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『The Heartfelt Recipe’ 』
嘉神・真輝2227)&青江珠樹(NPC3838)



 2月14日。
 盆・暮れ・正月と同様に、毎年否応なしにやってくるこの日は「聖バレンタイン司祭の記念日」らしい。
 何故そんな日に大切な人へ贈りものをするようになったのか――という詳細なんぞどうでもよく、男女問わず年齢問わず、日本全国がチョコ一色に染まる素敵日。それがバレンタインデーというものだ。
「まぁ日本の菓子業界の陰謀だし、どうでも良いっちゃ良いんだがな」
 そう独り言を呟きながら、嘉神真輝は手の中にある紙袋いっぱいに詰め込まれたチョコレートへ視線を落とした。
 朝一番から放課後に至るまで、出会う女生徒の大半から呼び止められ手渡され、気がつけばその数は二桁をゆうに超えている。菓子業界の陰謀と言ってはみたが、義理でもチョコであることに代わりはなく。甘いもの好きな真輝にとっては嬉しい事この上なかった。
 ほくほくとご満悦な表情で学校から自宅へと続く道を歩いていると、通りに面したケーキショップや商店街のスーパー前では、売れ残った既製チョコがワゴン売りされている。14日も終盤だ。どこの店も完売を目指すべく、こぞって値下げバトルを繰り広げているようだった。
 本命は当然手作り。もしくは高級チョコなのだろう。だがこの安売りされているものが息子や兄弟、果ては父親の手元に渡るのか……と、ワゴンに群がるおば様連中を見て、つい家庭事情を察してしまうのが悲しいところだ。

 そんなおば様連中に紛れて、ワゴン前に佇んでいる一人の学生に気がつくと、真輝は思わず足を止めた。
「珠樹じゃねーか」
 制服姿のまま、チョコレートを見比べている表情は真剣そのもの。いや、真剣というよりはしかめっ面と言ったほうが正しいか。いまだかつて見た事の無い珠樹の真剣な様子に、真輝は思わず苦笑する。
「珠樹も女の子だな。バレンタインはやっぱ無視出来んか」
 お手製と称した簡易クリスマスケーキを見た限り、珠樹が手の込んだ手作りチョコを作るとは到底思えない。高校生のお財布事情も考慮すると、本命か否かは別として、珠樹なりに安い中でも見栄えの良いものを一生懸命選んでいるのかもしれない。真輝は「ここはひとつ激励でもしてやるか」と、珠樹へ歩み寄りながら声をかけた。
「おーい! 珠樹!」
 真輝の声に、チョコと睨めっこをしていた珠樹が顔を上げて周囲を見渡す。真輝が手を上げると、それに気がついたのか、少し驚いた様子で珠樹がこちらへと向き直った。
「……あれ、真輝ちゃんだ。こんなとこで会うの珍しいね」
「クリスマスぶりだな。っつーか今頃チョコ買ってんのかよ。遅くねーか?」
 学校もう終わってるだろ。親にやるのか? と真輝が問いかけると、珠樹は途端に渋い顔をしてだんまりを決め込んだ。どうやら親兄弟に渡すものではないらしい。かといって、これからチョコを持って学校までトンボ帰りするとも思えず、瞬時に真輝の脳裏に過ぎって行った結論はこれだった。
「まさか自分で食う為のチョコとか言わんよな?」
 だったら寂しいヤツめ、とぼそり呟くと、その声が聞こえたのだろう。珠樹がムッっとした表情で真輝に返した。
「違うよっ。部活の人達に配ろうと思ってチロルチョコ持って行ったら、明日出直して来いって部長に言われただけだもん!」
「チロルチョコって、お前……」
 チロルといえば1個10円。100個入りだと840円。お手頃価格も良いところだ。が、いくら部活連中に渡すものだといっても、それはあまりに酷すぎる。真輝は思わず呆気にとられて珠樹を眺めた。珠樹は「チロルのどこが悪いのよっ」とブツブツ呟きながら、再び手にしていたラッピング済みの既製チョコへと視線を落としている。
「私の全財産は1359円。でもこのワゴンに入ってる最安値のチョコは525円。2個しか買えないのにどーしろっての!」
「金が無いならこの際作りゃいいじゃねーか。安く済んで、それなりのもんが作れるぜ?」
 珠樹の場合、料理が下手というよりは心を込めて作らないだけのように思えて、真輝は究極の打開策を口にする。だが、その打開策を珠樹は見事に打ち破った。
「最初は作ろうと思ったの。でも板チョコ細かく刻むのが面倒で、そのままレンジに放り込んだら真っ黒に焦げちゃったんだもん」
「バカタレ! そりゃ焦げるっつーの!」
 全く大雑把もここまで来ると見上げたものだ。「お前には人に美味いモン食わせてやろうっつー気持ちが欠片もないんか!?」と真輝は思わずツッコミを入れると、珠樹へビシリと言い放った。
「学校帰りだろ? 丁度良い。俺様のレシピを教えてやるからついて来い!」
「嫌だ。また作って失敗したら時間の無駄だし」
 自信がないのか、単に面倒なだけなのか。恐らくは後者だろう。返ってきた言葉に真輝は一瞬キレそうになったが、ここで言い合いになるとますます珠樹が意地を張るのは目に見えている。となると、この小娘をすんなり誘導する唯一の言葉はこれしかない。
「……教えるついでに、今なら機嫌良いんで茶くらいなら奢るぞ?」
 心とは裏腹に、真輝はニッコリ笑顔を珠樹へ向ける。すると珠樹は瞳を輝かせて
「行きます!」
 と、間髪入れずに頷いた。


*


 街の一角にあるファミレスへ入ると、窓際の禁煙席に座って注文を済ますなり、珠樹が開口一番真輝へと問いかけてきた。
「ところで何で機嫌がいいの?」
 いつも怒ってるか、眠たそうかのどっちかなのに、と不思議そうに告げる珠樹の言葉に、真輝はよくぞ聞いてくれたと得意満面な笑顔をみせると、ソファーに置いた紙袋を見せびらかすように持ち上げた。
「見よ! この戦利品!」
「自分で買ったんだ?」
 しれっと言ってのける珠樹に、思わず真輝が青筋を立てる。
「買わねーよ。生徒に貰ったんだ生徒に。つーかお前はそーいう事しか言えんのか!」
「いーじゃないの冗談くらい言ったって。真輝ちゃん家庭科の教師だもんねー♪」
 言って、ケロッとした様子で笑った珠樹の声音に、ほんの少しだけ違和感を感じて真輝が視線を遣ると、手持ち無沙汰なのか、珠樹はパウチされたメニューを両手で遊ばせながら目線をやや下に落としていた。顔は笑ってはいるが、多少空回りしているようにも感じられる。
 いくら親しみやすいとはいえこちらは他校の教師だ。同学年ならまだしも、教師相手に会話が途切れないよう、珠樹なりに色々と話題をひねり出そうとしているのだろう。真輝はその様子に軽く笑うと、鞄からメモ帳とボールペンを取り出した後で、火は付けないまでも煙草を一本口に銜えた。
「バレンタイン迄は戦争みたいなモンなんだがな」
「なんで? バレンタインが戦争なんじゃなくって?」
 真輝の言葉の意味が良く解らないのか、珠樹は手にしていたメニューをテーブルの上へぱたんと置くと、軽く首を傾げる。
「家庭科教師は他にも居るっつーのに、チョコだのケーキだののレシピをよこせと群がる神聖都の娘っ子ども……男の俺に聞くなっつーの」
 レシピを渡したら渡したで、思うように作れない生徒達が「先生、私もうダメです……」と群れを成し半泣き状態で家庭科室へやって来て特訓を繰り返す始末。おかげで必要以上の残業を余儀なくされ、ここ数日というもの、帰宅する頃には夜もとっぷりと更けていた。
 自分が時間を割いてまで作り方を教えたのだ。生徒達が無事に目当ての相手へチョコを手渡せたのか気になるところではあるが、こちらから行かなくても、明日以降、報告会の嵐がやって来るのは明白で、それはそれで楽しみだった。

 真輝が毎年毎年繰り返される一連の流れを思い出していると、その様子を眺めていた珠樹が笑顔で話しかけてきた。
「でも真輝ちゃん楽しそうな顔してる。まんざらでもないって感じだね」
 そんなに楽しいんだったら私の分も作ってくれると嬉しいな♪ と一言添える珠樹に、真輝は勝ち誇った笑顔で返した。
「自分で作ろうと努力する奴には協力もしてやるが、世の中そんなに甘くねーよ」
「ケチ!」
「ケチはお前だ。とりあえず持ち金1359円だろ? 男子部員何人だ?」
 両肘をテーブルにつき、非難めいた口調で抗議をしてくる珠樹の言葉を全て無視して、真輝はペンを手に取るとレシピを考えるべく問いかける。
「4人+部長」
「5人か……100均でラッピング包装とホイップ絞り、板チョコとビーンズも揃えるとしてだ。家に酒あるか?」
「確か台所の棚に『鬼ころし』があったような……」
「アホ! それは間違っても入れんな!」
 どこの世界に「チョコ」と「鬼ころし」を混ぜる奴が居るか――ここに居るが――と思わずどつきたくなるのを抑えて、真輝はメモ帳へと必要な材料を書き始める。
「……酒が無いならバニラエッセンスは?」
「あるよ。この間買って、まだ半分くらい残ってると思う」
「んじゃ、香り付けはそれ使え…………ん?」
 珠樹の言葉に真輝は思わず手を止めると、眉間に皺を寄せながら顔を上げた。
「ちょっと待て。この間買ったのに、何で半分しか残ってねーんだ?」
「板チョコにかけたから」
 真輝の手の中にあるボールペンがミシリと軋んだ。
「ばかもん! どこの宇宙に大量のバニラエッセンスを板チョコに振り掛けて、レンジに放り込む奴が居るか!!」
「だーって! 自分で稼いだお金じゃないし。親から貰ったお小遣いでチョコ買ったら、それって間接的に私の親が私の知り合いにチョコをあげてるようなものでしょ? そーゆーの考えながら作ってると、段々興ざめしてくるワケなのよ……うちの学校バイト禁止だし」
 怒られて、思わず首をすくめながらごにょごにょと呟く珠樹に、真輝は深い溜息を零した。
 高校生でそんな事まで考える金銭感覚は見上げたものだが、思考回路があまりにも現実的過ぎる。とにかく考え方の方向性を変えなければ、一生かかっても手作りチョコなんぞ完成しないと結論付けると、真輝はトンと軽くテーブルを叩いた。
「いいか。親から貰った金でチョコを買ったんなら、もっと大事に作ってやれ。それと、お前新聞部だったよな」
「うん」
「今年はもう過ぎちまったから無理だろーけど。俺の教えるレシピをバレンタイン特集とかで来年の新聞に載せていーから、試作のつもりで作れ!」
 実際に自分で作って美味ければ、太鼓判付きで記事に出来るだろ、と真輝が言い放つと、珠樹は束の間きょとんとした後で、「その手があったか」といわんばかりにポンと両手を打った。
「は〜……凄いね。さすが教師」
「チョコは細かく割って、珈琲用のミキサーで軽く砕いてから湯煎な。くれぐれもミキサーごと湯に突っ込まんように!」
「はーい」
「あと薔薇2本買って、花弁を1枚づつ砂糖漬けにしてビーンズと一緒に乗せりゃ見栄えがいいから」
「うん。ありがとうね、真輝ちゃん♪」
 全く手間のかかる小娘だと呟きながら、真輝は細かく丁寧にレシピを書き綴っていく。すると、丁度店員が持ってきたイチゴパフェを前に、珠樹がニッコリと笑顔を向けて真輝へ礼を述べた。


*


 ファミレスから出ると、既に陽は沈んでおり周囲は街のネオンで彩られていた。
 真輝は銜えていた煙草へ火をつけた後、先程書いたレシピをメモ帳から切り離すと、自分の後ろを付いて店から出てきた珠樹へと手渡した。
「ほれ。俺様直伝のレシピなんだから、興ざめとか言ってねーで心して作れよ」
「ん。頑張りマス師匠! なんか世間の女の子達の気持ちがちょっと解った気がするよ」
「確かに、そういう風に心を込めたい相手が居るってのは……まぁ幸せなんだろうな」
「……や、辛い人も居ると思う」
 耳に届いた珠樹の言葉に、一度横を向いて煙草の煙を吐き出すと、真輝は訝しげに珠樹を眺めた。
「は?」
「だって、既に両想いだったり、それがきっかけで両想いになれればいいけどさ。自分の好きな人に、こんな苦労して作った本命チョコをあげる人が他にも居たりしたら……そんなの見るのもヤだよ」
 確かにそれは一理ある。一理あるが、どうしてそう夢の無い事ばかり考えるのか理解に苦しむ。真輝は手渡されたレシピを見つめながら、どんよりと悩んでいる珠樹に思わず呆れた。
「お前なぁ、そんなもんは本命出来てから考えろ」
「ムカッ! なんでいないって解るのよっ」
 むむっと眉間にしわを寄せながら食って掛かる珠樹に、真輝はフフンとからかうような笑みを浮かべる。
「板チョコをレンジに放り込むような奴に、彼氏が居ると思うかっつーの」
 図星を言い当てられた珠樹は、悔しそうに真輝を軽くねめつけると、学生鞄の中から何かを取り出して、有無を言わせず真輝の手にしていた紙袋の中に押し込んだ。
「はいこれ!」
 話の途中に何事だ、と思わず真輝が視線を紙袋の中へ向けると、それは一応綺麗にラッピングされたチョコレートだった。恐らく中身は部長から駄目だしを食らったチロルチョコなのだろう。
 一瞬真輝は「今日の礼」だろうかと思ったが、それは甘かった。
「じゃーね、真輝ちゃん。ホワイトデー楽しみにしてるからっ♪ 20個だから20倍返しね♪」
 ビシリとこちらを指差して「忘れたら十一(といち)で利子が付くからね〜♪」と告げると、珠樹は返品拒否と言わんばかりに、その場から脱兎の如く走り出す。
「なっ! まてコラ! レシピやった礼じゃねーのか!?」
 しかも奢ってやった事を忘れてるだろ! と真輝は走り去る珠樹の後姿を見ながら慌てて声をかけたのだが。
「それとこれとは別問題デース♪」
 珠樹は舌を出してそう返すと、ひらひらと手を振って人ごみの中へ消えて行く。
 後に残された真輝が、「20倍返し」と「十一の利子」の言葉に、「理不尽過ぎだ……」と呟いたのは、それから暫く経ってからの事だった。



<了>

PCシチュエーションノベル(シングル) -
綾塚るい クリエイターズルームへ
東京怪談
2007年02月05日

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