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『恐怖! 呪いのチョコレートおばけ 』
シュライン・エマ0086

 シュライン・エマは本命・義理・自分用と各種揃えたチョコレートを抱えながら事務所に戻る所だった。
 身を置く場所が探偵事務所という理由からか、そこに出入りする人間は多い。
 彼らに配る数もかなりな量になるのだ。
「……ま、一年一度のイベントだしね」
 実際チョコレートは大好きな物の一つだ。
 あの甘さ、香り、滑らかな舌触り。
 嫌いになろうはずがない。
 自分用に購入したチョコレートのパッケージを頭に浮かべ、シュラインは一人うっとり微笑んだ。
「あら?」
 かすかな地響き、それに秋田弁がシュラインの耳に届く。
「モテモテで調子に乗ってる奴はいねが〜」
 都会では珍しいネイティヴな秋田弁。
 正しい秋田弁を都会で耳にする機会はそうそう無いものだ。
 シャイな地方出身者は都会に出ると、とたんに方言を隠そうとする。
「乙女の純情を踏みにじってる奴はいねが〜」
 きょろきょろと辺りを見回す巨大チョコレート・ベアが人ごみの中を歩いてくる。
 その背は家の二階の窓辺りまであった。
「おぉ……!」
 シュラインの視線はチョコレート・ベアに釘付けになった。
 何て素晴らしいクマ、クマ……あなたはクマ。
 チョコレート好き、かつクマも大好きなシュラインはぐっとこぶしを握り締めた。
 ぜひ食べねば! と。
 とにかく大きいとか、歩いてしゃべっている点は都合よく無視されている。
 チョコボンボンにザッハトルテ、トリュフにチョコチップクッキー。
 シュラインの思考は数々のチョコレート菓子に埋め尽くされた。
「あ、待って!」
 遠ざかるチョコレート・ベアの背を、シュラインは小走りで追いかけた。
 
 マラソンランナーたちが距離を走って行く程に、先頭グループとその他に振り分けられていく様子がここでも見られた。
 群がるアリ宜しくチョコレート・ベアを追う者たちだったが、意外と早いその移動スピードに付いていけなくなったのだ。
 現代人の脆弱さを思わぬ形で露呈した結果だ。
 それでも三人の女性がぴたりとチョコレート・ベアをマークしていた。
 いずれも妙齢の女性、という点が共通している。
 おりしもバレンタインデー。
 彼女たちのチョコレートとバレンタインにかける情熱は三者三様だが、それぞれひけを取らない熱さを持っていた。
 その三人とはラン・ファー、レナ・スウォンプ、シュライン・エマ。
 ラン・ファーは自分の持つビルの四階でチョコレート・ベアを見かけると、何とそこから飛び降りてクマの肩に張り付いた。
 掟破りにも程がある。
 すでに味見されたクマの肩の一部分がランの胃に収まっている。
「ねぇっ、そのチョコ美味しいー?」
 途中まで走って追いかけていたレナ・スウォンプが箒に跨ってランに話しかけた。
 お洒落魔女必携、空飛ぶ箒だ。
 正直ズルイ手だと後続の人間は思った事だろう。
「うむ、美味いぞ!
甘美にして甘露、なにより食い切れぬ程あるのが良いわ!」
 クマの後頭部をがつがつ扇子で削り取りながらランは答えた。
 クマは大らかなのか、中身もチョコレートで出来ているせいで何も考えていないのか、自分の身が削られていても一向に歩みを止めない。
「ちょっと、あたしの分も残しておいてよーっ」
 レナはすでに山分け思考が出来上がっている。
「私の分も忘れないでね!」
 レナとランが振り返ると、クマに踏み潰されない斜め後ろを一定距離を保ちながら走るシュラインがいた。
「いいけど、このクマちっとも止まらないのよねっ。
ああもう、なるべくキレイなまま食べたいのに〜」
 後々チョコの販売を計画しているレナにとって混入物は絶対に許せなかった。
 ダメ、絶対。
 食品の衛生基準が厳しい昨今なのだし。
「私は食えれば構わん」
 その細い体のどこに? と疑問を持ちたくなる量がクマから削られランの口に運ばれていた。
 シュラインはその様子を見上げ、クマよりもまずランを止めるべきかと迷った。
 最大のライバルはすぐ近くに存在していたのだ。
「クマが止まったら山分けでどうー?」 
 ランの尽きぬ食欲に不安を覚えたレナも続けて言った。
「そうそう!
これだけのチョコだもの三人で分けても十分だと思うのよね!
それにホラ、食べすぎはお肌に出ちゃうじゃない」
 クマの掘削作業を止めたランが、きょとんと二人を見て言った。
「……山分けとは何だ?」
 一瞬シュラインとレナはその場に止まり、クマとランに置いて行かれた。
 は、と気を取り直して二人は慌てて追いかける。
「山分けって言うのは、三人で均等に分ける事よ!」
 シュラインが声を張り上げる。
「そうなのか」
 この世界に生まれてから18年、遠慮といった物とは無縁に生きてきたランは他人と分け合うという概念を持ち合わせていなかったのだ。
 今、新たな思考がランの中に芽生えた。
 が、それに従うランでもなかった。
「お前たちは私の残りを食べるが良い」
 再び食事に戻るラン。
「ど、どうしてこの流れで山分けにしないの!?」
 がくりとクマを追うスピードを落としながらシュラインは落胆した。
「もー、ありえないこの人!」
 くるくるとクマとランの周りをまわるレナも無視し、ランはもくもくとチョコレートを口に運んでいる。
 いっそ作業なのかという程ストイックにチョコを削っては食い、食っては削っている。
 箒にまたがったまま、レナはシュラインの傍までふわりと降りてきた。
「ね、お姉さん何か良い案無い?
このクマ動いてるからか、あたしの魔法利きにくいみたいなんだよね〜」
 たたた、と走りながらシュラインも言葉を返す。
「うーん、そうね……説得してみましょうか」
 すっと息を吸い込み、シュラインはクマに向かって叫んだ。
「クマさま〜!
クマさまは全部私たちが食べますから、迷わず成仏して下さい!」
 この場合成仏っておかしかったかしら、とシュラインは自分でも思った。
 まるっきりお化け扱いである。
「モテそうな人からそうでない人まで、訳隔てなく配って食べてもらいますから!」
 クマの歩みが止まる。
「あっ、説得成功!?」
 レナが弾んだ声を上げたのも束の間、今度はクマが泣き出した。
 涙ももちろんチョコレート。
「……やっどオレも、人の口に入れるんだなー!!」
 毎年用意されながらも人の口に運ばれなかったチョコレートの悲しみが、今溢れ出す。
 しかし当然流れ出たチョコレートはもう元には戻らない訳で。
「あ、や、ちょっともう!
それ以上泣かないで!!
減っちゃう!
山分け以前にチョコが減っちゃうー!!」
 レナも半泣きで叫んだ。
 一方ランはチョコレートドリンクを飲む感覚でクマの涙を味わっていた。
「ちと塩味があるが、これはこれで良いな」
 お汁粉における砂糖一つまみ効果だろうか。
 あくまでマイペースを崩さない。
「もう泣かないでクマさん……」
 そっとクマの正面に立ったシュラインが、慈愛の微笑を浮かべて言った。
「あなたを待ってるたくさんの人が居る事に気付いて、ね?
あなたはこれから、小さなチョコのクマになって新しい人生を送るの」
 人生という言葉にも語弊があるが、もうこの際シュラインも気にしていない。
 シュラインの手には、いつの間にか用意されたお持ち帰り用のタッパーがあった。
「……いただきます、クマさんv」
 クマは最後に大きく震えると、動きを止めてただのチョコレートの塊へと戻った。
 その震えが感動なのか恐怖なのか、レナには判断が付かなかったが。
「まあいっか、何とかあたしの分ももらえそうだし」
 きっちり三分の一チョコを手にしながらレナは言った。


(終)


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・


登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【6224 / ラン・ファー  / 女性 / 18歳 / 斡旋業 】
【3428 / レナ・スウォンプ / 女性 / 20歳 / 術士】
【0086 / シュライン・エマ / 女性 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員 】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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こんにちは、いつもお世話になっています。
追軌真弓です。
今回はかなりすっとんだお笑いで、書いていて私も楽しかったです。
しかしかなりキャラクターをいじってしまったので、やや不安もあるのですが……!
こんなバレンタインデーも、ごくごくたまには良いのではないかと思います。
ご参加の皆様も楽しんで頂ければ嬉しいです。
今回はご参加ありがとうございました!
またどこかでお見かけの際は宜しくお願いします。
バレンタイン・恋人達の物語2007 -
追軌真弓 クリエイターズルームへ
東京怪談
2007年02月14日

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