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『cast off 』
セレスティ・カーニンガム1883)&モーリス・ラジアル(2318)&(登場しない)

 冬の奇妙に明るい雲の狭間を、幾筋もの雷が走る。
 まるで自重に耐えかねた雪雲の苛立ちのように、乱れた大気は嵐の様相を呈して、闇を稲妻で貫いた。
 その一瞬の光芒が、リンスター財閥が日本に有する邸宅の一室を照らし出す。
 天蓋を有したキングサイズの寝台、其処に眠るのは邸の主、セレスティ・カーニンガムその人の筈だったが、皺一つなく整えられたシーツは、主の不在を示してひんやりと冷えきっていた。
 しかし、人の気配がないのではない。
 一瞬の雷光に切り取られる風景、其処に浮かぶ影は二つ。俯き加減に立つのは他ならぬセレスティだ。
 常に穏やかな雰囲気を有し、それは他人の不在に関わらないが、今この時はその様相を違えていた。
 表情を消し去った冷ややかな面差しは、その美貌を怜悧に研ぎ澄ます。
 闇にあっては海の如く深さを増して色濃い青、満足な視力を有さずに漂う視線が、今は凝視するかの如く強く一点に注がれていた。
 その先には、壁にもたれ掛るように……頽れるもう一つの影。
 四肢を投げ出し、力無く垂れた頭。額から滴る赤がパタパタと軽い音を立てて床に落ち、徐々に床に拡がりを見せる。
 伏し目がちの睫は重い影を落として瞳の色を隠せど、薄く開いた唇から漏れることのない吐息に、絶息は確かであった。
 再びの雷光が斜めに伸び、その様子を明らかにした。
 その貌もまた、セレスティである。
 二人のセレスティ。
 その異様な光景を目にする者はなく、唯一の当事者であるセレスティは、血に染まった己の姿を見下ろして仄かに笑んだ。
 口元だけの微笑みに温度はなく、意図的に浮かべたそれと知る。
 嘲りか、侮蔑か。少なくとも、好意的な意味では有り得ない質のそれを見る者はないままに。
 部屋は雷の瞬きに、再び闇に沈んだ。


 モーリス・ラジアルはスーツケースを手に邸を見上げ、首を傾げた。
 薄い雪化粧を施された邸は、いつもと印象を違えても不思議ないが、感じる違和感はそれだけを理由とするにはあまりにも確としすぎている。
 静かすぎる。
 邸の大きさに比例して、大勢の使用人を抱えているが、昼前の今頃に立ち働いている気配がしないとはどういう事か。
 執事の地位ではないが、庭師と医師を兼任するモーリスは言わば側近である。
 主に近しく、その周囲に配慮を有するに、使用人への指示もまた仕事の一環として、モーリスは使用人専用の出入り口へ足を向けた。
 正面の大扉の脇、半地下に下る階段を下りて扉を開く。
 使用人の仕事場は基本として、客や主人の目につかないようになっており、主人の供でない場合はモーリスも出入り口はこちらを利用する。
 入って直ぐの廊下に広い厨房、クリーニングルーム等が並んで使用人達が忙しくしている筈……が、かなり忙しそうだった。
 出入りを示すベルが鳴ったというのに、出迎えもしないメイド達は料理を手に小走りに駆け、空になった皿を持って戻り、モーリスに注意を払う余裕もなく、額に汗して必死な様子だ。
「……パーティでも始まるんですか」
お抱えコックに併せてパティシエまで。肉を焼き、野菜を刻み、鍋を煮立たせて大わらわ、果てに老齢の執事までが袖を捲ってじゃがいもの皮を剥いているのに、モーリスは荷物を脇に置いて背広の上着を脱いだ。
「おぉ、お帰りなさいませラジアル様。お出迎えもせずに失礼を……」
長年主に添うだけあって、使用人の中でもモーリスの地位は格別である。
 無礼を詫びる執事に配慮は無用、とモーリスは樽に積まれたじゃがいもに突き立っていたナイフを手に取り、彼に倣って皮剥きに参戦した。
「で、真っ昼間から何の騒ぎですか?」
「それが……」
目をしょぼつかせる執事の答えを聞くより先、メイド達の声がモーリスの背にぶつかった。
「あーッ! ラジアル様がお帰りになってる!」
「よかった〜、もぅどうしようかと思ってたんですよぅ」
雪崩れるように背に懐かれ、モーリスはぐふぅ、と肺の空気を吐き出した。
 モーリスが口を開く間を与えず、矢継ぎ早にメイド達は事態の説明を始める。
「いつもの通り朝食をお持ちしましたら」
「足りないと仰られてぇ〜」
「それからどんどん……」
「どんどんどんどん……」
「お召し上がりになり続けたまま止まらないんですーッ!」
くわっ! と目を見開き、執事を除いた全員の声と心が一つになった。いつにない連帯感である。
「それは怖かったでしょうね」
集団の恐怖心理を否定すれば我が身が危うい、とばかりに軽い口調で肯定し、改めて調理場という名の戦場を見渡した。
 更に言い募りながらもメイド達は入り替わり立ち替わり、料理を運ぶ手を休めることはない。
「てゆーか有り得ないし!」
「シーツを交換しようにも寝室に入れて下さらないんですよ?」
「いつもなら、パンケーキをお召し上がりになるのがせいぜいなのに〜」
「……昨日の内にエイリアンに乗っ取られたとかとか言ったら」
そんな娯楽映画が昨夜地上波初放映したばかり、誰もが視聴していたらしく黄色い悲鳴があちこちから上がる。
「牛飲……というよりもう鯨飲? 馬食?」
この場合、馬のように食う、ではなく馬一頭すら食らうのニュアンスが込められる。
 山と積まれた食材に、足の速い物は見受けられない……保存の効く物以外は既に平らげたらしく、このままでは邸の備蓄は早々と尽きてしまうだろう。
 モーリスは膝に手をつき、よいせと立ち上がった。
「ラジアル様!」
動きを見せるモーリスに、期待に視線が集まる。
「私が何とかします」
事態の収拾を請け負うモーリスの一言に、恐怖と激務からの開放を約束された使用人達は、手を取り合って歓喜の声を上げた。


 背に使用人達の視線を受けながら、モーリスはセレスティの私室に足を踏み入れた。
 後ろ手に閉める扉に圧力すら感じる視線を遮断され、なんとなく肩の力を抜く。
「おや、お帰りなさい、モーリス」
正面に座すセレスティに迎えられ、モーリスはそちらに視線を向けた。
 セレスティの私室は、寝室に到る前に応接室が設えられている。
 簡単な業務や面談、親しい者との歓談の為に備えられているテーブルに、セレスティは夜着のままついて並ぶ料理の攻略に専心していた。
「只今戻りました。カナダの別宅のお庭は、今年は雪折れもなく無事に冬を越せそうです」
「そうですか。モーリスは秋から雪害には殊の外、心を砕いていましたからね。何よりです」
帰還の報告を受ける間も、せっせと料理を口に入れるセレスティに、モーリスは肩を落とす。
「……で、何時からですか?」
「何がです?」
付け合わせの温野菜まで、ソースを絡めてぺろりと平らげ、朝には重い肉料理を攻略したセレスティは空になった皿を脇に避けた。
「それです」
「どれです?」
態とらしく脇を見やる……視力を有さない筈の主の動作に、モーリスはひくりと片頬を痙攣させた。
「まぁ……いいです、直ぐに診ましょう」
モーリスはセレスティの担当医でもある。あからさまな異常に際し、手を拱いていては何が専属ぞ、と出張疲れを押して申し出たのだが。
「お断りします」
これまた清々しいまでにきっぱりと拒否された。
「セレスティ様……」
「イヤです。キミには関係のない事ですから」
つーん、とそっぽを向いて拒絶を崩さぬセレスティに、モーリスのこめかみに青筋が浮かんだ。
「……手荒な事をしたくはありませんが」
す、と返した手首の内側に、医療用のメスが握られる。
「モーリスが? 私に?」
セレスティが薄く笑って、自らの胸に手を置いた。
「出来るんですか? この私に」
言ってゆっくりと立ち上がると同時、花瓶から、水差しから飛び出した水が、セレスティを守るように渦を巻く。
「能力まで……!」
チッと短く舌を打ち、苛立ちを示してモーリスはその場に深く、沈むように上体を低く落とした。
 セレスティを中心に巡る渦の一筋、液体に有り得ぬ鋭さを有した水が、流れるようなモーリスの動きに目標を捉え損なって、扉に突き立った。
 モーリスの頭のあった部分を重点的に、蜂の巣にされた扉の向こう、様子を伺いに来ているらしいメイド達の悲鳴があがる。
「退いてください、モーリス。次の食事が来ているようです」
「なりません」
微笑みに乗せたセレスティの要求を峻拒し、モーリスはメスを構えた。
「何としても、お身体を改めさせて頂きます」
撓めた膝を、跳躍のバネにする。
 一息に距離を詰めたモーリスを阻むのは当然水、時に柔らかく覆い、時に鋼の固さで阻み、変幻自在な有形にして無形のそれに、モーリスはセレスティの立ち位置すら変えられない。
「モーリス……随分となまってませんか」
「そうでもないですよ……っと!」
滞空して流れを作る水を、モーリスはメスの刃先で切り裂いた。
 一瞬の空隙に腕を突き込むようにして、モーリスは自身の周囲、半円状にアークを創り出す。
「……!」
モーリスの手から逃れようと、セレスティは後ろに一歩引き、虚を突かれる形の無意識が、操る水霊を思わぬ動きを許した。
 モーリスのアークの範囲は、己の視界の及ぶ限り。
 背面に生じる死角を突いて、切り裂かれ、阻まれた水の塊がジャベリンの如く注ぐ。
「モーリス!」
衝撃に前のめりに倒れ込むモーリスを抱き留め、セレスティは水霊の意を解いてただの水に戻した。
「セ……セレスティ、様」
気管に傷を生じたのか、吐き出す言に血を滲ませながら、モーリスがセレスティの袖を掴む。
「診せてくださいますね……ッ?!」
まさしく血を吐いての懇願の持つ迫力に圧され、セレスティはこくこくと何度も頷いた。


「だから何度も申し上げますが、この時の診察ばかり嫌がるのはお止め下さい」
必要なんですから、と文句を言いつつ、ベッドサイドで聴診器を耳にするモーリスの上半身はあてつけがましく包帯まみれである。
「能力まで使って……其処まで抵抗なさるのなら、今後の対応を考えますよ」
 その白さを主張するかの如く、シャツの前をはだけたままで何のプレイか、と漸く寝室への立ち入りを許された使用人の面々は思いながらも口には出さない。
「だって折角ピチピチなんですから、初めて見せるのはイイヒトがいいじゃないですか」
掛け布団を顔の半分が隠れる程に引き上げて、恥じらいに頬を染めるセレスティに室内の清掃に従事していたメイドが強張って動きを止めた。
 尚、清掃作業は主の不在時に為すのが普通だが、セレスティの抵抗に時間を取られたため、モーリスによって断行を指示されての事だ。
「お寂しいなら慰めて差し上げますから、大人しくしてください今度から」
「イヤですよ、それでなくとも新しいのは敏感になってるんですから、モーリスの相手なんかしたら壊れちゃいます」
軽口の様相を呈しながら、何故かひやりと冷える気温に、モーリスの側近くに控える執事が顔色を変えないながらも僅かに身震いした。
「……栄養を要されるのは解りますが、食事の取りすぎです。事前に仰ってくだされば、栄養価の高い食事をご用意出来ますので、あまり消化器に負担をかけないよう」
「だってお腹が空くんですもん……モーリスには経験がないから解らないでしょうけど」
何を事前に、何故に空腹。会話の端々に捉える単語に、使用人達の疑問が室内で渦を巻く。
 その中、勤続五十年の執事だけは涼しい顔をして立っていた。
「セレスティ様。今回の作品は、どのような……?」
会話を続けるほどに冷え込む両者の間に、執事は控えめに口を挟んだ。
「あぁ、いい出来ですよ」
セレスティは老齢の執事の言にごそごそと枕の下を漁った。
「少し早かったので無理かな、と思ったんですが」
 差し出されたのは、白く薄い生地を畳んだ代物であるらしい。
「……またこれは」
受け取ったモーリスが溜息混じりに受け取って広げようとする手を、執事の手がやんわりと止めた。
「ラジアル様、ここでは少し……」
言葉を濁した執事の制止に、モーリスはあぁ、と布を広げようとした手を止めた。
「しかし洗って干さないと、痛みますよ」
「大丈夫ですよ。中に水を詰めてこーざぶざぶとしておきましたから」
何を? と疑問符の溢れる中、執事が穏やかに頷く。
「よろしければ、私の私室でお預かりさせて頂きますが。初めて見る者もいましょうし、この騒ぎの後では……特に昨夜放映された洋画はそのような内容で御座いましたし」
因みに昨夜の洋画とは、地球侵略に訪れた異星人が、人の皮を被って社会に紛れ着々と増えていく内容で、集団の恐怖心理までも見事に描き出した内容であった。
「私も拝見した折はお暇を頂こうか本気で思い悩んだもので御座います。どうか若い者の為にもう少し間を見て」
経験に乗っ取った執事の言の曖昧さは、実を明としない為、徒な恐怖を居並ぶ者に植え付ける。
「そう……ですね、しかし残念です。ここまできれいに脱げるのは珍しいのに」
セレスティが残念そうに頷いて示すに、モーリスはその布を執事に渡す。
「どうせ取って置かれるおつもりでしょう。中に綿でも詰めてロビーにでも飾りますか」
事も無げに言う、モーリスに……シーツを抱える手を、床をモップで拭く手を、雑巾を絞る手を、諸々の仕事の手を止めた使用人達は背を正して去る執事の背、正確には彼が持つ布の正体に全き同じ推測を閃かせた。
――脱皮?!
謎多き雇用主の新たな一面に……場の空気は完全に凍り付いて止まった。

 その後。
「使用人で遊ぶのも大概になさって下さいね」
「可愛い冗談じゃないですか」
「懲りすぎてて冗談になって御座いません」
との会話が交わされていたかどうかは……定かではない。
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
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東京怪談
2007年01月30日

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