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『Now earth is sneaking. 』
芽・ミッシェリース6663)&(登場しない)

 星間同盟刑務所から脱走した犯罪者を追跡するように、芽・ミッシェリースが命令を受けたのは、少し前のことだった。
 それも普通の犯罪者ではない。逃げ出したのは、精神知性体と呼ばれる実体のない存在だ。他の生物、異性人に寄生することもあり、それだけでも厄介だというのに、この犯罪者は特に頭がキレ、長年の捜査の結果、ようやく捕らえることができた。
 その犯罪者が逃げた、ということは、再びなんらかの犯罪が行われることを示唆していた。それが実行に移される前に、ヤツを拘束することが芽に課せられた任務であった。
 銀河中に散らばる捜査官から寄せられた情報により、脱獄した犯罪者が地球に潜伏しているらしい、という情報を上層部はつかんでいた。
 そして上層部からの指示により、芽は地球へ向かうことにした、

 外宇宙をも航行できる小型宇宙船のコックピットで、ぼんやりと暗黒の中に浮かび上がる地球を見たとき、芽はなんて綺麗な惑星だろう、と思った。
 話には聞いていたが、地球という星を実際に自分の目で見るのは、初めてであった。
 銀河系の辺境に位置する地球は、芽らが主に活動している銀河系の中心から数億光年も離れていることもあり、いまだ星間同盟にも所属しておらず、まったくと言っていいほど調査が進められていない未開の土地であった。
 だからこそ、実体を持たない精神知性体や、芽のような地球人型の生命体が姿を隠すには、打ってつけの場所であるともいえた。
 上層部が今回の件を芽に任せたのは、彼女が地球人に酷似した外見をしているからだ、ということは容易に想像がついた。通常の捜査では、こうした未開地の惑星上に長期滞在することは少ないが、万が一、現地の住人に目撃されたとしても、芽ならば怪しまれることがない。
 芽はナノク人だ。見た目は地球人の子供であるが、これでも歴とした大人である。ナノク人は成人でも身長はたいして高くならない。
「五次元エネルギースキャニング」
 衛星軌道上に停止した宇宙船の艦橋に立って、大型モニターに表示された地球を眺めながら、芽は船体を制御するAIに命令した。
 船には犯罪者を捜し出すための装置が数多く搭載されている。実体の精神知性体などを捜すには、五次元スキャンを行えば、その所在を知ることができる。
 彼女ら捜査官が未開地に長居したのは、現地の文明レベルを考慮し、住人を混乱させないためでもあるが、五次元スキャンなどを使用して犯罪者の居場所を即座に特定し、誰にも見られないように急襲、逮捕するからであった。
「なにこれ? どうなってるの!?」
 だが、モニターの片隅に表示されたスキャンの結果を見た芽は、思わず驚きの声を上げていた。
 星間同盟に登録されている現地住人の文明レベルを明らかに上回る技術や、精神エネルギーと思われる存在の活動が多数、検出されたことが示されている。検知されたエネルギー反応の中には、人間ではないパターンのものもあり、また地球の文明レベルでは決して存在することのない、次元波も記録されていた。
 他の惑星や、並行次元世界――いわゆる異世界との往来がなるのだろうか、と芽は考えたが、星間同盟の惑星調査では、地球人がそこまでの技術を要していないということが明確に表記されている。
「ったく、なんなのよ……この惑星は!」
 思わず芽の口から悪態が漏れた。
 宇宙船から五次元エネルギースキャンをかければ、このような未開惑星での犯罪者逮捕は容易だと考えていたが、その目論見がものの見事に外れたことを芽は理解した。こんな状況にある惑星で、問題の脱獄囚を発見するのは、予想以上に骨が折れる作業だ。
「思っていたより、長期戦になりそうね……」
 ため息混じりに、芽は小さくつぶやいた。

 衛星軌道上の宇宙船から、五次元エネルギースキャンなどを併用して監視活動を続けた結果、この地球という惑星のある地域に、時空の歪みが多く発生し、特異な現象が頻発していることを突き止めた芽は、そこへ潜入することにした。
 宇宙船のAIに命じて、原住民が構成するネットワークに侵入し、架空の人物の履歴を創り上げた。一応、外部からの侵入を防ぐべく、防壁が築かれているようではあったが、芽からすれば存在しないも同然の代物であった。
 都市近郊の空き地に宇宙船を着陸させ、現地の住宅に擬態させた上で、周辺の住民の記憶を操作し、芽らが以前からそこに住んでいるかのように偽装した。星間司法機関の捜査員という立場上、本来そうした行為は禁止されているのだが、今回ばかりはそうも言っていられなかった。
 家の中には、質感すら伴う立体映像フィールドを展開し、それをAIに管理させることで仮初めの両親とした。ナノク人としては成人だが、地球人からすれば子供にしか見えないため、周囲に怪しまれないようにするには、保護者が必要であった。
 さらに芽は書類を偽造し、近くの小学校へ通うことにした。これも、すべては原住民から怪しまれないようにするための工作だ。小学生にしか見えない芽が、昼間から出歩いていては、怪しまれる。そのため、平日は学校へ通い、犯罪者の捜索は放課後と休日のみに限定せざるを得なくなっていた。
 芽が通うことになった小学校は、神聖都学園といった。

 芽は廊下を歩いていた。
 彼女の前には担任教師となる女性が歩いており、芽は黙ってついて行った。
 リノリウム貼りの廊下には、芽と教師の靴音が規則的に響き、壁を挟んだ教室からは子供たちの声が聞こえてくる。
 しばらくして教師が不意に立ち止まった。
 クラスを示すプレートが引き戸の上部に吊り下げられている。どうやら、この教室が芽がこれから通うことになる場所らしい。
 戸を引いて先に教室へ入った教師に芽も続いた。
 そう広くない室内では、生徒たちが銘々に騒いでいたが、担任の姿を見ると、慌てて自分の席へ着いた。
 そして初めて見る芽に、興味津々といった視線を向けてくる。
 ひそひそと話し声が響き、それは徐々に大きくなる。
「はーい、静かにしてね」
 手に持った名簿で教卓を叩いて教師は言うが、わずかに声が低くなっただけで会話が収まる様子はない。
「今日から、このクラスで一緒に勉強することになった、芽・ミッシェリースさんよ。みんな、仲良くしてあげてね」
「芽・ミッシェリースです。よろしく」
 目の前にいる子供たちが、ナノク人の大人であるかのように錯覚した芽は、いつもの冷静な調子で言った。
 しかし、子供たちの表情が徐々に驚きに変わるのを見て、彼らがナノク人ではないことを思い出し、ぎこちない笑みを浮かべながら言葉を続けた。
「……お願いします!」

 完

PCシチュエーションノベル(シングル) -
九流 翔 クリエイターズルームへ
東京怪談
2006年12月20日

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