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『赤い瞳のうさぎ姫 〜うさぎの第一歩〜 』
深沢・美香6855)&國井・和正(7002)&舘・宗平(7004)&(登場しない)

『結婚してくれないかな? 君と暮らしたらとても楽しいだろうなと思うんだ』
 ──そう言って消えた彼は、今、どこで何をしてるんだろう? 私の事を思い出す日もあるのだろうか‥‥?


 大学にいた時に、私は彼と出会った。
『今まで素敵な女性にたくさんに出逢っていたのは確かだよ。でも俺は結構ワガママなんだ。君に会うまで寂しい思いをしていたよ』
 どこから嘘で、どこまでが真実だったのか。それとも、全部が全部、甘い嘘だったのか。
 とても言葉が上手くて、女性の扱いも上手い人。
『美香さんは俺が嫌いかい?』
 顔を覗き込まれた時、うっかり好意を持っている事をバカ正直に答えてしまった。
 ──嬉しそうに笑ったあの顔も、嘘?
 怒りたい気持ちもある。借金のせいでと嘆きもしている。でも、嘘を吐かれた事が何より‥‥
 あの人を思い出す時、唇を噛み締めなければやり過ごせない。
 ──まだ私は、あの人を、あの人の本心を、心のどこかで信じたがっている。

●衝撃の再会!
 美紀、という名前にも慣れて。時々は話す先輩ソープ嬢も出来て。
 困った客は相変わらず居て泣く日もあるけれど、それでも前を向いて歩き始めていたのに。
 ──どうしてこの人が‥‥?
 深沢・美香、二十歳。成人式を終えたばかりだというのに結婚詐欺に遭い、現在ソープランドで借金返済の為に働いている。
『美紀ちゃん? ちょっと、お客様の前よ?』
 何故かカマ言葉(ちなみにこれは男性が女性の言葉を話す場合を指すらしいです)のボーイが小声で注意した。
 ハッ、と硬直から我に返った美香は、強張る顔面を無理に戻すと本日一番目の客にニッコリ笑顔を見せた。
「い、いらっしゃいませ、ウサギの美紀がご案内させて頂きます」
「チッ、早く案内しろよ」
 ──ああ、相変わらずだ。
 記憶と何ら変わる所のない態度のこの人は、大学の同期であった。確か名前は
「ボケッとしてんじゃねぇよ、さっさと部屋へ連れてけこのボケウサギ。犯すぞコラ」
 國井・和正。あの人に私を紹介した、忘れようにも忘れられない不良だ。

「‥‥おい」
「はいっ」
 冷静冷静、と呪文の如く唱えても、びくっと震える体はそのまま頭のてっぺんの耳に全てあらわれてしまっている。
 ふわふわとお尻に揺れる尻尾。若い肢体を覆う光沢のある布。すらりと長い足は、魅惑的な網タイツに見え隠れする。
 その容姿を余すところなく眺めていた客──和正は、小学校の片隅で飼われていたウサギを思い出しつつ自分が買ったバニーに声をかけた。
「なんっか妙にオドオドしてんな‥‥」
 まじまじと上から下まで見つめられる。生きた心地がしなかった。
 ──大丈夫、きっと大丈夫。前とは髪型もお化粧も変えてしまったもの‥‥。
「ほ、本日はどうもよろしくお願い致します」
 三つ指をつく私は、やはり恐ろしくて顔をなかなか上げられなかった。

「ハッ‥‥なぁ、お前さ」
「‥‥はっ、い‥‥っ?」
 問い掛けるような声をかけられたのは、サービスを始めて半分も時間が経った頃だろうか。
 目の前の男に対する恐怖だとか一刻も早く離れたい気持ちを抑え、懸命にサービスに努めていた。目の前の男は客。行為に夢中にさせれば疑問を感じる余裕もなくなるかもしれない。
 視界の端にビリビリに破かれた網タイツが見えた。新しいのを出さなければ、という事を考えながら、男の求めに応じる。
 女は物だとでも考えているのか、金で買ったと所有欲に任せているのか。体中に出来たのはキスマークだけでなく、強い力で抑え込まれた痕もある。
 ──早く、早くこの時間が終わって‥‥!
 タイルの上はもう泡まみれになっている。それだけのサービスをしたのに、自分の体は燃え上がるどころか冷め切っている。ローションがなかったら到底務められなかっただろう。
「お前さ‥‥」
 男が背後から体を抱きしめた。背中に滑るものは嫌悪からくる冷や汗。身を捩りたくのを必死に堪えた。
「深沢美香だろ‥‥?」
「えっ‥‥!?」
 衝撃に思わず振り返った。ぬるぬると滑り合う体を背後から押さえ込んでいた男と目がばっちり合い、にやりとその口角が攣り上がる。
「やっぱりな!」
 勝ち誇ったように断言する男は、相変わらず人の話は全く聞かないヤンキーだった。
「ま、」
「くっ、あっははははは! 写真見た時はまさかと思ったぜ。あの『ソープなんて存じませんわ』なーんてすましきった顔してたお嬢サマがさ! まさかソープランドでバニーガールの格好して体売ってるとは思わねぇだろ!?」
 ぎゅっ、と絡みついた両腕が抵抗出来ない私をあざ笑うかのように体を締め付ける。体温と体温が触れ合っているのに、ちっとも温かくなどなかった。
 ──いや‥‥!
「は、放して下さいっ!」
 どん、と無理に体を反転させて腕を突っぱねたが、男はくっくと笑い続けている。
「なに言ってんだよ‥‥お前今俺に買われてんだぜ? 職務放棄かよ? いい度胸だな?」
 笑っているのに笑っていない。私が拒否をしたからか。傲慢なこの男は、他人の拒絶を一切許さない。
「良かったなぁ? あと半分はあるぜ」
「‥‥っ‥‥!」
 ひくり、と喉が引きつった。

●癒えない傷痕
「なかなか良かったぜ、美香」
 いつの間にやら呼び捨てになっている顔を上気させた和正に、先ほどから笑顔に失敗し続けている美香が首を振る。
「わた、私は、美紀っていいます」
「あぁん?」
 機嫌の悪そうなその顔と声に、身を竦ませる。さっきまで笑っていたのに、この男は何故そんなすぐ怒るのか。
 ──分からない。
「‥‥ま、いいけどな。おい美香」
 美紀って言っているのに。
「お前俺の女になれよ。可愛がってやるぜ、存分にな」
 ──全然、分からない。
「この店も辞めっちまえ。これからは俺に抱かれるんだからな」
「そ、そんな」
 勝手な。
 引きつる私の顔を見て、コロコロと機嫌が変わる和正はまた機嫌を悪くさせた。
「文句あんのかよ!? 俺に抱かれんのにこんな仕事してるなんて許せるか!」
「しゃ、借金があるから、む、無理です‥‥っ」 
 個室にこの男と二人。その状況が美香を追い詰めて、何も出来なくさせる。
「チッ‥‥金で体売ってる売女(ばいた)のくせによ」
「!」
 ぱしっ、と頬に何かが投げつけられた。それは軽くて痛みはほとんどなかったが、手の中に落ちたそれが万札だと気付いた時、胸に鋭い痛みが走った。
「ったく、たかが男の精処理機のくせに今更純情振るんじゃねぇっての」
 ぶつぶつ言いながら出て行く男に、答えられる言葉はなかった。

『ちょっとォ、今のお客さん何だか怒ってたわよォ〜!?』
 ボーイが慌てたように美香の部屋にやって来た時、彼女は既に部屋の片付けを完了させていた。
 ──体を売っているのは事実だ。
『美紀ちゃん‥‥?』
 何故私がここに居るのか。抵抗してこなかったのは何故か。全てはあの人の言葉が信じたいが為の誤魔化しに過ぎない。
 ──それでは、いけない。
『どうし』
「司さん。私、今度お休み頂いて構わないでしょうか?」
 “彼”を、見つけなければいけない。

●とある書店にて
「おや? 懐かしい顔が表紙を飾っているね」
 ──ふうん‥‥?
 空々しく笑顔を浮かべたその男は、特に顔がいいわけではないが、口の上手さで泣かした女は星の数だけ存在する。
「へえ‥‥」
 とうの昔に自殺でもしてるんじゃないかと思っていたよ。
 サラッと軽い口調でとんでもない事を口走る男に、同じように雑誌棚を見ていた周りの客が引いた。
 風俗雑誌を心底楽しそうに眺める不気味な客に、偶然雑誌の補充に座り込んでいた店員などは先輩社員に告げ口しようか立ち上がっている。
「化粧も髪型も変えたんだねぇ?」
 クックと楽しげに笑うのは、女がどういうつもりで髪も顔も変えてしまおうと考えたのか、手に取るように分かったからだ。それが可笑しい。
「ふふ‥‥ご両親やご学友にはバレたくはなかったのかな?」
 男は微笑んだ。
 ──最近、ちょっと結婚詐欺にも飽いてきたしねぇ。
「また遊んであげようかな?」
 もはや周囲はドン引き。
 気付けば男──舘・宗平の周囲には、誰一人として客は居なかった。
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東京怪談
2007年03月12日

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