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『A perfect blue sky 』
藤井・蘭2163)&水鏡・雪彼(6151)&(登場しない)




 淡く降る白雪の様な色合いを浮かべた筋雲が、さえざえとした晴天の中をおっとりとした速さで流れてゆく。
 暖冬だとは言われつつも、それでもやはり季節は未だ春を迎えず。昼の間はぬくぬくとした陽光に照らされて、反して朝夕ともなれば上着の暖かさが恋しく感じられるような、――つまりはどちらとも定まらない、中途半端な時節となった。
 一足先にと蕾を綻ばせているのはふくふくとした芳香を包んだ梅の花。白々と咲くその色は天を流れる白雲のそれに酷似して、碧空の色を背景に、織り交ざり、一枚の日本画のような風景を仕立てあげている。


 大きな通りを外れ、小さな裏路地をいくつか折れ曲がった先に、まるで時の流れから置いていかれたかのような、小さな空き地があった。
 風を伝う、わずかに響くその空き地の声無き主張を耳にとめたのは水鏡雪彼だった。
 ぬくぬくとした手編みのマフラーに鼻の上まで突っ込んで、綺麗に編みこまれたおひさま色の長い髪を風になびかせて、雪彼は白い頬にほんのりとした紅い花を咲かせる。
 周りを見ても、そこはきっと猫や、あるいは悪戯好きな子供たちばかりがこっそりと通り抜けていく隠れ場所であるようにしか思えない。
 なかなか目にする事のなくなった土管が数本残され、伸びかけの若草が寒そうに葉を揺らしている。
 アスファルト舗装のなされた細い道と空き地との境には数本の杭が打たれてはいるが、だからといってそれは決して子供たちや猫たちの踏み入るのを拒むための境界線ではないのだ。
 まさに、ひっそりと残された隠れ家のような遊び場所。日当たりも悪くないし、治安も悪くはなさそうだ。
 そして、なによりも雪彼の目を惹いたのは、空き地の隅に立っていた数本の白梅の木。ふくふくとした香りが風に乗って広がり、雪彼の鼻先をかすめて過ぎてゆく。
 雪彼は弾かれたようにきびすを返して走り出し、急いでその場を後にした。
 白い頬を上気させ、ときおりマフラーを巻きなおしたりもしつつ、大通りを目指してひといきに雪彼が住んでいる家へと駆け戻る。
「蘭ちゃん、蘭ちゃんにも教えてあげなくちゃ!」

 藤井蘭のもとに電話がきたのは、よく晴れた日の午後の事だった。
 蘭はそのとき、お気に入りのクマリュックを背負ってお使いに出ていたが、電話が鳴ったのと同時に帰宅を済ませたのだ。
「あれぇ、雪彼ちゃん? どうしたのなの〜? うん、僕、おつかいに行ってきたなの。おいもさんとぎゅうにゅうを買ってきたのなの」
 のんびりとした口調でそう応え、次いで告げられた雪彼の言葉を耳にして、蘭は愛らしい面立ちに満面の笑みを咲かせる。
「梅のおはな! 僕も見たいのなの! うん、……うん、わかったなの。おかしとおべんとうを持っていくのなの〜!」
 声を弾ませてそううなずき、蘭は喜色を満面に浮かべて受話器を置いた。それから壁掛けのカレンダーに視線を向けて、雪彼と約束した日を確める。
 約束した日時は、次の日曜日のお昼だ。そうして、次の日曜といえば、もう二回ほど夜を越せばすぐに訪れる。
 椅子を運び持ってきてカレンダーに手を伸ばし、赤いマジックで日曜日に印をつける。それから今日の日付に黒いマジックでバッテンをいれて、蘭は嬉しそうに瞬いた。
 窓の外の風景はもうすでに夜のそれを呈している。空には気早に顔を覗かせた冬の星座がまたたいている。
「楽しみ〜なの〜!」
 椅子をぴょんと飛び降りて、蘭は台所へと小走りに寄っていく。
 お弁当のことを頼まなくてはならないのだ。


 迎えた日曜は朝から文句なしの快晴だった。上着の必要のないほどに暖かな陽射しが降り注ぎ、その陽光の下を、雪彼が蘭を先導して秘密の空き地へと走ってゆく。
 小さな裏路地を何度か折れ曲がるそのたびに、空気を揺らし広がる梅の気配がどんどん色濃いものへと変わっていく。
 雪彼は蘭の手を強く握りしめたまま走り進み、時々蘭を振り向いて悪戯めいた笑みを浮かべた。
 蘭は前を行く雪彼の満面の笑みに心を躍らせながら、次第に強くなる声無き声に耳を寄せる。
「梅のおはなが、僕たちの来るのを待っててくれてるのなの!」
 雪彼の手を握り返し、蘭は雪彼の隣に足を並べて同時に走る。
 知らないはずの道を、まるで訪れた事のあるような足取りで走る蘭を、しかし、雪彼は驚きもせずに笑みを浮かべて見つめた。
 蘭は植物と心を寄せ合う事が出来る。きっと梅の花の精霊が蘭を呼び寄せているのだろう。
 最後の角を折れた時、空から降り注いでいた陽光がひときわ明るい光を放ってふたりを迎えた。
 空き地はたしかに広がっていた。雪彼が見つけた時より、若草の背丈がいくらか伸びているだろうか。しかし違いはその程度のもの。
 広々とした空間。土管の上に陣取ってひなたぼっこをしている数匹の猫。そよぐ若草の緑と、その中に守られるように伸びている数本の白梅の樹。
「――うわぁ!」
 嬉しそうな声を発した蘭に、雪彼もまた嬉しそうにぴょんぴょんと跳ねた。
「ね、ね! すてきな場所でしょ!?」
「うん、すごいね、雪彼ちゃん! ひみつきちみたいなの!」
「ひみつきちだよ、蘭ちゃん。雪彼と蘭ちゃんと、あとここを知ってる子たちと猫ちゃんたちだけが遊べる場所なの」
「うん、わくわくするのなの〜!」
 手と手を取ってぴょんぴょんと跳ね回るふたりを、暖かな陽光と、白梅の気配とばかりが見つめている。


 猫が寝そべっている土管の一部を借りて座り、蘭と雪彼がそれぞれに持ち寄ったお菓子のつつみを広げる。
「持ち主さんが作ってくれたのなの」
 言いながら蘭が広げたそれは、手作りのパウンドケーキとクッキーの盛り合わせだった。
「すいとうにこうちゃもいれてくれたのなの」 
 備え付けの専用のカップをふたつ並べ、その中に紅茶を注ぎこむ。あらかじめ砂糖が加えられていた紅茶は、温かな湯気と甘い香りとでふたりの鼻をくすぐった。
「雪彼も持ってきたよ。紙コップも何個か持ってきたんだけど、使わないかな」
 次いで広げられた雪彼のつつみの中には、温かなお茶の入った水筒と、お弁当と、やはり手作りのフィナンシェとマドレーヌとがおさまっている。
「おかしもたくさんなの」
 くすくすと笑いながら首をかしげて、蘭はふいに白梅の方に視線を向けてにこりと笑った。
「でも、たくさんあったほうがよかったのなの」
「そお?」
 うなずいて、雪彼もまた蘭の視線を追いかける。
 視線の先では、白梅が楚々とした風情を謳いながらも、そのふうわりとした色彩の純白を碧空を背景に、確かに主張してもいた。
 穏やかな陽射しが降り注ぎ、風がそよと流れていく。
 ふくふくとした芳香は周囲の空気を惜し気もなく満たしていき、そののどかな時間の中で、ふたりのすぐ脇に寝そべっている数匹の猫がちぐはぐなタイミングであくびをしてみせた。
「あのね、あの樹のおねえさんたちが、僕たちにおいでおいでしてるのなの」
 言って雪彼を振り向く蘭の目にはきらきらとした光が宿っている。
 雪彼は蘭の言に大きくうなずいて土管をぴょんと飛び降りた。
「お菓子とお茶をわけてあげよっか!」
「うん、おねえさんたち、きっとよろこんでくれるのなの〜」
 互いに微笑みを交し合い、いそいそと持ち寄った焼き菓子をティッシュの上に配り置く。菓子は精霊の人数分に配当され、最後に人数分の紙コップが用意された。

 白梅の樹の下に敷き物を広げ、食事の場所を土管の上からそこへと移動させた。
 なぜか一緒についてきた猫たちも一緒になって食事を囲み、ふたりはそれぞれの弁当箱のふたを開ける。
「たまごやき!」
「見てみて、蘭ちゃん! 雪彼のにエビフライがはいってる!」
 互いの弁当を覗きみて感嘆の声を高らかにあげる。
 蘭が卵焼きを口にしようとしたとき、白梅の花が風も受けずにさわりと唄った。
 蘭と雪彼はお互いに顔を見合わせて、次いで同時に破顔した。
「おねえさんたちが、おべんとうはおいしいかって」
 白梅の枝と雪彼の顔とを交互に見つめて蘭が笑う。
「うん。すっごくおいしい!」
 蘭の視線に首をかしげ、雪彼もまた笑って白梅の枝を仰ぎ見た。
 猫たちが食事のお裾分けを乞う。その声を聞いて、ふたりは首をすくめて笑いあった。

 持ち寄ったたくさんの菓子は白梅の精霊たちと猫たち、それと自分たちに配当する事で、それぞれの取り分も随分と少なくなった。
 紙コップに注ぎいれて樹の根元に置いたお茶のふくよかな湯気が、白梅のそれと織り交ざって高い空へと昇っていく。

「ねえ、蘭ちゃん」
 チョコチップクッキーをかじりながら雪彼が横を見る。
「なあに、雪彼ちゃん」
 フィナンシェを頬張りながら、その視線を受け止める。
「とってもきれいな青空だね」
「うん、なの」
 
 覆い隠すもののなくなった、見事なまでの青天。その下で、白梅の花たちばかりがふわふわと風に踊っている。
 
「ねえ、雪彼ちゃん」
「なあに、蘭ちゃん」
「とってもすてきなひみつきちなの」
 言われて、雪彼は改めて蘭の顔に目を寄せた。
 雲ひとつない、完璧なまでの青天。それを飾るのどかな陽射し。その陽光によく似た、蘭の屈託ない笑顔。
 雪彼も笑った。
「蘭ちゃんにも気に入ってもらえて、雪彼、とってもうれしい!」
 言って、カップの中の紅茶を一息に飲み干した。

 
 季節はやがて春を迎える。世界はこれから、芽生えの季節の中で、色鮮やかな景色へと移り変わっていくのだ。それはきっと、雪彼の笑顔にも似た、満面の美しい花々となって大地を染め上げていくのだろう。

「またいろんなひみつきちを見つけようね」

 雪彼が告げた言葉に大きなうなずきを返す蘭の後ろ、白梅の枝の下で、艶やかな風体の女御たちがやわらかな微笑みをもってふたりを見守っている。





Thank you for an order.
Moreover, I am waiting for the day which can meet.

2007 March 2
MR
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
エム・リー クリエイターズルームへ
東京怪談
2007年03月02日

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