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『酔っぱらい二重奏 』
ケヴィン・フォレスト3425)&レナ・スウォンプ(3428)&(登場しない)

 きゃはははははと甲高い笑い声が響き渡る。とは言え特に癇に障るような耳障りな声と言う訳でもなく、場末の酒場と言う場所柄からしても単にしこたま聞こし召しているのだろうと思しき陽気な高音の笑い声。断じて嫌な感じの声には聞こえないだろうが、それでも目立つ事には変わりなく。いったい誰がその源なのかと辿り見れば、奥の方にあるテーブルに着いている金髪、では無く光の反射によってはそう見えそうな鈍い緑の――草色とでも言えそうな色の髪に銀の瞳を持つ娘。服装にも装飾にもばっちり気を遣っており結構お洒落な姿。きゃはきゃは笑いつつ心底楽しそうにグラスを傾け、テーブルの上にずらり並べられた料理をぱくぱく突付いて食べている。…どうやら笑い上戸であるらしい。
 そのテーブルには彼女の連れも一人着いている。くすんだ青色の髪に黒い瞳を持っており、お洒落な娘の方とは違ってあまり外見に気を遣っている風の無い軽装を身に着けている。外して脇に置いてはあるが武装も一応。…そんな生業の者でもあるのかもしれない。何にしろ、今見る限りは何処にでも居そうな普通の気の良さそうな兄ちゃんが、豪快にジョッキを傾け中身を干している。ぷはーと美味そうな息を吐き、次には皿の料理をがっつく。よく笑う娘にところどころ付き合いつつ、それなりに楽しそうに談笑している。…こちらの兄ちゃんはあまり酔った風はなく、まぁ理性的に見える。
 そして今更言うが結構、二人の着いているテーブルの上は派手である。
 …金が掛かっていると言うか、奮発していると言うか。ちょっとした何かの祝いと言うか。そんな席になっている。
 既に空のジョッキやグラス、皿も堆く積まれている…と言うのはさすがに言い過ぎか。
 取り敢えず今はまだそこまで行かずとも、程無くそうなりそうな勢いである事だけは、確か。

 偶然か必然か、側のテーブルに一人で座っていた男は――何となく彼ら二人に興味を抱き、彼らの話に耳を傾けてみる。
 まぁ、酒の席なので理屈の通らない無意味な話が飛び交っている可能性も無きにしもあらずだが――特に女の方は見るからに酔っぱらいであり笑いっぱなしだ――、少なくとも男の方には酔っている気配は見受けられない。
 酒場は情報収集に最適な場だ。何か良い話の種になりそうな事を話している可能性もある。誰かに取っては重要な情報を漏らしている可能性もある。どちらにしても、損は無い。
 …ともあれ、さりげなく聞き耳を立ててみる。

「きゃははははははっ、おいしー、本っ当に賞金首サマサマだよねーケヴィンー」
「…ま、思ったより軽く捻れたしな」
「それはケヴィンが強いからだよね☆ おかげでおいしーお酒とご飯にありつけたー☆」
「てーか、俺はなんであんたにまで奢ってんのかね?」
「そりゃあ…あたしも手伝ったしー、当然の分け前ってゆーかそんなもん?」
「…なんか手伝ったっけ?」
「む。…ほらあたしは居るだけで華が☆ ケヴィンの元気の源に☆」
「………………レナのそういうところは今に始まった事じゃないけどな…」
「きゃははははっ、よくわかってるんじゃなーい☆ 男前ー☆ きゃははははっ」

 ぬ。やはり賞金稼ぎか。
 それにしてもこの男、この何でも無さそうな見た目であっても中々に凄腕と言う事なのか…。
 女の方はそうでもないようだが。

「でも本っ当にあっさりだったよねーあの賞金首さ」
 手を付けられない、って噂だったんだよねぇ。確か前情報ではー。西の外れの宿って荒くれ集まる事多いって話だからそのせいでそう思われただけだったのかなー?
 でもみーんな簡単なんだもんねー。ちょいと魔法を掛けてあげたら宿の他の皆さん右往左往してたしー。んで、すぐ目的の賞金首にありつけたんだよねー。…図体デカかったけど見掛け倒し、って言うか?
「…お、そこ手伝ってたな。そういや」
 他に同じ賞金首を狙う荒くれ連中の雑音払いは。
「おーそーだそーだ、あたしやっぱりちゃんと手伝ってるじゃーん。きゃはははっ☆」
「でもなんで賞金首の片割れが居なかったんだろうな? いつも共に行動してるって噂だったんだが」
 賞金首の兄だと言う色白の小男。
「んー? なんでだろね。きゃはははっ」

 …待て。
 西の外れの宿に潜伏していた賞金首。
 いつも共に行動している片割れ――図体のデカい賞金首、の兄だと言う色白の小男。

 まさかッ…奴が、『弟』がそんな簡単に…!
 焦燥に、思わず男はがたりと椅子を蹴り立ち上がる。
 途端。
 視線を集めた。
 …少なくとも、件のテーブルの男女――ケヴィン・フォレストと、レナ・スウォンプからは。
 そして目が合い、暫し停止。
 たっぷり間を置いた後、きゃははははははっ、とレナの屈託無い笑い声が響き渡る。
 レナは無遠慮に男の顔を指差し、またきゃははははは。

「このひとってさっきの賞金首の片割れじゃん☆」
 …さっき賞金と交換して来た賞金首の兄貴って言う。

 あっさり指摘されるなり、男の顔が、凍り付いた。
 ――話されていた特徴通り、色白な小男の顔が。



 顔色の変わった小男は覚悟を決めたか己の剣を抜き二人に――ケヴィンに突進、いきなり振るっていた。反射的にか偶然そう動いていただけだったのか微妙な態度でおっとと避けたケヴィンの前、テーブルの上が薙ぎ払われる。皿がグラスがジョッキが中身ごと転がり割り砕け、悲惨な音が響き渡った。きゃっと言う叫び声があちこちから。レナのもの――ではなく彼らとは全然関係の無い給仕や客の中に居た娘の声。
 で、間近でそれを見ていた筈のレナはと言うと。
 んー、と小男の攻撃をじっと見ていたかと思うと、またきゃははははと笑い転げている。緊迫感無し。
 レナが笑い転げているそこで、折角イイ気分で飲んでるところを邪魔する気かおっさん、とケヴィンがぼそりとドスの効いた低い声で告げる。そして席を立ちつつがしりと己の武装を――片手剣を掴むと、見せ付けるようにゆっくりと鞘から引き抜いた。
 小男に向かうと――容赦無くその剣を振り被り、振り下ろす。
 が。
 無駄に大振り。
 しかも遅い。
 小男はその剣撃を難無く避けられる。
 …と言うかそもそも剣先が届いてないし届きそうもない位置関係。
 剣筋も何だか鈍そうだ。

 …。

 二撃目。
 同じく。
 三撃目。
 四撃目。
 次…。

 …。

「ちっ…やるな賞金首」
 ちょこまかと逃げやがって。

 …いや、逃げてない。
 むしろこんな素人以下の剣で――我が弟がやられたというのが物凄く信じられない。
 小男は訝しげな顔になる。
 …俺の、早とちりか?
 いや、今あの女は確かに俺が賞金首の片割れだと…?

 そうだ。
 小男は思い付くなり、レナの側へと素早く近付き、その腕をぐいと引っ張り側に寄せ、ケヴィンに対する人質に取る。酔っぱらっているが故かレナも特に抵抗を見せない。
 小男はレナをあっさり捕まえた。
 まぁ、常套手段。
 …今更この程度の罪状が一つ二つ増えようと大差無い。
 小男は思い、レナをちらと見て様子を確認してからケヴィンへ視線を戻す…つもりだったが。
 その過程でレナから向けられたきらきらと期待に満ちた視線にぎょっとした。
 直後。
 レナは小男からあっさり目を逸らすと、いやそれどころでは無くわざと小男の腕を自分の首にぎゅっと回してわざわざ捕まっている風を演出すると、レナは目を潤ませてケヴィンへと訴える。
「やーん、怖いよケヴィン助けてよぉ〜☆」
「…取り敢えず怖いってのは嘘だろ」
「あーんばれちゃったー、あははははっ」
 先程までよりやけに無感動に聞こえたケヴィンの指摘だが――それを聞いても結局、相変わらず危機感無いままレナはけらけらと笑い転げている。
 ケヴィンもケヴィンでじりじりと間合いを図るように摺り足で動いている。人質になっているレナの事を気にした風はない。こちらが隙を見せれば今にも掛かってきそうな雰囲気。
 そして何となく、先程までと微妙に違う。

 …何なんだ、こいつらは。
 小男がやや混乱気味に思ったそこで、突然疾風が吹き込んで来た。小男の傍ら、すぐ脇の下方にくすんだ青の頭が見える。待て。いつの間に移動した。疑問に思う間も無い。思う間もなく――ぐいと女一人分の重量が小男の腕から引き離される。…レナ。ケヴィンはレナの身を小男からあっさり取り返すなり、小男の肩口に片手剣の柄尻で一撃。それで小男はがくりと床に膝を突く。
 いきなりの素早い動きと強烈な一撃。先程までと同じ人間の放ったものとは思えない打撃――小男は茫然としつつも顔を上げそれを為した者を確認。くすんだ青頭――立ち上がったケヴィンを見上げる。
 その顔からは、全ての表情が消えていた。…それはケヴィンの普段の姿でしかないのだが、小男の方は当然知らない。
 結果、小男がただ感じるのは、無言の威圧。
 …どうやら今のケヴィンはかなり怒りの感情を抱いているらしい。
 邪魔された事が――折角良い気分で飲んでいたところを邪魔され、自分に剣を振るわせた事が――いやこんな場所で流血沙汰も後々店の人に悪かろうと途中から判断出来る頭が戻って来たので小男を斬るのは止め手加減、と言うか遠慮して柄尻で殴るだけで止めたのだが――それでも『わざわざ酔いを醒まさせられてしまった事』が余程気に障っていた事には変わりないようだ。
 て言うか。
 この小男は――レナ曰く『さっき交換して来た賞金首の兄貴だ』と言うような事を言ってはいなかっただろうか。
 そう問いをこめて、改めてケヴィンは無表情なままレナを見る。
 と、おー、その通りー、とレナからは元気な肯定の返事。
 ケヴィンはよしと頷き――いや頷くのも面倒なので実際は頷いていないのだが何故か周囲からはそうやって同意したと思われるような雰囲気を醸しつつ――再び片手剣を振るう。流れるように逆手に持ち替え、また剣の柄尻で今度は小男のこめかみを容赦無く打った。その間の動きは、見えない。先程までとは比べ物にならない鋭い切れのある動きで、ケヴィンは当然のように小男の意識を奪う。
 それでもケヴィンは無表情。
 手応えはあったので、やった、とは思うだけ思うが、それで何か新たに余計な反応を見せるのも――表情を作るのも面倒臭い。
「…」
 まぁ何にしろ、次の金蔓確保。
 と、ケヴィンがちらりとレナを見るなり、レナはその意図を汲んではいはーい、とばかりに何処からとも無く――魔法で出したのか?――ちゃきーんと荒縄を取り出し、にこにこにこと嬉しそうに笑いながらケヴィンに渡す。それから周囲の様子を気にもせず二人がかりで意識の無い小男を拘束、意識が無いにも拘らず何故か猿轡までかっちり掛けて――ただ自分たちの使っていたテーブルの下に放り出す。
 それだけで、ケヴィンもレナも再びテーブルの元の席に着き何事も無かったように宴を再開――と言うか酒も料理も少々零されたので新たに注文。こんな理由で宴を止めるのは勿体無いし何だか癪だ。…そろそろ酔いも醒めてきてしまった事だし、もう一度アルコールを入れておきたい。
 ついでに言うならレナはあるだけ浪費してしまう向きがあるので今この時点で現生で賞金を追加、は無い方が良いかもと言うケヴィンの思惑も多少ある。

 そんなこんなで、この男を賞金と換えて来るのは、後回し。

【了】
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2007年03月05日

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