『夢幻の樹、願いの星 』

海原・みなも（1252）

　つま先にこつんと当たったそれを拾い上げた時は、どこかのツリーから落ちたオーナメントの一つだと思った。頭に輪のついた、小さな星。だが、まわりにそれらしい樹は無く、どうしたものかと思っていると、ふいに背後から声をかけられた。
「ほう、そなた、それが見えるのか。…しかも、触れられる、と」
　真白な髪をした少女だった。彼女は背に大きな籠を背負っており、中には今拾ったのと似たような物がどっさりと入って居る。だが返そうとすると、彼女はいや、と首を振り、
「手にしたからには、それはそなたの『願い星』」
　と言った。
「願い星？クリスマスのオーナメントじゃ…」
「まあ、似たような物ではあるがの。それを吊るすのはただののつりぃでは無い。遍く世界にたった一本の、不思議の樹よ。常人には見えず、稀に見えたとしても幹へ至ることは難しい。じゃが、願い星を手にする事の出来た者ならば、話は別じゃ。星はそなたの願いに応じて道を開き、ふさわしき枝に導くであろう。すぐに願いが叶うか否かは別として、その助けくらいにはなると思うぞ？」
　樹が現れるのは、２４日の２４時。道はその瞬間に開くのだと、彼女は言った。クリスマスイブの、真夜中だ。海原みなも（うなばら・みなも）は手にした星を眺めて、しばしの間首を傾げた。
「願い星…ですか」
「そうじゃ。使うか使わぬかは手にした者の自由。まあ、出来れば使うて欲しいがの」
　にんまり笑ったと思うと、少女はすうっと姿を消してしまい、それと同時に喧騒が帰って来た。一瞬夢だったのかとも思ったが、手の中にはちゃんと、『願い星』がある。
「願いを叶える、願い星」
呟くように繰り返して、また考え込んだ。本当なのだろうか。あの少女には確かに普通ではない何かを感じたし、手の中の星もその辺りにある飾り物とは違う。ほんのりと自ら光を放つだけでなく、不思議な熱を持っているようだ。どうしようか。一瞬迷ったみなもの胸に、少女の言葉が樹霊した。叶えたい願い…夢は、ある。未来に関する、切実な願いだ。
「叶えて、くれますか？」
　手の中の星に囁くように問いかける。星がふるん、と震えたが、だからと言って何かが変わったようには思えない。首を傾げつつも、みなもは小さな星を制服のポケットに滑り込ませて歩き出した。街にはうるさいくらいにクリスマスソングが流れていたし、もみの樹でも何でもない樹まで、賑々しく飾り付けられている。樹が現れると言う、２４日の夜まではあと４日ほどあった。星が本当に願いを叶えてくれるかどうかは、正直、話半分だと思う。けれど、探してみようと決めていた。イブの真夜中の散歩も、悪くは無い。ケーキ屋のアルバイトが長引いていつもよりも少し遅くなった、帰宅途中のことだった。

　異変が起こった、というより、それに気づいたのは、その翌日の夕方だった。放課後、アルバイト先へ向かう途中通りぬける公園で、見知らぬ子供達に呼び止められたのだ。
「お姉ちゃん！どこ行ってたんだよぅ」
「えっ？」
　制服の裾をひっぱられて振り向くと、まだ小学生の男の子が怒ったような顔をして立っていた。彼の後ろには、何故かノートを持った子供達が数人、みなもを見つめている。
「あの…何でしょう」
　彼も、そのまわりに居る他の子供らも見覚えが無かった。きょとんとしたみなもに、少年はぐい、と自分の持っていたノートを突き出した。見ると、たどたどしい字で文章題が書いてある。彼によれば、みなもは今日、この公園で子供達に宿題を教えてやっていたのだそうだ。勿論、身に覚えは無い。
「あと一問ってとこで消えちまってさあ。探してたんだぜ？」
「そ、そうですか。…あの、本当にあたしが？」
　恐る恐る聞き返すと、少年たちは何を言っているんだと言わんばかりに顔を見合わせ、
「ったりめーじゃん！」
　と声を揃えた。公園の時計は、まだ１６時前を指している。アルバイトまではまだ時間があるし、他人の空似とは言え自分のそっくりさんがやりかけた事なら、最後までやってあげなければいけないような気がした。幸い、少年の持っていた宿題はそれ程難しいものではない。聞けば、まだ小学校３年生なのだという。元々面倒見の良いみなもの事、彼らを放っておける筈も無かった。みなもは心を決め、少年たちに向かってにっこりと笑った。
「わかりました。…続き、やりましょうか。でもこれからアルバイトがあるので、少し急ぎますよ？」
「あったりめーじゃん！」
　少年たちが歓声を上げる。彼らが宿題をしていた公園の片隅のテーブルで、みなもは子供達の臨時家庭教師をすることになったのだ。

　少年たちと別れたのは、丁度１６時半くらいだった。
「じゃーなっねーちゃん！」
「さようなら！気をつけて帰るんですよ？」
　手を振って子供達の背中を見送ってから、みなもはふう、と溜息をついた。幸い、みなもの教え方は子供達に好評で、皆最後は何とか問題を解いてくれ、
「すっげー！姉ちゃん、学校のせんせーになればいーのに！」
　なんて少々生意気な感心までしてくれたのだが、内心結構、冷や冷やものだったのだ。妹が居るから時折宿題を見たりなんて事も無くは無い。けれど、他所の子供、しかも今日会ったばかりの子供達に教えるなんて初めての経験だったのだ。わかんない、と言われる度、彼らを途中まで教えて姿を消した自分のそっくりさんを一瞬ではあるが恨んだものだ。けれど、わからないと言っていた子供が壁を乗り越えた瞬間の顔を見るのは嬉しかったし、彼らとのやりとりも楽しかった。最後には、また教えてなどと言われてつい頷いてしまったくらいだ。気分良く店に向かったみなもだったのだが。奇妙な出来事はそれでは終わらなかったのだ。謎のそっくりさんは何と、みなものバイト先にも出没していたのだ。店に来たそっくりさんは、ケーキ作りがひと段落した厨房を借りて、なんとシュークリームを作っていた。みなもが店に着いた時にはもう、中のクリームを作って入れるだけになっており、生地を作る手際の良さを褒められながら、みなもは急いでカスタードとホイップを作った。数が少し多かったので、店の人たちにも配ったのだが、意外にもこれがかなりの好評だった。シュークリームは苦手ではない。家族も美味しいと言ってくれる。けれど、それはただ、『姉の手作りだから』『娘の手作りだから』なのだと思っていたのだが…。皆に褒められれば、勿論悪い気はしない。中でも、店のオーナーパティシエに褒められたのは特に嬉しかった。今度から時々厨房を貸してあげるから、また色々作ってみないか、良かったら他の菓子も教えてあげると言われ、ほんの少しだがその気になってしまったくらいだ。…それにしても。みなもとて、一度ならず二度までも、『そっくりさん』が現れた事実を、偶然と思える程間抜けではない。それに、彼女が店で作ったというシュー生地は、みなもが家で作るものと全く同じだった。ということは、この『そっくりさん』が単なる他人の空似ではない。思い当たることが、一つだけあった。あの願い星だ。
「もしかして、あたしの願い、叶えてくれたのかな…？」
　あの時、みなもは手の中の星に、心の中でこう囁いたのだ。
『将来の夢が、見つかりますように』
　未来は常に揺らいでおり、不安定だ。未知数であるが故に楽しいと言う人もあるが、みなもにはどうしてもそうは思えない。どこへ向かえば良いのか、どうすれば良いのかわからない事が不安でたまらない。未来が、怖い。けれど、今日、『謎のそっくりさん』の尻拭いをしている中で、気づいたのだ。少年の声が蘇る。
「ねーちゃん、学校のせんせーになればいーのに！」
　彼はきっと、深く考えもせずに言ったのだろう。
「海原さん、良かったら、また何か作ってみない？厨房空いてる時、あたしが教えたげてもいいわ。結構、いいセンスしてるかも」
　オーナーパティシエだって、半分くらいはお世辞で言ったのかも知れない。けれど、その一言一言が、みなもの心をほんの少しだけ、動かした。
「先生と、パティシエか…」
　これまで漠然としていた未来が、少しずつ、像を結び始めた気がした。本当の夢を見つけられたとはまだ、思えない。けれど、『夢を見つける力』はきっと、自分にもあるのだ。
「ありがとうございます、お星様」
　手の中の星に言ってみたが、答えは勿論、無い。カーテン越しの月明かりの中、ただほんのりと輝いているだけだった。
「今度は、あたしがお星様の願い事、叶えてあげますから」
　探し方はわからない。白い髪の少女はただ、星が導くと言っていた。出来る限りの事をするしかない。

　そして、２４日の夜。皆が寝静まった家を抜け出したみなもは、近辺で一番広い公園を目指した。大きなヒマラヤ杉があるのを思い出したからだ。とても立派な樹で、天辺に一番星がかかった時なぞ、そのまま巨大なクリスマスツリーになりそうだった。あれがそのまま不思議な樹になるなんて思ってはいないが、何となくイメージには一番近い。誰か知って居そうな人に聞いてみるべきかも知れないが、この手の事は聞いてもまともな答えが返って来るとも思えず、やめた。
「うーん…。結局のところ、あなた頼みね」
　掌に乗せた星に言ったその時、ヒマラヤ杉がざわり、と揺れたような気がして、みなもは足を止めた。ヒマラヤ杉のすぐ下に、誰か居るのだ。目を細めてよく見ると、それはまだ１０歳かそこいらの、少女だった。単なる子供と思えなかったのは、彼女が着物を着ていたこともあるが、何よりその様子が尋常で無かったからだ。ヒマラヤ杉を抱き締めるように腕を回したまま微動だにしない少女からは、何か不思議な気配が漂っていた。何というか、樹と語り合っているような、そんな感じがしたのだ。
「あの…」
　一歩踏み出したみなもの足が、乾いた枝を踏んでぱきん、と折った。少女を取り巻いていた気配が一瞬ざっと広がり、消えた。少女がゆっくりと振り向く。
「あっ、あの、ごめんなさい、あたし…」
　理由を言おうとしてしまった、と思った。説明のしようがない。だが、少女は『知っている』と言うように頷くと、
「…あそ…こ…に…」
　と、みなもの今来た方角を指差した。
「え、何が…」
　言いかけたその時、かちん、と音がして、公園の時計が１２時を指した。約束の時刻だ。
「…星…が…」
　少女がか細い声で言った。見ると彼女の手の中にも、みなもの物と同じ『願い星』があり、輝きを増していた。
「やっぱり、あなたも願い星を持っていたのね？」
　みなもは急いでポケットから自分の星を取り出した。やはり前よりも強く輝いている。
「樹が、現れてるのね？…でも、どこに…」
　慌てて辺りを見回すみなもを他所に、少女はゆっくりと公園の入り口に向かって歩いてゆく。そして次の瞬間、みなもは思わず息を呑んだ。少女が伸ばした手の先に、確かにうっすらと輝く幹が見えたからだ。駆け寄って、同じ様に手を伸ばしてみる。指先に触れた幹の感触に、小さな歓声をもらした。確かに、樹はあるのだ。しかも。
「え。これって」
　足元が幹と同じ色に輝いている事に気付いた途端に、景色が変わった。逆転した、というのだろうか。元居た世界の色が急に薄くなり、幹がはっきりと見え始めた。みなもは自分が立っている場所が、樹の枝の一本である事に気付いた。
「ええ、と。あなたの枝は、どこなのかな…」
　星がゆらゆらと輝く。何故かはわからないけれど、ここではない、と分かった。見ると、着物の少女は既に上の枝に登っている。あの恰好でどうやったのだろうと思っていると、星が震えて体がふいに持ち上がった。
「星の力じゃ」
　聞き覚えのある声が、枝の上の方から聞こえた。
「ふさわしき枝まで導く。任せよ」
　あの白い髪の少女だ。みなもは言葉に従う事にした。手の中の星の、導くままに。枝を飛んだ。二つ三つほど飛んだ所で、星がちりん、と音を立てた。ここだ、と言っているのだ。
「ありがとう」
輪っかを持って、細い枝にかけると、星が一際輝きを増し、枝の中に消えて行った。元の場所に戻ったのだ。巨大な樹のあちこちで、同じような光景が繰り広げられていた。星を持っている半分は人間のようだったが、残り半分は明らかに人ではない。中にはどう考えてもこの世界の者ではなさそうな者も数多く居た。ちりん、ちりん、ちりん。かすかな音が樹のあちこちから聞え始める。異変が起こったのは、その小さな音が消えた直後だった。
「きゃあっ」
　それは突然巻き起こった、光の嵐だった。目を閉じてすら感じられる膨大な光の洪水が、みなもを巻き込んで消えた瞬間、深い闇に包まれているのに気づいた。
「今わしらは、あまねく世界の外側に居る。…そして、あれが、あの夢幻の樹の真の姿」
　あの少女の声が聞こえた。誰かに話しているのだろうか。姿は、見えなかった。代わりに銀色に輝く巨大な樹が、目の前にそびえ立っている。大地は見えない。ざわり、と揺れて枝が伸びていくのが見えた。願い星が新たな枝になっているのだ。
「あれは数多ある世に同時に存在し、またどこにも無いもの。全ての世界を繋ぐもの。我らが外からこれを見られるのは、今この時をおいて他にない」
　その声が終わるか終わらないかのうちに、ぐん、と樹に引寄せられるのを感じた。ああ、元の世界に戻るのだ。目の前を、いや、周囲を様々な世界がぐるぐると廻る。時代を超え、空間を越えて元いた世界に戻るまでの間、みなもは懐かしい風景と見知らぬ世界を何度も行き来した。最後に、今の街の姿を見た。中にはあの白い髪の少女の姿もあった。黒髪の少女と並んでいる。銀の髪の美しい男性がベッドの上で窓を見ているのも見た。彼もまた、願い星を手渡された一人なのだろうか。それから…。

　クリスマスの朝、みなもはいつも通りの時刻に目を覚まして、朝食を作っていた。さすがに少し眠いが、気分は悪くない。
「だって、あんなに綺麗なもの、見られたんだもの」
　フライパンの上にパンケーキの生地を流しながら思い出し笑いをしていると、妹が怪訝そうな顔で見上げていた。何でもない、と笑って見せてから、そういえばあの子はどうしただろうと思った。着物姿の不思議な少女。みなも自身も素性を問われれば色々あるが、彼女は歴とした人間でありながら、不思議な力を持っているようだった。元の世界に戻った時にまた会えたので、名前だけは聞いたし、途中までながら一緒に帰ったのだが。あまり話が出来なかったのが少し、残念だ。彼女はどんな願いをかけたのだろうか。緋井路桜（ひいろ・さくら）と言う名がぴったりな、儚げな印象の少女だった。
「桜ちゃん、か。また、会えるかな･･･」
　そして、その頃には自分の夢を、見つけられているだろうか。フライパンの上のパンケーキをひっくり返すと、香ばしい匂いがあたりに立ち込める。今日店に行ったら、オーナーに話をしてみよう。丁度良い感じにこんがり焼けたパンケーキをぽん、と皿に乗せた。本当の夢がどこにあるのかはわからないけれど、一歩踏み出す足や力は、自分にもあるとわかったのだから。

＜終り＞




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★　　　登場人物（この物語に登場した人物の一覧）　　★
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【整理番号　／　ＰＣ名　／　性別　／　年齢　／　職業】

【1252　／　海原　みなも（うなばら・みなも）　／　女性　／　13歳　／　中学生】
【1233／　緋井路　桜（ひいろ　さくら）／　女性　／　11歳　／　学生＆気まぐれ情報屋＆たまに探偵かも　】



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■　　　　　　　　　ライター通信　　　　　　　　　　■
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海原みなも様

初めまして、ライターのむささびです。以前妹君に続いてのご参加、ありがとうございました。イブの夜、お楽しみいただけたなら良いのですが。
将来の夢をはっきり提示する、とまでは行きませんでしたが、願い星はみなも嬢に沢山の可能性とそこに向かってしっかり歩いていけるだけの足（能力）がある事を教えたかったようです。目の前の事に生真面目に取り組んでいけるみなも嬢のこと、ノベルに取り上げた二つでなくとも、きっとすぐに道を見つけられる事と思います。今回はそれぞれの願いを叶える、という点に重きを置いた為、ご参加いただいたＰＣ様同士の交流が殆ど無かったのが残念だったのですが、唯一、緋井路桜嬢とはほんの少しながらお話をされたようです。　それでは、またお会い出来る事を願いつつ。
ライター　むささび。

クリスマス・聖なる夜の物語２００６

むささび

東京怪談

2006年12月22日