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『人を喰う花 』
セレスティ・カーニンガム1883)&モーリス・ラジアル(2318)&マリオン・バーガンディ(4164)&田辺聖人(NPC2374)





 あれは山鳩の声だろうか。それとも梟の声であるかもしれない。いずれにせよ、得体の知れないその鳴き声が後追うようについてきている事には違いない。
 周りを覆うのは背の高い竹と笹の葉。満ちているのは夜の湿った空気と葉や土の腐った独特の匂い。一歩を踏みしめるごとに湿った草葉が音を立て、土は顎門を広げて足から呑みくだしてしまおうとしているのだ。
 吐き出す呼気が荒くなる。
 ――ともかくも、今は逃げなくてはならない。
 そう、逃げるのだ。後追って来るものの影を振り切り、夜を超え、腐った空気の広がっているこの場所を抜け出して、そうして――
 ……そうして、どこへ行くのだろう。
 迷い、はたりと止めた歩みを狙いすましていたかのように、夜の闇が一息に口を開き、紅蓮の色を押し広げていく。
 張り上げた絶望は、しかし、刹那の内に掻き消えた。そうして残されたのは音も無く広がる漆黒の闇と、得体の知れないものの鳴き声、そうして、
 色鮮やかに散る斑な紅で染められた花弁だった。



「人喰いの櫻ですか」
 リビングとしても使っている部屋のひとつで、セレスティはふと目をしばたかせた。
 窓の向こうには手入れの届いた庭があり、その庭にモーリスの姿があるのが見えている。モーリスは寒椿や梅といった木々の手入れをしているのだ。そして程なくして訪れるであろうはずの春に向けての準備を整えているのだろう。
「まあ、そう言われてるだけかもしれないがな」
 返してうなずいたのは田辺聖人。田辺はセレスティとの契約を結び、数日のみの限定で専属のパティシエとしてセレスティの屋敷に留まっている。
「そういう噂があるんですか?」
 椅子の上で両足をぱたぱたと動かしながらマリオンが口を挟みいれた。田辺はマリオンに顔を向けて「噂というか、まあ、不確定な情報だな」と首を竦める。
「なにしろ、まだ調べてもいねえから、確定的な情報とは言い切れない。単なる都市伝説的なもんかもしれないが、確かな情報なのかもしれない」
 ポットに紅茶の茶葉をいれながら、田辺は淡々とした口調でそう述べた。
「なるほど、……でも、興味深い話ではありますね」
 うなずいたのはセレスティだ。それに合わせたかのようにリビングのガラス扉が開かれ、モーリスが姿を見せる。
「今日も暖かいですね。……おや、ちょうどお茶の時間だったようですね」
「お庭の手入れ、お疲れ様なのです」
「モーリス、ごくろうさま。キミも一緒に田辺さんのお話を聞きませんか?」
「田辺さんのお話ですか?」
 ちろりと田辺を一瞥し、丁寧な会釈をした後に、モーリスはふわりと頬を緩めた。
「楽しいお話なのですね。――それではお言葉に甘えて、私も同席させていただく事にします。……その前に手を洗ってまいります、失礼」
 言って部屋を後にしたモーリスの背を見送って、マリオンが再びぱたぱたと足を動かす。
「ケーキもお茶もお話も、どれもとても楽しみなのです」
 満面に笑みを滲ませているマリオンを見やり、セレスティもまた同じようにうなずいた。
「そうですね、マリオン。私も楽しみです。……桜はこれから見頃を迎えますし、お話によっては少し気の早いお花見をするのも良いかもしれませんね」


 廃墟となった小さな病院の跡地に一本の古木があるのだという。それは桜の木であるらしいのだが、花は数年に一度だけしか開かないのだとされる。真偽のほどは定かではないが、噂では、一度咲くと通常の桜よりも長い間落ちずに咲き続けているという事のようだ。
 田辺が耳にした噂によれば、件の桜が咲くのは古木が喰らった人間達の養分に因るものだという。古木が人間を数人、生きたまま喰らい、その恩恵の結果として古木とは思えないほどの見事な花を開かせるのだ。その花に寄せられた人間たちもまた古木に捕食されて養分と化せられてしまう。古木はそれをある程度貯えると再び眠りにつく。その間も絶えずに――むろん、眠っている間の捕食数は格段に少なくなるという事ではあるが――養分を摂り続ける。
 古木が人間を捕食する際の手段に関しては明確ではない。なにしろそれは単なる噂であったにすぎず、証拠があったわけでもないのだから。
 だが、近年、カメラ機能のついた携帯電話が普及した事により、噂は一気に肉付けを得るところとなったのだ。


「件の廃院は山に近く、周りは茂った竹林で囲まれているんだそうだ。病院は廃院になったのは、記録ではもう数十年も前の話になる。いわゆる戦前ってやつだ。その記録も、戦時中の混乱で紛失したものやらなんかが多くてな」
「つまり、その病院がなぜ廃院となったのか、詳しく知る方はいないという事ですか」
「まあ、そういう事だ」
 ティータイムを楽しむ三人からはわずかに離れた場所、来客用のソファの上にどかりと腰を落とした田辺に、モーリスが緑色の眼光を鮮やかに閃かせる。
「その廃院の場所は? 廃院があるのは事実なのですか?」
 セレスティがカップを受け皿に戻しながら訊ねる。田辺は「ああ」とうなずき、ソファに置いたままだった黒い鞄の中から手帳のようなものを取り出した。
「廃院の住所なんやらは一応調べてある」
「では、古木があるというのも事実なのですか?」
「ああ、それも事実らしい。もっとも、この目で見たわけじゃあねえから、確かに事実だとは確約しないがな」
 マリオンの言葉にうなずく田辺を見やり、セレスティがやんわりと頬を緩ませる。
「なるほど、ドライブがてら行ってみるのもいいかもしれませんね」
「運転なら任せてくださいなのです」
「相手が古木なら、若い木に戻してやるのも可能かもしれませんね」
 三人は、言って、互いに視線を重ねあい、笑みを浮かべた。
 田辺はアゴを撫でながら小さなため息をこぼし、
「まあ、そうなるだろうとは思ってたけどな。ああ、俺は留守番してるからな」
 そう告げて肩を上下させた。


 田辺が入手したというその映像は、証拠として扱うにはひどく画像の粗いものだった。
 おそらくは男だろうと思われる人間が竹林の近くに転がっている。夜に撮影したものだろうか。フラッシュなどもなかったのかもしれない。不鮮明で、正直な感想を言うならば単なる悪戯として扱うより他にないかもしれないような画像だ。
 だが、流れる音声は、それが逼迫したものであるのを色濃く伝える。
 途切れ途切れに震える呼気は荒く、時折恐怖に向けた声が挟まれている。次いで地を這うような葉擦れの音と、逃げ惑う悲鳴とが聴こえ、それきり音は止んでしまった。
 最後に映された映像は薄紅と濃紅で斑に染まった花弁の吹雪だった。
「廃院の近くで見つかった携帯電話に残されていた映像だそうですよ」
 後部席に座っているセレスティをミラー越しに見やりつつ、モーリスが静かに口を開ける。
 セレスティはその映像を繰り返し確認しながら小さくうなずいた。
「人喰い花が本当にあるのだとしたら、機器の類いは口に合わなかったという事になるのでしょうか」
 ハンドルをきりながらマリオンがおっとりとした口調で告げる。
 セレスティは窓の向こうに視線をやって「そうなのかもしれませんね」と返し、微笑んだ。

 
 廃院に着いたのは既に陽の落ちた後だった。
 薄紫と墨の色とが織り交ざっている空を仰ぎ、モーリスは視線を廃院の周りへと寄せる。
 廃院は小さな町を抜けた場所にあった。あまり拓けているという印象のない小さな町。見慣れぬ車へと寄せられた、不躾とも言えるほどの視線の数々。
「あの病院に行くだって? ……物好きだね」
 道中で道を訊ねた際、コンビニの店長と思しき壮年がちろりと三人に一瞥を向けた。
「あんまり茶化さないでくれよ。……まあ、喰われちまったら、あんたたちの死体もなんにも無くなっちまうんだろうけどね」
 町は陰湿な空気で充たされている。外部からの来訪者を歓迎する素振りすらも見せない、閉ざされた世界。
 一種独特ともとれるようなその中を、三人が乗った車がゆうゆうと過ぎていった。


 件の古木は確かに存在していた。
 古木の根元は大きく捩れてはいるが、恐らく、もともとは二本の木であったのかもしれない。捩れ、互いが互いを支えるような形で伸びているその姿は、ともすれば薄気味の悪い印象をもったものであるようにも見えた。
 花は咲いていない。
 蕾も確認出来そうにない枯れた木立を仰ぎ見て、マリオンが小さく肩を竦める。
「誰の気配もしないのです。……それに、噂だと、近寄っただけの相手を捕食するという話だったはずですが……」 
 私たちを捕食しようとはしてくれないのでしょうか。そう続けて放ち、残念そうにうなだれたマリオンの肩を軽く叩き、モーリスが妖しい笑みを浮かべた。
「まだ生きてはいるようですし、一度、時間を戻してやるのも一興かもしれませんよ」
「この木の時間をですか?」
 首をかしげたマリオンの後ろから顔を覗かせ、セレスティがしげしげと木を仰ぐ。モーリスはくすりと笑ってうなずく。
「もしくは、マリオンの力を借りて、この木の――あるいはこの場所の過去を覗きに行くのもいいかもしれませんね」
「なるほど、なのです。噂の元凶を調べてみるのですね」
「モーリスは、この病院が廃院になったのと噂の内容とに因果関係があると見ているのですか?」
 訊ねるセレスティの横で、マリオンがうきうきと手を伸ばす。伸べた腕は古木の幹に触れ、その刹那、古木の下に古びた一枚の扉が生じた。
「この場所が病院であったという事もそうですが、戦前だったとはいえ、記録がまるで残されていないという事も気になります。それに、」
「閉塞された町」
「ええ」
 セレスティが告げたのを受けてモーリスがうなずく。
「一切の死体が見つからないというのも気になる点です。骨まで食してしまうというのならうなずけますが、それほどまでに貪欲な木ならば、今こうしている間に私たちを襲ってきてもおかしくない」
「そうですね。……それに、養分を摂っている割に、この木の枯れ具合も気になりますね」
「とにかく、確めに行ってみるのです」
 扉に手をかけたマリオンにうなずいて、続いてセレスティも扉をくぐる。
 モーリスは、ふと、背後に広がる森の中に何かの気配を感じ、肩越しに視線だけを投げ遣った。
 湿気をもった風が夜を震わせている。
 なにもののものとも知れない鳴き声が、夜風にのって空気を揺るがしていた。



 小さな病院内には孤児や老人、寄る辺のない人間たちが収容されていた。
 とはいえ、収容数はさほど大きな場所ではない。ベッド数もまるで少なく、見事な設備が整っているわけでもない。その割には日を置かず次々と様々な人間が院内に足を寄せ、そうして二度と姿を見せる事はなかった。
「……やはり」
 窓から覗く光景を確めて、モーリスは大きく表情を歪める。
 行われていたのは人体実験だった。
 投薬実験や、様々な実験。キメラのように継ぎ接ぎだらけになった体で絶命している者や、精神の屈折してしまった者。
 マリオンが思わず視線をそらす。
「酷いものですね」
 吐き捨てるように告げたセレスティの視線は、窓の外、見事な花を咲かせる桜の木へと向いていた。
 死骸は桜の下に彫られた穴に放り投げられ、無造作に埋め立てられていく。墓標は立てられず、墓穴もずさんなものだった。
「なるほど、それで人を喰う古木なのですね」
 呟いたモーリスの腕を引き、マリオンが再び扉に手を伸べる。
「戻りましょう。……気分が悪くなってしまうのです」


 町は恐らく病院が行っていた行為の恩恵を受けていたのだろう。いわば町中がグルだった。皆で事実を隠蔽し、死骸はおろか、記録も全て隠匿してしまったのだ。
 
 扉を開けて現在へと帰還した三人は、扉を囲う数人の人影に気がついた。
 いずれも顔を隠し、性別も年齢も判然としない。体躯から察するにいずれも成人男性であろうかと思われるが、声のひとつも発さないのでは、それを確める術もない。
 ただ、彼らが手にしている思い思いの武器を確めるに、彼らが明らかに殺意を持っているのであろう事は確かだ。
「皆さんが人喰い櫻だったのですね」
 セレスティが問う。返事は無い。
「事実を隠匿し続けたところで、今さらどうこうもないでしょうがね。……なにしろもう数十年も前の話なのですし」
 モーリスがため息を落とす。
「……数十年前の過去ではない。……今も続いている話だ」
 人影のひとつがぽつりと落とした。
「我々は事実を黙し続けてきた桜に報いなくてはならないのだ」

 こぷりと小さな息を吐き、古木の根元の腐った土が吹き上げる。
 夜が大きくざわめく。
 どこかで得体の知れないものが高く遠く啼いている。

「……桜に、報う?」
 セレスティが首をかしげ、マリオンが足元を検めた。
 古木の根が土を吹きながら絡み合い、触手を伸ばしている。
「セレスティ様、木の根が」
 急ぎ告げた言葉より早く、モーリスの手が古木の根に触れていた。
 古木は見る間に若返り、やがて小さな一振りの枝となって動きを止めた。
「噂は噂で終わらなかったという結果なのですね」
 能力の発動を終えたモーリスが小さなため息をこぼす。
 闇を震わせていた鳴き声はいつしかひっそりとなりを潜めていた。



「つまり、金を稼ぐためにやっていた行為を隠すために使っていた桜が意思をもって、逆に人間たちを利用していたのだという事か」
 屋敷に戻った三人に紅茶を差し出しながら、田辺が視線を細める。
「味を覚えてしまったというところなのでしょうか。……定期的に生贄を捧げないと町民が犠牲になってしまっていたという事でしたし」
「根は町の広範囲に行き渡っていたようですし、触手のように動いていましたから、自らの意思で捕食する事など容易だったでしょうね」
 セレスティとモーリスが言葉を合わせる横で、マリオンは椅子の上で両足をばたばたと動かしていた。
「自業自得だと思うのです。……あれだけの事としていたのですから、その分の恐怖は味わって当然なのです」
 平然とした面持ちで告げたマリオンに、セレスティもモーリスも黙したままで応えようとはしない。
「しかし、その代償として差し出されていたのは外部の人間だったわけだろう? 奴らは結局自分ら以外の人間を脅かしていたんだ」
 田辺が応え、マリオンはひそりと目をしばたかせる。
「でも、外部に向けて救いを求めていたのも確かだと思うのです。――でないと、携帯画像なんかが外部に洩れるのは変なのです」
「……そうですね」
 セレスティもまた目をしばたかせ、田辺が淹れた紅茶を口に運ぶ。
「救われたいと、望んでいたのかもしれませんね。……もしかしたら、あの桜も」

 言って、セレスティは夜に眠る庭の木立に視線を向けた。
 モーリスの手によって植樹されたばかりの若い桜が眠っている。
 ――薄紅と濃紅の斑な色を浮かべた花をひとつ膨らませて。






Thank you for an order.
Moreover, I am waiting for the day which can meet.

2007 March 12
MR


PCシチュエーションノベル(グループ3) -
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東京怪談
2007年03月12日

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