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『 聖なる夜の物語 〜やどりぎ〜 』
千住・瞳子5242



 【Side T...】

『やどりぎの伝説というのを知っておるか?
 何? そんな前時代的な言い伝えなど知らん、だと。
 はん、これだから青二才はなっとらんというんじゃ。
 ちっ、ちっ、ちっ。
 よいか。クリスマスの夜、乙女達はやどりぎの下で接吻を望まれたら、それを拒めぬのじゃぞ。
 昔は皆、いかにターゲットの乙女をやどりぎの下に連れ込むかに四苦八苦したもんじゃ。はっはっはっ。あの頃が懐かしいのぉ……。
 ほら、お前さんもどうじゃ。
 既に意中の相手はおらんのか?
 おるなら試してみい。きっと上手くいく筈じゃから。』






 【Christmas】

 瞳子はその喫茶店の前で、携帯電話のアラーム設定を解除するとホッと息を吐き出した。白息と肌をさすような冷たい空気にダッフルコートの前をしめて、チラリとそちらに視線を馳せる。
 その先に、彼の姿があった。
 窓際の席で、手持ち無沙汰にコーヒーカップを傾けている。彼の前の席は開いたままだ。ただ、たった今まで自分が飲んでいた飲みかけのティーカップが置かれていた。
 瞳子はその姿を暫く見守っていたが、申し訳なさそうに小さく頭をさげると、やがて意を決したように夜の街へを足早に歩き出したのだった。

 聖歌コンサートの帰りに寄った喫茶店。
 携帯電話の着信音と同じ設定にして仕掛けたアラームは、見事なタイミングで鳴ってくれた。友達から呼び出された、と舌を出して席を立つ。演技だとバレなかっただろうか。
 一緒に来ると言われると困るので「待っててね、すぐ戻るから」と言い訳して荷物を手に喫茶店を出た。
 彼に渡したクリスマスプレゼントには一枚のクリスマスカードが入っている。そこには手書きの絵地図と『10分後に出発してください』というメッセージを添えておいた。
 彼は果たしてその場所に来てくれるだろうか。
 いや、それ以前に、クリスマスカードに気付いてくれるだろうか、とか、クリスマスプレゼントを開けてくれるだろうか、とかいう根本的な問題もあったが。
「気付いてくれるといいんだけど……」
 瞳子は呟いて空を仰いだ。星は残念ながら見えない。分厚い雲が満天を覆い隠している。暗雲立ち込める嫌な気配を振り払うようにして瞳子は言った。
「えーい、運試し!」

 ―――きっと、見つけてくれるよね。

 それに、直接来てください、なんて、その後の事を考えるととても恥ずかしくて言えないのだ。テレが勝る。
 もしかして、自分はとても大胆なんじゃ、と思うと、頬が熱くなった。自分の妄想を誰が見ているわけでもないのに、つい頭の左上のあたりを手で仰いでしまう。
 やがて五差路で瞳子は足を止めた。
 もう一つ、問題があった。
 自慢ではないが絵心には自信がない。あの絵地図でちゃんと目的地にたどり着けるのだろうか。
 この五差路は一つ目の難関と言っても過言じゃないだろう。その為に、横にこの辺りの詳細な絵を添えておいた。裏目に出なければいいが。
 街路樹はクリスマスにデコレーションされ、まるでクリスマスツリーの並木道のようになっている。そんな華やかな通りを歩きながら、ふと車道を見やると、渋滞で連なる車のテールランプが上り坂に続いているのが、篝火のように見えて綺麗だった。
 長い坂を上って振り返る。夜空は雲に覆われているけれど、真冬の街のイルミネーションは、まるで満天の星屑を映し出したようで無意識に息を呑んだ。
 大丈夫。前途は明るい。
 運転手には悪いけれど、十分後もこのまま渋滞だったらいいのにな、なんてぼんやり思いながら踵を返した。
 いつしか街の喧騒は消え、辺りは静かな住宅街に変わる。とはいえ、庭やバルコニーをライトやクリスマスツリーで飾る家々が何件も続いていて、道は思った以上に明るかった。
 その小さな公園の遊具はブランコと滑り台と砂場だけしかない。それでも昼間は子供たちで賑わっている。街灯の下のベンチには近所のだろうおばあさんが毎日鳩に餌をやっていた。
 今は夜更けで誰もいないが、仄かに明るい公園の中を横切って。
 その先に静かに佇む小さな教会があった。近所の子供たちを集めてのクリスマスパーティーの真っ最中なのだろう、明かりが灯っている。
 だが、ここが目的の場所ではない。
 綾に残したクリスマスカードの目的地はこの教会の裏手だ。
 ちゃんとわかりやすいように、と描いておいた教会の絵に気付いてくれるだろうか。
 瞳子は教会の裏庭に出た。そこには噴水があって、ベンチが一つある。
 それから、少し前、この教会の神父から貰ったヤドリギを飾り付けている。
 ベンチに腰を下ろして瞳子は手持ち無沙汰に、膝の上の紙袋を開くことにした。それは、綾から貰ったクリスマスプレゼントである。
 まさかこれを開けたら、中に地図の描かれたクリスマスカードが入っていたりして。万一そんな事があったらどうしようなんて思いながら包装紙のクリスマスシールを綺麗に剥がしていった。
 中から出てきたのは小さなスノードームの付いた匣と、クリスマスカードだった。カードを開くと地図はなく、ただ彼の控えめそうな字が『メリークリスマス』とだけシンプルに綴られていた。
 そっと匣を開くと、可愛らしい単音ががゆっくりと一つの音楽を紡ぎだす。オルゴールだ。
 和名は『禁じられた遊び』スペイン民謡で『Romance de amor』直訳すると―――愛のロマンス。
 膝の上にオルゴールをのせたまま目を閉じる。やがてオルゴールの優しい音に混じって、草を踏む音が聞こえた。
 ここへ来てからどれくらい経ったのだろう。
 顔をあげてそちらを振り返る。
 そこに彼の姿を見つけて、瞳子はホッとした。それと同時に嬉しさがこみ上げてくる。彼が今しているのは、クリスマスプレゼントに自分が贈ったマフラーだったのだ。
 膝の上のオルゴールを手に立ち上がる。
 彼の元へ一歩を踏み出しかけて失敗した。立ち上がった拍子に、膝の上にのせていたオルゴールの包みやら聖歌コンサートのパンフレットやらがバサバサと音をたてて落ちたのだ。
「あ……」
 顔を赤らめつつ慌てて拾い集めると、彼がパンフレットを拾ってくれた。ありがとうと近づいて受け取った時、ほっぺに熱を感じる。
「あつっ……」
 と離れて見やると、それは缶紅茶だった。ここに来るまでに彼が買ってきたのだろう、あまりの熱さに少しだけ頬を膨らませたら、彼は困惑げに目を細めた。
 塞がっていた両手を開けるため、荷物をベンチに置いて、怒ったように睨みつけながら、缶紅茶に手を伸ばす。
「あったかいね」
 笑って受け取って、それから彼を見上げていた視線をそっとそちらへ馳せた。
「あ……」
 そこには、いつか彼に見せたいと思っていた景色がある。
「凄い……」
 彼の感嘆にそっと手を伸ばした。
 温かな手に、自分の手は冷た過ぎるかしら。そんな事を思いながら指を絡ませた。
 目を閉じて、大丈夫と自分に言い聞かせて。
「ここは子供の頃、児童合唱団でよく来て―――馴染みのある場所なんです。ステンドグラスに映るこの噴水が、この教会で一番綺麗だと思って。それで……」
「うん」
 頷く彼の声に顔をあげる。噴水を見つめている彼の横顔をまっすぐに見つめた。
 ―――力を貸してください。
 そう、ヤドリギに願いをこめて。
「綾さん」
 彼が振り返る。
「えぇと……いつも、ありがとうございます。一緒に過ごす時間は楽しくて、大好きで……それで……」
 頬がどんどん赤らんでいくのが自分でもわかった。照れて段々彼の顔を見ていられなくなって自然下がる視線に、声まで小さくなってしまう。
「いつかここで、その……」
 視線を彷徨わせながら、大きく息を吸い込んだ。
「式を……」
 大きく息を吸い込んだ割りに、声はちっとも大きくならなくて。
 俯いてしまった顔をあげられないまま、上目遣いに彼を盗み見る。
「あげたりしてしまったりすると……」
 どんな顔をして聞いているんだろう、と思ったら、彼の頬が赤らんでいるのが見えた。それはきっと、教会のステンドグラスからの明かりのせいだけではあるまい。
「……き、希望と言うより夢なので、って、あわ、私、何言ってるんだろう……!」
 まるではぐらかすみたいにして、あたふたとフォローの言葉を捜す。
 だけど、それが見つかる前に彼が言った。
「はい、いつか必ず」
「あ……」
 嬉しくて恥ずかしくて。
 思わず視線が自分の下げた一束のヤドリギに向かっていた。
 彼がそれを振り返る。
 ヤドリギはキリストが誕生した時、唯一用意されたものだという。
 耳元で聖歌の136番が鳴り響いた。

 ―――もう、とっくに彼は私の心に住んでいる。

「瞳子さん」
 彼の声に顔をあげると、まるで自分をエスコートでもするみたいに彼がそっと手を差し伸べた。
 その手を取る。
「本番は近い未来に。今は、これで我慢して下さい」
 そう言って微笑むと彼は自分をヤドリギの下へと導いた。

 ―――どうか我らに祝福を。

 賛美歌312番を口遊む彼に、少し驚いて、それから自分も一緒に歌う。
 歌い終えて顔を見合わせた。
 そっと目を閉じる。

 誓いのキスを―――。



 ・:.:*.:.☆:・:..★.:・*.:*・



 喫茶店を出る時に貰ったというおみやげのクッキーと、それからホットの缶コーヒーと缶紅茶を並べて噴水の前のベンチにニ人で腰掛けた。
 缶のプリリングをはずして、彼が自分の手をとりあげる。
「今はこれしかありませんが」
 そう言って、左手の薬指にプリリングをはめた。
 ぶかぶかのそれを光に翳してみると、意外にも輝いて見える。飾りっけのないそれは、まるでマリッジリングのように見えて、何だかやっと落ち着いていた胸のドキドキが、また始まった。
 半ば照れ隠しのように自分の缶紅茶のプリリングをはずす。彼の手をとって、同じように薬指にはめた。彼の指には少し小さかったか、第二関節までしか入らなかったけれど。
 気恥ずかしさに互いに俯いて、ただただ顔を赤らめて。
 それから視線をゆっくり彼の方へ馳せた。
 交わる視線にテレが込み上げて。熱くなる頬に視線をそらせてしまう。
 暫く足下を彷徨わせた視線は再び彼と交わって。
 それから、どちらからともなく噴出した。
 笑いあって、笑いがおさまって。
 そっと目を閉じた。
 その唇に彼のぬくもりが降りてくる。



 やがて、頬を濡らす冷たい粒に目を開けた。
「あ……」
 手の平に白い綿毛は淡く消えていく。
「雪……」
 見上げた夜空に、まるでスノードームの中にいるように、静かに優しく雪が舞い降りてきた。


 ―――祝福を。






 ■A Happy Xmas!■






★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
★   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ★
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【2226/槻島・綾/男/27/エッセイスト】
【5242/千住・瞳子/女/21/大学生】


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■         ライター通信          ■
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 ありがとうございました、斎藤晃です。
 楽しんでいただけていれば幸いです。
 ご意見、ご感想などあればお聞かせ下さい。

 【Side A】は、25日の一斉公開までお待ち下さい。
クリスマス・聖なる夜の物語2006 -
斎藤晃 クリエイターズルームへ
東京怪談
2006年12月20日

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