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『冬のひだまり 』
初瀬・日和3524)&羽角・悠宇(3525)&(登場しない)



 よりかかる窓から差し込む、冬の陽光。
 夏の光とはまたちがう、金色味を帯びたそれは降り注ぐようで、私はうっとりと目を閉じる。
 ガラス戸にくっつけた背中が、日の光に温もってじんとした。

「……っていけない。またうとうとしちゃうとこだった」

 こつん、と軽く頭を叩いてから、私は視線を手元へと戻す。
 空では穏やかに雲が流れていく日曜の午後。外へ出れば、きっと身を切るほどに風は冷たいだろうけど、ヒーターの熱気が行き届いたリビングは、ついうたた寝してしまうほど居心地がいい。
 コンポから流れてくるのはバッハのチェロ組曲。穏やかに、時に荒立ちながら、音の波は私のいる空間を通り過ぎ、広がっていく。
「……うん、やっぱりこの曲が一番好き」


 私が編んでいたのはマフラー。
 この前までお父さんにって編んでいたのはちゃんと編み終わって――今編んでるこれはもちろん、悠宇くんへのクリスマスプレゼント。
 このペースならクリスマスまでに編み終わると思うけど、こんな風にのんびりやってたら終わるものも終わらないかもしれない。
 ただでさえのろまな私だもん、もう少しがんばった方がいいよね、――多分。
「……だよね?」

 自分の呟きに、思わず自分で笑ってしまう。
 そして、ね? と私が笑いかけたのは、目の前に置いたテディベア。私の腕には余りそうなほど大きな彼は、黙ったまま、私のことををつぶらな瞳で見つめている。


 マフラー、色は迷いに迷って青にした。
 青――悠宇くんの瞳の色。あの、光に透かすとキラキラ光る髪に似合う色はなんだろうって考えて。
 でもここだけの話、悠宇くんはどんな色でも似合うと思う。悠宇くんはとてもかっこいいから。
 私が言っても「何言ってんだよ」ってきっと取り合ってくれないだろうけど、最近クラスの女子の視線を集めていること、私はちゃんと気づいている。
 ――悠宇くんの好きな色って何色だろう。
 何度も悠宇くんに直接聞いた気がするけど、いつだって悠宇くん教えてくれないのよね。
「だって、悠宇くん、勘がいいんだもん……」
 尋ねてみても、いつだって彼の答えは決まっている。「日和、気を使わなくたっていいんだぞ」だなんて。
 私が何かプレゼントしようなんて考えてても、いつだってお見通しなんだ、きっと。


「でもね、ずるいと思うの。……気を使ってる、とか、そういうんじゃないのよ? 少しでも、何か『お返し』したいだけなの。悠宇くん、いつだって私のこと分かってるでしょう? 私が考えてることとか、思ってることとか、本当は聞こえてるんじゃないかって思えるぐらいに、何でも分かってくれてて……」
 ううん、それだけじゃない。
 ひょっとして……私が恥ずかしくていいだせないようなことも、彼には伝わってしまっているのかもしれない。

 そこまで考えて、私はみるみる頬が熱くなるのを感じた。慌てて顔を手で覆えば、その冷たさが気持ちいいぐらいだ。
「は、恥ずかし……もう」
 ひょっとして、手をつないで欲しいとか、こっち向いて欲しいなとか、そんな小さなわがままも、全部彼には伝わってしまっているんだろうか。
「……伝わっちゃってる、かな? ね、どうかな?」
 恥ずかしさに、私は思わずテディベアに抱きつき、彼をぎゅーと抱きしめた。苦しさに不満を言うこともなく、彼はただじっと私の腕の中にいてくれる。
 私はそのまま、胸の中の大きな波が通り過ぎるのをじっと待つ。
 チェロの音がたゆっていく。まるで床を這うような、重く低く、それでいて穏やかな音。
 
 
 ――彼は優しい。
 いつだって私のことを心配してくれる。そんなに心配しなくても大丈夫よって言っても、いつだって私の傍にいてくれる。
 彼には何もかもお見通しなのかもしれない。

 あれはいつだっただろう。
 そう、少し前、近所の公園を通りかかった時のこと。
 小さな男の子が泣いていた。話しかけたら「ボールがどこかいっちゃった」なんて言って。
 それで男の子と一緒に探してたら、繁みの中を覗き込んだ時、私の髪が木の枝にからまってしまった。それで身動き取れなくなって困っていた時に、悠宇くんがひょいと顔を覗かせたんだった。
 奥の奥に入り込んでしまっていた私を、彼はちゃんと見つけてくれた。
「お前ってば、いつも人のことばっかり気にして。それでいつだって、お前の方がえらいことになるんだから、まったく世話ないぜ」
 ――そんなことを言いながら。


 それから、悠宇くんは「しょうがないな」なんて笑って、それでもからまった私の髪を一生懸命ほどいてくれた。
 もう切ってもいいから、って言ってる私の言葉を軽く無視して。
 そうして、最後の最後――「本当に、切ってくれてよかったのに」なんて可愛くない言葉を言ってしまった私に、悠宇くんはさらりと言ったんだっけ。
「でもお前、本当は髪を切るの、嫌だっただろう?」


「……そう言ったのよ。ね? やっぱり、悠宇くんには何もかもお見通しなの」
 テディベアは、気のせいか私の言葉に小首をかしげた気がした。
 私はふふと笑いながら、彼の首に編み途中のマフラーを巻きつける。青いマフラーは残念ながら、明るい色の毛並みを持つ彼にはいまいち似合っていない。
 うーん、もうちょっと長く編んだ方がいい、かな?

 苦しそうなテディベアからマフラーを取り、私は再び編み続ける。


 ――私のこの長い髪。
 実はこっそり、自慢にしていたりもするけれど。
 だけどこれだけ長ければ長いで、それなりに大変なこともある。ブローやシャンプーにも時間がかかるし、重たくないのかって聞かれることもある。
 そう、私にとってこの髪は思い入れも大きいし、いつか切らなくちゃいけないことになっても、きっとすぐには決断出来ないと思う。
 そういうの、やっぱり悠宇くんにはバレちゃってたのね、きっと。

「……あ、でもね?」
 聞いて聞いて、とテディベアにせがめば、彼はおとなしく私を見つめて返してくれる。
「あのね。……あの日、絡まった髪を解いてくれた後にね、悠宇くんが言ってたのを私、聞いちゃったの」
 吹き抜けた北風に隠すかのように、はすを向いた彼がつぶやいた言葉。
「……俺も、お前には長い髪が似合うと思うし」


「だからね、あの時決心したの。この髪は切らないんだ、って」
 だって、いろんな思いがつまってるんだもの、ね。


 かぁ、と再びこみ上げる、熱のような羞恥心。
 私はいてもたってもいられなくて、またぐるぐるとテディベアに編んでいたマフラーを巻きつけて――そしてはっと我に返った。
「あら……ちょっとだけ、思いが詰まりすぎちゃった、かな……」
 私を見つめ返すのは、腕に余るほど大きなテディベア。
 その首に巻かれているのは、幾重にも幾重に、まるで彼の首をうずめるかのようにめぐらされた青いマフラー。
「あーあ、悠宇くんのこと考えながらやってたら、長く編みすぎちゃった……」 



 その時。
「お前、さっきから何やってんの?」
 突然かけられた声に、私ははっと振り向いた。
 リビングの入り口、キッチンのカウンターにもたれて立っていたお兄さんが、にやにやと笑ってこちらを見ている。
「さっきから一人芝居か? 面白いもん見せてもらった」
「……も、もう、お兄さん! いつからいたの!」
「お前が窓によりかかってうとうとしてた頃から」
「なんで声かけてくれないの!」
 私が叫べば、お兄さんはしれっと「かわいかったから」なんて言う。
 さっきまでの、幸せが入り混じったようなものとはぜんぜん違う、純度100%の恥ずかしさに、私は頬を押さえる。
 さっきとは比にならないほどそこは熱い。
 どうしたらいいか分からなくて、私は思わずテディベアをぎゅと抱きしめた。

「まあいいか、そんな可愛い妹にいいことを教えてやろう」
「なぁに! もう〜、向こう行って!」
「なんだ、お兄様にそんなこと言っていいのか? お前の大切なボーイフレンドが来てるぞ〜?」
「えぇ?!」
 息せき切って「いつから?」と聞き返せば、さっきと同じ口調で「お前が窓によりかかってうとうとしてた頃から」なんて言う。
「ずいぶん前じゃない! その間、ずっと悠宇くん待たせてるってこと?」
「ああ、あいつ『悠宇くん』って言うのか、いい名前だなぁ」
「嘘ばっかり! 悠宇くんのこと、みんなにこの前紹介したばっかりでしょう!」


 長すぎるマフラーはそのままにして、私はとりあえず玄関へと駆け出した。お兄さんの傍らを通り過ぎる時に、べっと舌を出して見せれば、お兄さんは肩をすくめる。
「悠宇くん、ごめんね! ずっと待たせたでしょう?!」
 ドアを潜り抜けて、一瞬視界は暗くなった。廊下のうす暗さに目をくらませながらも私が駆け寄ると、そこに立っていた悠宇くんは嬉しそうに笑って「いいや、全然」と言い、そしてくしゃみをひとつした。



 ああ、やっぱりこの人は、とてもとても優しいひと。
 
 
 
 
 
 
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東京怪談
2007年01月17日

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