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『真白き鐘撞き堂 』
榊・紗耶1711
 深々と雪が降る。
 白樺並木一本道は、まるで永遠に先の見えない未来のようだ。
 降り積もる雪は世界から音を奪い、ただ、貴方が雪を踏みしめる音だけが貴方の耳に届く。
 そんな、静かな白樺並木を歩いているのは訳がある。
 この先にある、鐘を鳴らしに行くのだ。
 真っ白なその鐘撞き堂の壁には、小さく虹色に光る巻貝が埋め込まれている。
 想いを込めて、鐘を鳴らす毎、その巻貝は金色を帯びるという。
 そうして、金色になった真っ白な鐘撞き堂は貴方に新しい年への祝福をくれるのだという。
 その祝福は、形は決まっていない。
 どんな祝福が降りてくるのか、それは、鐘を撞いてみないとわからないのだという。
 ある人は、天使が花を振り撒いてくれたという。
 ある人は、荘厳なバグパイプの音が響いたという。
 またある人は、暖かい光に包まれたという。

 その白樺並木を抜けるには、大切な人と一緒でなければならないのだと言う。
 でなければ、朝日を目にするまでただ、真白き道を歩き続ける。
 幸福を願う場所…私はいつだって願っている。









 雪は、音も無く降る。
 深々と、その降り止まない雪の降る道は、真っ直ぐに前へと、ただ一本伸びている。
 さくり。
 雪を踏みしだく音と、時折、木々に積もった雪が、その重みに耐えかねてぱさりと落ちる。その二つの音が世界の全てだった。

 …カ…ラン。カラン。

 そんな、鐘の音を聞いたような気がして、榊沙耶は、振り向いた。長い黒髪がふわりと揺れる。
 場所の移動はさして難しい事では無い。
 彼女は夢から夢に移動する、夢見なのだから。
 彼女を呼ぶ場所が、彼女の行く場所であるのだから。
 次は、そこなのだろうと、何の疑いも持たずに、沙耶は歩を進める。

 さくり。
 アスファルトを歩いて居たはずの足は、新雪を踏みしめた。
 暗い夜空から、はらり。はらりと、雪が降る。雪は降ってはいるが、とりたてて寒さは感じない。
 見かけない姿。小さな種族。耳の尖った種族。尾のある種族。鱗ある種族。小さな村なのに、様々な種族の若者達が、森へと祝福を受けながら進んで行く。御伽噺に出てくるような小さな村が沙耶を出迎えた。

「お嬢さん、ひとりかぃ?」
「…」

 ひとりで歩く沙耶に、村の住人と見られる、七色に光る巻貝が耳にくっついている、がっしりとした体格の種族の女が、言葉をかける。

「鐘撞き堂は、ひとりでは余程でないと辿り着けないけど、行くんだね」
「鐘撞き堂?」
「行くんだろ?祝福を受けに。新年だものね」
「ここは」

 女は、沙耶が何も知らなさそうだと見ると、軽く眉を上げると顔中で笑った。その瞬間、沙耶には見える。この村が、訪れる者全てに、祝福を与えている村なのだと。こくりと小さく女に頷く。

「祝福の村…」
「そうさ。祝福を貰っておいで。ひとりでは長い道になるだろうけれど、行くのだろう?」

 行かなくては。
 そこに行って、伝えなくてはいけない気持ちがあるから。
 沙耶は、大切な人を思い出して、僅かに微笑んだ。

「うん、気をつけて行っておいで。お嬢さんの名は?」
「榊沙耶」
「そう。さかき。さかきに鐘撞き堂の祝福がありますよう」 

 村の中央を抜ける間に耳に入るのは、鐘撞き堂の逸話。
 ひとりで歩く沙耶に、村の住人と見られる、七色に光る巻貝が耳にくっついている、がっしりとした体格の種族たちが、口々に祝福の言葉をかける。
 それは、幸せになるようにという、心からの祝いの言葉で。
 悪しき気は何処にも見当たらない。

 祝福を。

 名前には呪力がある。夢見の沙耶はそれを知ってはいたが、ここで嘘の名前を言ってはいけないような気がして、本名をするりと口にした。
 出迎えた女は、その名を聞いて、満面の笑顔で肩を叩いてくれた。そうして、その巻貝の女は確かめるように沙耶の苗字を発音する。榊。それは、神に供える木の名前だ。神域にある木。この場所に、榊が存在するのかどうかはわからないが、女の口ぶりから、似たものがあるのかもしれない。
 沙耶に、前を行くカップル、後ろを歩くカップルに、純粋な好意と祝福が傾けられる。橙色した外灯や、窓の明かり。僅かな光沢のある、すとんとした、裾を引きずるローブの村人達。家の前の玄関に座って祝福をくれる老女。ずっと立っているのか、壮年の夫婦。森へと向かう者は皆、村人も他所の種族も分け隔てなく、温かな言葉が向けられる。
 まるでひとつの家に入ってしまったかのような、一体感に戸惑う。けれども、それは心地よくて。
 真っ暗な森の入り口に立つと、鐘撞き堂への道の番をしているという巻貝のついた大柄な老女が、うねった杖を前に出して、カップル達を一組づつ、道へと送り出す。
 幸せな一組の後姿が森の闇に吸い込まれるように消えると、嬉しそうに頷いて、また、次のカップルを送り出す。
 道。
 道はあって無きが如し。
 沙耶にとっての道は、道であって道では無い。場所と場所を繋ぐ為の道。それは、夢見の沙耶にはよく見える。ただの道などひとつも無い。
 なのに、指し示される道は、沙耶であっても見えない道であった。

「さかきに祝福がありますよう」
「え?」

 老女に名前を告げた覚えは無い。そういえば、どのカップルも名前を呼ばれ、祝福の言葉を受けて森へ入っている。
 気にする事は無いのだと言わんばかりに、満面の笑顔を向ける老女が、ふと、最初に出会った女と顔がだぶる。一人は万人に通じる。そんな言葉が脳裏に浮かぶ。
 そういえば、後ろがつかえているのだったと、沙耶は老女に頷いて、その足を森の道へと踏み出した。

 
 暗い森。暗い夜空。
 上を向くと、降ってくる雪が、目の前でようやく形になる。
 目が慣れてくると、真っ直ぐな道が見えた。前を行くカップルが見えないかと、目を凝らしても、耳を澄ませても、何の音もしない。後ろを振り返り、しばらく待っていたが、誰も来る気配は無い。この道は、沙耶だけの道なのだと、沙耶は前と後ろに続く道を眺めて、軽く頷いた。
 両脇には、等間隔で植えられている背の高い白樺の木立ち。
 何処まで続くかわからないその道を、沙耶は、思いを胸に暖めながら歩く。
 不思議な事が…新年にはあるものだ。
 沙耶は、祝福の村と、この思考する為だけに作られた白樺の長い道が、嫌いでは無かった。純粋に祝福という好意のみで成り立つこの『場』は、夢を移動する沙耶にとっても心地良かった。悪意という混ざり物が一切無い世界は初めてだから。
 それなのに、嫌に現実感はある。降る雪は、凍えるほどでは無いが、確かに冷たく。灯りは暖かく、森は暗い。
 夢の淵から夢の淵へと歩いている筈が、何時の間にか現に入りこんでしまった様な、そんな気がしてならないのだ。

 ここに、兄さんが来れたら良いのに。

 沙耶は、兄の事を思う。
 自責の念にかられているかもしれない、大切な兄。
 自分が眠り続けるのは、この夢見の力のせい。夢の狭間で、夢の淵を見る。
 あまり、よくは見えない目で、長い道を見て、ほう。と、溜息を吐く。長い道は、暗く、遠く。何処までも続いていて、終わりが無いように見えたからだ。普通の視力であっても、沙耶の夢見の目であっても。
 辿り着けない道では無いのだろうけれど。

 想い。

 沙耶は、くるぶしまで雪に埋まりながら、ゆっくりと歩く。
 小さな頃は、とても楽しかった。
 頬が僅かに緩んで、くすりと笑う。
 まだ、事の善悪が明確では無い幼い頃、二人で過ごした京都の屋敷。廊下を、音を立てて走った。子猫か子犬のように転げまわって、笑い合っていた、あの日のように、兄さんは笑えているだろうか。
 私が、夢に眠るのは、兄さんのせいじゃ無い。
 それなのに、自分のせいだと勘違いして、心に蓋をしていないだろうかと、沙耶は、少し長い溜息を吐いた。
 深々と降り積もる雪のように、あれも。これも。自分のせいにしてしまってはいないだろうか。
 やさしい兄だから、多分、きっと。
 それが一番気がかり。

 ふと、沙耶は、道が繋がったのを感じて、顔を上げると、目の前に兄の背中を見つけた。
 道は繋がってはいるが、『場』は繋がっては居ない。
 そこで、辛そうな顔の榊遠夜の顔を見た。

「兄さん」
 
 ───兄さんは、光の中が似合うのに。

 それすらも忘れてしまって居るのだろうか。
 兄の辛い顔が、とても寂しくて、悲しい。
 けれども、辛そうに歩く遠夜に、沙耶はお陽様の姿を見た。それは、彼女と遠夜の友人で。お陽様のような笑顔の大事な人だった。

 ああ。
 そうなのか。
 沙耶は、胸に手を当てて、笑みを深くする。

 何を思い悩んでいるのだろう。兄の背に、何度も声をかける。けれども、『場』の違う同じ道は、沙耶の声を遠夜には届けない。
 道は、自分だけの道であり、それは、沙耶も遠夜も同じで。道が重なる事がすでに祝福なのではないかと、沙耶は思った。
 その時、一本道の先、道の右側に、ぽうと、金色の灯りが灯るのが見えた。

「兄さん」

 それは、どうやら、遠夜にも見えているようで。
 二人は、同じように、金色の灯りを目指して歩みを速める。
 辿り着いたのは、真っ白な鐘撞き堂。見上げるその鐘撞き堂は、小さな二階建ての家ほどの大きさだった。そこに到るアプローチには、何故か雪は積もってはおらず、白くごつごつした長方形の小さな石が、円を重ねるように敷き詰められていた。足を踏み出すと、何故か暖かい。そのせいで、雪が積もらないのかもしれない。

「金色の…鐘」

 沙耶は、何の変哲も無い金色の金を仰ぎ見て、ほう。と、また溜息を吐く。その『場』だけが金色に揺らいでいるのが見えたからだ。ここは、間違い無く、祝福を与えてくれる場所なのだと、知る。普段は全てが見えてしまう沙耶なのだが、この道や金色の鐘の及ぼす祝福が何なのか、見えない。
 それが、鼓動を早くする。

「兄さん」

 石畳を、一歩一歩進んでいくと、観音開きの茶の扉が出迎える。その金色の、シンプルな取っ手を、遠夜が開けるのを手伝う。けれども、その姿は遠夜には見えない。

「兄さん」

 暖かな空気が、沙耶と遠夜を出迎えた。
 壁にいくつもある燭台には、太く白い蝋燭に灯りが灯され、ちいさな鐘撞き堂の中を照らしていた。壁には、村人の耳についていたよりも、もっと小さな貝殻が、たくさん埋め込まれ、蝋燭の明かりを虹色に照らしている。
 その真ん中には。
 鐘を鳴らす為の、太いロープが下がっていた。
 何の変哲も無いロープ。
 これを引いて、願う…。

 沙耶は、幸せになりたいと願う遠夜を見て、思わず同じようにロープを握った。

「だって、それは当たり前の事だ」

 それが、誰かと一緒と言うのなら、とても素敵な事ではないか。
 沙耶には見える。遠夜の幸福を願い、そしてまた、傍らに居てくれるだろう友人が。
 
「兄さん」

 何度でも呼ぶだろう。
遠夜がロープを引くのに合わせて、沙耶もロープを引いた。遠夜の顔に、笑顔を戻して欲しいと。笑っていてほしいから。ずっと幸せでいて欲しいから。 

 カラン。カラン。

 高い鐘の音が、鐘撞き堂に響き渡る。

 カラン。カラン。

 祈りと願いを込めて引かれた沙耶と遠夜の鳴らす鐘の音が、終わる頃。ふっと、風が吹き込んだ。
 
「兄さん」
「沙…耶…」






 祝福は、成った。
 穏やかな黄金の光が遠夜を包む。眩しくて、暖かい。
 そうして、その光の中に、本の一瞬だけれど、確かに見てくれた。
 遠夜が、沙耶を。

















 沙耶は、消えて行く遠夜を見て、自分の中にもほっこりと暖かい気持ちがあるのを感じた。それは、多分、遠夜と沙耶のあの友人のおかげなのだと、思った。
 見上げれば、金色の鐘が朧に揺らいで。自分もまた、戻るのだと沙耶は理解する。

「ありがとう」

 沙耶は、お陽様のような友人に向け、感謝を捧げて、そっとロープを引いた。

 カラン。カ…ラ…ン……。

 溶け行く意識の中、金色の金は、祝福を鳴らしてくれていた。

 
 
  
 















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*東京怪談*
0642 / 榊・遠夜 (さかき・とおや) / 男性 / 16歳 /  高校生/陰陽師
1711/ 榊・紗耶 (さかき・さや) / 女性 / 16歳 /  高校生/夢見



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■         ライター通信          ■
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榊・紗耶 様
  
 ご参加下さいまして、ありがとうございました。
 素敵な設定を崩さぬよう、沙耶様の望む形に、近づけるようにとがんばりましたが、ご希望に添えましたでしょうか。
 気に入っていただければ幸いです。
 遠夜様といつか幸せに出会えますよう。心からお祈りしております。
 夢見。全てを見通してしまうのは、心にいかほどの負担があるのか、心配です。沙耶様の幸せが早く訪れますよう。

 東京怪談の方を書かせて頂くのは初めてで、かなりドキドキ致しました。
 また何処かで、お会い出来たら嬉しいです。
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東京怪談
2007年01月22日

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