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『『地蔵の恩返しは・・・?』 』
妙円寺・しえん6833)&(登場しない)



 世界的な異常気象が続き、温暖化の影響で極地の氷が溶け出しているという話を聞くのも、最近では珍しい事ではないが、大都会の東京で体の芯まで凍えるような風が吹き、歩くにもやっとな程の雪が積もれば、それらの事はあまり感じなくなってしまう物だ。
 この日、東京は数年ぶりの大雪に見舞われた。東京、特に都心部にいる人間にとっては、雪が降り積もるなど珍しい事であるから楽しんでいる者もいるが、大雪になれば交通渋滞が起きたり滑って転ぶ人が続出したりするものだから、やはり雪が降ると困る人もいるのだ。
 その都心部から少し離れた場所にある郊外の白く染まった道を、一人の尼僧が歩いている。
 彼女は曹洞宗荘厳寺の仮住職で、妙円寺・しえん(みょうえんじ・しえん)と言った。しえんの息は白く、手は冷たく悴んでいる。しかも彼女は着物を着ているから、この雪が降り積もった道を歩くのはかなりの苦心を強いられた。
「こんなに雪が降るとは思いもよりませんでしたわ」
 傘すらさしていないから、しえんの着物は雪で濡れ始めていたし、黒くて長い髪の毛は、雪に濡れてさらに艶を増していた。あまりの寒さに耳まで冷たくなっている。
 今日は朝から久しぶりに檀家巡りをしていたのであった。檀家の家々をまわり、そこで仏の教えを人々に説法をしたり、また病気や心の病にかかっている檀家には経を通して元気をつけたりと、朝から忙しく歩き回っていた。
 寺を出る前に天気予報は見ていたのだが、予報では夜まで天気は持つはずであった。いや、本当はもう少し早く帰る予定であったのだが、思ったよりも説法に時間がかかり、また檀家から食事を出されたりしたものだから、断ってすぐに帰るというわけにもいかなくなり、結局、帰路につくのが遅くなってしまったのであった。
「天気予報なんて当てになりませんわね。日頃から折りたたみ傘を持つべきでしょうか」
 体の凍えがさらに増してきて、暖かいスープが恋しくなってきた。そのへんにあるコンビニエンストアかスーパーマーケットにでも寄り、安いビニール傘を購入した方がいいのだろうか、としえんが思った時に、思いも寄らぬ光景が目の前に飛び込んできた。
「まあ、ありがたい事ですこと」
 住宅地から離れたその場所は、小さな神社があり、その前には数体の地蔵が並んでいた。神社の前に何故地蔵がいるのかは置いておくとして、しえんが注目したのは地蔵が被っていた傘であった。
 傘といっても、現代のビニールの傘ではなく昔話に出てくるような、または東南アジアで使われているような三角の形の頭に被る傘だ。誰かが被せていったのだろうか。その光景を見て、しえんは「かさ地蔵」の物語を思いだしていた。
 むかしむかし、深い雪の中で何も被っていない地蔵達に出会った、傘作りの心優しいお爺さんが地蔵に傘を被せた所、僧に姿を変えた地蔵がお爺さんの家に宝物を送り、恩返しをした、という話だ。
「お地蔵様、貴方のお慈悲にすがらせて頂きますわ」
 しえんは地蔵に手を合わせ深々と頭を下げると、地蔵の1つから傘を剥ぎ取り、それを自分の頭に被せ再び雪の道を歩き出した。
 傘を被ったからと言って、寒さを感じなくなるわけではないが、それでも雪に濡れるよりはずっとマシであった。寒さに濡れるだけで、精神的に心まで寒くなるものである。



 地蔵の傘のおかげでしえんは雪でびしょ濡れにならずに、無事に寺まで辿り着いた。これも地蔵の慈悲のおかげですわ、と思った時、しえんは背後から何かが近づいてくる気配を感じた。それも、1つではなく複数の様な気がしたのだ。
 こんな大雪の日に、檀家さんが来たのでしょうか?そう呟き後ろを振り向いたしえんは、思わずあっ!と声を上げた。
 地蔵が、いや地蔵達がこちらへ向かって突進して来たのだ。5体ぐらいだろうか。しえんは直感でその地蔵が先程の神社の前にいた地蔵であると思ったが、地蔵達が穏やかな微笑を称えた先程とは違い、恐ろしい怒りの形相を浮かべているものだから、しえんは頭が混乱し何故地蔵がここにいるのかまでを、考える事は出来なかった。
 とにかくこの状況をどうにかしなければ、しえんがようやくそう考えた時にはすでに彼女の両手にはコルトが握られていた。地蔵の1体がしえんに向かって飛び掛ってきた。
「そうはさせません!」
 しえんはコルトの引き金を引いた。とにかく早くこの地蔵を大人しくさせないと、と思い、一気に両手のコルトを打ったのだ。2発の玉が地蔵の体を打ち抜き、地蔵はあっさりと崩れ落ち地面に倒れて動かなくなった。
 仲間を倒されたのがショックだったのか、他の地蔵がすばやく動きしえんを取り囲んだ。
 その時、しえんは地蔵の酷く吊りあがった視線が自分のではなく、自分の上の方に向いている事に気がついた。そして、初めてそこで気がついた。地蔵達がこの傘を取り返しに来た、という事を。
 傘を返せば済む事なのか、それともすでに地蔵はしえんを障害物としてしか見なしていないのか。地蔵は一斉にしえんに飛び掛ってきた。しえんにとってはこのような戦いをする事など初めてではないが、雪で足元がすべり、また寒さで体がうまく動かない為、少々苦戦を強いられた。
 前方にいた地蔵を破壊する事は出来たが、後ろにいた地蔵に強烈なパンチを食らわせられ、しえんは一瞬気が遠くなった。
「何て乱暴で無慈悲なお地蔵様ですのね。わたくしは傘をお借りしただけですのに!」
 左右から飛び掛ってくる地蔵にコルトを撃ったものの、地蔵はそこで不思議なバリアを張り、しえんの攻撃を無効化させてしまう。
「信じられない地蔵ですわね。まるでモンスターですの!」
 何故そんな地蔵がいるのだろうか。まったくこの世界とはまだまだ未知なる世界である、とのんきに考えている場合ではない。このままでは地蔵達にやられてしまう。
 こんな地蔵に2度と手を合わせるものかと思いつつ、しえんは地蔵達から少し距離を取るため、後ろ向きに飛びすさり、頭に被っていた傘を地蔵達へ放り投げた。もう傘は不要だし、傘を返すことで地蔵が大人しくなってくれればいい、そう思ったのだった。
 しかし、しえんの思い描いたようにはいかなかった。もはや地蔵達はしえんを退治する事しか考えていないようであった。雪の上に置かれた傘など見向きもせず、徐々にしえんの方へと近づいてくる。すでに仲間が壊されてしまったのせいもあるだろうか。
「そんな心ではいけませんわ。全ての者を許してさしえがる、それが大事だと思いますの」
 しえんの言葉も受け入れず、地蔵は空間に突然何かの塊を作り出し、それをしえんに向かって次々と投げつけてくる。金属の塊がしえんの顔のすぐ横を通過し、あやうく顔がへこんでしまうところであった。
 もうこうなればどちらかがやられるまで続けるしかない。目の前にいるのは人々に拝まれる地蔵ではなく、ただの憎悪に満ちた怪物だ。しえんは檀家めぐりなのに携帯していた長ドスを取り出し、走り飛んで地蔵に切りかかったが、地蔵の体は石で出来ているせいか、その刃で地蔵の体を切り裂くことが出来ない。やはりコルトを命中させるしかないようだ。
 だが状況はさらに悪くなった。雪がさらに多く降り出し、おまけに風まで強くなってきた。今夜は本当に天気が悪い。今しえんがこうしているのも、全て雪のせいだろうか。雪のせいでしえんは、石の悪魔と戦うことになってしまったのだから。
 とにかくどうにかしてこの状況を切り抜けなければいけない。そう思った時、寺の入り口で人の声がした。おそらく、誰かが寺に参詣に来たのだろう。
 さらにまずい状況になった。一般の人をこの戦いに巻き込むわけにはいかない。地蔵が何も関係ない人を無視してくれる保障はどこにもないのだ。
 しえんは覚悟を決めて寺の反対側の出口へ向かい、そこから外へと走り出した。人が少ないどこかへと地蔵を誘導する為だ。案の定地蔵達はしえんを追いかけてくる。確か、少し先に学校があったはずである。この時間に生徒がいるわけはないし、校庭は広いから思う存分戦えるはずだ。



 心臓が弾けそうになる程走り続け、しえんはようやく学校の校庭に辿り着いた。校庭には雪が降り積もって一面真っ白になっているが、明かりは消されているのであまり視界はよくなかった。
「さあ、ここから第二部の開始ですわよ?」
 しえんは振り向き、地蔵達を迎え撃つ。しえんの足跡を辿り、地蔵達が近寄ってくる。この暗闇の中、どうやって地蔵をうまく破壊できるのだろうか、その前に弾切れなど起こさなければいいが。
 しえんが寒さの中気合を入れる為、大きく息をついた時であった。目の前の地面で何かが割れるような音が響き渡り、次の瞬間地蔵達の足元から水が噴出した。そして、3体の地蔵を飲み込んだかと思うと、あっという間に地蔵の姿が見えなくなってしまった。
 その一瞬の出来事に、しえんはしばらく呆然としていたが、静寂に包まれて心が落ち着いた時、何が起こったのかを即座に理解した。
「ここ、池の上でしたのね」
 走っている時は夢中で気づかなかったが、そばにある看板に「池で泳ぐな」と書かれていた。
 しえんは池の上を通過していたのだが、寒さで池の水が凍りつき、さらにその上に雪が積もっていたので、そこが池であることに気付かなかったのだ。池の氷はしえん一人の体重には耐えたが、石で出来ている地蔵3体の体重までは支えきれず、表面の氷が割れ、地蔵は冷たい池の底に沈んでしまった、というわけである。
「少々悪い事をしたような気がしないでもありませんが、傘を借りたぐらいで凶暴化する地蔵では、しょうがありませんわ」
 今までの出来事を、何となく自分の都合の良いように解釈したしえんは、寺へと戻る事にした。傘は被っていないが、走ったせいで寒さはあまり感じなかった。
「そういえば、お寺にどなたか、見えていましたわね。この寒さの中、待たせてはいけませんわ」
 傘地蔵の恩返しどころか、とんだ恨みを買ったしえんであったが、寺につく頃には雪も小ぶりになり、たまには雪で遊ぶのも良いかしらね、と思うほどすっかり心に余裕が戻っていたのであった。(終)



◆ライター通信◇

 はじめまして。発注ありがとうございました。WRの朝霧と申します。
 傘地蔵の逆バージョンということで、少々コミカルタッチで書かせて頂きました。オチはお任せとありましたので、雪の中という設定を生かしつつこのような結末にしてみましたが、何となくバチあたりな感じもしますね(笑)
 それから、エヴァネタはよくわからない事が多いので、フィールドについても調べながら執筆しましたので、間違っている箇所があるかもしれません;申し訳ないです;

 それでは、どうもありがとうございました!
PCシチュエーションノベル(シングル) -
朝霧 青海 クリエイターズルームへ
東京怪談
2007年01月15日

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