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『Firm Bond 』
アルクトゥルス(w3c950)&物部・護矢(w3c950)&(登場しない)


 結婚しよう。
 そんな、ドラマのような台詞。

 二人がその言葉を交わして、一体どれくらい経ったのだろうか。
 三年、いや四年…気付けば早いものである。

 現実は小説よりも奇なり。誰が言ったかその有名の言葉を。
 それを、二人はきっと誰よりも多く体験してきたに違いない。
 やれ自分は人間ではない。やれ自分は魔のものだ。やれ敵は神だ。多くのことが起こりすぎて、一体どれほどそれを理解しきれただろうか。
 そんな中、文字通り魂の絆で結ばれた二人は出会う。そんな二人が恋に落ちるのは、必然すぎるくらい必然だったのかもしれない。
 色々な柵があったのは確か。色々な障害があったのは確か。
 それでも、それでも。ずっと一緒にいようと。ずっと一緒にいたいと。二人は結婚した。

 二人の間に子はいない。どうやっても授かる事が出来ない。
 まさに死線を潜り抜けてきた。時には本当に死にかけながら。

 それでも、二人はずっと一緒。あの日誓った時から片時も離れた事はない。
 時として、それは惚気だなんだとからかわれたりするネタにもなったりするのだが、本人達はいたって幸せなのだからよしとしよう。
 数年経っても新婚気分な夫婦など、そうはお目にかかれないものなのだから。





 しかし、この時ばかりは話が違っていた。
 嫁―アルクトゥルスは何故か態度が余所余所しい。何処かそわそわしているというか。
 そんな嫁を少し不審に思いながら、夫―物部護矢は出かける準備をしていた。

 あの日から三年。世の中はまだまだ平和とは言い切れぬものであった。
 そうなれば、人間よりも優れた魔皇やグレゴールといったものたちの仕事も増える。
 そして、護矢が今日出かける理由もその仕事だった。

 何時もならば、疑いもなくアルクトゥルスと仕事へと向かうのだが…今日は違った。
「ごめん、先一人で行ってて!」
 何で、と聞く間もなく護矢は送り出されてしまう。
「浮気…? まさか」
 何処か不安に思いながら、それでも頭を振って護矢は歩いていくのだった。

 そんな夫の様子は露知らず、アルクトゥルスは一人気合を入れていた。
「準備よし! 愛情よし! さぁ作るよ!!」
 夫はそういうことに疎いのか一切気付いていなかったが。
 アルクトゥルスはカレンダーを見て一つ笑って、キッチンに向かう。
 赤く丸のついた、2月14日という日付をしっかりと心に焼き付けて。



 その頃夫は。
「えーと、今回の作戦は…」
 他の仲間達と一緒に、そういう話とはまるで無縁と言わんばかりに依頼の相談をしていた。





◇ ◆ ◇ ◆ ◇



「〜〜〜〜♪」
 これを贈ったら、あの人はどれだけ喜んでくれるだろうか。
 そんな事を想像しながら、アルクトゥルスは鼻歌交じりにキッチンを動き回る。
 まずはチョコレートを包丁で刻み、それをボウルに入れていく。
 流石にコンロの鍋に直接かける、などという馬鹿な真似はしない。伊達に何年も主婦をやっているわけではないのだ。
「そんなことしちゃったら油脂が溶け出しちゃって台無しだものね」
 答えるものなどいないが、そんなことは気にしない。チョコを湯煎にかけて溶かしていく。
「チョコが溶けて、固まるとあたしたちの愛情もまた固まって…なんてねー!」
 それにしてもこのアルクトゥルス、ノリノリである。



 その頃夫は。
「…こないな…」
 嫁は何時までもこないのだがそれで依頼を遅らせるわけにもいかず、仕方なく他の仲間達(ちなみに皆独り身)と出発するのだった。



 生クリームを火にかけて温めつつ、湯煎で溶かしたチョコレートを用意する。
 火から下ろしたらチョコを加えていき、混ぜ合わせる。
 アルクトゥルスの顔は、なんとも幸せそうな笑顔に溢れていた。甘い甘いチョコを食べたとき、夫はどんな顔をするだろうか。
「今夜は激しくなるかも…」
 危険発言もなんのその。恋する主婦の快進撃は続く。



 その頃夫は。
「あぁ、分かっている」
 インカムから届く仲間の声に返事を返し、戦場を睨みこんだ。



 常温で柔らかくしておいたバターとブランデーを加え、さらに混ぜていく。ブランデー特有のフルーティな香りが、アルクトゥルスの鼻をくすぐる。
「流石にこれくらいじゃ酔わないわよね…?」
 彼女は素晴らしいまでに下戸なのだ。一杯でも呑もうものなら大変なことになる。主に笑い声で。
 だがしかし、そんな彼女でも流石に匂いくらいでは酔えない。そも、逢魔という身体を考えれば酔うということ自体がおかしかったりするのだが。それはまた、精神的なものとも言えるので、一概に絶対にないとは言い切れない。
 少し味見をしてみたい衝動に駆られる。しかし、それを我慢して混ぜていく。
 全ては愛する夫のために。それだけで、混ぜる手にも力が入るのだ。



 その頃夫は。
「でぇぇぇぇい!!」
 思いっきり戦闘中だった。



 半分をバットに流し冷蔵庫に入れ冷やす。残り半分は、ボウルを氷水につけてそのまま少しずつ柔らかさを失わせない様に固めていく。
 ある程度硬くなってきたら、それを絞り袋に流し入れる。
「トリュフトリュフーラララトリュフー♪」
 謎な歌詞を口ずさみつつ、絞り袋を絞る。そうすれば、小さなホイップ状のチョコがバットの上に生まれるのだった。
 そして、生まれたままの姿で、ホイップはまた冷蔵庫の中へと消えていく。



 その頃夫は。
「さて、ここからが本番か…」
 露払いを終え、いよいよ本当の戦いへと差し掛かっていた。



「さて、そろそろかな」
 頃合を見て、二つのバットを冷蔵庫の中から取り出す。
 そこには冷えていい具合に固まっているチョコの姿。
「〜〜〜♪」
 バットに直接流し込んだチョコは、適当な大きさにカットしていく。途中、護矢の顔に似せた形にカットしてみたが、うまくいかずよく分からない物体が出来上がってしまったのはちょっとしたお茶目ということにしておこう。
 ホイップ状のチョコのほうは、まだ柔らかいうちに手で丸めておく。これで黒い宝石の出来上がり。
 多分あの人のことだから、ただ甘々なものは苦手だろう。そんな事を思いながら、彼女はそれらにココアパウダーを振りかけていく。
「うん、美味しそう」
 そうして、彼女の前には立派な生チョコと生トリュフが並ぶのだった。
 最後の仕上げとして、もう一度それを冷蔵庫に入れて。アルクトゥルスはまた笑みを浮かべるのだった。



 その頃夫は。
「ぬぉおおおおおぉぉぉ!!」
 大暴れしていた。



 この日のために用意した、小さく可愛い形のケースにチョコを詰めていく。生チョコと生トリュフというものであるから、それらが潰れない様に繊細に飾り付けつつケースを閉じる。
 派手な装飾はあまり好まれないだろうし、シンプルに青いリボンだけを巻いて結ぶ。
 まぁこれくらいはいいよね、と小さなハートをワンポイントで。
「…完成…」
 それを見つめ、彼女は感慨深そうに息を吐いた。後はこれを届けるだけだ。
「…って、もうこんな時間!?」
 時計を見上げた彼女は、すぐに用意をして家を飛び出し…戻ってまた走り出した。
 肝心のチョコを忘れては意味がない。さぁ、行こう!



 その頃夫は。
「ちぃ…っ!」
 結構大ピンチだった。





◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 アルクトゥルスが待ち合わせ場所に到着した頃には、当然ではあるが誰もいなかった。
 まぁ元々目的地の方は依頼を受けた時点で確認しているので、それほど場所に迷うこともなかったのだが。

 しかし。目的地に辿り着いた途端、アルクトゥルスは凍りついた様に動けなくなってしまった。
 今回の依頼を受けた仲間達が、そこで倒れていたのだ。
「どうしたの!?」
 幸い息はまだある。致命傷ではないらしい。
 聞ける範囲だけ聞いて、アルクトゥルスはすぐさま走り出した。

 どうやら今回の依頼は、何者かが仕掛けた罠だったようなのだ。
 かなりの数のサーヴァントが彼らを襲い、多くは撃退できたものの、同時に仲間達もやられてしまったとのこと。
 そして、護矢はまだ戦っている――!



 走った、只管走った。目の中に飛び込んできたのは一つの廃ビル。そしてその中から、紛れもない剣戟の音色が響いている。
 考えている暇はなかった。既に朽ちた自動ドアのあったところから飛び込むように駆け込んでいく。
 薄暗い闇の中、確かに息遣いは感じる。
 何処、彼は何処に?
 振り向いた彼女に、一匹の巨大な狼のようなサーヴァントが飛び掛ってくる。
 避ける時間などない。ならば、
「邪魔するなあぁぁぁ!!」
 あえて腕を差し出し、噛み付かせると同時に真紅のハルバードを振るってそれを一刀のもとに両断する。
 腕から伝わる熱と激痛。しかし、そんなものに気をやっている時間はない。



「ッ…数の暴力ほど、厄介なものもない、な!」
 また飛び掛ってきた獣を薙ぎ払いつつ、護矢は一人毒づいていた。
 傍にいたはずの仲間達は、既に散り散りになってしまい誰もいない。今は彼らの無事を祈るしかない。
 そして何より、彼の前にはまだまだ獣達がその瞳を光らせている。
 醜悪な息遣い。突き刺さるほどの殺気の山。
 状況は、やはり最悪だった。

 ――バガン!!
 しかしそんな状況を、一つの破壊音が切り裂いた。
 朽ちかけていた扉が、まるで木の葉の如く吹き飛ぶ。その扉は獣の一匹を巻き込んで、既にガラスのない窓から外へと飛び出した。
 見えたのは、扉を蹴破ったすらっとした脚。そして、
「大丈夫!?」
 そこにいたのは、見間違えるはずもない永遠を誓った伴侶だった。

 お互いの姿はボロボロだった。
 アルクトゥルスは兎も角、護矢は死んでいてもおかしくないような風貌である。
 それでも、お互いの無事を確認できたことが嬉しくて、二人はサーヴァントどもなどいないかのように寄り添いあう。
「無事でよかった…」
「嫁さん一人残して逝けるか」
 そんな会話を交わして、二人は立ち上がる。

「…さて。人の旦那様を傷つけたこいつら、どうしよっか?」
「そうだな。人の嫁さんを傷つけたからには、地獄逝きも生温いな」
 その風貌からは想像も出来ない気迫。それに、獰猛であるはずの獣達が怯む。
 そんな獣達を一瞥して、巨大な斧を持つその手を、白く細い腕がそっと握る。
 瞬間、獣達は目を疑った。

 巨大な斧が、角が、爪が、その形をなくしていく。そして、そこに黒い霧が少しずつ集まっていく。
 集まった霧は形を成し、音も立てずに伸びていく。
 形成された黒い物体が、鈍色の光を放つ。それは、紛れもない剣。
 それは、凶骨とその主だけが操ることを許された剣。憎悪も憤怒も悲哀も全てを吸収して形を成すもの。
 まるでビル全てを切り裂かんとする霊魂の剣が、その手の中に存在していた――。

 一閃――それに気付いた獣達はいるだろうか。
 構えることすらなく、ただ巨大な刃が無尽蔵に振るわれた。巨大すぎるがゆえに、その刃はビルの大半をも斬り裂きながら獣達全てを文字通り叩き斬っていた――。





◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 天井から、空が見えた。綺麗な切り口で、天井が割られている。
「派手にやっちまったなぁ…」
 愛する妻の手当てを受けながら、護矢はぼーっとそんなことを呟いた。
「まぁ廃ビルだからいいじゃない。それにしても、また重傷だね」
 ほんと結婚したんだからもうちょっと怪我をなくしてほしいわ、なんて耳の痛い小言に思わず苦笑が漏れる。
「…生きてくれてるならそれでいいけどね」
 しかし、やはり少し怒ってはいるらしい。傷口をペシっと叩かれ、思わず護矢は悲鳴を上げるのだった。

 暫く無言の時間が続いた。お互いに疲れていたのだから、それもしょうがないだろう。
「あっ、そうそう」
 そして、それを終わらせたのはやはりアルクトゥルス。背中に背負っていた鞄を下ろし、その中を漁る。
「?」
「はいこれ。今日は何の日?」
 差し出されたのは、シンプルながら可愛くラッピングされた小さな箱。
「…あー…そういえば、バレンタインか」
「そういうこと。これ作ってたら遅くなっちゃったの」
 ごめんね、などという妻に、お互いに笑みがこぼれた。

 箱を開けると、小さなトリュフと生チョコが綺麗に飾られていた。
「それじゃ早速」
 そういいながら口に運ぶ。仄かにビターなチョコレートは、いかにも彼好みで思わず顔が綻んでしまう。そして、そんな夫の様子を彼女も嬉しそうに眺めていた。
「これで何度目のバレンタインかな」
 また一つ口に運びながら、小さく漏れたそんな呟き。
「何度目でもいいじゃない」
 呟きに返ってきたのは、そんな言葉と柔らかい温もり。
 唇をゆっくりと離しながら、アルクトゥルスはにっこりと微笑む。
「これからもずっと一緒なんだから」
「…それもそうだな」
 だから。キスのお返しにはキスで。

 また二人の影が、重なっていた。





「うおぅ!?」
 なお、忘れ去られていた依頼の同行者達(改めて言うが全員独り身)が、殺気を漲らせてその様子を見守っていたことも、バレンタインのエピソードとして付け加えておこう。





<END>
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2007年02月26日

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