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『 聖なる夜の物語 〜Mistletoe〜 』
寿・香雪3312



『やどりぎの伝説というのを知っておるか?
 何? そんな前時代的な言い伝えなど知らん、だと。
 はん、これだから青二才はなっとらんというんじゃ。
 ちっ、ちっ、ちっ。
 よいか。クリスマスの夜、乙女達はやどりぎの下で接吻を望まれたら、それを拒めぬのじゃぞ。
 昔は皆、いかにターゲットの乙女をやどりぎの下に連れ込むかに四苦八苦したもんじゃ。はっはっはっ。あの頃が懐かしいのぉ……。
 ほら、お前さんもどうじゃ。
 既に意中の相手はおらんのか?
 おるなら試してみい。きっと上手くいく筈じゃから。』






 【Christmas】

「やどりぎさんを置く場所はどうしましょう」
 香雪は赤いリボンの付いたヤドリギを手に、その廊下をきょろきょろと見回しながら歩いていた。
 どうせなら綺麗な場所が良いと思うの。

 それは数時間前に遡った。
 お仕事で大陸を出、別の国に渡っていた隠密機動隊の隊員――郭向が任地から帰って来たのは今日の明け方。
 その手には見た事もない木の環を握っていた。木の枝で環状に編まれたものに、可愛らしい赤いリボンがあしらわれている。
「まぁ、向さま。それはなんですの?」
「え? あぁ、これですか? これはドアリー……いや、ヤドリギというものですよ」
 彼は言いかけた言葉を飲み込んで、何かを思いついたように相好を崩すと、にこにこ笑ってそのヤドリギを香雪に掲げてみせた。
「ヤドリギ?」
 首を傾げる香雪に向が笑顔で答える。
「はい。異国の地には、クリスマスというものがありまして、それに使う飾りなんですが―――」

 香雪はにやける頬を開いた手でペチペチと叩いた。
 クリスマスの夜、ヤドリギの下に立った男女は告白をする。そしてキスを望まれた乙女はそれを拒む事は出来ないのだそうだ。
 異国の文化にはなんと素敵なものがあるのだろう。きっと陛下もそういった異国の文化をお好きに違いない。
 折りしも今日がそのクリスマスだという。
「ああ、陛下……」
 香雪は手を組み、うっとりと呟いた。


 たとえば空には満天の星。
 そこに一本の木が立っている。その木に宿るのは一本のヤドリギ。それは再生の木であり、生命の木。秋になり、冬になり、葉の落ちた枯れた木に、根もなく宿りながら葉を繁らせる神秘の木。
 そのヤドリギの下に二人の男女。
「ああ、陛下……とわたくし」
 向かい合う陛下が微笑まれる。
 いつもと変わりなくお優しい笑顔でわたくしを見下ろして「香雪」と、その名をお呼びになられるのだ。男らしくも大きな御手が、わたくしの頬にそっと伸ばされる。それはとても暖かくて、寒さに冷えてしまったわたくしの頬に穏やかなぬくもりをくれるに違いない。
 羞恥に陛下の顔を見ていられなくなって、わたくしは恥らうように視線を落とす。すると、その頬に触れていた陛下の御手がそっとわたくしの顎を掴み上げられて。
「あ……」
 陛下の玉顔を正視出来ずに、けれど俯く事も出来なくて、恥ずかしさに目を閉じるわたくし。
 その唇に陛下のそれが―――。


「ああ、わたくしはヤドリギの下でなくても拒んだりなどしませんわ、陛下!!」
 香雪は握り拳を作って断固とした決意を言葉にした。
「こほん」
 背後から咳払いが一つ聞こえてくる。
 香雪は我に返って後ろを振り返った。
「寿殿。廊下で何を騒いでおられるのですか?」
 落ち着いた丁寧な口調はいつも通りだが、どこか呆れた風の丞相閣下の顔がそこにあった。



 ・:.:*.:.☆:・:..★.:・*.:*・



 気を取り直す。
 城内にヤドリギを設置するのは難しそうだ。それに何より、満天の星空の下、というシチュエーションに酔ってしまった香雪である。
「ああ、そうですわ。確か近く流星群が見られるとか」
 きっと、見晴らしのいい宮城内の庭からなら見えるに違いない。星降る空の下に佇む一本の木―――(以下略)。
 それに、お庭なら陛下にわざわざ宮廷外へと足を運んで頂く必要もなくなって一石二鳥というものだろう。
 陛下の事だから外でも構わないと仰られるかもしれないが、あの丞相閣下の目もある事だし。
 香雪は中庭に出た。
 広い敷地いっぱいに白い石砂利が敷き詰められ綺麗な波型を作っている。その花壇には真冬にも関わらず綺麗な花々が色とりどりに咲いていた。いつも庭師の方が丁寧に世話をしているだけの事はある。
 しかし、中庭は宮に囲まれて少し空が狭い感じがした。
 全てを満天の夜空が包み込む。そして―――そんなシーンを夢見ている香雪には中庭では物足りない。
「もっと、見晴らしの良いお庭がいいんですけれど……」
 呟いて香雪は裏庭へと歩き出した。
 中庭の倍以上の敷地がある裏庭には、大きな造り付けの池があって、小川も流れている。小鳥のさえずりが聞こえてきそうな常緑樹が植えられているが、さすがにこの季節には小鳥の鳴き声は聞こえてこなかった。
 池の中で泳ぐ錦鯉を覗き込む。
 この水面に月が映る。星が映る。そして、自分たちの影が―――(以下略)
「ここにしましょう、きっととても綺麗で素敵な雰囲気です!」
 香雪はさっそく、池の傍に立っている葉の落ちた落葉樹の枝に、ヤドリギをぶら下げた。
「これで、よし」
 次は陛下をお誘いする口実である。
 なにぶん相手はご多忙な方なのだ。
 しかし、それ以前に大いなる問題が発生した。
「どうしましょう、わたくし陛下に偽りを申し上げるなんて出来ませんわ」
 ウソを吐いて呼び出すなど出来ない香雪である。だからと言って本当の事を申し上げるのも憚られた。
「ヤドリギの下で、キスを望んで欲しいだなんて……わたくし、そんな恥ずかしい事も言えませんわ」
 口に出してはっきりそう言うと、赤らむ頬を両手で押さえて恥ずかしげに座り込んだ。人気のない庭に、彼女の大きな独り言を聞く者などもなかったが。
「どうしましょう……」
 座り込んだまま、風に揺れるヤドリギの赤いリボンを見上げながら香雪は真剣に考えた。
 何と言って陛下をこの裏庭まで連れてくればいいのか。
「外国の珍しい木を入手しましたので、まずは陛下に見て頂きたいのです」
 こんな感じでいいだろうか。きっとあの新し物好きで好奇心旺盛な陛下なら、喜び勇んで来てくれるような気がする。
「う、嘘ではありませんもんね」
 誰に言い訳しているのか、香雪は自分に言い聞かせた。
 とりあえずはそう言って、ここまで来ていただく。そしてそれからヤドリギのお話をすればいい。ヤドリギのお話をして、自分の気持ちを伝えて……。
 香雪は胸の前で両手を握り合わせて呟いた。
「幼い頃からずっと陛下をお慕い申し上げて参りました」
 ちゃんと言えるだろうか。
 ちゃんと言えたとして、陛下はどう思われるのだろう。少しは気にかけてくださるだろうか。
「お返事は聞きたいですけれど、とても怖いです」
 けれど、多くは望まない。
 陛下が陛下である限り、陛下は国民みんなのものなのだ。だから、ほんの少しだけ気にかけてくださったら……。
 香雪は膝を抱えてぼんやりヤドリギを見上げた。
「陛下……」
 太陽は中天にある。
 夜にはまだ随分と時間があって、小春日和の裏庭には暖かな日差しが降り注いでいて、気が付くと香雪は眠りの中にいた。



 ・:.:*.:.☆:・:..★.:・*.:*・



 たとえば空には満天の星。
 池の傍に一本の落葉樹。葉も落ち枯れた木に宿るのは赤いリボンの付いたヤドリギ。それは再生の木であり、生命の木。秋になり、冬になり、葉の落ちた枯れた木に根もなく宿りながら葉を繁らせる神秘の木。
 そのヤドリギの下で向かい合う男女。
「幼い頃からずっと陛下をお慕い申し上げて参りました」
 早なるドキドキも、赤らむ頬も、どうやって収めればいいのかわからないまま、ただ震える声で精一杯の言葉を紡ぎだす。

「うん、知ってる」
 そんな声が頭上から降って来て香雪は反射的に目を開けた。
「え……?」
「こんなところで寝ていたら風邪ひくよ」
「陛下……」
 そこにはいつもと変わらずお優しい陛下の顔があった。
 カーッとのぼってくる血に香雪はわけもわからず辺りを見回す。
 辺りはすっかり暗くなっていた。どうやら、いつの間にか眠ってしまっていたらしい。
 夢の中での告白を聞かれたことと、こんなところで居眠りをしてしまっていた事に、ダブルで赤らむ頬を手でパチパチ叩きながら香雪は慌てて立ち上がるった。陛下がかけてくれたのか、それとも別の誰かがかけてくれたのか外套が落ちる。それを拾いあげて。
「へぇ〜、これが向の言ってたヤドリギかぁ」
 宮内から洩れる明かりと、空から降る星明かりに照らされたそこに陛下の横顔があった。
「香雪が持ってっちゃったって言うから、城中探し回ったじゃないか」
 少しだけ拗ねたように頬を膨らませてみせた陛下に香雪は慌てて頭を下げた。
「す……すみません」
「こんなとこに飾ってたんだ」
 陛下の笑顔がこちらを向く。
「……すみません」
 香雪は申し訳ない気分で繰り返した。
 けれど陛下の怒りの矛先はどうやら別の方を向いていたらしい。
 今にも足元の小石を蹴飛ばしそうな不貞腐れた様子で口を開いた。
「あいつも、もーちょっと早く帰ってくればよかったのになぁ」
 それから顔をあげてヤドリギを見つめる。
「そしたら帝都でクリスマスのお祭りが開けたのに。そしたら街中をヤドリギで飾ってさ……」
「まぁ、それは素敵ですわ!」
 お祭りの様子を想像しているのだろう楽しそうに笑う陛下に、香雪も笑顔で賛同した。
「うん。香雪ならそう言ってくれると思った」
「…………」
 その言葉が嬉しくて頬が熱くなる。
 なんて返していいのかわからず、「来年は絶対やるぞ」と意気込んでいる陛下の顔を、呆けたように見つめていたら、その肩口からひょっこりと別の顔が現れた。
「向さま……」
 そこに顔を出したのは向だった。
 彼は香雪にひらひらと手を振ると、陛下に向き直った。淡い明かりの中、向かい合う二人に香雪は蚊帳の外に放り出される。
「知ってる? この下でキスを望まれたら拒めないんだぜ」
 向が真剣な面持ちで言うのに、思わず香雪は「え……?」と呟いていた。その意味を何度も何度も考える。理解できなかった。
「気色悪いこと言うなよ」
 陛下が舌を出して嫌そうな顔をした。
 …………。
「ぶっ……俺じゃないっつーの」
 向はにやりと笑って陛下の肩に肘をつくと香雪に視線を馳せた。それを追うように陛下も香雪を振り返る。
「それとも、それって圏外って事?」
「は?」
 意味ありげに笑って向は陛下の肩をポンポンと二回叩くと背を向けて歩き出した。
「…………」
「圏外とか、そういう問題じゃなくてだな……」
 陛下がその背に呆れたような声を投げる。
「はい、はーい」
 向は振り返りもせず後ろ手に手を振って、頭の後ろで両手を組んだ。
 それを追うように陛下が歩き出す。
 ―――圏外?
 香雪は呆気に取られたまま向の言葉を反芻していた。一体今のは何であったのか。
 ふと陛下が足を止めた。何かを思い出したように香雪を振り返る。
「あ、これから向と朱庵に食べに行くんだけど、香雪も一緒に来る?」
「え? えぇ!? ……いいんですか?」
「うん」
 笑って頷くと陛下は再び背を向けて歩き出した。
 その背を香雪は暫し陶然と見つめていたが、やがて宮の角に消えそうになる陛下を慌てて追いかけたのだった。





 ―――わたくしは、ほんの少しだけ気にかけてもらえるだけで幸せです。陛下。






 ■A Happy Xmas!■






 ■おまけ■


 落ち着いて考えてみる。


『幼い頃からずっと陛下をお慕い申し上げて参りました』
 そう呟いた時だった。
『うん、知ってる』


「知ってるー!?」






 ■大団円■



★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
★   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ★
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【3312/寿・香雪/女/19/異界人/幻影師】


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■         ライター通信          ■
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 ありがとうございました、斎藤晃です。
 楽しんでいただけていれば幸いです。
 ご意見、ご感想などあればお聞かせ下さい。

クリスマス・聖なる夜の物語2006 -
斎藤晃 クリエイターズルームへ
聖獣界ソーン
2006年12月22日

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