▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『揺らめく蛇神の影 』
不動・修羅2592)&風宮・紫苑(NPC1050)


 紫苑からの連絡を受けた修羅は、身支度を整えると足早に家を出た。早く出発しなければ日が暮れてしまう。この歳で夜道を歩いていると、周囲が勝手に心配するから困る。帰りは紫苑が所有する豪華なリムジンで送ってくれるから安心だが、あの広い車内の中だといささか窮屈な思いをするのだ。ところが彼は未成年だ高校生だからといって一般社会の規範に則った応対は絶対にしない。常に低姿勢で誰にでもうやうやしく礼をする紳士だ。修羅はそんな態度など気にもしないが、中には立場とは真逆な態度を取る姿を見て戸惑う人もいるのだろう。彼は『それが紫苑を紫苑らしくさせているのだろう』なと考えながら目的地を目指した。


 約束の場所は『東京』という地名を忘れさせるような山林の入口だった。とてもリムジンを停めておくスペースなど見当たらない。その辺を見渡せば空き地があることにはあるが、どこの誰の土地かもわからないし、雑草が伸び放題なのでもしかするとボディに傷がついてしまう。ただ紫苑の性格から考えるとなかなか難しい判断だ。人を待たせている状況だけを考えるなら、車のことなど考えずに停めてしまうだろう。しかし所有者もわからぬところに遠慮なく停めるだろうか……これひとつ考えるだけでも結論が出ない。とりあえず修羅は紫苑が車で来ないことを祈りつつ待っていたが、当の本人はいきなり背後から現れた。

 「お待たせいたしました」
 「おっ、速い……じゃないか」
 「それでは参りましょう。この先には村への近道となるトンネルがございます。それを使いましょう」

 ささやかな微笑みで挨拶を交わす紫苑。どうやら今回は先を急ぐようらしい。彼にしては言葉少なに森の中へと歩き出した。修羅もそれに倣って歩みを進める。
 問題の山林に踏み入ると、さっそく人ひとりがやっと通れるくらいの獣道が彼らを出迎えた。紫苑は「一本道ですから」と修羅に道を譲り、後ろの守りを買って出る。彼の細やかな気配りに、言われた方は「はいはい」と了承する。修羅も例に漏れず、いつものように彼の好きにやらせた。
 しかしせっかく集合場所への到着を日暮れ前までに調節したというのに、とんでもなく鬱蒼とした山林……いや森林の中では、昼も夜も関係ないような暗さと独特の雰囲気を醸し出す湿度があった。ただ黙々と進軍するにはいささか退屈である。こんな時はどちらかが気持ちを紛らわせるために喋りそうなものだが、結局ふたりとも小一時間は黙ったままトンネルを目指してアップダウンの続く獣道を歩き続けた。その間の修羅の表情は晴れるわけでもなく曇るわけでもなく、ただ静かに精神を研ぎ澄ませているように見えた。おそらく紫苑もそれに気づいており、黙って彼の後を歩くのだった。

 やがてふたりは例のトンネルに差し掛かった。その頃にはもう辺りは真っ暗。すでに夜である。紫苑は純銀製で蛇の装飾をあしらったライターで火を灯し、「これを使って先に進みましょう」と今度は修羅の前へ出た。ところが今回はそれを振り切るかのように、さっさと中に入っていくではないか。それを制するためか、紫苑も一緒になって駆け出した。日の暮れた外よりも真っ暗なトンネルの中に明かりもなしで入るのは無茶だと思ったのだろう。
 修羅はトンネルに踏み入ると、奥へ奥へと走り出す。まさに全力疾走だ。紫苑は彼の自殺行為を止めるべく、懸命に両腕を振ってなりふり構わず追う。いつの間にかライターの火も消えた。それでも奇妙な追いかけっこは続く。それを始めた男の全身が高貴な緑に輝きだすまで。修羅がオーラを身にまとって立ち止まったのを見て、ようやく追いついた紫苑が息を切らせながら声をかけた。

 「はぁ、はぁ、はぁ……きゅ、急に走り出されて、ど、どうかなされましたか?」
 「どうもこうもねぇよ。人が黙ってりゃ好き勝手しやがって……お前、紫苑じゃないな?」
 「な、何を根拠にそんなことを……」
 「俺を捕まえるのになんで普通に走ってるんだよ。それこそ神速で済む話だろうが!」

 今までの沈黙がウソのように、修羅は相手の胸倉を無理やりつかんでまくし立てた!

 「霊能力のない紫苑が俺に気配を悟らせずに後ろから出てくるなんて不可能だ。その上、トンネルがあるとわかっていても何の準備もしてないなんてあり得ない。能力者が危険に晒されるとわかっている状況で身を挺して守ろうとしない。極めつけは十八番の『神速の脚』を一度として使わない上に、俺の名前を一度として呼ばない! お前が紫苑じゃねぇことくらい、最初っからわかってたんだよ! だからあえてお前の罠にハマってみせた。トンネルに入った瞬間、なんかのねじれを感じたぞ……お前、何者だ?!」
 「同じ『蛇』という言霊を操る人間に身を貶めてまで、余が貴様を陥れたのには理由がある! うごおおおぉぉぉっ!!」

 美しい長髪は常に蛇のように曲がりくねり、紫苑の瞳は噂されている蛇神のものへと変貌していく! 紫苑でない誰かは、世が世なら異形の神と呼ばれてもおかしくない威圧感を持っていた!

 「お前が……本物の紫苑が言っていたキバツミだな? そして俺のいるここは、本来の時空ではないどこかってわけか」
 『そうだ、因果を超えた場所にある闇の中。確かに洞窟のような風景に見えるかもしれな……ぐあはっ!!』
 「だが、ここがこの世のどこかということには変わりはない。じゃなかったらお前の存在が否定されるからな。そして俺の降霊した神もまた……なっ!」

 修羅は雄々しく語るキバツミの喉を握りつぶさんとする。さっきのオーラは降霊を終えた直後だった。そして彼の背後には荒ぶる神・孔雀明王の姿が揺らめいている!

 『し、しまっ……さ、先に処分しようと思った人間に……さ、先を、こっ、越されるとはっ!』
 「物真似もできねぇで人を騙そうなんて何千年も早いぜ……はぁっ! おりゃあぁあっ! はっ!」
 『うげっ、うげっ! 脆弱な人間の姿を借りたのが間違いだったか、おがっ! あがっ!』

 キバツミはどの時間からも孤立した時空のトンネルにおびき寄せたまではよかった。だが結果的に彼は、戦う相手を間違えるという致命的なミスを犯してしまう。まさか大いなる神である自分が人間の右手に首をつかまれ、左手で腹に連打を食らうなどという屈辱を味わうとは……彼はあっさりと紫苑の姿を捨てて思念体となり、すばやくトンネルの先へと消えていく。そして遥か彼方にある一筋の光を生み出すと、高らかに彼の名を呼ばわった。

 『不動 修羅……余は光の向こうで蘇る。ここから後に引くことは余が許さぬ。改めて貴様と対し、その身をねじ切ってくれるわ!』
 「つまりお前の都合のいい時間まで俺を飛ばすってことだな。一度負けたら二度三度……なんて悪人によくある精神だが、言っとくがお前に次はないぜ?」
 『ぬかせ、小童。身の丈も知らずに強大な力を操ることの危うさを知らぬ愚か者よ。早く余の前に現れよ!』

 修羅は悠然と光と対峙し、そちらへゆっくりと歩き出した。どっちが愚か者かは光の向こうでわかる。本物の紫苑を、人間の力をバカにしたツケはその身で払ってもらう。すでに彼は確信していた。光の向こうに、自分が求める結末があることを。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
市川智彦 クリエイターズルームへ
東京怪談
2007年03月07日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.