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『Single Hell 』
嘉神・真輝2227



★*・ Opening ・*★

 世の中はクリスマス真っ只中。
 そんな世間の喧噪とは裏腹に、深い溜息をつきながら、青江珠樹は学校へと向かうバスを待っていた。
 と、そんな珠樹に声を掛けてくる一人の男が居た。
「おや、青江さんじゃないですか」
「げっ」
 名を呼ばれ、おもむろに珠樹が声のする方を見上げると、自分の天敵である綜月漣の姿がそこにはあった。
 珠樹はあからさまに嫌そうな顔をして、思わず一歩退いた。
「大きな箱を持って、これから学校ですか?」
「……部長にクリスマスケーキを作って来いと言われたので仕方が無く。これから学校でお茶会なんです」
 顔は決して漣へ向けず、珠樹は淡々と話す。
 漣はそれを聞くと、のほほんとした笑顔で珠樹にとんでもない事を言い出した。
「青江さん。これから学校ではなくて僕の家に遊びにいらっしゃい」
「嫌です」
 珠樹は漣の言葉にきっぱりと言い放つ。
 誰が幽霊屋敷になど行くものか、と珠樹は手に持っていた、ケーキの入っている箱の取っ手を握り締める。
 漣はそんな珠樹を見ながら、申し出を断られた事など聞こえなかったとでも言わんばかりに話を続けた。
「僕の家に小さい子が居ましてねぇ……お腹を空かせて待っているんですよ」
「……え、漣さんて子持ちだったんですか?」
「いいえ。座敷童です」
 満面の笑顔で言い放つ漣に、幽霊嫌いかつ超常現象嫌いの珠樹は硬直し、「グッバイフォーエバー!(意訳:永久にさようなら)」と叫んでその場から脱兎のごとく逃げ出そうとした。
 その瞬間。
 珠樹は漣にパシッと手を捕まれて、そのままずるずると引きずられて行く。
「まぁまぁ、そう言わずに。宜しければトナカイの1頭でもお見せしますよ」
「そんなもん飼ってるですか、あんたはー!」
 引きずられながら歩く珠樹がふと漣を見上げると、悪戯を仕掛けた子供のように無邪気に微笑む漣の顔がそこにはあった。
「飼っているわけ無いじゃないですか。僕が描いた絵を具象化して、現実のものとして珠樹さんにお見せするんですよ♪」
「…………」
 束の間の沈黙の後、その言葉の意味を漸く解した珠樹の絶叫が、街中に響き渡った。



★*・ 輪唱☆嘉神真輝 ・*★

 嘉神真輝の元へ、漣からクリスマスパーティの招待状が届いたのは12月に入ってすぐの事だった。
 和風の絵葉書に縦書きで書かれた招待状を見た瞬間、真輝は年賀状の間違いじゃないのかと己の目を疑った。
 骨の髄まで和風な漣が何故にクリスマス? と首を傾げずにはいられない。
 とはいえ、その文面の最後に「招待しておいて申し訳ありませんが、パーティ用の料理を作って頂けると非常に助かります」と書かれているのを見ると、元々料理を作る事が得意な真輝は、すぐさまYESの連絡を漣に入れたのだった。


「漣の奴、クリスマスが本来キリストの誕生日だって知ってんのか? ま、俺は妹らと違って無宗教だから気にしないが」
 招待状の事を思い出すと、真輝は火の付いていない煙草を銜えながら、綜月邸のキッチンに備え付けられた蛇口を捻って水を止めた。
 つい先日招待状を貰ったばかりだと思っていたのに、今日はもうクリスマスイヴ当日だ。
 真輝は朝も早くから連の自宅へ訪れて、事前に漣に買っておくよう頼んでいた食材を確認すると、一品一品丁寧に下味をつけて行った。
 その作業が一段落すると、真輝はキッチンテーブルに並べられた料理の数々を見渡して、満足げな笑みを浮かべる。
「よーし。下ごしらえは万全だな。他にも何人か招待してたって事だから、少し料理は多目の方が良いよな。人数確定してないからその辺は臨機応変に対応するとして、だ」
 真輝は、濡れた自分の手を布巾で拭きながら、ふと時計を見た。

『酒が足りないかもしれませんので、駅の近辺まで買いに行ってきますねぇ』
 そう告げて、漣が真輝に留守を頼んでから、既に1時間以上が経過している。いい加減戻っても良い頃なのだが、依然、漣が帰ってくる気配がなかった。
 もしかしたら、クリスマスに飲む酒がどんなものか判らずに、手こずっているのかも知れない。
 普通の人間ならば、クリスマスと言えば当然シャンパンかワインを連想するだろうが、漣にそのような機転が利くだろうか。
「やっぱ買うもん指定すりゃよかったな。クリスマスに日本酒なんて買ってこねーよな。判らんから適当にとか言って、ドンペリのラベイとか……買って来ちまったりしてな」
 ははは、と笑いながらそんな冗談を呟くも、漣がドンペリを買っている姿を想像すると、真輝の顔からサッと笑顔が消えた。
 ラベイと言えば、1本10万以上する代物だ。幽霊画家の年収がどれ程のものかは知らないが、さすがの漣もその辺の金銭感覚はきちんと持ち合わせている、と思いたい。
 そんな心配をしていた時だった。
「ねぇねぇ、ごはん、出来た?」
 ふと背後から女の子の声が聞こえて、真輝は振り返った。見れば和服姿の小さな女の子が、柱の横からこちらの様子を伺っている。雪だった。
 真輝は手にしていた布巾をシンクの上に置くと、雪の方へ向き直った。
「これから作るからもう少し待ってろ」
「良いにおい、するね。なんか食べたい」
 声を返してくれた事が嬉しかったのだろう。雪は笑顔を浮かべながら、とてとてと真輝へ近づいてくる。真輝は雪の期待に満ちた笑顔を見ると、テーブルの上に綺麗に洗って置かれていたイチゴを一つ「ほれ」と、雪へ渡した。
「うまいか?」
「うん! もういっこ!」
 真輝は、美味しそうにイチゴを食べている雪を見て微笑んだ。
「座敷童も食いもん欲しがるんだな」
 その言葉に、雪はきょとんとした表情を見せながら答える。
「うん。雪もおなかすくよ?」
「そっか。今日は俺が美味い料理を沢山作ってやるから、楽しみにしてろよ」
 真輝がニカッと笑ってそう言うと、雪は瞳を輝かせて大きく頷いた。
 余程楽しみなのだろう。雪は「ごちそう♪ ごちそう♪」とはしゃぎまわっている。

 と、その時。やや遠慮がちに玄関の呼び鈴が鳴って、真輝は立ち上がった。
 わざわざ自宅の呼び鈴を鳴らして入ってくる主などいない。どうやら漣が帰ってきたわけではないらしい。今日のパーティに招かれた客だろうか?
 留守を預かっていた真輝は、雪の頭を軽くポンポンと叩くと「ここで待ってろよ」と言い残して、玄関へと向かった。


*


「はい、どちらさん……?」
 真輝が勢い良く玄関の扉を開けると、そこには背の高い男と、モヘアの付きの黒いワンピースを身に纏った、高校生位の女性の姿があった。二人は、家から出てきたのが漣ではなく真輝だという事に、些か驚いているようだった。
 真輝はその男性の顔に、どこか見覚えがあった。それは相手も同じらしく、互いに互いの顔を見合わせていると、背の高い男がふと笑顔を浮かべて名乗った。
「こんにちは。嘉神真輝さんで宜しかったでしょうか。烏丸織です。先日はお世話になりました」
 それを聞いて、真輝は先日庭先で起こった一件を思い出すと、顔と名前が一致したとばかりにポンと両手を打った。
「あー、この間の……そちらさんは?」
 真輝と織のやり取りを眺めていた女性にも声をかけると、相手は淡々とした口調で名乗って来る。
「紗耶……榊紗耶。こんにちは」
「俺は嘉神真輝。宜しくな」
 真輝がニパッと微笑むと、それにつられたのか、それまで無表情だった紗耶が微かに微笑み、同時に首を傾げた。
「あの、漣さんは?」
「ん? ああ漣の奴は今買出しに……って、タイミングいいな、戻ってきた」
 真輝が二人から視線を外して小道の方を見ると、そこには、のんびりと歩いてくる漣の他に二人。藤宮永と青江珠樹の姿があった。
「おーい漣、酒買ってきたかー? ……っておまけ付で帰宅かよ」
 漣に向かって大声で呼びかけながら、真輝がふと珠樹を見ると、そのどんよりとした表情に思わず吹き出しそうになった。
「……あの顔見る限り、『捕まった』って感じだな」
 恐らく買出し途中の漣と、うっかりバッタリ出会ってしまったのだろう。
 真輝に呼びかけられた漣は、三人の姿を見つけると、のほほんとした笑顔を見せて手を上げた。



★*・ レッツ・お料理教室 ・*★

「では、料理の方はお三方にお任せしますね」
 漣に言われ、真輝、紗耶、珠樹の三人はキッチンへと向かった。
「この家にキッチンがある事自体が意外よね。地下に穴掘って、そこに食料保存してそうなイメージがあったのに」
 料理の下ごしらえをする為に、朝早くから綜月邸へ赴いていた真輝は、珠樹の言葉に苦笑する。
「いくらなんでもそりゃねーだろ」
「そうかなぁ。だってあの人、生活感全く感じさせないし」
 玄関前ではヤサグレた表情をしていた珠樹だったが、どうやら腹を括ったらしい。
 珠樹は呟きながら振り返ると、自分の後ろを歩く紗耶へ笑顔で問いかける。
「ところで榊さん歳いくつ?」
「え……16歳」
「あ、じゃぁ私と一緒だ。紗耶ちゃん宜しくね♪」
「……紗耶ちゃん?」
 初対面の人間に「ちゃん」付けをされて驚いたのか、紗耶はきょとんとした表情を見せる。けれど、「私の事は珠樹で良いからね♪」という言葉には、紗耶も微かな笑顔を浮かべた。


 キッチンへ入ると、紗耶と珠樹は目の前に置かれた料理の数々を見て、感嘆の溜息を零した。
「すごーい。もう料理作ってたんですか?」
「……美味しそう」
「あ、ローストターキーだ! しかもアーモンド詰め!」
 アーモンド好き♪ と拍手喝采をする珠樹に、真輝は「見たか俺様の腕を」といわんばかりに得意げな笑顔を浮かべた。
「下準備しただけだ。ここから先はしっかりこき使うから、二人とも覚悟しろ」
 真輝の言葉を聞いて、紗耶と珠樹は思わず互いに顔を見合わせた。
 確かにキッチンテーブルには豪勢な食材が並べられている。だがそれを見ただけでは、料理初心者の紗耶と珠樹は、真輝が何を作ろうとしているのかさっぱり解らなかった。
 紗耶は真輝に問いかける。
「何をつくるの?」
「ん? ああ、人数が予想外に多かったからなー。足りるか微妙なんだが、とりあえず今考えているのは、ターキー、茹で海老のマリネ、 ミートローフ、野菜のプチタルト、チーズフォンデュ、洋梨のフランベ。で、ラストにブッシュ・ド・ノエル。ケーキと時間のかかるもんは先に作ってあるから、あとはターキー焼いて、盛り付けと細かい部分の調理だな」
 スラスラと真輝の口から出てくる料理の名前に、紗耶はますます首を傾げ、珠樹は眉間にしわを寄せる。
「私そんなの作ったことないですよ。作ってもパスタとかラーメンとかカレーだし。無理無理」
「私も……料理、やったことない」
 真輝は、はなっから出来ないと決め込んでいる珠樹と、料理をした事が無いという紗耶を交互に見ると、「家庭科の授業で何を習ってんだ」とぼやきながら、「良い機会だ。教えてやるから覚えて行け!」と、ビシリと二人に言ってのけた。


*


 漣が用意した酒は、意外にもスイス産のワインだった。「Chasselas Valentin」「Merlot」はいずれもチーズや肉料理に合うものだ。シャンパンは「ローラン・ペリエ」に「ヴーヴ・クリコ」。未成年の人間が来る事もみこしてか、子供用シャンパンも用意されていた。
 いずれも値段は手頃で飲みやすく、真輝が作っている料理にも合う。
「適当に選んで、ビンゴな組み合わせを買って来たんだとしたら、余程勘が良いんだな、漣の奴」
 久々にスイスのワインが飲める事に嬉々としていた真輝の耳に、突然物凄い音が届いた。
 何事かと、真輝が珠樹の方を見ると、珠樹はまるで親の敵を討つような表情で、大根を皮も剥かずに切り刻んでいる。
 人数が多いからもう一品作ろうかと考えていた真輝に、鍋料理を作りたいと勢い勇んで挙手してきたのは珠樹本人だった。だが、そんなに鍋が好きなのかと、自由に作らせて見ればこのざまだ。
「何してんだ珠樹、皮を剥け皮を!」
 真輝は珠樹の行動に思わず怒鳴った。珠樹はふてくされた様な表情で、大根を切っていた手を休める。
「この家に春菊が置かれていなかった事に腹が立って、思わず八つ当たりを……」
「は?」
「いえ、こっちの話ですから」
 珠樹はぶすっと呟くと、再び眉間に皺を寄せて大雑把に大根やらほうれん草やらを切り始めた。
 お世辞にも手際が良いとは言えない珠樹の動作に、真輝は思わず腕を組んで溜息をつく。
「お前、家庭科3くらいだろ。ちょっと貸してみろ」
 そう言って、真輝は珠樹から包丁を受けとると、珠樹に野菜の切り方から教え始める。
「いいか、料理は手際が重要なんだ。のんびりしてたら野菜の鮮度が落ちる。これはこういう風にだな……」
 真輝は言いながら、するすると大根のかつらむきをするかのように、器用に皮を剥いていく。
「鍋っつーのは入れる手順も重要だからな。最初に出汁が出るものを入れて、次に煮込むのに時間がかかるもの。水菜や葛きりなんかは一番最後。で、食う直前に肉を入れる」
 珠樹は「家庭科3」を言い当てられて思わず反抗しようとしたが、真輝のあまりの手際のよさに思わず拍手をした。
「真輝ちゃん手馴れてるね。どっかのレストランとかで料理作ってそうな感じ」
「あれ? 言ってなかったっけ? 俺、神聖都の家庭科教師なんだわ。だからこういう指導は本職♪ 出来たら採点してやるぞ」
「……真輝ちゃんの鬼」
「真輝ちゃん言うな」
「だって私の学校の先生じゃないし、なんか先生って感じしないんだもーん」
 べっと舌を出した後で、ぷいっと横を向いた珠樹に、真輝は「このガキ……」と思わず怒りマークを額につけた。


 そんな二人のやり取りをよそに、紗耶は自分の目の前に置かれた野菜と包丁を見て、途方に暮れていた。
 料理を作っている人を見たことはあっても、実際に自分で料理を作った経験が無い。無理に手を出して二人に迷惑はかけたくはないと、紗耶は既に仕上がっているものから順に、大皿に盛り付けていこうと考えた。
 料理を崩さないよう、見目良く丁寧に、と真剣に作業をしていた時だった。
 キッチンテーブルの隅に白い大きな箱が置かれている事に気が付いて、紗耶はふと首を傾げた。
「……何かしら」
 紗耶が不思議に思ってその箱を見つめていると、目の前で鍋の具材を切っていた珠樹が突如として口を開いた。
「あっ! そういえば私ケーキ持って来てたんだ! 冷蔵庫に入れておかないと美味しくなくなっちゃうよ」
 包丁を置くと、珠樹はその白い箱を両手で持ち上げる。
「なんだ、珠樹もケーキ持ってきたのか? 俺の作ったやつだけじゃ量が足りないかもしれんから丁度良かった」
 紗耶はそれを聞くと、真輝がブッシュ・ド・ノエルを作ったと言っていたのを思い出す。切り株型の可愛らしいケーキを、以前に見たことがあった。
「……そう言えばクリスマスケーキって色々種類があるらしいけれど、珠樹さんが買ってきたのはどんなの?」
 少しばかり興味を覚えて、紗耶は珠樹が手にしていた白い箱を見ながら呟いた。
 珠樹はその言葉を受けて、ニッコリと得意げな笑みを浮かべる。
「買ったんじゃないよー。私のお手製♪」
 紗耶と真輝は、その言葉に思わず驚いて珠樹を見つめた。
「珠樹さんが作ったの?」
「へぇ。お菓子は得意なのか?」
「んー、嫌いじゃないけど好きでもないかな。いかに安く作るかには命かけるけど」
 言って、珠樹がケーキの入った白い箱の蓋をパカッと開けると、興味津々に真輝と紗耶は中を覗き込んだ。
 そして、そこに入れられたケーキと名の付く物体に、思わず目が点になる。
「…………えと」
「……何だこれは」
「ケーキ♪」
「お前、これ市販ホイップ済みの生クリームを、市販のスポンジに塗りたくっただけじゃねーか?」
「良くわかるね真輝ちゃん。イッツア★リーズナブルケーキ♪ お値段840円〜♪」
 既製のスポンジに、既製のホイップクリームを塗ったのだ。確かに味はそれなりなのだろう。けれど、これを手作りと呼んでいいのかどうかは、かなり疑問だ。
 何と言ったら良いか解らず困惑する紗耶のかわりに、真輝が珠樹の作ったケーキをビシリと指差すと、額に怒りマークを2、3個付けながらまくし立てる。
「馬鹿もん! んな愛情の欠片も無い菓子を作るな!」
「なーにが愛情よっ! あの部長の為に作ったケーキにそんなもん必要ないし、ここの住人にだって840円は勿体無いくらいだもん!」
 珠樹は真輝の言葉をものともせず、本来ならば新聞部部長の元へ届けられるはずだったケーキを冷蔵庫へ入れようとする。が、真輝がそれを制した。
「夜中までかかっても良いから作り直せ!」
「あっかんべ〜! だ!」
 真輝と珠樹が、どたばたと「トムとジェリー」なみのやり取りを繰り広げているのを、紗耶は呆然と眺めていた。
 こういう時はどうしたらいいんだろう……と考え込み、悩んだ挙句、とりあえず邪魔にならないようにしようと思い立つと、
「あ、えと。私、盛り付けたお皿を並べてくる……」
 そう言って、食器を手に客間へと向かったのだった。



★*・ アンバランス・マジック ・*★

 冬の日没は早い。
 料理の盛り付けられた大皿を持って紗耶が客間に姿を現した時、既に外は夕闇に包まれていた。
 織は、紗耶が遣って来た事に気が付くと、縁側に散らばった飾りを片つけていた手を止め、紗耶へと歩み寄る。
「美味しそうですね。皆さんで料理を作られたのですか?」
 持ちますよと告げて紗耶から皿を受け取ると、織は客間に置かれている檜の長い座敷テーブルへとそれを置いた。
「作ったのは殆ど嘉神さん。珠樹さんはお鍋を作ってる。私は盛り付けを……」
 紗耶の言葉に、織が穏やかに微笑む。
「そうですか。綺麗な盛り付けですね」
「……そう? 有難う」
 紗耶はぶっきらぼうな口調で礼を述べながらも、言われた事が嬉しかったのか、微かに瞳を伏せた。


 束の間の後、綺麗な焼き色が付いたローストターキーを皿に乗せ、真輝が客間へ遣って来た。
「おーい。料理運んでくるからそろそろ席に付け……って、なんだありゃ」
 庭先で不気味な存在感を放ちながら、仄かな光に照らされているツリーを見ると、真輝は思わず呟いた。
 てっきりモミの木が用意されているのだとばかり思っていたが、実際目の前にあるのは和風の小物で飾られた松の木ツリーだ。しかもご丁寧に天辺には星まで付いている。
 何処の誰が松の木でツリーを作ろうなどと言ったのか、と思いはするが、純和風の庭先に洋風のツリーが植えられていたら、それはそれでバランスが悪いのだろう。
 そんな真輝の後ろから、お手製鍋を鍋つかみで持ちながら珠樹が遣って来ると、真輝同様、松の木ツリーを見てぎょっとする。
「……なんで松の木に飾り付けしてるの?」
「俺に聞くな」
「しかも和風なのはわかるけど……短冊って七夕でしょ? クリスマスの意味解ってる?」
「だから俺に言うなって!」
 二人は料理を手にしたまま、インパクトの強すぎる松の木ツリーから目を離す事が出来ずに、半ば呆然とその場に立ち尽くしていた。


 料理が出来たという言葉を聞いて縁側から室内へ入ってきた永は、珠樹が持っている鍋を見ると一瞬目が据わり、次の瞬間満面の笑みを浮かべて珠樹へ話しかける。
「青江さん……解っていますよね」
 珠樹はその声にふと視線を永へ向けると、永に負けじと笑顔を見せた。
「もちろんです。『人の不幸は蜜の味』ですよね、先生」
「……何の事でしょう?」
「名言です♪ 残念ながら先生の大好きな野菜が無かったので、皮付きの大根と、『○△』にとってもよく似たほうれん草をたくさん入れておいたから、じっくり味わって食べてくださいね!」
 春菊とほうれん草の一体どこが似ているのかは不明だが、昼間、誰にも聞こえないように呟いたはずの自分の言葉を、珠樹にしっかり聞かれていた事に、永は『不覚やな』と心の中で呟いて苦笑した。


 最後まで庭先に出て飾り付けをしていた漣が漸く縁側から客間へ上がると、既に座敷テーブルには料理が並べられ、全員が揃っていた。
「ああ、皆さん揃いましたねぇ。……では食事の前に皆さんへプレゼントを差し上げましょうか」
 漣はニッコリと微笑んで全員を見渡すと、一旦奥へと下がり、一枚の細長い半紙と筆、そして墨を持って戻って来た。
「プレゼントって、何か描くのか?」
「ええ。僕は別段キリストだとか神仏だとか、そういった枠組みに頓着しない方なのですが、今日ここに皆さんが集って下さったのも何かのご縁でしょうし。欲しいものや見たいものがあるのでしたら、具象化して差し上げますよ?」
 言いながら漣はその場に座り込み、半紙をそのまま畳の上に流し置くと、筆に墨を含ませる。
 全員は顔を見合わせると、半紙を取り囲むようにして、思い思いに腰を下ろした。
 やや離れた場所で、珠樹だけが我関せずと料理を小皿に取り分けている。

「さて。レディーファーストです。紗耶さんからどうぞ?」
 漣に視線を向けられて、紗耶は暫く考え込む。
「んと……サンタのぬいぐるみ、かなあ……ふかふかしてそう」
「なるほど。女の子らしいですねぇ。真輝さんはいかがです?」
「オーロラとか雰囲気あると思うんだが、日本家屋の上にオーロラ……やっぱ微妙?」
 真輝の言葉に、漣は至極楽しそうな笑顔を見せた。
「どうでしょうねぇ。それはやってみない事には解りません」
 漣は言われたものを、するすると器用に半紙へ描き綴って行く。
 人が見ている前で、よくここまでしっかりとしたものを描けるな、と織が溜息を零していると、漣は「織君は何を?」と笑顔を向けた。
「サンタさんは寒い中のお仕事ですし、マフラーなど掛けてあげれたらいいですね」
「なるほど」
 漣はサンタクロースを描いた後で束の間考え込むと、おもむろに織へと筆を手渡した。
「元は絵ですからねぇ。命あるものを具象するのは些か難しいですので、こちらの絵にマフラーを描いてはいただけませんか?」
 漣は言うと、自分が描いた、オーロラの中を飛ぶサンタクロースを指差した。
「……私が描くのですか?」
「織君が描かなければ、意味がありませんからねぇ」
 織の言葉に、漣は微笑む。
 織は言われるままに絵の中のサンタクロースにマフラーを描いた。

 その様子を眺めていた真輝は、ふと思い出したかのように、一人黙々と作業をしていた珠樹へ声をかけた。
「そういや、珠樹は欲しいもんとか、何もねーのか?」
 珠樹は突然声を掛けられて、肩をビクッと震わせると、ゆっくりと振り返った。
「え、私? ……私は良いデス。すぐには何も思い浮かばないデス」
 やはり怖いのだろう。やや強張った面持ちでぎこちなく笑う珠樹を見ると、真輝は「ホントに超常現象とか、そーいうの嫌いなんだな」と苦笑する。
 漣はそんな珠樹を一瞥すると、ニッコリとそれはもう楽しそうに笑顔を浮かべた。
「青江さんには、日中にお約束したものをお見せしましょうねぇ」
「けっ、結構ですってば!」
 漣は珠樹の言葉を思い切り無視すると、絵の中のサンタクロースを橇に乗せ、トナカイを数匹描いた。


 全てを描き終えると、漣は筆を置き、半紙を持ったまま縁側へ出た。
 何をするのだろう? と全員が漣へ視線を向けていると、漣はおもむろにその半紙へ息を吹きかけた。絵は、漣の息に呼応するかのように一度歪むと、紙から剥離してふわりと浮かび上がり、瞬く間に霧散した。
 それを見届けた漣は、くるりと振り返って微笑むと、全員を手招きして縁側へ呼び寄せる。
 真っ先に腰を上げた真輝が空を見上げると、そこには無限に色を変えるオーロラが見えた。
 全員がそれを静かに眺めていると、オーロラの中を一筋の小さな影が飛んで行くのが見えた。紗耶はそれを見ると、静かに言葉を紡ぐ。
「……サンタクロース」
「本当ですね。子供の頃はトナカイの引く橇に乗って空の散歩をしたい、なんて思ってました」
 サンタクロースにマフラーは届いたのだろうかと思いながら、織がふと自分の鞄を見ると、先ほどまで鞄の傍らに置いてあったはずのマフラーが姿を消していた。何処へ行ったのだろうと視線を彷徨わせると、ふと漣と瞳があった。
 漣は何も言わずに微笑むと、夜空を駆け抜けるサンタクロースを指差して織へと告げる。
「空は寒いですからねぇ。きっと織君のマフラーは役に立っていると思いますよ」
 その言葉に、織は一度瞳を瞬かせた後、ゆっくりと微笑んだ。

 そんな中。縁側に佇む漣達の一番後ろで空を眺めていた永は、全員が自分を見ていない事を確認すると、先ほど漣が使っていた筆を手に取り、短冊へ『雪』という文字を書きつけた。
 永が『雪』と書いた文字を人差し指で軽く叩くと、文字はゆっくりと短冊の中へ滲むように沈んで行く。やがて完全に文字が消えた時、空を見上げていた真輝が驚いたように声を上げた。
「グッドタイミングだな、雪が降ってきたぞ」
 その言葉に、永は筆を置くと立ち上がり、空を見上げた。
「……天からお手伝いがいらしたようですね」
 永の言葉に、織が頷く。
「本当に。今日は朝から寒かったですし……ホワイトクリスマスですね」
 漣は雪が降ってきたのを見ると、ゆっくりと振り返り、相変わらず後ろを向いて外を見ようともしない珠樹へ声をかけた。
「青江さんも、怖がってばかりいずに皆さんと一緒に楽しんだらいかがですか?」
 漣に声を掛けられて珠樹がおずおずと振り返る。
「…………」
 紗耶は、珠樹が依然奥から出て来ない事に気が付いて、珠樹のほうへ視線を向ける。こんなに綺麗なのに、どうして怖いと思うのだろう? と思いながら珠樹を見つめていると、ふと珠樹と目が合った。
「大丈夫、何も怖い事はないから」
 紗耶はポツリと珠樹に呟いて、静かに手招きをした。
 珠樹はそれに束の間戸惑い、やがて紗耶が微笑むのを見ると、意を決したように縁側へと足を運んだ。

 全員が縁側へ揃うと、織は手を伸ばして己の手で雪を受け止める。
「初雪を手に受けて願いを唱えると叶う、と聞いた事がありますが……また来年も、こうして皆と優しい時間が過ごせますよう祈りたいですね」
 漣はそれに頷くと、ふと紗耶へ視線を向けた。
「ああ、紗耶さんにはこちらを差し上げましょうねぇ」
「……え?」
 唐突に呼びかけられて紗耶が漣を見る。漣は可愛らしいサンタのぬいぐるみを紗耶へ差し出していた。いつの間にぬいぐるみを具象化したのだろう。紗耶はそれを受け取ると、「ありがとう」と言葉を紡いだ。

「さて、この景色を眺めながら食事にしましょうか」
 折角の料理が冷めてしまいます、と漣が告げると、その場に集った全員は楽しそうに頷いた。



★*・ 聖なる夜の物語 ・*★

 女性陣を送るという織の言葉に、全員が連れ立って漣の自宅を出た時だった。
 ふと紗耶が思い出したように、持参していたプレゼントを全員へと手渡した。
「世間はクリスマスと言うし、贈り物」
 紗耶の言葉に、珠樹が微かに目を輝かせて紗耶の手元を覗き込む。
「なぁに?」
「香……見たい夢を見たい時に焚くとその夢が見れる……おまじないみたいなもの」
 織も紗耶同様にプレゼントを持って来ており、鞄の中から和小物を取り出した。
「私は、皆様に縮緬で作った雪兎の根付を」
 全員は、二人から貰ったプレゼントに礼を述べると、「気をつけて帰ってくださいねぇ」という漣の言葉に送り出されて、帰路に付いた。


*


 途中、織と紗耶に別れを告げると、三人は今日の事を喋りながらのんびりと歩いていた。
「雪、止んじゃったね。積もればよかったのに」
 そしたら学校が休校になるのにな、と呟いた珠樹に、真輝は思わず苦笑した。
「リーズナブルケーキとか、休校とか、いかに手を抜くかっつーことばっかり考えてねーか? 珠樹」
 そういう自分も部活をサボりまくってはいるが、珠樹はそれをさらに上回るなと、先ほどのケーキを思い出して真輝は思う。
 その言葉に、珠樹は慌てて頭を横に振った。
「いっつもそういう事考えてるわけじゃないよっ。何ていうか、クリスマスってロマンチックで素敵♪ とか言いながらうっとりしている自分を想像できないっていうか……」
 うーんと考え込み、想像した後で、やっぱり「らしくないや」と頭をぽりぽりかいている珠樹に、永がツッコミを入れる。
「超常現象は苦手だと仰っていた割に、いざサンタクロースを見た途端、密かに喜んでいたのはどこのどなたでしょうね」
「……先生、一見優しそうに見えるけど、実はとってもオニアクマな性格してません?」
「何を仰るんです。私がそんな人間に見えますか?」
「ええとっても」
 ぶすっとした表情で呟くと、珠樹は無理矢理に話題をそらした。
「真輝ちゃんの料理、すっごい美味しかったよね」
「まぁな。美味い酒に美味い飯……には『もう少し頑張りましょう』な品もあったが、まぁ楽しけりゃ良し!」
 ニカッと笑って告げる真輝に、珠樹も「そうだね」とニパッと微笑む。
「……そういや俺不思議だったんだが」
「何?」
「松の木のツリーがあったろ? あの電飾、何か変じゃなかったか?」
「そう? 私気が付かなかったけど」
「なんつーか、電飾だったら規則正しく光るはずなのに、全然規則性のない光り方をしてたっつーか」
「配線が壊れてたとか、じゃなくて?」
 それを聞いた永は、二人を交互に眺めた後で、ポツリと一言呟いた。
「…………知りたいですか?」
 真輝は永の言葉を聞くと、そういやあんたツリー担当だったよな、と永を見上げる。
「何? 原因知ってんのか?」
「ええまぁ。お教えしても構いませんが……」
 そう言って口ごもった永に、何をもったいぶってんだ? と首を傾げながら真輝が永の言葉を待っていると、突然珠樹が大声でそれを否定した。
「やだ! 知りたくないっ!!」
「は? 何だよ突然」
 真輝が何事かと眉間にしわを寄せながら珠樹を見る。珠樹は大げさなくらいブンブンと頭を左右に振って耳をふさいでいた。
「絶対知りたくないよっ! 実はアレは電飾じゃなくって火の玉なんです、とか言うつもりでしょー!?」
 想像力が豊かなのは良いが、悪いほうに働きすぎているんじゃないか? と真輝がそれを否定しようとした時だった。
「……良くご存知ですね、青江さん」
 そんな言葉が永の口から出て、真輝も驚いて思わず永を見上げる。
「え? マジ?」
 次の瞬間、墓穴を掘った珠樹の叫び声が、いつもの如く周囲に木霊したのだった。




<了>



★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
★   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ★
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】

◆お料理組
【1711/榊・紗耶 (さかき・さや)/女性/16歳/夢見】
【2227/嘉神・真輝 (かがみ・まさき)/男性/24歳/神聖都学園高等部教師(家庭科)】

◆ツリー組
【6390/烏丸・織 (からすま・しき)/男性/23歳/染織師】
【6638/藤宮・永 (ふじみや・えい)/男性/25歳/書家】

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【NPC/綜月・漣(そうげつ・れん)/男性/25歳/幽霊画家・時間放浪者】
【NPC/青江・珠樹(あおえ・たまき)/女性/16歳/高校生】
【NPC/雪(せつ)/女性/452歳/座敷童】

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、綾塚です。この度は『Single Hell』をご発注くださいまして、まことに有難うございました。
 今回は、御投入くださった方全員の内容が、随所で少しづつ異なります。基本の軸は同じですが、その軸を各PC様の視点で書いておりますので、その辺りに違いが生じております。かなり手探りで書きましたので、もう本当に不安でいっぱいだったりします。少しでもお気に召して頂けましたら幸いです。


嘉神・真輝 様

 いつもお世話になっております。弄られ御希望とありますと非常に嬉しく(笑)、今回も楽しく遊ばせて頂きました。珠樹との会話の部分ですが、書いておりましたらばいつの間にか「掛け合い漫才」になってしまい、ネタが尽きず、泣く泣く削除したものが沢山ありました。それが非常に心残りだったりします。
 ではでは、またご縁がございましたら、どうぞ宜しくお願いいたしますね。
クリスマス・聖なる夜の物語2006 -
綾塚るい クリエイターズルームへ
東京怪談
2006年12月22日

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