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『小さな幸せ 』
鳳泉・菫5171)&高峯・弧呂丸(4583)&高峯・燎(4584)&(登場しない)

 今日は二月十四日…そう、バレンタインデーだ。
「今年も頑張って兄さまのために、お作りしませんと」
 和服に映える白い割烹着、長い髪をまとめる三角巾。鳳泉 菫 ほうせん・すみれ)はしっかりと手を洗い、チョコレートケーキの材料を調理台の上に並べ、何故か決戦に赴く前のようにふぅと息を吐き出した。
 毎年この季節には、幼なじみで兄と慕う高峯家の兄弟二人…高峯 弧呂丸(たかみね・ころまる)と高峯 燎(たかみね・りょう)の為にチョコレートケーキを作るのが習慣だ。毎年の事ではあるのだが、やはりいい物を作りたいと思うと、自然に心が緊張する。
 気を落ち着けて。
 食べてくれる人の事を思いながら、心を込めて。
 そして、自分の想いもケーキの中にそっと練り込んで。
「ふふ。喜んでくれると嬉しいですわ」
 今日ばかりは仕事の事も何もかも忘れて、一人の女性として、大事に大事にお菓子を作る。これはとても素敵な事だ。菫は窓から差し込む柔らかい日差しの中、手に持ったボウルに卵を割り入れいそいそとケーキ作りの準備をし始める。
 幸せな時間。
 楽しげなひととき……。

「……今年は何食わされるんだろうな」
 菫が二人を招いた約束の時間十分前。菫が待っているであろう純日本家屋の自宅近辺には、何故か不思議な異臭が漂っていた。
 何かを焦がしたような…それは砂糖なのかチョコなのか、それとも煮詰まった洋酒なのか分からない。事情を全く知らない人が近くを通ったら、異臭騒ぎとして通報されるのではないだろうか…そんな不安すら漂ってくる。
 くわえていた煙草を携帯灰皿で消しながら、嫌そうな表情をする燎を見て弧呂丸はくすっと笑う。
「何笑ってるんだよ、コロ助」
「いや、何でもないよ」
 弧呂丸は知っている。
 嫌そうな顔をしていても、燎はこの日のためにわざわざ都心にある自宅から菫の家まで出向いている事を。しかも今日はバレンタインで、燎がオーナーのシルバーアクセサリーショップ「NEXUS」は、ある意味稼ぎ時のはずだ。それなのに毎年この日だけは、絶対予定を入れず、菫が作ったケーキを食べに来る。
「こんにちは、毎年ありがとう」
 玄関の引き戸を開けると、その香りは更に強くなってきた。
 心なし不安な弧呂丸をよそに、燎は靴を脱ぎ玄関の上がりに足をかけている。
「おい、新手の毒でも調合してるのか?」
 その声に二人が来た事を気付き、菫は着ていた割烹着を脱いで丸めながら、パタパタと玄関まで小走りでやって来た。
「兄さま達、いらっしゃいませ。丁度良かったです。今ケーキを用意していたところですの〜」
「どんなの作ればこんな匂いになるんだよ。上がるぞ」
「お邪魔します」
 予想は出来ていたが、これはケーキの匂いだったのか。ほわっと微笑む菫の頭をポンと叩き、燎は居間の方へと向かっていく。子供の頃から出入りしているので、ある意味勝手知ったる場所だ。
「うっ……!」
 居間へのふすまを開けた燎は、テーブルの上に乗せられている物を見て少し後ずさった。
 これは、果たしてケーキなのだろうか?
 いや、これを「ケーキ」と言ってしまっては、本物のケーキが気を悪くするのではないだろうか。
「わたくし、お茶を用意してまいりますわ。兄さま達は、座って待っていてくださいね〜」
 台所でしゅんしゅんと音を立てているやかんの方へ、菫はまた走っていった。その後ろ姿を見送り、弧呂丸も居間に入って絶句した。
「………」
 今年の菫は、ずいぶん張り切ってケーキを作ったらしい。
 五段重ねで生地にもチョコを使ったケーキだが、コーティングしてあるチョコが溶けてはみ出している。スポンジはふくらんでいるところがあまりなく、所々ぺたっとした板になっている。乗せてあるチョコがどろっとしているように見えるが、もしかしたら直接鍋で溶かしたのかも知れない。
 飾り付けには一応イチゴなども乗っている。だが生クリームを上手に泡立てられなかったのだろう。溶けかけたクリームが生地にしがみついているような姿は、何故か地滑りを思い出させて妙に不安感がある。
 そう。
 菫は柔らかい雰囲気の日本美人だが、料理センスは全くない…いや、マイナスなのだ。
 しかも味覚音痴なので、味見をしてもどこがどう悪いのかが分かっていない。
 これで全く料理に興味がなく、人の作る物を食べるだけならいいのだが、本人は料理に関してやる気があり、こうやってバレンタインには毎年手作りのチョコレートケーキを作ってくれるわけで……。
 座布団に座り、絶句しながら二人でケーキを見つめていると、菫は紅茶のポットを持ってやってきた。
「ティーバッグで申し訳ありません〜。煎茶でしたら別にお入れしますわ」
 いや、煎茶なら茶葉の入れすぎで濃すぎて飲めなくなる可能性があるが、ティーバッグであればどんな入れ方をしても、とりあえず飲めない物にはならないだろう。
 紅茶をカップに注ぎ、二人に差し出すと菫は天使のような笑顔で二人に向かってこう言った。
「さぁ、兄さま召し上がれ〜♪」
「……殺す気か」
 やはりこれがケーキだったのか。
 食欲どころか色々な気力を失いかけてげんなりしている燎を、弧呂丸は菫に見つからないように一生懸命肘で小突いた。形はどうあれ、作ってくれた気持ちには答えなければならない。
「毎年ありがとう。美味しそうだね」
 そうは言って微笑んでは見たものの、弧呂丸もこのケーキには衝撃を覚えていた。毎年菫が作ったケーキを食べているが、もしかしたら今年は本当に死ぬかも知れない。ある意味、自分がやっている裏の仕事より危険度が高そうだ。
「今切り分けますわね〜」
 ケーキを二つに切り分け、皿の上に乗せる。
 今まで見えていなかった中の方が切り口になって見えると、燎も弧呂丸もそこからそっと目を逸らす。
 菫はきっと色々なケーキ店などを、参考にして頑張ったのだ。そしてどこかで『チョコレートにはフランボワーズソースが合う』と聞いたのだろう。
 しかし、それにも程度はある。
 何もこう、切り分けた途端流れ出すほどはいらないわけで、その赤いソースが皿の上での惨劇を作り上げている。
「はい、今年は甘さ控えめにしてみましたの」
 二人とも喜んでくれるだろうか。
 少しドキドキしながら菫は皿を差し出した。売っているケーキよりは見栄えが少し悪いが、喜んで欲しい気持ちはたくさん込めた。燎はあまり甘くない方が好きだろうから、砂糖は控えめで、弧呂丸の好きなフルーツも使って……。
 フォークでケーキを大きく切り分け、豪快に一口食べた燎は、紅茶を一口飲みきっぱりこう言った。
「不味い」
「あら、そうですの?きちんと本を見て作りましたのに」
「火薬の味がする。その本ちょっとここに持ってこい」
 言われたとおり、菫は台所に置いてあったお菓子作りの本を持ってきた。しおりが挟んであるページには美味しそうな『チョコレートケーキ』の写真と、丁寧な作り方が載っていて、どう頑張ったらこの味と姿になるのが分からない。
「このレシピで、どうやったらこんな板が作れるのか謎だ。料理じゃなくて錬金術だな」
「ふふふ、金が出来てましたら、兄さま達に差し上げられましたのに」
 それでも燎が食べながら話しているのを見て、弧呂丸もケーキの端をフォークにとり口に入れた。
「………」
 ……衝撃的な味がする。
 ふくらんでいないぶるんとしたケーキの生地と、フランボワーズの酸味が合わない。というか、チョコレートケーキのはずなのにチョコの味がしない。これは…一体何味のカテゴリに入れればいいのだろう。甘味でも酸味でみなく…不気味…?
「兄さま、いかがです?」
 一瞬気が遠くなりかけた弧呂丸は、菫の声で我に返った。
 本当の事を言えば菫が傷つく。毎年自分達のために一生懸命ケーキを作ってくれるているのだから、それを喜んで食べるのも幼なじみとして、兄代わりとしての勤めだ。
「美味しいよ。イチゴが好きだってのを覚えていてくれたんだね」
 にこっ。
 それに気付いてくれたのが嬉しいのか、菫は減りの速い二人の紅茶のカップにお茶を入柔らかく目を細めた。
「ええ、兄さまはイチゴがお好きですから。気付いてくれて嬉しいです〜」
 ……フルーツが心の支えだとは絶対言えない。
 少しずつ何とかイチゴの味でケーキを食べ、紅茶で後味を流すように弧呂丸はケーキを食べている。本当はもっと色々菫に話をしてあげたいのだが、気を緩めると倒れてしまいそうなので、今は食べる事に集中したい。
「俺の方がもっと上手く作れるな」
 先ほどから毒舌を履きながら豪快にケーキを食べている燎の皿は、もうほとんどなくなりかけていた。こういうのは時間を掛けるよりも、一気に行ってしまった方が被害は少ない。弧呂丸と双子なのに、その辺りの性格は大違いだ。
「兄さまはお料理が上手ですから〜」
「菫のはそれ以前の問題だ。本の通りに作らないで、勝手にアレンジくわえただろ」
「そのまま作ると、お砂糖が多いと思いましたの」
「そういうのは、完璧にこれが作れるようになってからくわえろ。新たな料理を作り出してどうする」
 最後の一切れを残し、紅茶を飲み干す燎。
 隣の弧呂丸は、まだケーキを一生懸命食べている。
「………」
 これ以上、菫のケーキを食べさせるのは無理だろう。子供の頃からそうだったが、弧呂丸は自分の限界まで表情に出さずに、何事もやり遂げようとする所がある。
 今日も菫の気持ちを考えたり、これを食べきるのは兄代わりとしての使命感のようなものがあるのかも知れないが、何事にも限度と程度があって、無理してまでやるものではない。
 からになったカップをつい…と菫に差し出すと、燎は紅茶のポットを指先で触った。
「紅茶ぬるいから、熱いのに入れ直してきてくれ」
「ぬるいでしょうか?」
「ぬるいぬるい。沸かしたてのお湯で頼むわ」
 燎が言い始めたら聞かない事は分かっている。そっと立ち上がり紅茶のポットを持ち、菫が下がったのを見ると弧呂丸はフォークを皿に置いた。
「コロ助、腹減ってるからそのケーキ俺にくれ」
「燎?」
「ケーキ食わせてくれるって言うから飯抜きで来たのに、半分ぐらいじゃふくれねぇ」
 返事を聞かずに、自分の皿にあった一切れを口に入れた後、燎は弧呂丸の皿に手を伸ばした。そして台所に向かって声を上げる。
「熱いお湯だぞ。ちょっと沸騰したぐらいじゃなくて、ガンガン沸かしてからな。ちゃんと水から沸騰させろよ」
「はーい。大丈夫です〜」
 全部のケーキを平らげる燎に、弧呂丸は何だか嬉しくなった。
 菫に紅茶を入れ直させたのは、自分の代わりにケーキを食べるところを見せないためだ。しかも「おなかがすいている」などという、見え見えの嘘までついて。
「燎、ありがとう…」
 残った紅茶を取り替えながらそう言うと、燎はあからさまに嫌そうな表情をする。
「何勘違いしてるんだ、コロ助。腹減ってるから、お前の取って食ってるんだって言ってんだろ」
「そうだったね」
 くすっとら笑って、台所に目を向ける。曇りガラスの戸で仕切られているので分からないが、きっと菫も微笑みながらお湯が沸くのを待っているのだろう。
 無言で燎はケーキを口に押し込み、入れ直された紅茶がやって来たのは、皿の上に最後の一切れを残したところだった。
「ごめんなさい、もっと早くお湯が沸けば良かったですのに〜」
「菫がいないうちに、コロ助ケーキ食っちまったぞ。ぬるい紅茶でチョコレートケーキなんか良く食えるよな」
 入れ直された紅茶のカップからは、暖かそうな湯気が上がっている。
 最後の一切れを飲み込んだ後、燎は紅茶を飲みながら最初にこう言った。
「菫、チョコケーキにシナモンが良いって、どこで知ったのか知らねぇけど入れすぎだ。あれが木の皮って知ってんのか?」
 それを皮切りに、立て板に水を流すように吐き出されるのは、弧呂丸が心配になるほどの的を射た毒舌だった。隠し味が隠れていなさすぎだとか、そのおかげで味覚の世界を広げるとか、犬に食べさせたら絶対死ぬとか、言いたい放題言った後で、また紅茶を一口飲む。
「まあ、それでも去年よりはマシになったな」
 その瞬間、ぱあっと菫が笑顔になった。
 燎は昔から言いたい事は絶対言う。それが人によっては直接的なので傷つく人も多いようだが、間違った事は絶対言わない。だから少しぐらい酷い事を言われても、それは直さなければならないところだと、菫は思っている。
 でも、今日はそんな燎が褒めてくれた。
 些細で、小さな小さな事だが、それがものすごく幸せで嬉しい。
「そう言って頂けると、嬉しいですわ〜」
「去年と比べるとって話だから、美味いか不味いかって聞かれりゃ圧倒的に不味い」
「でも、来年はきっと今年よりも少し上手になってると思います〜」
「来年は買ったものでいい。作るな」
 それでも菫は来年もチョコレートケーキを作るだろう。
そんな二人を見ながら弧呂丸は思っていた。ずっと兄妹のように育ってきたが、菫が無意識に男性として意識してるのは燎の方だ。「マシになった」と褒められた時の笑顔を見れば分かる。
 もしかしたら燎本人は、気付いていないのかもしれないけれど…。
「また来年も、わたくしの作ったケーキを食べに来てくださいね〜」
 毎年やって来るバレンタイン。
 菫の作ったチョコレートケーキを、燎と弧呂丸の兄弟が一緒に食べる日。
 優しく頷いた弧呂丸に、燎は溜息をつくように煙草に火をつけた。

fin

◆登場人物(この物語に登場した人物の一覧)◆
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
5171/鳳泉・菫/女性/19歳/くノ一
4583/高峯・弧呂丸/男性/23歳/呪禁師
4584/高峯・燎/男性/23歳/銀職人・ショップオーナー

◆ライター通信◆
ありがとうございます、水月小織です。
バレンタインの一風景ですが、三人の穏やかな雰囲気の中に漂うチョコレートケーキの恐怖のようなお話です。そんな中でお互いの間に通う心遣いとか、気持ちとかが出ていると良いなと思っています。
タイトルはスミレの花言葉の一つです。
リテイク、ご意見は遠慮なく言ってください。
また機会がありましたらよろしくお願いいたします。
PCシチュエーションノベル(グループ3) -
水月小織 クリエイターズルームへ
東京怪談
2007年02月19日

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