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『 聖なる夜の物語 〜やどりぎ〜 』
槻島・綾2226



 【Side A...】

『やどりぎの伝説というのを知っておるか?
 何? そんな前時代的な言い伝えなど知らん、だと。
 はん、これだから青二才はなっとらんというんじゃ。
 ちっ、ちっ、ちっ。
 よいか。クリスマスの夜、乙女達はやどりぎの下で接吻を望まれたら、それを拒めぬのじゃぞ。
 昔は皆、いかにターゲットの乙女をやどりぎの下に連れ込むかに四苦八苦したもんじゃ。はっはっはっ。あの頃が懐かしいのぉ……。
 ほら、お前さんもどうじゃ。
 既に意中の相手はおらんのか?
 おるなら試してみい。きっと上手くいく筈じゃから。』






 【Christmas】

 目を閉じると、耳の奥ではまだ先ほどまで聞いていた聖歌コンサートの歌声が響いていた。
 たっぷりと時間かけて、カップの底に残っていた、冷めたコーヒーを飲み干すと綾は腕時計を確認した。ぴったり10分。席を立つ。
 向かいの席はすっかり冷え、飲みかけのティーカップが寂しそうに置かれたままになっていた。開いた椅子に置いていたトレンチコートと、手提げの紙袋と、テーブルの伝票を手に、彼はレジへと向かう。会計を済ませて外へ出ると、冬の凍て付いた冷気が頬をさすようだった。慌てて、手にしていたトレンチコートを羽織る。紙袋の中に、クリスマスプレゼントらしい包みが入っていた。その包みを開けて中に入っている手編みのマフラーを取り出すと首に巻いてみる。
 その温かさは彼女のようだった。
 コートの前をしめて再び紙袋の中に手を入れた。その手に掴みだされたのは一枚のシンプルなクリスマスカード。温かみのあるベージュに、クリスマスらしい緑。真ん中に金色の文字で『Merry Christmas!』。カードを開くと彼女の独特な作風で描かれた絵地図と、少し生真面目で温かみのある彼女の文字が並んでいた。

 ―――10分後に出発してください。

 彼女が、友達から呼び出された、と言って携帯電話を片手に店を出て行ったのが、今から十分ほど前。待っててね、すぐ戻るから――という彼女の言葉に喫茶店を出る事も出来ず、手持ち無沙汰で彼女から贈られたクリスマスプレゼントを開いたら、このカードが出てきたというわけだ。
 自分がプレゼントを開かなかったら、どうなってたんだ、と苦笑を滲ませながら、時刻を確認したのが丁度10分前。
 綾はもう一度地図を確認した。
 この目的地に何があるのかはわからなかった。この辺りの地理にはあまり精通していない。この喫茶店も、彼女に案内されて連れてこられたのだ。恐らくは用意周到に。
 かくして、現在地の喫茶店はここなのだろう、とあたりをつけて綾は夜の道を足早に歩き出したのだった。



 ・:.:*.:.☆:・:..★.:・*.:*・



 五差路で足を止める。何度も地図を確認しながら、綾は自分がワクワクしている事に気が付いた。まるで小さい頃に友達とやった宝探しをしているような気分だった。今、自分は間違いなく自分にとっての宝物を捜して歩いているのだ。この宝物のありかを示した地図を手に。
 クリスマスにデコレーションされた華やかな通りを抜けていく。渋滞で連なる車のテールランプが上り坂に続いているのが、篝火のように見えて、車内の当事者らにはともかく、目に楽しかった。
 長い坂を上って振り返ると、真冬の街のイルミネーションがまるで満天の星屑を映し出したように綺麗で、綾は頬を緩めて通りを曲がる。
 十分前に出て行った彼女も、この景色を見ていたのだろうか。
 やがて街の喧騒は消え、辺りは静かな住宅街に変わったが、庭やバルコニーをライトやクリスマスツリーで飾る家々が何件も続いていて、道は思った以上に明るかった。
 小さな公園にはブランコと滑り台と砂場だけしかない。
 絵地図の通りだ。
 ゴールは近い。
 綾はそこで少しコースをはずれた。
 自動販売機でHOTの缶コーヒーと缶紅茶を買ってコートのポケットに仕舞う。
 きっと寒い中、彼女は自分が来るのを待ってくれているのに違いない。
 人のいなくなった公園の中を横切って、地図にかかれたその場所にあったのは、静かに佇む小さな教会だった。クリスマスパーティーでも開いているのか、窓から見える部屋には明かりが灯っている。
 綾はそれを見上げて、それから絵地図を確認した。
 教会の前に彼女の姿は無い。寒いのかだら、中で待ってるのかも、とも思ったが、絵に描かれた可愛らしい針人形は建物の外を指していた。
 建物の絵と教会をしばらく重ねるようにして見比べていた綾はやがて思い至った。
「あ、裏かな」
 絵地図の建物には十字架がない。それは最初、目的地が教会だとわからないようにするためなのか、とも思ったが、もしかしたら、そうではないのかもしれない。つまり、屋根に隠れて十字架が見えないから、というわけだ。
 綾は教会の裏手に歩き出した。
 すると、そちらの方からオルゴールの音が聞こえてくる。
 和名は『禁じられた遊び』スペイン民謡で『Romance de amor』直訳すると―――愛の物語。
 自分が彼女に贈ったクリスマスプレゼントのオルゴールと同じ音色だった。
 果たして、彼女はそこに置かれたベンチも膝の上にあのオルゴールをのせて腰掛けていた。
 草を踏む音に気付いたのだろう彼女が、顔をあげて自分を振り返った。
 嬉しそうに、そして安堵したように、微笑んでオルゴールを手に立ち上がる。
 立ち上がった拍子に膝の上にのせていたオルゴールの包みや聖歌コンサートのパンフレットやらがバサバサと音をたてて落ちた。
「あ……」
 顔を赤らめながら慌てて拾い始める彼女を手伝う。
 パンフレットを手渡して、それから、ポケットの中の缶紅茶を、彼女の冷たくなったほっぺにあてた。
「あつっ……」
 と離れて、少しだけ頬を膨らませる。両手を塞いでいた荷物をベンチに置いて、彼女は怒ったように睨んでいた目を、ふと、綻ばせた。
 両手で包み込むように缶を受け取って笑う。
「あったかいね」
 そんな彼女の視線がゆっくりと動いた。
 促されるようにそちらを振り返る。
「あ……」
 無意識に呟かれる音。
 彼女はたぶん、自分にこれを見せたくて、ここへ自分を誘い出したのだ。
 教会の裏庭にある噴水。そこには教会の中の明かりがステンドグラスを通して映りこんでいた。
「凄い……」
 噴水に映るラッパを吹いた天使に感嘆の声をあげたら、彼女がそっと自分の手をとった。
 絡む指に振り返る。
 彼女は噴水を見つめたままで。
「ここは子供の頃、児童合唱団でよく来て―――馴染みのある場所なんです」
 そう話す彼女の、懐かしむような横顔を見つめていた。
「ステンドグラスに映るこの噴水が、この教会で一番綺麗だと思って。それで……」
「うん」
 頷いて、綾は再び噴水を見た。
 きっとこの光景は、教会の明かりが夜遅くまで灯る、この時期しか見られないに違いない。
「綾さん」
 呼ばれて彼女へと視線を移したら、彼女の視線にぶつかった。
「えぇと」
 少しだけ、はにかむみたいにして。
「いつも、ありがとうございます。一緒に過ごす時間は楽しくて、大好きで……それで……」
 頬を赤らめながら俯いて話す彼女の声が、どんどん小さくなっていくのに、しっかり聞き取ろうと綾は耳をそばだてた。
「いつかここで、その……」
 少しだけ覗き込むと、彼女は視線を右へ左へ忙しくなく移ろわせながら。
「式を……」
 今にも消え入りそうなほどの、蚊のなくような小さな声で囁いた。
「あげたりしてしまったりすると……」
 殆ど涙目みたいになって上目遣いに自分を見上げる瞳子が、可愛くて、愛しくて。
「……き、希望と言うより夢なので、って、あわ、私、何言ってるんだろう……!」
 耳まで真っ赤にして慌てふためく彼女が、あまりにも可愛らしかったから「好きなのは時間ですか、僕ですか」なんて、からかいたくなった。
 だけど彼女の「いつか、式を」に篭められた思いを揶揄する事も出来なくて、それよりも嬉しくて。
「はい、いつか必ず」
 そう答えたら、彼女は少しだけ驚いたような顔で自分を見上げた。
「あ……」
 彼女の視線が自分から、自分の後ろへと向かう。
 その視線を追うように振り返ったら、そこに、赤いリボンの付いたヤドリギがぶら下がっていた。
 クリスマスの聖なるヤドリギにちなんで誰かが仕掛けたのだろうか、イギリスで聞いた事がある。
 誰が仕掛けたのかはわからないけれど。

 ―――ヤドリギは誕生の木。生命の宿る木。

「瞳子さん」
 声をかけたら彼女は恥ずかしそうに顔をあげた。そんな彼女に、まるで彼女をエスコートするように手を差し伸べる。彼女の手が自分の手の平の上に添えられた。
「本番は近い未来に。今は、これで我慢して下さい」
 笑って彼女ヤドリギの下へ。

 ―――どうか我らに祝福を。

 賛美歌312番を口遊んだら、彼女も一緒に歌いだした。
 歌い終えて顔を見合わせる。
 彼女が静かに目を閉じた。

 誓いのキスを―――。



 ・:.:*.:.☆:・:..★.:・*.:*・



 喫茶店を出る時に貰ったおみやげのクッキーと、それからさっき買った缶コーヒーと缶紅茶を並べてニ人は噴水の前のベンチに腰掛けた。
 星型のクッキーを一つ摘まむ。
「はい、アーン」
 なんて笑顔で言ったら、彼女に「え?」と目を見開かれた。
「知らないんですか? ファーストイーティング」
 披露宴ではお約束なんですよ、なんてシレッと言ったら、彼女はやっと落ち着いていたらしい頬をまた赤らめた。
「もう……」
 恥ずかしそうに俯く彼女を促すように。
「どうぞ」
「…………」
 はにかみながら目を閉じて、それでも開けてくれた口に星型のクッキーを食べさせた。
 彼女はそれを喉の奥にしまって、サンタ型のクッキーを一つ摘まむ。
「はい」
 促されて自分も口を開いた。
 クッキーだけのつもりが、彼女の指まで咥えてしまう。
 ニ人とも、まるで時間が止まったようにかたまり合って。
 …………。
「あ、ごめ……」
「う…ううん、大丈夫……」
 気恥ずかしさに互いに俯いて、ただただ顔を赤らめた。
 それから視線をゆっくり彼女の方へ馳せる。
 交わる視線にテレが込み上げて。
 熱くなる頬に視線をそらせてしまう。
 暫く足下を彷徨わせた視線は再び彼女と交わって。
 それから、どちらからともなく噴出した。
 笑いあって、笑いがおさまって。
 彼女から、目が離せなくなって。
 閉じられた瞼に誘われるままに彼女の唇へ自分のそれを重ねた。



 やがて、頬を濡らす冷たい粒に目を開ける。
「あ……」
 彼女も目を開けて空を見上げた。
 手の平に白い綿毛は淡く消えていく。
「雪……」
 見上げた夜空に、まるでスノードームの中にいるように、静かに優しく雪が舞い降りてきた。






 ■A Happy Xmas!■






★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
★   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ★
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【2226/槻島・綾/男/27/エッセイスト】
【5242/千住・瞳子/女/21/大学生】


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■         ライター通信          ■
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 ありがとうございました、斎藤晃です。
 楽しんでいただけていれば幸いです。
 ご意見、ご感想などあればお聞かせ下さい。

 【Side T】は、25日の一斉公開までお待ち下さい。
クリスマス・聖なる夜の物語2006 -
斎藤晃 クリエイターズルームへ
東京怪談
2006年12月20日

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