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『Holy song 』
アレスディア・ヴォルフリート2919




 ぐりぐり眼鏡の一見少女とも少年ともつかないふわふわ金髪の子供が、地面を見つめながらあーでもないこーでもないと人の波を掻き分けて進む。
 クリスマスらしく白い翼を背につけて、天使のコスプレのつもりなのか、その目につけている眼鏡さえなければ、可愛いと呼べる風貌に違いない。
『減ってるのです…』
 集めたはずの聖歌が明らかに減っているのである。
 子供はあっちへこっちへと歩き回って無くなった聖歌を探すものの、一向に見つからない。
『うぅ……』
 子供の呟きは喧騒に掻き消え、周りの大人は誰も子供に声をかけようとしない。
 何とも冷たい大人たちだ。
 いや、違う。もっとよく見てみれば、歩く人々は子供を避けてさえいない。
 そう彼らには見えていないのだ。
 子供はもう一度確認するように肩からかけた鞄を持ち上げるように覗き込む。なぜか向こうの景色が見えた。
『あああああ!!』
 拳サイズの穴が開いた鞄を見つめ、子供が叫ぶ。
 鞄から転げ落ちた聖なる歌声たち。
『折角集めたのに……』
 アレスディア・ヴォルフリートは辺りを見回し、周りの反応を不思議に思いながら子供の前まで歩み寄ると、身長を併せるようにその場に腰を下ろした。
「なにやらお困りの様子―――…」
 アレスディアが声をかけた瞬間、子供はびくっと肩を震わせて、なぜか口のへの字にして顔を上げた。
「どうか、されたのか?」
 そんな子供の様子にアレスディアはきょとんと瞳を瞬かせ、小首をかしげる。
『お…お姉さん、見えるですか?』
「見えるも何も、あなたが困っている様子だった故、声をかけてしまったのだが」
 迷惑だっただろうか? と、続けられたアレスディアの言葉に、子供はぶんぶんと首を左右に振った。
 アレスディアに声をかけられた時の子供の反応は、自分が通常人間に見える存在ではないと分かっていたから。要するに、自分が見える人間に出会った事を、必要以上に驚いてしまっただけ。
『え…えっと……』
 子供は空になった鞄をぎゅっと抱きしめ、ぐりぐり眼鏡過ぎて見えない瞳を泳がせた。
『このままでは、お姉さんが怪しまれてしまうのです』
 おどおどと躊躇いがちに告げられた言葉に、アレスディアは周りを見回してみれば、今まで何の興味も示していなかった通行人がこちらに視線を向けていた。
 通行人には、アレスディアが何もない道端で蹲り、独り言を呟いているように見えているのだ。
「私は気にしないが……」
 それよりも何か困っているのだろう? と、告げられた言葉に、子供は感極まった様子で一度ぐっと顔を歪めると、大きく頭を下げた。
『あ、ありがとうございます…なのです』



 子供は自分をサラフィエルと名乗り、自分のことはサラと呼んでほしいと言った。
「聖歌を集める、というのがよくわからぬのだが……」
 そもそも聖歌とは教会で歌われる歌の事であり、何かしら実態があるものではない。
『わたしは、聖歌を集めて届けるのが仕事なのです』
 その届けるための聖歌を落としてしまったため、困っているのだという。
「ともかく、落し物をし、それを捜さねばならぬということだな?」
 こくんとサラが頷く。
「了解した。手伝おう」
『え?』
 あまりにも率直に頷いたアレスディアに、逆にサラのほうが困惑しその顔を見上げる。
『えっと…』
「しかし、先ほども言ったが聖歌を集めるというのがよくわからぬ」
 何と言ったらいいのか良くわからず、眼鏡の下の瞳をぱちくりさせているサラを尻目に、アレスディアは腕を組み、考えるよう小首を傾げ、瞳を虚空に泳がせる。
「聖歌とは、私達が通常歌う歌ではないのだろうか?」
 やはり、歌とは形を伴わないものだ。落としたり、集めたりできるものなだろうか、と、なお更首をかしげる。
 もしかしたら“聖歌”と名前をつけた何かしらのアイテム…、いや、もっと現実的に聖歌が奏でられるオルゴールなどでは……。
「まぁ……歌であれ、何であれ、どのような形をしているのか教えていただけぬか?」
 捜すにしても、それがどのようなものなのか分からなければ、捜しようがない。
『えっと、聖歌は丸い形をしているのです』
 球体の形をしていたのならば、ボールのようにころころと転がっていってしまってもおかしくない。
 それから、
『わたしは、聖歌を形に出来るのです』
 と、サラは言葉を続ける。教会で歌われた歌を形のある何かに変えることが出来る。名前でもオルゴールでもない、本当に聖歌という存在そのものをやはり集めていたのだ。
 そして、その聖歌は肩にかけている鞄一杯に集まっていた。
 今はその鞄の底には穴が開き、聖歌は1つも残っていないけれど。
 サラが蓋を開けて覗き込んだ鞄を、アレスディアも一緒に覗き込む。
 その穴からは、綺麗に路地のタイルが見て取れた。
「しかし、その鞄では、また聖歌を集めても底から落ちてしまうな」
 どうしたものかと考え、アレスディアは何か当て布になりそうなものはないかと捜して、ありったけのポケットや荷物を入れている鞄の中を調べ、あるものが手先に当たり、いいものを見つけたとサラに向けて微笑んだ。
 そんなアレスディアの手に持たれていたのは、一枚のハンカチ。
「鞄をお借りしてもよろしいかな?」
『はいです』
 サラはかけていた鞄をアレスディアに手渡し、ぱちくりとその様を見つめている。
 旅をする過程で、解れた布や取れたボタンは自分でつけてきたのだ、裁縫の心得くらいは持ち合わせている。
 アレスディアは穴が開いた部分を塞ぐようにハンカチを当てて、アップリケの要領で縫い付けていく。
「さぁ、これで大丈夫だ」
 アレスディアは優しく微笑むと、穴を修復した鞄を手渡す。
『ありがとうございますです!』
 サラは受け取った鞄を宝物のように抱きしめて、満面の笑顔を浮かべた。
「では、聖歌を捜そうか」
『はいです!』
 鞄を直すために蹲っていたアレスディアは立ち上がり、どう捜すべきかと考える。
「そうだな……サラ殿が歩いてきた道々を順に辿って捜そうと思うのだが」
 そう尋ねた瞬間、サラは眉を八の字にして、俯いてしまった。
『聖歌に呼ばれるまま移動してきたので、道とか良くわからないのです。でも、通れば分かるですよ!』
 多分……と、サラは一度上げた視線をまた俯かせ、シュンと小さな肩を落とす。
「そう気を落とされるな」
 来た道を説明は出来ないが、通った道の雰囲気を覚えているのなら、この道は通った事がないと判断する事はできる。
「行ったこともない場所には、落ちてはいまい?」
『そう…ですよね!』
 そう、行ったことがある道と分かるだけで充分。
 アレスディアは、サラの手を取り歩き出した。
 聖歌が球体をしているのならば、誰かに――歩く他者の足に、蹴飛ばされている可能性も有るかもしれないと考える。
 もしそうだとしても、歩いてきた道々の周辺から、そう遠く外れる事はないだろう。
 しかし、サラの手より小さい拳大程度の多きさの球体を捜すと言うのは、些か骨の折れる作業である事を捜し始めて痛感した。
 さすがクリスマスと言う一年の終りの大イベントの真っ最中と言うだけの事はある。
 人の波が尋常ではなかったのだ。
「サラ殿、大丈夫か」
『大丈夫なのです。いつもの、事ですから』
 人に姿が見えないという事は、人はサラの存在など気にせず歩くという事。
 きっと今までサラは自分でぶつからない様に避けていたに違いない。
 人を避けながら、そして聖歌を集め、今は聖歌を捜しながら歩く事は、きっと通常で考えればとても大変だっただろうとアレスディアは思う。
 球体――ボールというよりはオーブと証した方が適切な、どこか鉱物的な風味を持った聖歌。
 あれから結構な時間を探し回ったというのに、見つけたオーブは鞄のやっと3分の2。これでは手伝ってくれているアレスディアに申し訳なくて、サラはぐっと唇をかみ締める。
『手伝って、頂いているのに……』
 どこか震える声で小さく呟かれた言葉。
「そんな不安げな顔をされるな」
 アレスディアはその小さな呟きを耳に留め、その場に腰を下ろす。
「大丈夫。聖歌が全て見つかるまで、付き合う故」
 そして、俯いたサラの視線からでも見えるよう覗き込んで、安心させようと微笑んだ。
『アレスさん……』
 ぐずっと鼻をすする音。
『ありがとうございます』
 サラは半分泣き出しながらも、また歩き出した。



「あった!」
 誰かが知らずに蹴り上げていたのだろう、窓辺に置かれたプランターとプランターの隙間に微かに光るオーブを見つけた。
 鞄一杯に詰まった、宝石のように煌く輝きではないが、微かな光を伴ったパステルカラーの淡い色合いのオーブ。
 それは、底も側面さえも見えないほどに集まった聖歌たち。
 最後、アレスディアが手に入れたオーブを、サラは大事に受け取って鞄の中へと仕舞いこむ。
「これで全部かな?」
『はいです! ありがとうございますなのです!!』
 鞄一杯合ったというだけで、本当はどれだけ落としたかなんて分からなかった。途中、諦めてしまいそうになったけれど、一緒に捜してくれたアレスディアが居たから、きっとここまで集めることが出来た。
 聖歌が集まったことを純粋に喜んでくれているアレスディアを見上げ、サラは鞄の中に手を入れた。
『手を、出して欲しいのです』
 アレスディアはサラに乞われるまま手を出すと、その上に、ぽんとパステルイエローのオーブが乗せられる。
「サラ殿!?」
『アレスさんに、あげるのです』
 何か役目があって聖歌を集めたはずなのに、それを勝手にあげてしまってもいいのだろうか。
「受け取れぬ」
 1つでも欠けてしまえばサラが怒られてしまうかもしれない。けれど、サラは微笑みゆっくりと首を振ると、ふわりと空へ浮かび上がった。
 受け取ったオーブが、アレスディアの手の中で、まるでシャボン玉のようにパチンと弾けて消える。
 そして、残ったのは、白く、淡い光を発する一枚の羽根。
 それを確認すると、サラは今まで一切動かす事をしなかった翼を広げた。
 空に飛び上がったサラフィエルの手には金のラッパ。
 アレスディアは追いかけるように一歩足を踏み出す。

―――バサッ……

「何……?」
 手の中の羽根からゆっくりと広がっていく淡い光の翼。
 それと共に、どこか楽しい歌声が響き渡る。

―――Joy to the world! the Lord is come;

 アレスディアの手の中で、ゆっくりと上腿を起こした、淡い光りを発する小さな小さな天使。

―――Let earth receive her King;

 今まで聖歌であった羽根が変化した白く光る小さな天使は、胸の前で両手を組み、全身から音を発するかのように謳う。

―――Let ev'ry heart prepare Him room,

 空からはラッパの音が響く。

―――And heav'n and nature sing.

 歌の終わりに近づくにつれ、小さな天使の身体が透けていく。
 アレスディアはそっと瞳を閉じた。


―――And heav'n and nature sing.



―――And heav'n and heav'n and nature sing.



 落ちる白い羽と、いつまでも続く歌の音。
 それは、瞳を閉じたアレスディアの中に、そっと染込んでいった。









fin.





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★   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ★
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【2919】
アレスディア・ヴォルフリート(18歳・女性)
ルーンアームナイト


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■         ライター通信          ■
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 Holy songにご参加ありがとうございます。ライターの紺藤 碧です。
 突発的な窓開けでしたがご参加ありがとうございました。
 実は聖歌の形を聞いてくださいと書いたのは、参考にもさせていただきましたが、単純に当方の好奇心からでした。申し訳ありません。
 途中、鞄が壊れたままだったので、修復したのですが裁縫が苦手でしたらすいません。
 今回の聖歌には「賛美歌112番 もろびとこぞりて」の1番を引用しています。
 それではまた、アレスディア様に出会える事を祈って……

クリスマス・聖なる夜の物語2006 -
紺藤 碧 クリエイターズルームへ
聖獣界ソーン
2006年12月20日

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