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『ゆくとし、くるとし。 』
神崎・美桜0413



 ソリに乗って空を飛んでいたサンタ娘・ステラは、トナカイにつけられた手綱を軽く引く。
「ふわ〜、疲れましたぁ〜。最近の日本人は本当に働き者ですぅ」
 地上から響く除夜の鐘の音。
 こんな夜だというのに地上はまだ明るい。
「ありゃ……そういえば今日は大晦日でした。皆さん、どんなお正月を過ごされてるのでしょうかね……」
 小さく微笑んだステラは手綱を引っ張らず、レイに話し掛ける。
「わたしたちも帰って寝ますか。起きたらフレアがくれたお雑煮をあっためて食べましょう!」

***

「あの」
 待ち受けていたらしい神崎美桜に、帰ってきたばかりの遠逆和彦は怪訝そうにしている。
「なんだ?」
「あの……年末、です」
「だから?」
 首を傾げる和彦に、美桜は思い切って言う。
「初詣に行きませんか?」
「……別にいいけど」
 なんだそんなことか、と和彦は玄関で靴を脱いであがってきた。美桜は奥へと移動しつつ、和彦に言う。
「振袖を取りに行って来たので、私は着物になるんですけど」
「…………振袖を取りに行った?」
 ぴた、と動きを止めて和彦が低い声を出す。美桜はおずおずと頷いた。
「どこへ?」
「あの……丈を直すために預けていた呉服屋さんに……」
「………………はぁ」
 和彦は大きく溜息をついた。その様子に美桜はおろおろする。『また』やってしまったのだろうか、自分は。
「和彦さん……?」
「なにをのうのうと呉服屋に行ってるんだ、おまえは。家出中だという自覚がないのか!?」
「だ、だって……せっかくのお正月ですから振袖を着たくて……」
「着物で着飾らなくてもいいと思うんだが……」
「………」
 好きな人の前では綺麗でいたいと思うのだが、またも和彦を呆れさせてしまったようだ。
「普段着で別にいいだろ。それに、振袖はどうするんだ? 呉服屋はレンタルじゃないんだから、また預かってくださいとはいかないだろう?」
「…………」
 家出中なのだから荷物は最小限に留めるべきだ。そんなことすら忘れていた美桜は落ち込む。どこまでいっても自分は考えなしで彼を困らせる。
「着物は……お嫌いですか?」
「着物とかそういう衣服にこだわったことは一度もないが?」
「…………」
「着物かどうかが重要ではなく、二人でお参りに行くかどうかが大事なんじゃないのか?」
「…………」
 一番大事なことを、美桜はいつも忘れてしまう。その次のことばかり目が行ってしまうのだ。
 和彦はやれやれと溜息をつく。
「まぁいつものことではあるが……。着物の管理は美桜が責任もってするように」
「わかりました」
 この狭いアパートにだっていつまで居るかわからない。それなのに……。
(荷物を一つ増やしてしまいました……)
 ショックだ……。



 二人で並んで夜道を歩き、神社にお参りに向かう。
「…………だからさ」
 和彦はうんざりしたように呟く。
「なぜわざわざ人の多い場所に行きたがるんだ……美桜は」
「ご利益がありそうですし……」
「そう言って迷子になっても知らないからな。行くなら人の少ないところを目指せばいいのに……」
 ぶつぶつと言いながら歩いている和彦の横の美桜は、着物で美しく着飾っていた。だが和彦はその姿にもまったくの無反応だ。
 美桜は少し顔を伏せ、うかがう。
「あの……似合ってませんか、着物?」
「似合ってはいると思うが」
 綺麗だね、とか可愛いね、とか言って欲しい。
 美桜は期待を込めて見つめていると、和彦は目を細めて彼女に視線を遣る。
「……なんだその目は」
「いえ……」
「変な期待をしても応えないぞ」
 ズバッと言い放たれ、美桜はがっくりと肩を落とした。彼はどうやらとことん美桜を甘やかさないつもりらしい。

 神社に来ると、あまりの人の多さに美桜は驚いた。これは予想以上だ。
 人が多いので和彦は歩く速度をかなり落としてくれているが、人が多いために……。
「……あ、あれ……?」
 案の定美桜は人に波に流されて、はぐれてしまった……。
 真っ青になって美桜は立ち尽くす。
 迷子になるなと言われていたのに……。
(またやってしまいました……)
 ここまでくればもはや天然やドジで済ませられない。美桜にそういうつもりがなくても、和彦に多大な迷惑がかかっているのは明白だった。
(屋敷に居た時には気づきませんでしたけど…………屋敷で暮らしていた時もこうだったんでしょうか……?)
 それに気づかずに彼にいつも負担を強いていたとすれば……。
 呆然としていた美桜は人にぶつかられてしまい、つまずきそうになる。
 肩がぶつかった相手は若い大学生のカップルの男だった。男は謝りもしなかった上、美桜に対して舌打ちしてくる。
 あ、と美桜は思い、慌ててそこから離れるべく動き出す。こんな人の多い、流れのある場所で佇むことはできない。邪魔になる。
(どこか……どこか座るところ……)
 きょろきょろと見回し、なんとか人の流れの中を進んでいた美桜はベンチを見つけた。ちょうど誰も座っていない。
(あそこに居ましょう)
 足早に近づいて、美桜はやっと一息ついた。そしてベンチに腰掛ける。
 美桜は顔をあげて、神社に向かって歩く人の流れを目で追っていた。
 動かずにここで待っていたほうがいいだろうとは思っていたが……徐々に寂しくなってくる。
 こんな足手まといな自分を、彼が置いて帰ったりしたらどうしよう?
(このまま一人になったりしたら……)
 じわり、と涙が目尻に浮かぶ。そしてぽろぽろと泣き出してしまった。
 家族連れの子供がこちらを指差していたのが見えたが、美桜の涙は止まらない。
 一人はコワイ。一人はサミシイ。
(和彦さん……!)
 俯いていると、目の前に靴が見えた。誰かが目の前に立っている。
「何を泣いているんだおまえは」
 声が降ってきて、美桜は目を見開く。ではこの靴は彼のものなのだ。
 一気に安堵して涙がぼろぼろと零れた。
「っふ……和彦さんのバカ〜! もう会えないかと思って……不安で……怖くって」
 目の前の人物に抱きつこうとするが、和彦が美桜の頭を押してそれをとどめた。
「……なんで俺のせいになる? 迷子になったのはおまえの責任だろ。責任転嫁するのはおまえの悪い癖だと言ったはずだが」
「あ、あの……」
 行き場のない手を握ったり開いたりする美桜から彼は一歩分離れる。
「言っておくが、前みたいに甘やかさないと俺は決めている。以前と同じ調子なら、すぐに家に帰すからな」
「ど、どうしてですか……?」
「おまえは甘やかすとすぐにその味をしめるからな……」
 眉をひそめて言う和彦を見上げ、美桜は立ち上がった。そして頭をさげる。
「……迷子になってすみませんでした……」
 そうだ。迷子になったのは自分のせいで、彼のせいではない。あれだけ注意されていたのに迷ってしまったのは自分の責任だ。
 和彦が手を差し出した。
「ほら。手を繋いでいれば迷子にはならないだろう?」
「あ、はい」
 和彦の手を握りしめる。
 自分が迷子になったせいで彼に余計な心配と手間をかけたことを忘れてはならない。けれど…………また、やってしまいそうだ。自分は反省をすぐに忘れてしまうから。
 彼に手を引かれて歩きながら、美桜は言う。
「もう、離さないでくださいね」
「…………それをおまえが言うか」
 呆れたように応える和彦に、美桜は目を伏せる。
 いつも差し出してくれた彼の手を無意識に払っていたのは自分なのだ。だから彼はもう、無条件で手を差し出してくれない。
(この手を離したのは私なんだ……)



 無事にお参りを済ませて、美桜は和彦と共に年越し蕎麦を食べるために蕎麦屋に立ち寄った。やはり今日はここも人が多い。
「先に食べてから神社に行けば良かったかな……」
 小さく言いながら和彦はかけ蕎麦を食べている。美桜も同じものだ。
「そうですか?」
「年越し蕎麦を食べてから初詣に行ったほうが良かったかもな。まぁ、まだ新年ではないから別にいいのかもしれないが……」
 うーんとうなりながら食べている和彦は、少し嬉しそうだ。彼は本当に蕎麦が好きなのだ。
 美桜は意を決して口を開いた。
「私……和彦さんに迷惑をかけてばかりです」
 つい、溜息が洩れる。こうして言葉にすれば、重みとなって美桜にのしかかった。
「自覚があるならまだマシなほうだ」
 和彦は頷いた。美桜を慰める気はないようだ。
 しばらく手を止めてしまった美桜だが、和彦を真っ直ぐ見つめた。
「でも、来年は上海に行って、和彦さんのお友達に会うのが目標なので、足手まといにならないように頑張ります!」
 意気込んで言う美桜を眺め、和彦は小さく嘆息した。
「言った以上は責任を持てるんだな?」
「え?」
「足手まといにならないようにする。言うのは簡単だ。問題は、美桜がそれを実際にこなせるかどうかだろ?」
「は、はい」
「こなせるのか?」
「こ、こなせるように頑張ります」
「ガンバリマス、って言うのも簡単だ。その努力が目に見えるようにできるんだな?」
「…………」
 追いつめられて美桜は肩を落とした。
 これだ。はっきりと頷けるほど勇気はない。自分はいつも後ろ向きな考えに没頭してしまうし、誰かに甘えてばかりなのだから。
 実際今日だって、和彦がいなければ迷子になって終わっていた。誰かの力を借りないと立つことさえもできない赤ん坊のようだ。
「ど、どうして意地悪を言うんですか……」
「今までもそうやっておまえの言葉を信じて、その度に裏切られてきたからな」
「…………」
「甘やかすとすぐにそれに慣れて、それが当たり前になる。おまえは俺が冷たいことを言い、冷たい態度をとるのに不満だろ?」
「…………」
 不満だ。以前のように愛情を見せて欲しい。抱きつかせて欲しかった。
 和彦は手を止め、それから目を細める。
「おまえがいま言ったことを、実際に実行し、それが目に見えるように努力し、俺がおまえが成長したと思ったなら……。以前のような関係に少しは戻れるかもしれない」
「…………」
「おまえは完全修復したと勘違いしているが、一度壊れたものは元通りになることはない。それは人間の関係もだ。
 俺のおまえを見る目は以前と違う。だがおまえは以前と同じような感覚でいる。だから俺が冷たく見えるんだろう」
 そうなのだろうか。
 だが前のように抱きついて泣けばすぐに許してくれる雰囲気ではない。そういう手は通用しないと言わんばかりの態度だ。
 和彦は手を動かした。
「有言不実行にならないように」
「は、はいっ」
 彼はもう、自分をいつでも見限れるのだ。ついて来た以上は、それは自分の責任。彼は追いかけて来いなどと言わなかった。
 だから――ここに居るのは。
(私の責任なんですよね……)
 美桜は自分の蕎麦を食べつつ、この先の道のりに不安と険しさを感じだ。だが普通の人間はそれが当たり前なのだ。今やっと、美桜はそれを感じることができたのである。



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┏┫■■■■■■■■■登場人物表■■■■■■■■■┣┓
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┗━┛★PCあけましておめでとうノベル2007★┗━┛

PC
【0413/神崎・美桜(かんざき・みお)/女/17/高校生】

NPC
【遠逆・和彦(とおさか・かずひこ)/男/17/退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、神崎様。ライターのともやいずみです。
 新年に向けての抱負、叶うように頑張ってください!
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました。書かせていただき、大感謝です。
PCあけましておめでとうノベル・2007 -
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東京怪談
2006年12月25日

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