逸らし、バタバタと手を振るが、ぶっちゃけてバレバレである。
「遠慮するな。今日はお前をエスコートするんだから、これくらいのプレゼントはアリだろ」
「……でも、何か特別な日でもないのにプレゼントを貰うなんて……」
 ただ、彼女はプレゼントに慣れていないだけなのだろう。
 しかもそれになれるための最初のハードルがこれほど高いワンピースでは、彼女でなくても恐縮してしまうと思う。
 だが、冥月はそれを笑い飛ばす。
「中学生なんだから、歳相応にわがままに生きれば良い。まだまだお前は子供なんだから、大人の厚意には甘えておけ」
「……子供、ですか……」
 ポフ、と頭に置かれた冥月の手に甘え、ユリはその視線を少し下に向けた。
「……私は、早く大人になりたいです」
「老化は女にとって厳しいぞ」
「……それでも、早く大人に」
 切実な願いらしい彼女の呟きを、冥月はそれ以上茶化す事は無く、ユリの髪をサラリと撫でる。
「じゃあ、このワンピースを目標に金を貯めると言うのはどうだ?」
「……お金を?」
「そうだ。やはり明確な目標があったほうが、何をするにもやる気が出るだろう」
 とは言え、このワンピースはすぐに売れてしまうかもしれないし、逆に売れなくてもユリがお金を貯めるまで、この店においてあるという保証は無い。
 だが、ただ漠然と『大人になりたい』と願って、がむしゃらに進んでいてもだめだ。
 目標を設定し、それに辿り着けた所でやっと、一つ大人に近づく事ができたと実感できれば、それは良い思い出になろう。
「どうだ? やってみないか?」
「……は、はい。やってみます。がんばりますよ、このワンピースを手に入れるまで!」
 僅かに闘志を燃やすユリに、冥月は小さく笑いかけた。

「それにしても、今の時期は私好みの服が無いな」
「……冥月さん、春夏物を売ってる店で黒い服を望むのはどうかと」
 やはり鮮やか色が多い季節なのだ。

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 その後もチョロチョロとウィンドウショッピングを楽しんだ後、
「じゃあ、そろそろ飯でも食いに行くか」
 と冥月が切り出したのをきっかけに、今日最後のイベントに向かう二人だった。

 ユリが連れて来られたのは、昼に飲茶をしに行った中華料理屋と負けず劣らずのお高そうな和食料理店。
 ガラリと引き戸を開けると、ジャリの敷き詰められた床に、まっ平らに切り取られた大きな大理石の足踏み場がある出入り口に迎えられた。
「いらっしゃませ、お二人様ですか?
「ああ、空いてるか?」
「ええ、お部屋へご案内いたします。こちらへ」
 物腰穏やかな女性が冥月とユリを先導して奥へと進む。
 彼女についていこうと歩き出す冥月だが、ユリは戸惑って足踏みしていた。
「……あ、あの、お部屋って?」
「ああ、ここは一風変わった店でな。各部屋に客を通して、その部屋一つ一つについてる台所で料理してくれるんだ。メニューも豊富だし、多分ユリも満足できるんじゃないか」
「……そ、そうなんですか」
 変わった店の形態云々よりも、やはりこの店の醸し出す高級感に圧倒されてしまい、ユリは逡巡しつつも店員と冥月の後に続いた。

 通された部屋は純和風の部屋。
 畳が敷かれた八畳間の中心に木のテーブルが置かれ、部屋の東西と南側は襖で仕切られており、北側には掛け軸と壷。どちらも高そうだ。
 そして南側の襖を開けると、その奥に広がるのは、夜の闇をライトで切り取った日本庭園が広がる。
 砂利一つ一つが作り出す様々な影の表情はいつまで見ていても飽きそうになかった。
 そうして庭に見惚れている途中で、店員が西側の襖を開ける。
 そこには小さいながらも立派なキッチンが。料理人もいつの間にかスタンバイしている。
「では、お品書きの方をどうぞ」
 店員がテーブルに冊子を置き、また一礼して『ごゆっくり』と言った後、部屋を出て行った。
 彼女が出て行った後、料理人の男性が二人に声をかける。
「なんにしましょう?」
 料理人の人に尋ねられた冥月はメニューを手にとってパラパラとめくる。
 前菜として何か軽く腹に入れておくのも良いが、何となく始めから飛ばして行きたい気分だったので、メニューを指差し
「とりあえずこの寿司の欄を全部」
「……ぜ、全部!?」
 冥月が言ったのだが、すぐにユリがワナワナと震えて冥月にすがり寄る。
「……み、冥月さん、ここ、寿司が一巻四桁もしたりするんですよ?」
「ああ、そうだな。あまり値段は見てなかった」
「……それを、ぜ、全部なんて……」
 ザッと見ただけでも見開き二ページぐらいは埋めているだろうか。
 オーソドックスなネタから創作的なネタまで、随分と幅広く提供しているようだ。
「あと、この海鮮丼というのと、和牛の炙り焼きと言うのも美味そうだな……それに、ああ、ふぐ刺しも良いかも知れん」
 食べあわせとかはあんまり気にしない。ビュンビュン飛ばしていくのだ。
「かしこまりました。……そちらのお客様は?」
 料理人の人に尋ねられ、ビクンと肩を震わせたユリは、何とか作り笑いをして答える。
「……あ、あの、親子丼、一つ」
「……以上でよろしいですか?」
「ちょっと待ってくれ」
 尋ね返す料理人の人を制止して、冥月がユリに向き直る。
「それしか食べないのか?」
「……あ、はい。お昼に食べたものがまだ残ってますので」
 まぁ、アレだけ食べていればそんな事もありえないとも言い切れないかもしれないが、多分、これは嘘だろう。
「なんだ? 食事制限か?」
「……い、いえ。そういうわけじゃないです」
「若い内からそういう事をしていると良い女になれんぞ。今のうちは良いかもしれんが後々でしわ寄せが来る」
「……いえ、ですから別にダイエットってワケじゃ……」
「沢山食べよく運動する、それが美貌と若さ保つ秘訣だ。第一、誰かさんと共に戦いたいなら体力も必要だろ。遠慮せずに食えよ」
「……はい、わかりました。」
 ぺらぺらとまくし立て、ユリに有無を言わせない。
 こんな少女に財布の心配なんてされて堪るものか。
「じゃあ他には何を頼む?」
「……あ、いえ、冥月さんの頼んだのをつついていこうかな、とか。行儀悪いですかね?」
 ユリはそう言って料理人の人を窺うが、彼は特段、気にした様子もなくスマイルを保っている。
「料理とは楽しんでこそ華。お客様の楽しみ方は千差万別です。お好きな形でお楽しみください」
 つまり回し食いもアリだ、という事か。商売人ならそんな行為は止めるのだろうが……やはり変わった店だ。

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 食事の最中に、ユリがふと冥月に尋ねる。
「……前にも一度訊きましたけど、冥月さんってどんな人とお付き合いしていたんですか?」
 唐突に訊かれて冥月も返答に困ったが、うーとかあーとか間を置いた後に適当に答える。
「なんと言うか、まだお前には早いかもな」
「……私には早い……ですか?」
 答えを得て、ユリは独り、思案する。
 早い……?
 早い……。
 早い……!
 早い……!?
「……あ、あああ、あの、やっぱりお食事中にはふさわしくない話題でした、きき、聞かなかったことにしてください」
「何か、勘違いしてないか?」
 耳まで真っ赤にして謝るユリに、冥月は半ば呆れながら言った。
「まだ、お前は社会の闇なんか知らなくて良いって話だ」
「……社会の闇、ですか……。やはりそれは、その……やらしい感じの話ですか?」
「お前は……まずそういう発想から離れろ」
 何処か天然混じりの少女にため息をつきつつ、その幼い顔を見てふと思う。
 ……もしかしたら、この少女も自分と同じ目に遭うのだろうか? 愛しい人を亡くし、何の誇張表現もなしに身を引き裂かれるような思いをしてしまうのだろうか?
 そう思った瞬間、冥月は首を振る。
 そうさせないために、どこぞの小僧を鍛えてやっているのだ。そうさせないために自分が見守ってやっているのだ。
 あんな苦い思いを、彼女にまでさせたくはない。
「……どうしました、冥月さん?」
「あ、いや、なんでもない」
 ユリに顔を覗き込まれていた事に多少驚きつつ、笑って答える。
 ユリは多少訝っていたようだがそれ以上尋ねの言葉は重ねず、代わりにこんな事を言う。
「……じゃあ、話せるような事だけ教えてください。冥月さんのお話、聞きたいです」
「あんまり面白い話じゃないぞ?」
「……良いんです。お願いします」
 話題が込み入った話になってきたので、料理人の人は『用があればお呼び下さい』と部屋を出て行った。

「まず……そうだな。彼は私よりも十歳年上の兄弟子だった」
 遠くを見る目で、冥月は静かに話し始める。
「剣術がとても巧みでな。異能無しならば私よりも強かった。惚れたきっかけはやはり、そういう強さなのかもな。その上、ヤツは面が良くてな」
「……カッコよかったんですか?」
「ああ、それに女受けもよく、随分とモテたそうだよ。それだからか、私を一人の女と見てもらうのに十年、口説き落とすのに一年もかかった」
「……はぁ……随分と気の長い話ですね……」
「本気で惚れたら、誰でもそうなる。何が何でも手に入れたいと思ってしまうさ」
 ボーっと聞いているユリも、自分もそうなるのか、若しくは気付かない内に今もそうなっているのか、などと考えていた。
「それ故にライバルは多くてなぁ……。女同士の血で血を洗う争いが勃発して、そりゃあもう収拾をつけるのが大変だったぐらいだ」
「……なんか、昼ドラチックな話ですか?」
「いやいや、そんなモンじゃない。現実は小説よりも奇なり、とは言うが、現実はドラマよりも生々しい。見ていて胸糞が悪くなるような醜い争いだったよ」
「……その時、冥月さんはその争いに参加しなかったんですか?」
「はは、そんなライバル同士で争うぐらいなら、彼を落とすのを一番先に考えるさ。ライバルを蹴落とすよりも先に鳥を射止めてしまえば良いだけだ」
「……なるほど、猫を退くより魚をどけろ、って事ですね」
 そのコトワザ、いまいち使用法があっているのか定かでないが、とりあえず冥月は頷いた。
「だが、その中でも手ごわいヤツが居てな。あの女は、今まで会ったどんな敵よりも手強かったな」
「……どんな敵よりもですか?」
「ああ、どんな敵よりもだ。ただ何も考えずに殺してやれれば楽なんだが、それでは私が真に勝利した事にはなるまい」
 ライバルを殺して減らすのは簡単だが、恋の争いはそんな事では勝敗を決せないのである。
「あの女との対決は名勝負の内に数えられるほどの激闘だったなぁ……」
「……ど、どんな戦いだったんですか?」
「それは……また今度な」
 物理的な戦闘ではないので、言葉では説明しがたいのだ。
 ブーたれるユリをなだめて、冥月は話を続ける。
「で、めでたく彼を射止めたわけだが、彼の仕事の相棒に選ばれた時は夜も眠れないくらい嬉しかったな」
「……あ、それはわかります」
「おお、わかるか? ふふ、何か良い事でもあったんだな?」
「……は、はい」
 頬を染めて俯くユリは誤魔化すように食事に手をつける。
 それが可愛らしくて、冥月は自然に頬を緩めた。そしてその手は無意識の内に胸元のロケットを触っていた。
 彼女には幸せな未来を、と願うばかりだ。
「ああ、それとな。ユリご期待の話もしてやろうか? 結構ハードだぞ」
「……い、いいい、いえ、それもまた今度でよろしくお願いします」
「聞く気はあるのか……」
 意外と真剣な目で答えるユリに、逆に冥月が調子を狂わされた。

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 食事を終え、店を出る。
 満腹になって体温も上がった所に、まだ寒さを残した風がゆっくりと吹き抜ける。
「……美味しかったです。ご馳走様でした」
「いや、これぐらいならどうって事ないさ。また来よう」
「……いつかは私が冥月さんを誘えるようになりますね」
「ほぅ、それは楽しみだな」
 二人で顔を見合わせて笑いあう。
 その笑顔を見て、冥月はふと思った。
「ああ、ユリ。その笑顔、忘れるなよ」
「……え?」
「やつの前では出来るだけ笑顔で居てやれ。お前だって可愛いと思われたいだろ?」
「……は、はい」
 また赤面して俯くユリだが、その顔は嬉しそうな笑顔だった。
 その顔を見て、冥月も満足する。
 いつぞや、彼に言われた言葉がこんなところで役に立つ事が、嬉しかったのだ。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
ピコかめ クリエイターズルームへ
東京怪談
2007年03月13日

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