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『Dullahan 〜狂わされた魔法〜 』
セレスティ・カーニンガム1883)&モーリス・ラジアル(2318)&マリオン・バーガンディ(4164)&(登場しない)


  春の気配がそこかしこに見受けられるある日の夜。
 主がオークションで競り落とした品をチェックし、保管庫へ運ぶのはマリオン・バーガンディ。
「今回もよい品なのです」
 主所有の美術品管理を一手に担う彼としても、コレクションの一つとして満足のいく品だ。
 剣の形をしたブローチ。
 剣が鞘からするりと抜けるようになっている辺りは人間心理をうまくついた物だと思った。

「石の質も申し分ないことは鑑定結果から見ても分かることですが…何故あれをお選びに?」
 書斎で主、セレスティ・カーニンガムが判をついた書類を整理するモーリス・ラジアルは、よくあるタイプのアンティークジュエリーなのに主が何故あれを購入したのか不思議であった。
 それこそヨーロッパジュエリーを代表する中に含まれるような、もはや作れる彫金師が存在しないようなギメルリングとは違い、あれぐらいの細工ならばちょいと探せばオークションに参加せずとも質もデザインも似たような物が安価で手に入ったはずだ。
「あれはあれでデザインが気に入ったのですよ。あとは…たまにはストーンマジックに想いを託すのも、風情があって宜しいかなと思いまして」
「ストーンマジック…ですか?」
 十九世紀頃の貴族階級で流行った、恋人や大切な友人に贈る為に特定の意味を持たせて作られたジュエリー。
 その意味に気づいた時が、特別だと思える最高の瞬間。
「まぁ、今回落札したのは趣味ですから」
 あれをそのまま贈る気はないと笑うセレスティ。
 恋人に贈るものを考えているその時が楽しいのは自分にも分かることゆえ、楽しそうに笑う主の思考が読めてしまうのが、モーリスは少しおかしく思えた。
「失礼致します。ジュエリーを保管庫にしまって参りました」
 扉をノックして入ってきたマリオンが報告を終えると、ちょうどセレスティの仕事も一段落ついたようで、ではお茶にしようという話になった。
「…甘いものは…」
「逃げなければこの間のようなことは致しませんよ?」
 お茶と聞いて微苦笑するモーリスに、天使のような微笑でそう告げるセレスティ。
 さすがに同じ事を何度もされるのもするのもよろしくない。
 分かりましたと諦めて席につくモーリスに、セレスティはご満悦の様子。
「一人でお茶をするよりも複数の方がより美味しく感じますしね」

  月が高く上り、誰もが眠りについた頃。
 遠くの方で金属の擦れ合う音がするのに気がついた。
「――こんな時間に…?」
 賊であればセキュリティにかかるはずだ。
 モーリスが屋敷の長い廊下を音のする方へ歩いていく。
 一歩、また一歩。
 気配を消して音のする方へ足を運ぶ。
「(…聞き覚えのある音ですね…)」
 日常耳にする音ではない。
 だが、確実に聴いた覚えのある音。
「(これは―――…)」

 ガチャンッ

「!」
 いつの間にか自分の背後から金属音が響く。
 驚いて振り返った先に居たものは―――…


「!ッ…」
 何の前触れもなく突然目を開いた。
 視界に広がるのはいつもの天井。
「……夢?」
 それにしても、リアルな。
 珍しく魘されていたのだろうか、寝汗は頬を伝う。
「……あれは…」
 

 「―――デュラハン<首なし騎士>……」
 セレスティが朝食の席でぽつりと呟く。
 その言葉に、マリオンとモーリスが同一の反応を示す。
「まさか」
「そちらもですか?」
「…まさかとは思いますが…二人とも、昨晩夢を見ませんでしたか?」
 屋敷の中で首なし騎士に襲われる夢。
 セレスティがそう尋ねると二人とも同じように頷いた。
「三人同時に同じ夢…ですか。はて何をしてしまったのやら…」
「夢の世界へ行って探すというのも手なのです」
「思い当たるとすれば、昨日のブローチでしょうね」
 モーリスとマリオンが考えている最中、さらりと言われたその言葉に、二人揃って主に視線を向ける。
「…セレスティ様………もしやよもやそれは…というかまさか…」
「曰くつきだと知っていて落札致しました」
 ニコニコしながらキッパリと言い切った主に、モーリスは深い溜息をつく。
「ではセレスティ様はデュラハンが夢に出てくる品だと知っていたのですか?」
「いえ、曰くつきだとは見た瞬間から分かったのですがね。具体的な現象については私も知りませんでしたよ」
 会話をしながら朝食をとり終え、食後のお茶の香りを楽しむセレスティからはデュラハンへの恐れも何も感じられない。
 困った方だと肩を落とすモーリス。
「昨日のブローチを持ってくるのです」
 足早に食堂から出て行くマリオンの背中を見送る。
「…夢で怪我をしたり死んだりすればそのまま現実の肉体にも反映されることもあるのですよ」
「まぁ、初日ですし。こういうものは購入してから数日以内というのがセオリーでしょう?」
 もしもの場合でも貴方が『元に戻して』くれるでしょうから、安心しているのですよと笑う主。頼りにされていると言えば聞こえがいいのだが、いつ何時何があるか分からない上に、最悪の場合『戻せない』可能性もない訳ではない。
「―――次回は品物を見る時には必ずお傍につきますので」
 片時も別行動はしませんのでお覚悟を。などと凄まれてしまい、残念だと苦笑する。
「セレスティ様、ブローチをお持ちしました」
 箱に収められたそれをテーブルの上に広げ、まずマリオンがブローチを検分する。
「ルビー、エメラルド、ガーネット、アメシスト、ルビー、ダイヤモンド…どれも退色もなくインクルージョンも少なく、傷もありません。資産価値も十分あるのです」
「…Ruby…Emerald…Garnet…Amethyst…Ruby…Diamond―――…REGARD。このブローチはリガードですね」
 剣の束に埋め込まれた石の並びそれぞれの頭文字をつなげると、好意や忠誠を誓うという意味の言葉になる。
 ブローチの形状からすれば、後者が当てはまるだろう。
「このブローチにデュラハンが付きまとうということは…埋め込まれている宝石の順が間違っている、もしくは頭文字となる石が違う…ということも考えられますが…」
 しかしマリオンの鑑定からしてもそれぞれの石はリガードの頭文字そのままに当てはまる。勿論、一般的なアンティークを基準としての話だが。
「これは一度専門の鑑定士に見ていただく必要があるのでは?」
 リンスター財団総帥の所有する美術品の管理を一手に担うマリオンだが、その専門は絵画だ。
 彫金に関する鑑定もある程度できるのだが、それも基本的なもので深く突っ込んだものではない。
 それゆえに何か見落としがあるのかも知れないとモーリスは提案する。
 主からの提案ではなく、モーリスからの提案ゆえに少々ムッとしてしまう所があるのだが、このままデュラハンを放っておくわけには行かない。
 夢の世界に入れる身として、このままあのような妖物が主の夢に出没する状況をよしとは思わない。
 家族同然の人の夢に立ち入ることだけはしない。したくない。自ら決めたこと。
 それゆえ、何としてでも夢に立ち入ることなく解決したい。
「彫金師と鑑定士の伝手を当たってみるのです」
「こちらはオークションにかかる前の流れを追ってみましょう」

 この手のアンティークにも造詣深く、鑑定にも信頼のおける人物をつかまえる為にかなりの遠出になってしまった。
 しかし、そこで得られた情報はその道のりや時間に見合うものとなる。
 「え?」
 問題のブローチを鑑定士に見せた所、明らかに一箇所だけ異なる見解があった。
「だから、ピンクサファイア、エメラルド、アメシスト、ルビー、ダイヤモンド。質はどれもいい物で資産価値もある」
 自分がルビーだと思っていたものがサファイアだったことにマリオンは驚いた。
 確かにコランダムという鉱物に不純物が加わることでルビーかサファイアか分かれるのは知っていた。
「金属イオンの違いで色が変わる。不純物としてクロムが混入すると濃い赤色のルビーになる。鉄・チタンが混入すると青色のサファイアとなる。また、薄い赤色のものをピンクサファイアと呼ぶ…まぁ基準は微妙なんだがね」
 人によってはこれでもルビーだという場合もある為、その辺の判断は曖昧だ。
 首なし騎士…頭が挿げ替えられた、騎士の想い。


 マリオンが鑑定士のもとを後にした頃、モーリスはオークションハウスで入手したカタログから凡その来歴を洗い、主の伝手を頼りに曰くつきの品ばかり集める蒐集家へブローチの話が聞けないかと当たっていく。
「騎士の家系とはいえ、中世にあのような物は早々出回ってなどいないはず…ならばあれに使われている素材に何かヒントがあるやも」
 宝石に関してはマリオンが当たっている。
 ならば自分はあのブローチの台座を調べよう。
 ああいうものは時折宝石と台座の来歴が途中から分かれることがある。
 石の紛失・破損、台座の紛失、破損。
 どちらかが作られた時の対なる存在ではないのかもしれない。
「もう少し詳しく調べてみましょう」


  マリオンとモーリスが調査に出ている間にも夜が訪れ、セレスティは再びあのデュラハンに出遭っていた。
「―――夢の中とはいえ、あまり気分のいいものではありませんね…」
 夢の内容は初日と同じ。
 背後から振り下ろされる剣。
 斬られる刹那に目が覚める。
 もしあのまま斬られていたならどうなるのだろうか。
「…剣の形は――あのブローチと同じですね…」
 サーベルを模したブローチ。
 甲冑を纏った騎士が持つには不釣合いな細身の剣。
「デュラハン…一般的な意味合いでは首なし騎士ですがね…妙なめぐり合わせだ」
 国では、アイルランドに伝わるデュラハンとは女の姿をした首の無い妖精。
 コシュタ・バワーという首無し馬が引く馬車に乗っており、片手で手綱を持ち、もう一方の手には自分の首をぶら下げ、バンシーと同様に死を予言する存在であり、近いうちに死人の出る家の付近に現れ、そして戸口の前にとまり、家の人が戸を開けるとタライにいっぱいの血を顔に浴びせかける。
 リガードに宿るデュラハンは、文字通り首の無い騎士の姿をして、馬に跨ったアンデッドであり、やはり死を予言する者、または死神のように人間の魂を刈り取る存在として扱われている。
「……死を予言する者…ね」
 確かに斬られそうになるその瞬間は死の暗示かもしれない。
 しかしそれならば夢の中で一思いに斬ってしまえばいいこと。
 なのに同じシーンの繰り返し。
 衰弱していくのを待っているのかもしれないが、セレスティにはどうもそうではないように思えた。
「―――もう一度眠れば出てくるでしょうか?」
 夢物語ではないが、見た夢の続きを見れることがたまにある。
 それと同様にあのデュラハンにもう一度会えないものか。
 こんなことをしたと知れればモーリスやマリオンにひどく叱られそうな気もするが、いつまでもこの騎士に居座られるのは遠慮したい。
 どうせ見るなら、愛しい人との甘い夢がいい。
「―――…」
 僅かに残る眠気に頼り、再び夢の世界へ。
 風の音がだんだん遠のいていく。
「!」
 ガツンと鈍い金属音が耳のすぐ傍でした。
 デュラハンの剣は。
 その切っ先は。
 倒れこんだ自分の顔面の真横で床に突き刺さっている。
 長い回廊の、窓から降り注ぐ月明かりが剣に反射する。
 剣に一瞬浮き上がった文字。
 そこから急に世界が霞んだ。
 気がつけばまた、いつもの寝室の天井がそこにある。
「―――……奪われし愛……?」
 剣に浮かんだ文字は、確かにそう書かれていた。
 二人が帰ってきたら、ブローチが返ってきたら確かめねばならない。
 何故親愛なる人に忠誠を誓う言葉に、奪われし愛などと刻まれていたのかを。


 「只今戻りました」
「遅くなりました」
 モーリスとマリオンが足早に書斎までやって来た。
 どうやら昨晩も二人の所へあのデュラハンは現れたようだ。
 マリオンからブローチを受け取り、日の光にかざすが夢の中で見た文字はない。
 念のためにライトを当ててみるも、刀身部分に変化はない。
 あれはデュラハンの思念だったのだろうか。
「そちらはどうでした?」
「どうといわれましても…初日と変わらず剣が振り下ろされた瞬間に目が覚めましたよ」
「どう、ということは…セレスティ様の方では変化が?」
 ああ、やはり言わねばならないか。
 自分で振ったからにはこちらもカードを見せねばならない。
 勿論、二人に叱られるのを覚悟で。
 案の定、昨晩の話をすると二人の眉間に皺がよる。
「……セレスティ様…」
「そんな危険な…」
「言いたいことはわかっておりますよ。心配させてしまってすみません。ですが新たな情報は入手できたことですし」
 二人から溜息がもれる。
 だがこれ以上言っても済んでしまった事は仕方のないこと。
 何事もなかっただけでよしとしよう。
「――こちらで分かったことは、戦から帰った騎士が愛しい人に二度と離れないことを誓う為に、鎧の一部を使用してあの台座が作られたということです。そして、王が騎士の肩に剣を当てるそれとかけてリガードをあの形にしたようで」
 作られた時に発注主がストーンマジックに想いをこめて依頼したまでは良かったのだが、選ばれた石の一部が悪かった。
「…REGARDにしたはずが、頭文字がピンクサファイアだったのです」
「頭文字がPでは、言葉は成立しませんからねぇ」
「台座と宝石は作られた段階から一つでしたが、ストーンマジックをかけ損ねた…そういうことですね?」
 それならば想いが、魔法が成立するようにしてやればいい。
 奪われた愛、すなわちデュラハンの求めるものは頭文字のルビー。
「ならば作り変えましょう。デュラハンの望むように。彼が必要とする石に」
 コランダムは宝石の中ではダイヤモンドの次に固い鉱物で、モース硬度は9。主成分は酸化アルミニウム。
 鉄・チタンの成分をクロムに作り変え、完璧な紅玉へ。鳩の血の色へと変化させる。
「ルビーは略奪愛の象徴、逆にサファイアは真実の愛の象徴…それゆえに人は愛を試される…どちらにせよ、業の深いものですね」
 苦笑交じりにそう呟くモーリスの手の中で、淡いピンクが燃えるような深紅に変化し、ブローチから感じられた気配は何事もなかったかのように消えうせる。
 最初の頭文字が正しいRになったことで、どうやらブローチの台座に宿る思念も納得したようだ。
「これで宜しいでしょう。もう二度とデュラハンは現れません」
 石や台座に込められた想いではなく、一つの魔法としてそれが成立することだけを望んでいただけ。
 デュラハンの首は戻ったのだろうか。
 戻ったとするならば、台座の素材となった甲冑の持ち主の顔なのだろうか。
 とにかくセレスティ、モーリス、マリオンの三人に訪れた死の預言者は正しい形になることで静まった。
「では保管庫へしまってくるのです」
「お願いしますよ」
 モーリスからブローチを預かったマリオンはセレスティに恭しく頭を下げ、退室する。
「ああ、そうだ。いくつか宝石と天然石を手配してほしいのですが…」
「何かお作りに?」
 モーリスの問いにセレスティはにっこりと微笑む。
「ヴァリサイト、アイオライト、ヴァリサイト、インペリアル・トパーズ、エメラルド、ネフライト以上の六点をお願いします。デザインは物を見てから考えますので」
 その言い方にモーリスは少し首をかしげたが、すぐにこの主の意図に気づいたのか唇が弧を描く。
「承知致しました。では最高のものを」
 モーリスが一礼して退室した後、書斎の窓から外を眺めながらセレスティは楽しげに呟く。
「さて、どんなデザインが似合うでしょうね」



― 了 ―
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2007年03月13日

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