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『着物ポスターモデル大募集☆ 』
奉丈・遮那0506

●モデル不在のスタジオにて
「‥‥やっぱり、この企画はなかった事には出来ません。この際素人でもいい、スカウトしてポスター撮りを終えましょう」
 とある撮影スタジオで、こんな会話が交わされていた。
「馬鹿言え、事務所が軒並みバックレたんだぞ。素人がこの仕事を完遂出来るか!」
「いや、分かりませんよ。正月のこの時期、東京の街のどこかで、ポスター撮りを良しとしてくれる子がいるかもしれません」
「む。公開は元旦に合わせたいしなぁ──」
 モデル不在の中、数人のスタッフが額を寄せ合って打開策を練っている。
「とにかく、街へ出よう。それからだ!」
 飛び出した数人を見送り、唯一人の人間はホッと溜め息を吐いた。
 ──良かった。
 モデル事務所のありとあらゆるツテを頼っても断られたポスター撮りは、この人物のコピーから生まれている。
「さて、僕も探そうかな。着物を着こなしてしまう男の子」
 完全なる美は性別を越え、何を着ても似合う。

『性別を超えて受け容れられる着物──平和堂の和服は美しく、華麗に』

 コピーライター。それが彼の職名だ。

●モデルスカウト
「‥‥モデル? ですか?」
 奉丈・遮那がその人物にぶつかったのは、単なる偶然、年末年始の込み合った街中では全くこれっぽっちも不自然な事ではなかった。
「そう、モデル♪ 綺麗な着物が着られて、尚且つバイト料も入っちゃう♪ 素敵でしょお〜?」
 段々と間隔が狭められていくのに対し、遮那の足がじわじわと後ろに下がる。同行者のあやかし荘管理人、因幡恵美が面白そうな顔をして二人を見比べていた。
 ──モデルスカウト、なんて‥‥初めて見たかも!
 なんてワクワクしている本音、怯えている遮那には内緒である。
「でも、その‥‥僕、モデルなんてした事ない、ですしっ。身長も低」
「ああっ、何たる事!!」
 そろりと断りの言葉を述べようとすると、目の前の女が目を見開き、両手を頬に当てて顔面蒼白になった。ぴた、と遮那の足が止まる。
「あなたに断られたらっ‥‥あなたに断れたら私! もう! 生きていけないっ!!」
「ええっ!?」
 何か段々ギャラリーが集まっている気がしないでもないが、目の前のスカウト女性は本気で自ら命を絶とうとせんばかりの形相である。
「この大きな仕事を依頼してきたのはとある大企業‥‥もし失敗なんてしたらこんなちっぽけな私、社会から抹殺されてしまうのよぉおおおおっ!!」
「えぇええーーー!!???」
 ガガーン、と遮那含むギャラリーがよろめく。し、知らなかった! ポスター業界がそんなところだったなんて!
「ああお父さんお母さんお兄ちゃんお姉ちゃん、私は今日この日! 東京の街の片隅で! 大企業の凶刃の露と消えますっ!!」
「だだだダメですダメですわかりましたっ、わかりましたからー!!!」
 遮那から見えぬよう顔を隠したそこで。
 ──フッ。一人ゲット。
 笑うスカウトがいた。

●スタジオ入り
「着物、と聞いてたんですが‥‥」
 ハッと奉丈・遮那が振り返ったのは、スカウトされたままついて来たスタジオ内で十分ほど呆然とした後だった。
 振り返ると、同じようにスカウトされて来たのだろう松本・太一が笑顔のまま固まっている。同じモデルだろうか。
「やだなぁ。『着物ポスターの撮影』だって言ったじゃないですかー、ちゃんと♪」
 あははは忘れんぼさんだなぁ、もうっ。
 なんて可愛く言っても騙されない。着物たって色々あるだろう。年齢や性別や性別や性別で着ちゃいけないものとか。
「さ、早く着て着てっ。来年度の新作の振袖なのよこれ。店頭では滅多にお目にかかれない高価なものでね、この帯なんて引き箔っていって金箔や銀箔を豪華に」
 染めがどうの、織りがどうの、と熱心に語っている着付けスタッフは、ただ『着物ポスターモデル』としてやって来た遮那と太一を見ているのだろう。
 ちらりと横の太一を見ると、同じように目の前に広げられた『振袖』を呆然と眺めていた。そりゃそうだろう、太一はどう見ても青年である。そして。
 僕、って言ったし男の子の服装でピーコート、なんだけど。
 ──僕、よく間違われてるし、なぁ‥‥。
 悲しいことだが振袖を出されている以上事実である。自分の身長と童顔をちょっぴり呪いつつ、あの、とスタッフに声をかけた。
「あ、大丈夫よ襦袢は自分で着てもらうから! 男の子だもん、女の私に全部着せてもらうのは恥ずかしいよね」
 にっこり。
 邪気のない微笑みに、太一と遮那の足が一歩引いた。

●撮影本番
「どう? 歩ける?」
 着付けスタッフが、モデル二人の先に立って訪ねる。撮影が行われるスタジオの近くに設置された衣装替えの部屋はさほど遠くない。が、それでも聞くのは。
「あ、歩き難いっ‥‥」
 ちょこちょこちょこ、と。足首まである着物のせいで股が開かず、ペンギンのように歩かざるを得ないモデル二人を気遣っての事である。
 靴下と違う履き心地の足袋に、やけに地面を近く感じる草履。上げ難い腕に、着膨れしたウエスト。ちょっとこれは想定外であった。
「お、着付け済んだ? ほお、ほぉおお〜」
 スタッフの前に引き出され、囲まれ、感嘆される。
「美人!」
 あの、それは一体、と太一が手を伸ばす。
「可愛い! 萌え!」
 可愛いって、萌えって、と遮那が脱力する。
「いや〜、プロのモデル事務所が使えないって絶望したけど、素人もイイじゃん! あの二人良いよ!!」
 どうやら二人の着物姿は認められたらしい。

「ライト当てまーす」
 ガシャン、と頭上で照明が動く音がする。着付けたばかり、メイクされたばかりの素人モデル二人の顔は完全に強張っていた。
「あ、顔硬いねー」
 当然である。ヒキ、と笑顔を作ろうと思っても思いきり失敗した太一は顔の強張りようが化粧だと思い当たる。
 ──水をも弾く化粧下地を塗られたり、ファンデーションの前にコンシーラーをペタペタ塗り付けられたり。相当量の化粧を施されたと思うのですが‥‥。
 か、仮面? と思えなくもない。肩より上に腕が上がらず、半歩として歩けない。着物女性がおしとやか、と言われるのは‥‥なるほどこういう事情か、と妙に納得した。
「ありゃー、遮那ちゃん、緊張しちゃってる?」
 太一がはたと隣を見下ろすと、スタッフの視線とカメラを受け止めきれずに石と化していた。ちゃん付けされてるのにも気付いていないようだ。
「遮那くん? もしもし? 聞こえてる?」
 黒い艶やかな付け毛をかき上げ、小さな鈴のついた頭を覗き込む。チークを乗せた筈の頬が蒼白になっていた。
 ──無理もありませんが‥‥今日は本当に大丈夫なんでしょうか?
 それはもちろん、自分にも当てはまっている。

「それじゃー遮那ちゃん、とりあえず座ってくれる?」
「は、はひっ」
 『はい』が『はひ』になっている。慣れぬ草履でずりずり歩き、胸と腹を押さえ椅子に何とか座る。多分胸を押さえているのは補正タオルを突っ込まれた胸が苦しいから、腹を押さえているのは帯の中に帯枕や帯板、帯紐や帯揚げが突っ込まれてるのが苦しいからだろう。
 ──ぐえっ。
 椅子に座った瞬間、遮那が呻くのが聞こえた。着付けスタッフが渾身を込めて絞った帯である。当然だ。
「松本さんは遮那ちゃんの右横に立って。手を添えて‥‥そう、撮るよっ!」
 バシャッ! と撮られた瞬間、ライトの熱と相まって気が遠のいた。
「‥‥‥‥大丈夫でしょうか」
 シャッター音の続く中、ライトの落ちたスタジオの片隅で、スタッフ数名が雁首揃えて目の前の青ざめたモデル二人を評している。
「まぁ、モデルやった事ないっていうし、衣装が着物だから」
「でもこのままだと自然な笑顔って望むべくもないですよね‥‥」
「すっごくすっごくすっごく! 綺麗なのにぃい〜〜〜っっ」
 そう。着物姿の二人は──これ以上ないほど、着物が似合いまくっていた。

「今それ着てるの、何か分かる?」
 それは撮影が進み始めて少し経った頃であった。ライトと化粧と着物に翻弄された頭が、スタッフに尋ねられた事によって戻ってくる。
「き、着物‥‥ですよね?」
 遮那が座っていた椅子から見上げると、同じように困った顔の太一が頷く。久し振りにちゃんと見た太一の顔は、赤い口紅をさしていてとても美しかった。
「そう、着物。着物っていうのは『着るもの』っていう意味から出来た言葉なのよね」
 つまりは日本人にとっての衣服そのものって事。着付けスタッフの言葉に、一瞬気をとられ着苦しさが頭から抜ける遮那。
「今は確かにライトの下で熱いし、補正入れてるから苦しいかもしんないけど、一番日本の生活や文化、体型や顔立ちに映える衣服なの。だからほら、隣のモデル見て」
 遮那の見上げた先には、黒地に金の刺繍の留袖を着た長髪の太一がいた。男性だから変だとかは感じない驚きに、キョトンとなる。
 太一もまた見下ろした遮那をじっと見た。苦しいからだが足を綺麗に閉じ、手を膝に乗せたその姿は如何にも日本人らしい気がする。遮那が小さいからかもしれないが、小花の散った小紋が可愛らしい。
「帯留めや帯締めが着物に合わせてるのも分かる? 紫の帯にオレンジの帯締めじゃ格好つかないでしょう? 着物ってこういうところに気付くと面白いのよ」
 例えば黒もただの一色とは言い切れない。漆黒だったり墨色だったり濃鼠(こいねず)だったり青鈍(あおにび)だったりするのだ。それを様々に組み合わせるのは楽しくはないだろうか?
「じゃあこの小花の色も?」
「その部分は珊瑚色ね。薄紅梅に一斤染(いっこんぞめ)に‥‥」
 へぇえええ、と今まで強張って青ざめていた頬に朱が入った。それを見つけた太一の口元も綻ぶ。
 ──笑顔が薄紅色の着物によく映えますね。
「それじゃあ、ちょっとずつ着物の話しながらポーズ取っていきましょうか」
 はい、と答える二人は既に強張ってなどいない。

「じゃあ今度はこの枝持ってね、そう、笑って視線はこっちの方に──いいね! いいよ!」
 カメラマンが絶賛する中、梅の小枝を持った太一が艶やかに微笑む。花嫁衣裳などに用いられる本振袖の袖は3尺。くるぶしまで覆うそれは絵羽模様。
「着物に着られていなければいいんですが‥‥」
 カシャーカシャーと寸断なくシャッターが切られる中、微笑みを保ち太一が呟く。彼女の左手を取るように立っていた遮那がくすりと笑う。
「余計な心配だと思いますよ?」
 こちらは中振袖、2尺6寸ほどの長さのそれは裾部分に黒、淡い山吹に近い黄をグラデーションに入れ、濃すぎない紫地の振袖。肩から裾を起点に柄が広がるそれは、同じ絵羽でも肩裾模様という。
 贅を尽くした着物に身を包んだ遮那は、やや短めの付け毛に挿した象牙の簪を揺らし、白い指を指し伸ばす。
「とてもよくお似合いですから‥‥」
 洋服では見られない美しさ。それが今お互いには見えている。

●ポスター、完成!
「じゃあ、今日辺りにはもう街中に貼られてるんだ?」
 ばたばたと年末を過ごし、あやかし荘でも『あけましておめでとう』の挨拶を終えた後、遮那は恵美と共に買出しに出た。
「正月に合わせて平和堂のポスターを貼るっていう話でしたから」
 そう答えながらちらちらと視線が泳いでるのは、滅多に見ない恵美の着物姿のせい。はっきりとした赤地に縁起の良い扇面模様。
 ──こんな言葉がすぐに思い至ったのは、数日前に自分が実際に着たから、なんですよね〜‥‥。
 自分に新たなスキルが増えたような気がしないでもない。
「あの女の人、すーっごく熱心に遮那くんスカウトしてたもんね。どんな袴だったのかなぁ?」
「え? 袴?」
 ぴたり、と二人の歩みが止まった。『え? 袴でしょ?』と物語っている不思議顔に遮那はようやく思い出す。
 ──そ、そういえば恵美さんは食材を冷蔵庫に入れなきゃ、って‥‥スタジオには着ていない、んでしたっけ。
「あ! あれじゃない? 平和堂のポスター!」
 遠目にも目ざとく見つけたポスター目掛け、走っていく恵美を止める事も出来ず‥‥。

「しゃ、しゃ、遮那くん綺麗ーーーっっっ!!!」
 街中で絶叫する恵美の声が聞こえてくるのは、時間の問題であった。



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┏┫■■■■■■■■■登場人物表■■■■■■■■■┣┓
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┗━┛★PCあけましておめでとうノベル2007★┗━┛

【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
 w3a176maoh / 松本・太一 / 男 / 40歳 / 魔皇・ごく普通の青中年
 0506 / 奉丈・遮那 / 男 / 17歳 / 占い師


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■         ライター通信          ■
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ご依頼ありがとうございました。皆さま、素敵な新年をお迎え下さいね。
PCあけましておめでとうノベル・2007 -
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東京怪談
2007年01月05日

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