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『Single Hell 』
烏丸・織6390



★*・ Opening ・*★

 世の中はクリスマス真っ只中。
 そんな世間の喧噪とは裏腹に、深い溜息をつきながら、青江珠樹は学校へと向かうバスを待っていた。
 と、そんな珠樹に声を掛けてくる一人の男が居た。
「おや、青江さんじゃないですか」
「げっ」
 名を呼ばれ、おもむろに珠樹が声のする方を見上げると、自分の天敵である綜月漣の姿がそこにはあった。
 珠樹はあからさまに嫌そうな顔をして、思わず一歩退いた。
「大きな箱を持って、これから学校ですか?」
「……部長にクリスマスケーキを作って来いと言われたので仕方が無く。これから学校でお茶会なんです」
 顔は決して漣へ向けず、珠樹は淡々と話す。
 漣はそれを聞くと、のほほんとした笑顔で珠樹にとんでもない事を言い出した。
「青江さん。これから学校ではなくて僕の家に遊びにいらっしゃい」
「嫌です」
 珠樹は漣の言葉にきっぱりと言い放つ。
 誰が幽霊屋敷になど行くものか、と珠樹は手に持っていた、ケーキの入っている箱の取っ手を握り締める。
 漣はそんな珠樹を見ながら、申し出を断られた事など聞こえなかったとでも言わんばかりに話を続けた。
「僕の家に小さい子が居ましてねぇ……お腹を空かせて待っているんですよ」
「……え、漣さんて子持ちだったんですか?」
「いいえ。座敷童です」
 満面の笑顔で言い放つ漣に、幽霊嫌いかつ超常現象嫌いの珠樹は硬直し、「グッバイフォーエバー!(意訳:永久にさようなら)」と叫んでその場から脱兎のごとく逃げ出そうとした。
 その瞬間。
 珠樹は漣にパシッと手を捕まれて、そのままずるずると引きずられて行く。
「まぁまぁ、そう言わずに。宜しければトナカイの1頭でもお見せしますよ」
「そんなもん飼ってるですか、あんたはー!」
 引きずられながら歩く珠樹がふと漣を見上げると、悪戯を仕掛けた子供のように無邪気に微笑む漣の顔がそこにはあった。
「飼っているわけ無いじゃないですか。僕が描いた絵を具象化して、現実のものとして珠樹さんにお見せするんですよ♪」
「…………」
 束の間の沈黙の後、その言葉の意味を漸く解した珠樹の絶叫が、街中に響き渡った。



★*・ 輪唱☆烏丸織 ・*★

 烏丸織と榊紗耶は、駅通りの喧騒を抜けて、閑静な住宅街の中を歩いていた。
 木々が電飾で飾られ、賛美歌の曲が引切り無しに流れている駅前とは異なり、漣の自宅へと続く道には、無装飾の常緑樹が一定の間隔を保って植えられている。
 その静けさが、むしろ二人にとっては居心地が良く、不思議と穏やかな心持ちにさせてくれた。
 クリスマスが終わればすぐに正月だ。今年も瞬く間に過ぎてしまったな、と思いながら織が微かな吐息を零すと、それは一瞬白い気体となって現れ、すぐに大気に溶けて消えて行った。
 今日はいつにも増して風が冷たい。ふと見上げると、空は灰色がかった雲で覆われていた。この分では、もしかしたらホワイトクリスマスになるかもしれないと、何とはなしに織は思い、隣を歩く紗耶へ声をかけた。
「寒くはありませんか? 紗耶さん」
 よろしければマフラーをお貸ししますよ、という織の言葉に、紗耶はゆっくりと首を左右に振る。
「平気。烏丸さんは大丈夫?」
「私は大丈夫です。それに、これから漣さんの自宅でパーティが開かれると思うと、そちらの方が楽しみで」
 漣の自宅でクリスマスなんて不思議な取り合わせですよね、と織は穏やかに微笑む。
 紗耶は、先日漣から届いたパーティの招待状を思い出しながら頷いた。
「ん……少し驚いた。そういうの、興味なさそうな人に見えたから」
 招待状と言っても、和風の絵葉書に縦書きで「もしご都合があえば、お二人でご一緒に如何ですか」と書かれている、至ってシンプルなものだ。
 織と紗耶は互いが葉書を貰った事を知ると、「折角だから」と示し合わせ、是非伺いますと漣へ返事を書いて送ったのだった。


「漣さんは、クリスマスの意味、解っているのかしら」
 紗耶は、己の首に下げた細い銀の十字架を見ながらポツリと呟く。
 以前に出会った時、漣は和服姿だった。夏の神と一緒に居たり、和菓子を風呂敷で包んだり、能を見たり。常に和の中へ身を置いている人のように、紗耶には思えた。それなのにクリスマスパーティを開くというのだから、正直、計り知れないところがある人だなと思う。
 そんな紗耶の横で、織は楽しそうに言葉を零した。
「意味を知っているかどうかは解りませんが、漣さんの事ですから一風変わったパーティになると思いますよ」
「そうなの?」
「漣さんの自宅へ赴いて、何の不思議を見ることもなく、普通に帰った例がありませんから」
 今まで己の身に起きた事を反芻しているのだろうか。織の楽しそうな表情を見ている内に、紗耶は織が漣の自宅で一体どんな不思議を見てきたのか、少しの興味を抱いた。
 これから向かう漣の自宅に思いを巡らしていると、紗耶はふとある事に気が付いて織へ問いかける。
「……ケーキ、買った方が良かったかな。何か食べものとか」
「私もそう思ったのですが、漣さんが仰るには、客人の一人に料理を頼んでいるから大丈夫との事でした」
「……他にも、沢山人が来るのね」
 そんなに大仰なパーティなのだろうかと、やや気後れして戸惑う紗耶に、織は心配いりませんと言葉を紡ぐ。
「漣さんの自宅に集まる方々は皆優しく暖かいですから、紗耶さんもきっとすぐに馴染めますよ」
「本当に?」
「ええ。だから大丈夫ですよ」
 織の穏やかな物言いに、紗耶は安心したように小さく微笑んだ。

「ああ、この角を曲がって小道を行くと、すぐに漣さんの自宅ですよ」
 織に言われて紗耶が顔を上げると、竹林に覆われた一角が視界に入った。
 木々に覆われた中にある、平屋の日本家屋。ここで一体どんなパーティが開かれるのだろうかと考えながら、二人は一度顔を見合わせると、ゆっくりと漣の自宅へ続く小道を歩き出した。


*


 織が漣の自宅の呼び鈴を鳴らして暫くすると、勢い良く玄関が開かれた。
「はい、どちらさん……?」
「…………」
 織と紗耶は、出迎えてくれたのが漣ではないという事に、些か不意をつかれてきょとんとする。けれどそれも束の間の事。織は中から出てきた相手を見ると、先日漣の庭先で起こった一件を思い出して笑顔で挨拶をした。
「こんにちは。嘉神真輝さんで宜しかったでしょうか。烏丸織です。先日はお世話になりました」
「あー、この間の……そちらさんは?」
 真輝が織の隣に佇んでいた紗耶へ視線を向けると、紗耶は真輝へ名を名乗った。
「紗耶……榊紗耶。こんにちは」
「俺は嘉神真輝。宜しくな」
 笑顔で告げる真輝につられて紗耶は小さく微笑むと、漣が出てこない事を不思議に思って首を傾げた。
「あの、漣さんは?」
「ん? ああ漣の奴は今買出しに……って、タイミングいいな、戻ってきた」
 真輝が二人から視線を外して小道の方を眺めると、織と紗耶もつられるようにしてそちらを見遣った。
「おーい漣、酒買ってきたかー? ……っておまけ付で帰宅かよ」
 そこには、のんびりと歩いてくる漣の他に二人。藤宮永と青江珠樹の姿が見える。
「ああ、永さんと珠樹さんも参加なさっていたんですね」
 織の言葉に、紗耶は織を見上げた。
「烏丸さんの知っている人?」
「ええ。皆さん楽しい方々ばかりですよ」
 織と紗耶は、前方にいる漣達へ、挨拶がわりに軽くお辞儀をする。
 それに答えるかのように、漣はのほほんとした笑顔を見せて手を上げた。



★*・ 松の木ツリー ・*★

「さて。我々はクリスマスツリーを作るとしましょうか」
 漣は縁側に佇むと、永、織の二人へ向き直り、のほほんとした笑顔を見せた。
 小ぶりながらもきちんと手入れの行き届いた庭に、織は視線を向ける。クリスマスツリーを作るのだから、当然モミの木を用意しているのだとばかり思っていた織は、常と変わらない庭の様子を不思議に思い、漣へ問いかけた。
「モミの木はどちらに用意なさったんですか? 漣さん」
 その言葉に、漣は首を横に振った。
「無いですよ」
「え?」
「いえ。庭にドーンとモミの木を植えても良かったんですがねぇ。クリスマスが過ぎた後の処置に些か困りますので、いっそあれに飾り付けをしようかと思いまして」
 漣は、言いながら庭の中央に植えられている一本の木をついと指差す。
 織と永の二人が視線を漣の指差す方に向けると、そこには大層立派な一本松があった。
「……松の木、ですか?」
「ええ。いまだかつて無いツリーになりそうで、面白いじゃないですか」
 どこもかしこもモミの木でツリーを作るのでは、右へ倣えで遊び心が無いでしょうと言ってのける漣に、織はやや困惑した。一体どこの世に、松の木をクリスマスツリーにしようと考える人間がいるだろう――ここに居るのだが――と、半ば呆然としながら松の木を眺める。
 一方、織の隣に佇んでいた永は、至って平然とした様子で言葉を紡いだ。
「松のツリーとは斬新な。祝に用いるには確かに適しておりますが、やはり頂に星飾りはつけるのでしょうか」
「ああ、そういえば星も付けるんでしたねぇ。それなら折り紙と型紙がありますから、簡単に作れますよ」
「松の木に星……」
 松のどの辺りが頂と称される部分なのかは甚だ謎だが、上方に付ければそれなりに見栄えはするのかもしれない。
 やはり漣の自宅へ赴いて不思議を見ずに帰ることは無いのだな、と思うと、織はどのように違和感無く「松の木ツリー」を作り上げようかを考え始めた。
「いっそオブジェ風にするのも楽しいかもしれませんね。少しでしたら織物と和小物を持ってきていますから、それが役立つかもしれません」
 言って、織は己の鞄から染色用の白生地を取り出した。染め上げる前の真白の織物に、雪の柄がうっすらと織り込まれているものだ。
 漣は織の手にある織物を見ると、ポンと両手を打つ。
「客間から見える位置にだけ、そちらの布で雪(ゆき)を模すのはどうでしょうねぇ。綿で雪を作るよりはずっと和風らしくて良い」
 すると、それまで漣の足元で三人のやり取りを聞いていた雪(せつ)が、頬を高潮させながら大人達に声をかけて来た。
「雪も手伝う! お星さまつける!」
「おや、雪ちゃんもまざりたいですか?」
 漣の言葉を聞いた雪が、首を大きく縦に振る。
「うん! みんなのお手伝いする!」
 織は、雪の可愛らしい様子を見ると、腰を落として雪へ目線をあわせ微笑んだ。
「それでは、お星様をつける時は、私が雪ちゃんを肩車してあげますね」
 雪はその言葉に、満面の笑顔を向けて頷いた。


「松の天辺は星で確定しましたし、雪(ゆき)の方も織君が作って下さるので、その他はどうしましょうかねぇ、藤宮先生」
 漣は助言を求めるべく永へ声をかけた。言い出した漣自身、モミの木のツリーは見た事があるが、和風のツリーとなると妙案が浮かばない。
 永は、眼鏡のブリッジ部分を中指で押し上げながら「ふむ」と松の木を眺めて思案する。
「和紙や折り紙を使うのが良いかもしれません。折鶴や紙風船、紙飛行機……木の実を飾っても良いですね」
 下手に洋風を織り交ぜてしまうと、バランスが崩れてしまうだろう。和風には和風を持ってくるのが一番よいのではないかと、永は漣へ告げる。
「素朴な風合いが、何ともいえない雰囲気を作ってくれるのではないかと思いますよ」
 それを聞くと、漣は感心したように頷いた。
「なるほど。流石は藤宮先生です。良い考えをお持ちだ」
「ついでと言っては何ですが、どちらかと言えば七夕の方が得意ですので……短冊をつけても構いませんか?」
「藤宮先生にお任せしますよ。僕は必要なものを奥から持ってきましょう。筆と墨はお持ちですよね」
 書道教室の帰り際に誘われたのだ。当然道具一式は持っている。永は頷くと、ふと思いついたように漣へ告げた。
「私の事は『永』で結構ですよ、いつまでも先生では堅苦しいでしょう。私も支障なければ『漣さん』とお呼びしますので」
「そうですか? それではそうさせて頂きましょうかねぇ。実は僕も堅苦しいのはあまり好きではないのですよ」
 漣がのほほんとした笑顔を向けると、永も煌びやかな笑顔を浮かべた。「ははは」と何故か意気投合して笑いあう二人の様子は、傍らから見ると穏やか極まりないのだろうが、漣の笑顔には何故か腹黒さが見え隠れしているような気がしてならない。やはり気質が自分と少し似ているのかもしれないと、永は漣を見ながら漠然とそう思った。


*


 織が雪(ゆき)に見立ててセンス良く松の枝へと布をディスプレイし、その合間合間に永と漣が折り紙等で作り上げた小物や短冊を吊るして行く。
 織に肩車をされた雪(せつ)が松の頂に星を取り付ける頃には、既に陽は沈みかかっていた。
 薄暗い庭先では、折角作り上げた松の木ツリーが客間からは見えないという事に気が付いた漣は、「さてどうしましょうかねぇ」と束の間考え込む。
 そんな漣の隣で短冊に文字をしたためていた永は、笑顔で漣へ一つの提案をした。
「電飾は味気ないですし、青江さんに内緒で光る方々をお呼び出来ませんか?」
 永の言葉に、漣は微かに驚いたように瞳を見開いた。けれど、次の瞬間には漣も至極楽しそうな笑顔を永へ向けて頷いた。
「光る方々ですか……それも楽しいですねぇ。彼女の喜ぶ顔が目に浮かぶようです」
「ええ。和風のツリーなどそうお目にかかれるものでもありませんから、恐らく光る方々も喜んでお越し下さいますよ」

 織は肩車をしていた雪(せつ)を降ろすと、二人の会話を耳にして首を傾げた。
「どなたかお呼びするんですか?」
 織の疑問に、永と漣はニッコリと微笑む。
「永君が提案して下さったのですがねぇ、松の木に光る方々というのも、中々に面白い趣向です」
「そういっていただけると光栄ですね」
「光る……ということは、蛍か何かを放つのでしょうか?」
 この季節に蛍というのも些か不釣合いですが、と織が言うと、漣はゆっくりと首を横に振った。
「この近くには寺が多く点在しておりますので、そちらで暇をしておられる方々に、松の木の上で光って頂こうかと」
「…………え?」
 首を傾げる織に永が解りやすく説明をする。
「つまり、このご近所にいらっしゃる霊魂の類をお呼びするんですよ」
 永のその言葉に、織は思わず息をのんだ。
「それは……あの、光る方々にも楽しんでいただけるとは思いますが……青江さんが怖がりませんか?」
「ええ。だから楽しいんじゃないですか。ねぇ、永君」
「大丈夫ですよ織さん。極論として、青江さんにばれなければ良いんですから。ばれなければ」
 果たしてそんな事が可能なのだろうか……そう告げようとした織は、煌びやかな笑顔で告げる永と漣の背後に、何かどす黒いものが渦巻いているような気がして、思わず引きつった笑顔を見せた。



★*・ アンバランス・マジック ・*★

 冬の日没は早い。
 料理の盛り付けられた大皿を持って紗耶が客間に姿を現した時、既に外は夕闇に包まれていた。
 織は、紗耶が遣って来た事に気が付くと、縁側に散らばった飾りを片つけていた手を止め、紗耶へと歩み寄る。
「美味しそうですね。皆さんで料理を作られたのですか?」
 持ちますよと告げて紗耶から皿を受け取ると、織は客間に置かれている檜の長い座敷テーブルへとそれを置いた。
「作ったのは殆ど嘉神さん。珠樹さんはお鍋を作ってる。私は盛り付けを……」
 紗耶の言葉に、織が穏やかに微笑む。
「そうですか。綺麗な盛り付けですね」
「……そう? 有難う」
 紗耶はぶっきらぼうな口調で礼を述べながらも、言われた事が嬉しかったのか、微かに瞳を伏せた。


 束の間の後、綺麗な焼き色が付いたローストターキーを皿に乗せ、真輝が客間へ遣って来た。
「おーい。料理運んでくるからそろそろ席に付け……って、なんだありゃ」
 庭先で不気味な存在感を放ちながら、仄かな光に照らされているツリーを見ると、真輝は思わず呟いた。
 てっきりモミの木が用意されているのだとばかり思っていたが、実際目の前にあるのは和風の小物で飾られた松の木ツリーだ。しかもご丁寧に天辺には星まで付いている。
 何処の誰が松の木でツリーを作ろうなどと言ったのか、と思いはするが、純和風の庭先に洋風のツリーが植えられていたら、それはそれでバランスが悪いのだろう。
 そんな真輝の後ろから、お手製鍋を鍋つかみで持ちながら珠樹が遣って来ると、真輝同様、松の木ツリーを見てぎょっとする。
「……なんで松の木に飾り付けしてるの?」
「俺に聞くな」
「しかも和風なのはわかるけど……短冊って七夕でしょ? クリスマスの意味解ってる?」
「だから俺に言うなって!」
 二人は料理を手にしたまま、インパクトの強すぎる松の木ツリーから目を離す事が出来ずに、半ば呆然とその場に立ち尽くしていた。


 料理が出来たという言葉を聞いて縁側から室内へ入ってきた永は、珠樹が持っている鍋を見ると一瞬目が据わり、次の瞬間満面の笑みを浮かべて珠樹へ話しかける。
「青江さん……解っていますよね」
 珠樹はその声にふと視線を永へ向けると、永に負けじと笑顔を見せた。
「もちろんです。『人の不幸は蜜の味』ですよね、先生」
「……何の事でしょう?」
「名言です♪ 残念ながら先生の大好きな野菜が無かったので、皮付きの大根と、『○△』にとってもよく似たほうれん草をたくさん入れておいたから、じっくり味わって食べてくださいね!」
 春菊とほうれん草の一体どこが似ているのかは不明だが、昼間、誰にも聞こえないように呟いたはずの自分の言葉を、珠樹にしっかり聞かれていた事に、永は『不覚やな』と心の中で呟いて苦笑した。


 最後まで庭先に出て飾り付けをしていた漣が漸く縁側から客間へ上がると、既に座敷テーブルには料理が並べられ、全員が揃っていた。
「ああ、皆さん揃いましたねぇ。……では食事の前に皆さんへプレゼントを差し上げましょうか」
 漣はニッコリと微笑んで全員を見渡すと、一旦奥へと下がり、一枚の細長い半紙と筆、そして墨を持って戻って来た。
「プレゼントって、何か描くのか?」
「ええ。僕は別段キリストだとか神仏だとか、そういった枠組みに頓着しない方なのですが、今日ここに皆さんが集って下さったのも何かのご縁でしょうし。欲しいものや見たいものがあるのでしたら、具象化して差し上げますよ?」
 言いながら漣はその場に座り込み、半紙をそのまま畳の上に流し置くと、筆に墨を含ませる。
 全員は顔を見合わせると、半紙を取り囲むようにして、思い思いに腰を下ろした。
 やや離れた場所で、珠樹だけが我関せずと料理を小皿に取り分けている。

「さて。レディーファーストです。紗耶さんからどうぞ?」
 漣に視線を向けられて、紗耶は暫く考え込む。
「んと……サンタのぬいぐるみ、かなあ……ふかふかしてそう」
「なるほど。女の子らしいですねぇ。真輝さんはいかがです?」
「オーロラとか雰囲気あると思うんだが、日本家屋の上にオーロラ……やっぱ微妙?」
 真輝の言葉に、漣は至極楽しそうな笑顔を見せた。
「どうでしょうねぇ。それはやってみない事には解りません」
 漣は言われたものを、するすると器用に半紙へ描き綴って行く。
 人が見ている前で、よくここまでしっかりとしたものを描けるな、と織が溜息を零していると、漣は「織君は何を?」と笑顔を向けた。
「サンタさんは寒い中のお仕事ですし、マフラーなど掛けてあげれたらいいですね」
「なるほど」
 漣はサンタクロースを描いた後で束の間考え込むと、おもむろに織へと筆を手渡した。
「元は絵ですからねぇ。命あるものを具象するのは些か難しいですので、こちらの絵にマフラーを描いてはいただけませんか?」
 漣は言うと、自分が描いた、オーロラの中を飛ぶサンタクロースを指差した。
「……私が描くのですか?」
「織君が描かなければ、意味がありませんからねぇ」
 織の言葉に、漣は微笑む。
 織は言われるままに絵の中のサンタクロースにマフラーを描いた。

 その様子を眺めていた真輝は、ふと思い出したかのように、一人黙々と作業をしていた珠樹へ声をかけた。
「そういや、珠樹は欲しいもんとか、何もねーのか?」
 珠樹は突然声を掛けられて、肩をビクッと震わせると、ゆっくりと振り返った。
「え、私? ……私は良いデス。すぐには何も思い浮かばないデス」
 やはり怖いのだろう。やや強張った面持ちでぎこちなく笑う珠樹を見ると、真輝は「ホントに超常現象とか、そーいうの嫌いなんだな」と苦笑する。
 漣はそんな珠樹を一瞥すると、ニッコリとそれはもう楽しそうに笑顔を浮かべた。
「青江さんには、日中にお約束したものをお見せしましょうねぇ」
「けっ、結構ですってば!」
 漣は珠樹の言葉を思い切り無視すると、絵の中のサンタクロースを橇に乗せ、トナカイを数匹描いた。


 全てを描き終えると、漣は筆を置き、半紙を持ったまま縁側へ出た。
 何をするのだろう? と全員が漣へ視線を向けていると、漣はおもむろにその半紙へ息を吹きかけた。絵は、漣の息に呼応するかのように一度歪むと、紙から剥離してふわりと浮かび上がり、瞬く間に霧散した。
 それを見届けた漣は、くるりと振り返って微笑むと、全員を手招きして縁側へ呼び寄せる。
 真っ先に腰を上げた真輝が空を見上げると、そこには無限に色を変えるオーロラが見えた。
 全員がそれを静かに眺めていると、オーロラの中を一筋の小さな影が飛んで行くのが見えた。紗耶はそれを見ると、静かに言葉を紡ぐ。
「……サンタクロース」
「本当ですね。子供の頃はトナカイの引く橇に乗って空の散歩をしたい、なんて思ってました」
 サンタクロースにマフラーは届いたのだろうかと思いながら、織がふと自分の鞄を見ると、先ほどまで鞄の傍らに置いてあったはずのマフラーが姿を消していた。何処へ行ったのだろうと視線を彷徨わせると、ふと漣と瞳があった。
 漣は何も言わずに微笑むと、夜空を駆け抜けるサンタクロースを指差して織へと告げる。
「空は寒いですからねぇ。きっと織君のマフラーは役に立っていると思いますよ」
 その言葉に、織は一度瞳を瞬かせた後、ゆっくりと微笑んだ。

 そんな中。縁側に佇む漣達の一番後ろで空を眺めていた永は、全員が自分を見ていない事を確認すると、先ほど漣が使っていた筆を手に取り、短冊へ『雪』という文字を書きつけた。
 永が『雪』と書いた文字を人差し指で軽く叩くと、文字はゆっくりと短冊の中へ滲むように沈んで行く。やがて完全に文字が消えた時、空を見上げていた真輝が驚いたように声を上げた。
「グッドタイミングだな、雪が降ってきたぞ」
 その言葉に、永は筆を置くと立ち上がり、空を見上げた。
「……天からお手伝いがいらしたようですね」
 永の言葉に、織が頷く。
「本当に。今日は朝から寒かったですし……ホワイトクリスマスですね」
 漣は雪が降ってきたのを見ると、ゆっくりと振り返り、相変わらず後ろを向いて外を見ようともしない珠樹へ声をかけた。
「青江さんも、怖がってばかりいずに皆さんと一緒に楽しんだらいかがですか?」
 漣に声を掛けられて珠樹がおずおずと振り返る。
「…………」
 紗耶は、珠樹が依然奥から出て来ない事に気が付いて、珠樹のほうへ視線を向ける。こんなに綺麗なのに、どうして怖いと思うのだろう? と思いながら珠樹を見つめていると、ふと珠樹と目が合った。
「大丈夫、何も怖い事はないから」
 紗耶はポツリと珠樹に呟いて、静かに手招きをした。
 珠樹はそれに束の間戸惑い、やがて紗耶が微笑むのを見ると、意を決したように縁側へと足を運んだ。

 全員が縁側へ揃うと、織は手を伸ばして己の手で雪を受け止める。
「初雪を手に受けて願いを唱えると叶う、と聞いた事がありますが……また来年も、こうして皆と優しい時間が過ごせますよう祈りたいですね」
 漣はそれに頷くと、ふと紗耶へ視線を向けた。
「ああ、紗耶さんにはこちらを差し上げましょうねぇ」
「……え?」
 唐突に呼びかけられて紗耶が漣を見る。漣は可愛らしいサンタのぬいぐるみを紗耶へ差し出していた。いつの間にぬいぐるみを具象化したのだろう。紗耶はそれを受け取ると、「ありがとう」と言葉を紡いだ。

「さて、この景色を眺めながら食事にしましょうか」
 折角の料理が冷めてしまいます、と漣が告げると、その場に集った全員は楽しそうに頷いた。



★*・ 聖なる夜の物語 ・*★

 漣の自宅を出る頃には、雪も止んでしまっていた。
 女性陣を送るという織の言葉に、全員が連れ立って漣の自宅を出た時だった。
 ふと紗耶が思い出したように、持参していたプレゼントを全員へと手渡した。
「世間はクリスマスと言うし、贈り物」
 紗耶の言葉に、珠樹が微かに目を輝かせて紗耶の手元を覗き込む。
「なぁに?」
「香……見たい夢を見たい時に焚くとその夢が見れる……おまじないみたいなもの」
 織も紗耶同様にプレゼントを持って来ており、鞄の中から和小物を取り出した。
「私は、皆様に縮緬で作った雪兎の根付を」
 全員は、二人から貰ったプレゼントに礼を述べると、「気をつけて帰ってくださいねぇ」という漣の言葉に送り出されて、帰路に付いた。


*


 他の三人と別れると、織と紗耶は、二人で今日起こった出来事を反芻しながら、のんびりと帰路についていた。
「烏丸さんが、漣さんの事を面白いと言っていたの、少し解った気がする。松の木のツリーなんて初めてみた」
 織自身、紗耶同様モミの木以外のツリーを見たのは、今日が初めてだった。
 初めこそ驚きはしたが、楽しい事が好きな漣の考えそうな事だな、と今になって思う。織は先ほどまでの賑わいを思い出すと笑顔を浮かべた。
「松の木のツリーには些か驚きましたが、皆さん楽しんでいたようですし、私もディスプレイしているうちについ熱中してしまいました」
 確かに一風変わったパーティだったが、オーロラやサンタクロースを見ながらクリスマスを過ごす事など、そうそうあるものではない。
 そんな事を考えながら歩いていると、二手に分かれた道路沿いで紗耶がふと足を止めた。
 どうしたのだろうかと織が紗耶を見ると、紗耶は微かに笑顔を見せながら織を見上げていた。
「……ここまでで大丈夫」
 そんな紗耶の言葉に、女性の夜の一人歩きは危険だと、織は思わず向き直った。
「ご自宅までお送りしますよ?」
「もうすぐそこだから。今日はありがとう」
 織は、礼を述べてくる紗耶にどうしても伝えたい事があった。
 先日、本当に偶然紗耶と出会って、能を見ることが出来た。無理に誘ってしまったのではないだろうかと微かな心配も過ぎったのだが、「能を見ることが出来て良かった」と帰り際に言ってくれた言葉が、織には嬉しかった。その礼を告げたいとずっと思っていたのだ。
 だが、織が礼を述べるよりも前に、紗耶が言葉を紡いだ。
「それと……先日の能の事……お礼を言っていなかったから」
 本当にどうも有難う、面白かった。そう告げる紗耶に、織は驚く。
 どうやら紗耶も自分と同じ事を考えていたのだなと思うと、思わず笑顔を浮かべた。
「いいえ。私のほうこそ楽しかったですし。私も一つ紗耶さんにお伝えしたい事があったんです」
 織は紗耶にそう言うと、己の鞄の中から一通の真白い封筒を取り出した。紗耶はそれを受け取ると、中に入っていたものにきょとんとした表情を浮かべる。
「これ……」
「新年の能公演のチケットです。以前は偶然でしたが、今度はきちんとお誘いしたくて」
 無理強いをするつもりは無いが、紗耶が能に少しでも興味を持ってくれているのであれば、是非一緒に見に行って欲しいと思ったのだ。
 紗耶は織の申し出に驚いたのか、チケットを眺めながら瞳を瞬かせている。それを見ながら、織はふと穏やかに微笑んで紗耶の言葉を待った。
「……ありがとう」
 そう言って柔らかな笑顔を向ける紗耶に、織も微笑む。
 来年も良い年になればいい。そう思いながら……



<了>


★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
★   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ★
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】

◆お料理組
【1711/榊・紗耶 (さかき・さや)/女性/16歳/夢見】
【2227/嘉神・真輝 (かがみ・まさき)/男性/24歳/神聖都学園高等部教師(家庭科)】

◆ツリー組
【6390/烏丸・織 (からすま・しき)/男性/23歳/染織師】
【6638/藤宮・永 (ふじみや・えい)/男性/25歳/書家】

*

【NPC/綜月・漣(そうげつ・れん)/男性/25歳/幽霊画家・時間放浪者】
【NPC/青江・珠樹(あおえ・たまき)/女性/16歳/高校生】
【NPC/雪(せつ)/女性/452歳/座敷童】

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、綾塚です。この度は『Single Hell』をご発注くださいまして、まことに有難うございました。
 今回は、御投入くださった方全員の内容が、少しづつ異なります。基本の軸は同じですが、その軸を各PC様の視点で書いておりますので、その辺りに違いが生じております。かなり手探りで書きましたので、もう本当に不安でいっぱいだったりします。少しでもお気に召して頂けましたら幸いです。


烏丸・織 様

 いつもお世話になっております。今回「松の木に飾りつけをする」と知った瞬間、織さんならどういうリアクションをとるかな……という部分で、何パターンか作成しまして(笑)、一番しっくり来たのがこちらでした。ラスト部分、榊紗耶様にお届けしたものと対になっておりますので、視点をお楽しみいただけたらと思います。
 ではでは、またご縁がございましたら、どうぞ宜しくお願いいたしますね。
クリスマス・聖なる夜の物語2006 -
綾塚るい クリエイターズルームへ
東京怪談
2006年12月22日

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