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『雪の中に咲く花は 』
御柳・狂華2213)&御影・蓮也(2276)&(登場しない)

 ――六花、って知ってるかい?
 ――雪の別名でしょ?

 ねえ、だから雪の降る日にはいつも花が咲いているんだ。
 嬉しいな。だって、
 ――雪だけはふたりの秘密を知ってるよね?

     ++ +++ ++

「蓮也蓮也、次はあっちのお店行くんだから早く〜♪」
「そんなに急がなくても店は逃げないって」
 彼の手を取ってどんどん先に行こうとする御柳狂華に、御影蓮也は笑いながら応える。
 さっきは雑貨屋だった。今度は服飾品店らしい。狂華の着ている黒いコートが弾み、降り積もる雪が当たって散る。
 今日はクリスマスだ。
 すっかり夜のこの時間、商店街はイルミネーションでまぶしいほどに輝き、家族やカップルの波が押し寄せてくる。
 狂華と蓮也もそんな波に乗るカップルだった。
「はあ〜……おとといから雪続きで、もうすっかり積もってる」
 狂華は雪を全身に浴びながら、それにひたるように目を閉じる。
 それから蓮也を引っ張っていた手をほどき、両手にはふはふと息を吹きかけた。
「〜〜〜寒い〜〜〜」
「そりゃそうだよ」
 蓮也は笑って、白い息を吐く狂華を見つめる。
 普通にしゃべっていても、息は白くなる。雪が降り続けるほど寒いのだから当然だ。
 蓮也は上空を見上げ、掌で雪を受け止めるようなしぐさをし、
「おとといからもう……ホワイトクリスマスって感じだな」
「ホワイトクリスマス……いい響きだね」
 狂華も目を開いて、上空を見た。
 ちらちらと降る雪は、触れば溶けてしまう。それでいて人々の輪郭を飾る。不思議な存在だ。
 ――狂華の短い赤い髪と、きらきら輝く金の瞳には、雪はとても似合っていた。
「綺麗だよ、狂華」
 目を細めて蓮也は言う。「さすが俺の妖精だ」
「もうっ。蓮也ってば」
 恥ずかしいようと、狂華はばしばし蓮也のコートに手を叩きつけて笑った。
 蓮也は笑いながら狂華の肩を抱き寄せる。ぬくもりが、近くなった。
 狂華は蓮也の手を取り、はふはふと彼の手にあたたかい息を吐きかけた。
「蓮也の手、冷たい……あっためないと」
「それを言ったら狂華の手もだぞ」
 ふたりはお互いに笑いあいながら、手を握る。蓮也は空いたほうの手で狂華の頬の輪郭を撫でた。
「冷たいっ。もう、ばか!」
「ははっ。あんまりにも綺麗な肌だから」
 実際、狂華の肌はなめらかで触り心地がよかった。蓮也はもう一度狂華の頬を撫でると、狂華はその手を自分の手で自分の頬に押しつけた。
「蓮也の手、あったかい……」
「さっきと言ってることが違うぞ?」
「ばかっ。雰囲気でしょ、雰囲気!」
 狂華は再びばしばしと蓮也のコートを叩いた。
 ――雪は変わらず降り続ける。
 誰の上にも、等しく。
「花びらが――」
 狂華がふと、雪を見上げてつぶやいた。
「花びらが、舞い散ってるみたい」
 それを聞いた蓮也は、口を開いた。
「六花<りっか>って知ってるか?」
「あ、うん知ってる。雪の別の名前でしょ?」
「その通り。雪の結晶が綺麗な六角形だからこう呼ぶんだけど……」
「へえ……あ、っていうことは」
 狂華がぽんと手を叩いた。
「雪の降る日は、もういっぱい花が咲いてるんだ」
「そうだな」
 クリスマスの植物と言えばついついツリーぐらいしか思い浮かばないものだが、こんなところにも『花』はあった。
「でもこの花は花束にできないよ〜」
 狂華はもったいなさそうに口をとがらせる。
「だから綺麗なんじゃないか?」
 蓮也は微笑んだ。
 ――どこからか、ジングルベルが聴こえてくる。
「あっ。早く次のお店行かなきゃ!」
 狂華は蓮也の手を取って、早く早くと引っ張り出す。
「だからお店は逃げないって」
「商品が逃げちゃうよ。早く早く!」
 その通りだ、と蓮也は苦笑して狂華に合わせて歩き出した。
 ――服飾店には、きらきらと輝くアクセサリーがたくさん並んでいた。金細工に銀細工、宝石細工にリボン。
「かわいいのばっかり! ねえねえ蓮也、どれがいいかな?」
「狂華が好きなのはどれなんだ?」
「ぜーんぶ」
 狂華は大きく手を広げる。
 蓮也は笑って、
「全部はさすがに買えないよ」
「え〜。どれももったいないよ〜……」
「だからその中で一番いいものを選ぼう?」
「蓮也の、けち」
 つん、と狂華がそっぽを向く。
 すねてしまった恋人に、蓮也は慌てた。
「おい、狂華――」
「知らないっ」
「………」
 蓮也は少し考えた後、
 すねてしまった恋人の額に、軽く口付けした。
「あっ」
 ふいうちで、狂華は思わず声をあげる。
「さ、いいのを選ぼうか」
 素知らぬ顔で商品のほうを向く蓮也に、
「〜〜〜〜〜〜」
 狂華は再びコートへの連打を浴びせた。

「あの、金細工のネックレスとか素敵だね。トップについてるのは……リボン? じゃない、蝶々か」
「あのシルバーも綺麗だよ。ああでも、狂華は金のほうが映えるかな……」
「そう? シルバーも大好きだよ?」
「んー……狂華の瞳以上に綺麗な金色はないか。じゃあやっぱり銀かな?」
「……蓮也の、ばかっ」

 最終的に、ふたりは耳飾りを買った。おそらくワイヤーか何かを折り曲げて、その上から金メッキをしたのだろう、それは金色の蝶々の細工だった。
 狂華の耳に、蓮也がつけてやる。
「――ほら、できた」
 狂華は耳についている耳飾りを指で弾いて、
「どう? 似合う?」
「言葉にするのももったいないな」
「ふふっ」
 狂華は蓮也の腕に、思い切り抱きついた。
 ちゃら、と狂華の耳元で耳飾りが揺れた。

 次には服を買いにいかなくてはいけない。
「さあーて。荷物が重くなるぞー」
 蓮也は茶化して狂華を見る。
 狂華はぷうっと膨れて、
「じゃあ、蓮也の両手に持てないくらい買っちゃうよ?」
 と蓮也の腕に抱きつきながら言う。
「それは困ったな。持てない分どうしたらいいんだ?」
 ふたりは話しながら歩き始める。
「狂華、持たないもんね」
「ますます困ったな――サンタクロースにでも来てもらおうかな」
「サンタにも持ちきれないくらい買ってやるもんね」
「――あ、俺の財布が逃げ出した」
「大丈夫! 狂華の愛で戻ってくる!」
 それとも――と狂華は上目遣いで蓮也を見やる。
「狂華の愛じゃ、財布、戻ってこない……?」
「―――」
 蓮也は狂華につかまれていないほうの腕をあげ、降参のポーズをとった。
「財布はあなたのしもべです。俺のお姫様」
「やった☆」
 狂華は伸び上がって、蓮也の頬に軽くキスをした。

 ファッションを扱う店にくれば、女の子は大抵はしゃぐものだ。
「どの服が似合うかなあ?」
 狂華はるんるんとしながら、体に色々な服を当て、鏡をのぞいている。
「どれを着ても似合うんじゃないか?」
 後ろから見ていた蓮也はそう言って笑った。
「――これとこれ、どっちがいいと思う?」
 狂華はふたつの服を持ち出し、蓮也に選択を迫る。
 蓮也は困り顔で真剣に考えた後、
「……こっちかな?」
 と片方を指差した。
 狂華が嬉しそうに微笑む。
「じゃあ、こっちにするね」
「待てよ、両方気に入ってるなら何とかして両方買って――」
「いいよ、蓮也」
 狂華はにっこり笑って、「蓮也がね、狂華に似合うものを考えてくれたことが嬉しい」
「狂華……」
「でも、選択は一回だけじゃないのだ!」
 狂華はおどけた口調になって、今選んだ服を蓮也に押し付けると店の中を歩き回り、また二種類の服を持って戻ってきた。
「じゃーん。はい。どっちが似合う?」
 くすくすと笑いながら言う狂華に、蓮也は苦笑して、
「あんまり困らせないでくれよ」
 と降参のポーズをとった。

 袋ふたつ分くらいの服を買った後、ふたりは喫茶店に入って談笑した。
 暖かい紅茶からたつ湯気が、しばしの間雪の寒さを忘れさせてくれる。
 ふう、と狂華は満足そうな吐息で湯気を揺らした。
「――ねえ、楽しいね」
 狂華は両肘をテーブルの上に乗せて、にこにこしながら蓮也の顔をのぞきこむ。
「ふたりでいるって、楽しいね」
「ああ」
 蓮也は、紅茶の湯気の向こう側にある恋人の笑顔に満たされていた。
「おとといから今日まで。この三日間は……奇跡の日、かな」
 狂華はティーカップを持ち上げながらつぶやく。
 ――おとといには、素敵な奇跡のしるべがあった。
「こんなクリスマス、一生に一度あるかないか……だよね」
「そうだな」
 蓮也のうなずきに、狂華はこくりと紅茶を一口。
 そして、カップを口元に寄せたまま、囁いた。
「――そんな日を蓮也と過ごせたのが、嬉しい」
「狂華……」
 蓮也はテーブルの上に手を乗せる。ティーカップをテーブルに置いた狂華の手に自分の手を重ね、
「今日という日は多分、ふたりでいたからこんなクリスマスになったんだと思うよ」
「――……」
「ふたりでいなきゃ、きっと奇跡にも出会えなかったさ。……俺はそう思う」
「蓮也……」
 狂華の顔が、喜びで泣きそうにゆがむ。
「泣くのはやめてくれよ」
 蓮也は重ねた手を軽く握って、微笑んだ。
「今すぐ抱きしめたくなるから」
「れん――」
 狂華は真っ赤になって、「み、皆に聞こえる――」と縮こまる。
 蓮也は笑った。
「聞こえてもいいんじゃないか? 今日はカップルが多いんだし」
「――でも」
「ん?」
「蓮也の言葉は……狂華が独り占めしたい」
 狂華の囁くような言葉は、しかし恋人の耳にしっかり届いて。
「独り占めすればいいよ」
 蓮也はテーブルの上で狂華の手と自分の手を組み合わせた。
「――俺は狂華のため以外には、こんなことは言わないから」
「蓮也……」
「さ、軽くデザートでも食べようか」
 蓮也は狂華から手を離した。
 あ、と狂華の手が空中で止まる。名残惜しそうに。
 蓮也は狂華と視線を合わせて微笑んだ。

 ――また、後で。
 狂華がほっとしたように、手を引っ込める――

 やがて喫茶店を出たふたりは、服の入った袋を持って歩き出した。
 ふたり、手をつないで歩く。――少しでも離れて歩くのがもったいなかった。
 つないだ手が、お互いの体温をお互いに伝えていく。
 お互いの鼓動を伝えていく。
 ふたりの雪を踏む足音が、さく、さく、と重なりあう。
 一緒に足を踏み出せば、まるで一体となったような心地になった。

 ふたりが向かうのは、人気のない静かな丘の上のツリー……

「……ねえ……」
 狂華は蓮也にくっつきながら、小さく声を出した。
「ん?」
「……このまま、ずーっと、くっついていたい、な……」
「――……」
 蓮也はくすっと笑って、
「狂華がくっついてこなくても、俺が離さないよ」
 唇の端をあげる。
 狂華は頬を赤く染めた。その頬を、冷たい雪が触れていく。
「……あのね、蓮也の傍ってあったかいんだ」
「そうかな。狂華のほうがあったかいよ」
「違うよ。蓮也だよ」
「狂華だ」
「蓮也!」
「狂華」
 結局くりかえしで答えは出ない。出るはずもない。
 分かっているから、ふくれっつらのまま狂華はぎゅうっと蓮也の腕に抱きついた。
「離れないもんね」
「離さないから心配するなよ」
「……ほんとに? どんなときも?」
「もちろん。狂華が北極行ったとしても」
「寒すぎてふたりで凍死しちゃうよ」
 狂華がくすくすと笑う。蓮也は「まさか」と平気な顔で、
「これだけふたりあったかければ、北極だろうが南極だろうが平気だろ」
「蓮也……!」
 狂華は蓮也の腕を放し、代わりに蓮也の首に抱きついた。
 蓮也はそれを受け止めた。――いつの間にか着いていた、丘の上のツリーの下。荷物はどさりと地面に落ちて。
 しばしの抱擁。お互いの鼓動をもう一度確認しあって。
 やがて狂華は、蓮也の首に回していた腕を下ろした。
 ――蓮也は狂華の腰をそっと抱き寄せる。
 蓮也の胸元に両手をつけながら、狂華がふと顔を伏せた。
「どうした? 狂華」
「狂華は……」
 本当は不安、と狂華は言った。
「……蓮也、狂華のこと……」
「好きだよ」
 蓮也は即答する。
 狂華はさらに赤くなり、蓮也の胸元に額をつけた。
 とくん、とくん……
 狂華に直接、届くかのような蓮也の鼓動……
 ――あのね、と狂華は小さくつぶやく。
「なんだ?」
「――狂華も、蓮也のことが好き」
「………」
 蓮也は微笑んで、優しく彼女の腰を抱きながら、彼女の耳元に口を寄せた。
「狂華はいつどこで何をしてても……綺麗な俺の妖精だよ」
 囁く。吐息は白く。
 今宵は恋人たちの囁く甘い言葉が、何倍にも力を持って相手に伝わる。
 雪が、ふたりを飾ってくれる。
 蓮也は片手で狂華の頬に触れた。
 狂華は少し背伸びをして目を閉じた。

 触れ合う瞬間の吐息の交換は、甘くせつなく……

 雪だけが彼らの熱を知っていた。

     ++ +++ ++

 ――六花って知ってるか?
 ――それ、さっきも聞いたよ?
 ――もしも、雪がなくても――

 俺の傍には、いつでも花が咲いているよ。
 たとえ雪の中であっても、美しく咲き誇る花が――

 ほら、今も。
 俺の心を満たしてくれる……


 ―FIN―
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
笠城夢斗 クリエイターズルームへ
東京怪談
2007年01月04日

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