▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『願花の行方 』
樋口・真帆6458



☆★☆♪☆★☆


 鷺染 詠二(さぎそめ・えいじ)は漆黒の闇の中、まだ夢の最中に居た。
 彼の長い人生のうち、本当に幸せだった懐かしき日の思い出がゆっくりと回転しながら過ぎていく。まだ自分の生が限られたものであると無邪気に信じていたあの頃、親しい人と一緒に歓談しながら飲む紅茶の味が舌に広がる。
 ・・・そんな幸せな彼の夢を破ったのは、小さな小さな、囁くような少女の声だった。
 だんだんと大きくなって行く彼女の声は、必死に何かを謝っていた。
『ごめんなさい。私のせいなの。ごめんなさい・・・』
 朧気な意識の中で聞く少女の声は、涙に濡れている。
 そんなに泣かなくても良いんだよ。大丈夫だから・・・そう思いながら伸ばした手は、宙をきるはずだった。
 それなのに・・・詠二の手には、ふわりとした髪の感触が伝わった。
 驚いて目を開ければ、カーテン越しに差し込む月光に照らされて、胸の上に乗った髪の長い少女の顔が浮かび上がる。
 その目からは大粒の涙が流れ落ち、詠二の布団を濡らしていた。
「う・・・うわぁぁぁぁっ!!!」
 詠二はそう叫ぶと跳ね起きた。胸の上に座っていた少女がコロリと後ろに転がり、隣の部屋で寝ていた妹の笹貝 メグル(ささがい・−)が詠二の部屋の扉を叩く。
「お兄さん!?お兄さんどうしたんですか!?」
 鍵が掛かっていないことを確かめるように慎重にノブを回すメグル。
 ガチャリと音を立てて開いた扉から手を離すと、右の壁に手を伸ばして電気を点けた。
 ・・・蛍光灯の白色の光に照らされたそこには、みっともないくらいに動揺した兄と、見ず知らずの幼い少女の姿があった。


 申し訳なさそうにメグルが淹れたココアに口をつける少女の名前は『イリア』と言った。
 外見年齢6歳か7歳かと言うイリアは、小動物にも似た瞳を詠二とメグルに交互にやると、シュンと肩を落とした。
「詠二お兄様、驚かせてしまい、申し訳ありませんです。メグルお姉様も、ココア有難う御座いますです。お騒がせしてしまって申し訳ありませんです」
 気にしなくて良いと言う詠二の言葉と、ココアは美味しい?と言うメグルの優しい言葉に、イリアがうるりと大きな瞳に涙を滲ませる。
 瑠璃色の瞳が伏せられ、淡い金色の髪がふわふわと揺れる。砂糖菓子のような外見をした彼女は、大切そうに両手で包んでいたカップをテーブルの上に置くと、詠二に視線を合わせた。
「詠二お兄様は、願花と言う花をご存知でしょうか?」
「聞いたことはあるよ。どんな願いでも叶えてくれる花・・・新年に神社に持って行くんだよね?」
「大体はそんな感じですけれど、実際には全ての願いを叶えてくれるわけではありませんです。あ、勿論、花に願いをかければ叶えてくれますけれど・・・」
「確か、願花を管理してる精霊みたいのがいて、その子達が聞く願いと聞かない願いに分けるんだよね?」
「はいです。全ての人の願いを聞いてしまうと、世界が滅茶苦茶になってしまいますです」
「って事は、貴方はその精霊なのかしら?」
 メグルの言葉にコクリと頷くと、思い出したかのように再び目に涙を溜め始めた。
「イリア、もう10歳になったです。一人前です」
 どうやら彼女の実年齢は10らしい。勿論、精霊なのでそれが大人なのか子供なのかは分からない。ただ、イリアの言葉を借りれば十分“一人前”と認められる年齢だと言う。
「イリア、願花を1輪任されたです。12月31日の夜から神社に行って、1月1日から人々の願いを聞こうと思ってたです。でも・・・」
 泣くのをグっと堪えるように、口を引き締める。
「願花が、誰かに盗まれてしまったです」
「それ本当なの!?」
「はいです。イリアの管理不足です。自分の失敗は自分で取り返さなくてはです。でも、願花は本当にどんな願いでも叶えてしまう花です」
 誰が盗ったのかは分からないが、もしも悪意に満ちた願い事を唱えてしまった場合、本当になってしまう。また、願花がなければ神社に足を運んでくれた人達の願いを叶えてあげる事が出来ない。
 イリアはそう言って、詠二とメグルに深々と頭を下げた。
「詠二お兄様、メグルお姉様、どうかイリアにお力をお貸し下さいです」
 大晦日の朝からなんて大事件だろう。詠二はそう思いつつも、イリアの肩を叩いた。
「それじゃぁまずは、協力してくれる人を探さないとね。何しろ手がかりはゼロなわけだから、人数は大いに越した事は無い」


★☆★♪★☆★


 淡い金色をした髪が、吹いた風によってふわりと揺れる。
 アンティークドールのような可愛らしい少女を前に、樋口 真帆は首を捻った。
「花の場所を感じ取ったりはできないんですか?」
 北から吹いた風の冷たさに身を縮こませる。
 月が鮮やかに輝いた空には、点々と光の粒が散っている。
 後数時間もすれば年が変わる・・・。
「イリアさんが精霊なら、そう言ったことも出来るかな、と思ったんですけれど」
 真帆の言葉に、戸惑ったように目を伏せて首を振るイリア。
 深い瑠璃色の瞳を潤ませながら、消え入りそうな声で言葉を紡ぐ。
「イリア、まだ願花を任されたってだけなのです。なので、願花との繋がりが薄いです。ごめんなさい・・・分からないです。・・・ごめんなさい・・・」
 しゅんとなって、目を伏せるイリア。
 目を伏せた瞬間にポロリと涙が零れ、淡く染まった頬を滑り落ちていく。
「あぁっ、泣かないで下さい!えっと、分からないなら、地道に聞き取りをすれば良いんですし・・・」
「それでは、間に合わないです。どこで落としたのかも分からないのに・・・」
 小さくしゃくり上げながらイリアがそう言って、唇を噛む。
 細く華奢な肩が震え・・・そっと、詠二がその肩に手をかけると優しく微笑んだ。
「大丈夫だよ、イリア。もしかしたら何とか出来るかも知れない」
 視線をメグルに向ける。
 それを受けて、メグルが盛大な溜息をつきながら、口の中で「仕方がないですね」と呟くと銀色の髪を1つにまとめて腰に手を当てた。
「少し時間を遡って見て来ます」
「へ?」
 突然の申し出にキョトンとなった真帆に微かな笑みを浮かべると、メグルが目を閉じて何かを祈り始めた。そして、次の瞬間、メグルの姿は忽然と消えていた。
「時間を遡るって・・・メグルさんに出来るんですか?」
「あー、うん。メグルは時を巡る者なんだ」
「それなら、願花を取り戻すことくらい簡単に出来そうですけれど・・・」
「過去を見に行くことは出来ても、過去を変えることは出来ない・・・と、言うか、出来るんだけど、しちゃいけないんだ」
 確かに、そう言われればそうかも知れない。
 もしメグルが過去の1場面を変えてしまえば、それに連動して周囲の未来まで変わってきてしまう。
 そうなれば、世界はメチャメチャになってしまう・・・。
「メグルさん、凄い人だったんですね。あ、と言う事は、詠二さんにも出来るんですか?」
「残念ながら俺には出来ないんだ。それに、俺はメグルの本当の兄じゃないから」
 苦笑した詠二の顔をマジマジと見詰める。
 なるほど、確かに詠二とメグルはあまり似ていない。
 どちらも整った顔立ちではあるが、メグルの方が冷たさを帯びた絶対的な美がある気がする。その点、詠二は紫色の不思議な瞳の色を除けば普通にいそうな雰囲気の美少年だ。
「詠二さんは、なにか特別な力はあるんですか?」
「いや。特にこれと言ってはないんだ」
 時を行き来できるメグルの兄貴のくせに、何も出来ないなんておかしいだろ?とでも言うかのように真帆に首を傾げて見せた後で、ポロリとこんな事を言い出した。
「まぁ、死ぬ事が出来ないだけだけどね。後、多少空間を操れる、かなぁ?」
「え!?」
「お待たせいたしました」
 詠二の言葉に驚いた真帆が、その言葉の意味を問おうとした時、背後からメグルの凛とした声が響いた。


☆★☆♪☆★☆


 願花を持っていた少年を見つけたと言って、真帆達が連れてこられた先は大きな病院だった。
 面会時間はとっくに過ぎている時間なだけに、詠二が空間をほんの少しだけ操作して院内の廊下にこっそりと入り込む。
「この病室です」
 メグルの白く細長い指が、1つのプレートを指差す。
 個室・・・だろうか。
 扉の上部に嵌められた窓からは明るい光が漏れている。
 ピタリと閉まっていた扉を遠慮がちに開ければ、中で楽しそうに談笑していた小さな男の子と優しそうな顔をした母親がこちらを振り返った。
 男の子は5、6歳程度だろうか。イリアと同じか少し小さいくらいの男の子は、クルリとした黒い瞳をこちらに向けて不思議そうに首を傾げた。
「誰?」
「あ・・・イリアのお花です・・・」
 母親が横たわっているベッドの隣の棚に、願花を挿した透明な一輪挿しの花瓶が置かれていた。
 淡い光を放つそれは、優しく温かな光で・・・イリアが安堵の溜息をつきながら涙を浮かべる。
「あの、貴方方は・・・」
 優しそうな瞳をした女性が、細い手を胸の前に当てて不安そうに眉を顰める。
 一目見てお医者様ではない真帆達をいぶかしんでいるのだろう。
「えーっと、俺は・・・っと、僕は何でも屋をやっている鷺染詠二と申します」
 詠二がそう言って頭を下げ、メグルと真帆を順番に紹介していく。
 真帆を紹介する時、少し詰まってから“助手をしている”と言葉を次げ、真帆もその言葉に反論しなかった。
 わざわざ、この女性達に真帆の微妙な立場を説明することは無い。ここは何でも屋・鷺染の助手として話を通していた方が無難だろう。
「それで、その何でも屋さんが何か・・・御用事でも?」
「はい。本日、とある依頼を頼まれまして・・・」
「イリアが、お願いしたです。お花、落としてしまったので、探してくださいって・・・」
「このお花、お嬢さん・・・イリアちゃん・・・のなの?」
 女性が優しい笑顔をイリアに向け、コクリと小さく頷いた彼女に花を返そうと花瓶に手を伸ばす・・・が、それを男の子が遮ると頭を振った。
「ダメだよ!これはお母さんのだもん!」
「祐志(ゆうじ)、ダメよ。そのお花はイリアちゃんの。返してあげないと・・・」
「でもでも、僕が拾ったんだよ!?このお花はもうお母さんのだよ!」
「ゆうちゃん・・・」
 哀しそうな顔をした母親に、祐志がムキになってイリアを睨みつける。
「絶対返さないよ!」
「・・・でも・・・」
「僕、もうすぐお兄ちゃんになるんだ。だけど、もしかしたら赤ちゃん生まれてこないかもって、お医者さんが話してるの聞いたんだ」
「ゆうちゃん・・・聞いてたの・・・?」
「お母さんも元気ないし・・・お母さんが元気じゃないと、赤ちゃんも生まれてこないんだ・・・だから・・・」
 このお花を見て、元気になってもらうんだ。
 祐志はそう言うと、花瓶を胸に抱いて断固渡さない構えをつくった。
「ど・・・どうしましょう・・・お花がないと、イリア・・・みんなのお願い、聞けないです」
 この少年から花を取り上げてしまうのは可哀想だ。
 けれど、願花がなければイリアは仕事が出来ない。そして、神社に来て、1年のお願い事をして行く人々の願いも叶わなくなってしまうのだ。
 願花はイリアに返さなくてはならない。それは、絶対に変えられない部分だった。
 でも・・・
「あの、メグルさん。お願いがあるんですけれど・・・」
「なんでしょう?」
「無理を承知でお願いするのですけれど、どこかで・・・お花を買って来てくださいませんか?」
「どこか、と言いますと?」
「えっと・・・過去、は、変えてはダメなんですよね。あ、でも・・・大晦日なのでお花屋さんも閉まってますし・・・夜まで営業しているお花屋さんなんてないですよね・・・えっと・・・」
 必死に考え込む真帆の横顔を見て、メグルは小さく微笑むと真帆の肩に手をかけた。
「未来に、買いに行きます」
「え・・・?」
「お兄さんから聞かされませんでしたか?私は時を巡る者。行けるのは、過去ばかりではありません。未来も、行けます」
「でも、そうすると未来が変わってしまいませんか・・・?」
「未来は真っ白なもの。変える、変えないとは少し違っているんです。それに、明日にでもお花屋さんにお花を買いに行けば良いんですから。ね?」
 メグルは安心させるようにそう言うと、目を瞑って何かを祈った。そして、次の瞬間にはその姿は消えていた。
 驚いて目を瞬かせる祐志と女性に、真帆はイリアの背中を押して1歩前に出た。
「ねぇ、祐志君。そのお花の変わりのお花を上げるから、それをイリアさん・・・イリアちゃんに、返してくれませんか?」
「でも・・・」
「お願いしますです」
 ウルリ、イリアの瞳が大きく潤む。
 これだけ可愛らしい少女に涙目になられては、祐志もその強固な態度を軟化させないわけにはいかないのだろう。祐志が渋々ながらも花瓶を手渡そうとした時、メグルが大きな花束を持って帰って来た。
 色鮮やかな花は美しく、大きな花瓶に活けないといけないほどだった。
「はい、どうぞ」
 メグルがイリアに花束を渡し、祐志の願花と交換する。
 思わぬ綺麗な花束に、嬉しそうに頬を染めた祐志と、願花が戻って来た事に安堵して涙を流すイリア。
「あの、真帆さん・・・願花を、見つけてくださったお礼に、お願い、1つだけ叶えますです」
「それなら・・・祐志君、なにかお願い事、ないですか?」
「お願い?」
「真帆さん・・・」
 良いんですか?イリアはお願い、1つしか聞けませんですよ。そう訴えかけている瞳に、笑みを返す。
 今のところ、真帆が願花にかけたい願いはない。それよりも、祐志の方が願いがあると思うから ―――
「お母さんが元気になって、赤ちゃんを産めますように」
「はいです」
 にっこりと微笑むと、イリアは願花を持つ手を高く掲げた。そして・・・すぅっと息を吸い込むと目を瞑る。
「願花様、願花様、この少年の願いを叶えてくださいませ。願花様・・・」
 パァっと、願花が輝いたと思った次の瞬間には、すっと色を落とした。
「これで、お願い事、叶ったです」
「本当に?」
「んっと・・・本当です。けれど、今はまだ、分からないと思いますです。でも、赤ちゃんはきっと元気に生まれてきますです。それと、お母さんもよくなりますです」
「あ、大変だ。イリア、もうすぐで年が明けるよ」
 詠二が病室にかかっていた時計を見上げながらそう呟き、イリアが目を見開く。
「わわ、急がないとです」
 詠二の元へ急いで戻ったイリアが、真帆の手を引っ張る。
「それでは、良いお年を」
「良いお年をお迎え下さいませです」
 詠二とイリアの声が合わさり、詠二が空間を広げて行く・・・
「あの、貴方方は・・・」
 女性が首を傾げながらそう問い・・・真帆は少しだけ迷った後で、こう言った。
「何でも屋・鷺染です♪」


★☆★♪★☆★


 大急ぎでイリアを神社に送り届けた後で、真帆は詠二の家まで戻って来ていた。
 メグルが用意してくれたお菓子をつまみながら、テレビをジっと見詰める。
 まさか新年を鷺染家で迎える事になるとは・・・
(でも、楽しかったですし、メグルさんのお菓子も美味しいですし・・・)
「あ、そうだ。真帆ちゃん、ちょっと待ってて・・・」
 何事かを思い出した詠二が席を立ち、メグルに二言三言言った後で小さな袋を持って帰ってくる。
「はい、お年玉」
「え!?で、でも・・・」
「はは、見た目こんなんだけど、真帆ちゃんより全然年上だから」
 それこそ、数百と言う歳なのだそうだ。
 見た目から喋り方から、同じ歳か少し上程度にしか見えない詠二にそんな事を言われても、あまり納得は出来ないが・・・
「えーっと、有難う御座います。なんか、嬉し恥ずかしって、感じですね」
 まるで同じ歳の子からお年玉を貰ったみたいだ。
 真帆は照れながらもありがたくお年玉をバッグの中にしまった。
「あ、そうだ。なんだかバタバタしていてまだ言ってなかったけど・・・明けましておめでとう。今年も宜しくね?」
「こちらこそ、明けましておめでとう御座います。今年もよろしく願いいたしますです」
 頭を下げた詠二に、深々と頭を下げ返す。
「メグルさんも、明けましておめでとう御座います。今年も宜しくお願いいたします」
「こちらこそ、おめでとう御座います。・・・お兄さん共々、宜しくお願いしますね?」
 ふわりとした笑顔に、思わずつられる。
 ゆったりとした、新年の幕開だった ―――



☆ E N D ☆



 ┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┓
┏┫■■■■■■■■■登場人物表■■■■■■■■■┣┓
┃┗┳━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┳┛┃
┗━┛★PCあけましておめでとうノベル2007★┗━┛


  6458 / 樋口 真帆 / 女性 / 17歳 / 高校生 / 見習い魔女


□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
 この度は『願花の行方』にご参加いただきましてまことに有難う御座いました。
 この度もご参加頂きましてまことに有難う御座いました。
 お花を持っていったのは男の子・・・と言う事で、少し強気な男の子にしてみました。
 お母さんが元気になって、可愛い赤ちゃんが生まれてくると良いですね♪
 今年が真帆ちゃんにとって良い年でありますように、お祈り申し上げます。


  またどこかでお逢いいたしました時は宜しくお願いいたします。
PCあけましておめでとうノベル・2007 -
雨音響希 クリエイターズルームへ
東京怪談
2007年01月05日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.