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『Holy song 』
シュライン・エマ0086




 ぐりぐり眼鏡の一見少女とも少年ともつかないふわふわ金髪の子供が、地面を見つめながらあーでもないこーでもないと人の波を掻き分けて進む。
 クリスマスらしく白い翼を背につけて、天使のコスプレのつもりなのか、その目につけている眼鏡さえなければ、可愛いと呼べる風貌に違いない。
『減ってるのです…』
 集めたはずの聖歌が明らかに減っているのである。
 子供はあっちへこっちへと歩き回って無くなった聖歌を探すものの、一向に見つからない。
『うぅ……』
 子供の呟きは喧騒に掻き消え、周りの大人は誰も子供に声をかけようとしない。
 何とも冷たい大人たちだ。
 いや、違う。もっとよく見てみれば、歩く人々は子供を避けてさえいない。
 そう彼らには見えていないのだ。
 子供はもう一度確認するように肩からかけた鞄を持ち上げるように覗き込む。なぜか向こうの景色が見えた。
『あああああ!!』
 拳サイズの穴が開いた鞄を見つめ、子供が叫ぶ。
 鞄から転げ落ちた聖なる歌声たち。
『折角集めたのに……』
 シュライン・エマは、最後にしょぼんと肩を落とした子供の姿に、ぽんっと軽く手を叩く。
(このところ年末になると天使と遭遇するような…)
 ふと瞳を虚空に向けて、去年の出来事を思い返してみる。
 しかし、子供自身が自分のことを天使だと言った訳ではない。
 とにもかくにもまずは話しかけてみなければ道は開けてこないだろう。
 シュラインはカツカツと靴音を軽く響かせて子供に近づき、すっとその前にしゃがみこんだ。
「こんにちは」
『はぇ!?』
 素っ頓狂な子供の声に、一瞬瞳が点になる。
 地面を見つめ、あっちへキョロキョロこっちへキョロキョロという動きをしていたことを思い出し、
「何捜してるの?」
 と、シュラインは子供の顔を覗き込んで問いかける。
『あ…ぅえ、えっと…っ』
 子供はぎゅうぅっと肩からかけている鞄を握り締め、盛大に眉根を寄せてシュラインを見ていた。
「どうかしたの?」
 そんな子供の様子に、シュラインは小首を傾げるが、記憶の片隅から引き出された事柄に、合点が言ったとばかりにうふふと笑って言葉を続ける。
「もしかして、どうして自分が見えているのか不思議。って、事かしら?」
 答えを求めるような視線を子供に向ければ、子供は上下に大きくウンウンと首を動かした。
 シュラインはそれに満足するようににっこりと笑顔を浮かべ、子供はそわそわと辺りを見回して、ぎゅっと縮こまる。
『えっと、お姉さんがここで蹲っていたら怪しく思われるのです…』
 そうして子供はシュラインの手を引くと、人の目が比較的少なめなベンチへと移動した。



 子供は自分をサラフィエルと名乗り、自分のことはサラと呼んでほしいと言った。
 そして、
「聖歌?」
『はいです。聖歌です』
 落ち着いた場所でもう一度、何を捜しているのか尋ね、返ってきた答えは聖歌を捜している。というものだった。
 シュラインは、考え込むようにうーんと空を見上げて、眉根を寄せる。
「聖歌って…歌よね? 楽譜って感じでもないし、どんな形してるのかしら」
 歌が形を持つとしたら、音符やトーン記号の形になるだろうかとシュラインは色々と考える。
「光ってたり、微かにでも音が聞こえるなら捜し易いかもね」
 聖歌という元々が歌という媒体であるならば、それ自体が歌を発していてもよさそうなもので、もしそうなればシュラインの耳で聞き取る事が可能だ。
『えっと、これくらいで…』
 と、サラが小さな両手で作ったのは、まるで山形おにぎりのような形。
(何だか、おむすびころりんみたいね)
 鞄からころころと転げて落ちていった、おにぎりという形を成した聖歌。ころころと転がって、やがて穴の中に落ちて―――と、これはただの昔話からの予想だけど。
 シュラインは小さくくすっと笑って、傍らのサラに視線を向ける。
 サラは、鞄の底を持ち上げ、小さく肩を落としていた。
「おむすびみたいなら、聖歌ってそんなに重くないのね」
『はいです』
 だから聖歌の重さで鞄が破けたわけではない。
 きっと此処へ来るまでにどこかで引っ掛けてしまったのだろう。
「ちょっと貸してもらっていい?」
 シュラインの言葉にサラは目をぱちくりとさせて、小首をかしげるようにして顔を上げる。
 シュラインは持っていたショルダーバックから一枚のハンカチを取り出すと、それを四つ折にして穴の開いた鞄に当てる。
「また集めた聖歌を落とさないように、鞄を直さなくちゃ。ね?」
 そして、縫っても大丈夫? と、言葉を続ければ、サラは感極まったような満面の笑顔を浮かべる。
『ありがとうございますです!』
 シュラインは鞄を受け取ると、携帯用ソーイングセットを取り出し、内側からハンカチを当てると、外側=鞄の穴側からブランケットステッチでハンカチを縫い付けていく。一見して穴ではなく、デザインにも見えるように縫い付けるあたりにシュラインの気配りが見て取れた。
「そうね、闇雲に捜しても仕方が無いし、今まで歩いてきた道とか、教えてくれないかしら?」
 手馴れた手つきでハンカチを縫いつけながら、時々視線をサラに向けてシュラインは問いかける。
『聖歌に呼ばれるまま移動してるので、道とか良くわからないのです。でも、通れば分かるですよ!』
 多分……と、サラはシュンとまた小さな肩を落とす。来た道を説明は出来ないが、通った道の雰囲気は覚えているらしい。
 道が曖昧ならば、形という方面に特化して捜すのもまたいいだろう。
「じゃあ、聖歌についてもう少し詳しく教えてもらえるかしら?」
 おにぎりの形というのは分かったが、それ以上の説明を受けていない。捜すにしても物が良くわからなければ、それだと分からずに見落として仕舞いかねない。
 シュラインは、もっと詳しい聖歌の詳細をサラに尋ねる。
『凄くキラキラではないのですけど、白く光ってるです』
 シュラインはなるほど。と、視線を少し思案げに揺らすと、最後のブランケットステッチを鞄に施した。
「よし!」
 プチっと糸を切り、パンパンと鞄を叩いて縫うために崩れた形を整える。
「さぁ、これで集めた聖歌はもう落ちないわ」
『ありがとうございますです!!』
 シュラインから鞄を手渡され、サラは本当に嬉しそうにぎゅっと鞄を抱きしめた。



 シュラインとサラは手を繋いでクリスマスに浮かれた街道を歩く。
 色とりどりのイルミネーション。
 クリスマスが終わる時間は遠く思えて、近い。
 繋いでいる手がどこかそわそわと細かく動き、シュラインはすっと傍らのサラを見下ろす。
 ぎゅっと眉根を寄せて唇をかみ締めている姿に、サラが相当焦っている様が見て取れた。
「サラちゃん」
 シュラインはふと足を止めてその場に腰を下ろし、サラの顔を覗き込む。
『は、はい。何ですか? シュラインさん』
 真剣な眼差しで見つめてくるシュラインに、サラはどうしてシュラインがそんな顔をしているのか分からずに瞳を瞬かせる。
 しかし、当のシュラインは、サラの瞳を真正面から受け止めると、ふっと優しく微笑んだ。
「焦ってるとね、余計見逃しちゃうものよ」
『!!』
 その指摘に、サラはぐっと息を呑み、視線を俯かせる。
「深呼吸して」
 シュラインはそっと瞳を閉じ、ゆっくりと深呼吸をしてみせる。
 その姿を見てサラもゆっくりと息を吸い、ふーっと吐き出す。
「大丈夫」
 全部見つかるわ。と、シュラインはサラの頭を撫でた。
 ふわりとした細い絹糸のような金色の髪が指先に絡みつき、少しだけふわもこの感覚を思い出させる。今回は、ふわさらだが。
 また手を繋いで歩き出したシュラインは、すーっと耳を済ませる。
 以前出会ったあのハニエルや、傍らのサラ達のまわりの空気を思い出すような、連想するような、そんな音を捜すように。
 何か音が発したような、そんな曖昧な音に導かれるように、そっと街道の端へと視線を向ける。
「サラちゃん。もしかして…」
『ふぇ?』
 シュラインが小さく指差す方向、少し窪んだ建物と歩道の間に見える何だか白い光。
 サラの顔が花が開くように綻んだ。
『あれです! 聖歌です! 有りましたです!!』
 サラは本当に嬉しかったのか、ピョンピョンとその場で飛び跳ね、そっと転がった聖歌を持ち上げると宝物のように鞄に仕舞いこんだ。
「見つかって良かったわ」
 形も分かった。本当に微かな音ではあるが、集中すればシュラインの耳にも反応がある事も分かった。
「これなら、直ぐに見つかるわね」
『はい!』
 シュラインは大きく頷いたサラの頭をまたそっと撫でた。



 こつを掴んでしまえば至極簡単に集まった聖歌たち。
 その形はおにぎりの形をしているように見えるが、もっと適切な言葉を当てはめるなら、少々形が崩れた真珠。
 光を受ければ優しい輝きを放つ、パステルカラーの虹色を含んだ白い聖歌を覗き込み、2人は顔を見合わせ微笑みあう。
「これで全部?」
『はいです! ありがとうございますなのです!!』
 サラは勢いをつけて大きく頭を下げる。
 あまりに勢いを付けすぎて、またころりと転がる聖歌。
『あっ』
「あらあら」
 シュラインはくすっと笑って聖歌を拾い上げ、サラの前に差し出した。
『………』
 しかし、サラはシュラインの手の中の聖歌を見つめるだけで、手に取ろうとしない。
 どうしたのだろう? と、サラを見つめるが、サラは聖歌を持ったシュラインの手を、覆うようにそっと手を添えて、シュラインの顔を見上げて微笑んだ。
『シュラインさんに、あげるのです』
「でも、サラちゃん…」
 何か役目があって聖歌を集めたはずなのに、それを勝手にあげてしまっても、いいの?
 そんなシュラインの瞳に、微笑んだサラはゆっくりと首を振り、ふわりと空へ浮かび上がる。
 今まで作り物のように動かなかったサラの羽が広がる。
 空に飛び上がったサラフィエルの手には金のラッパ。
 シュラインは空を見上げる。

―――バサッ……

「え?」
 手の中の聖歌からゆっくりと広がっていく淡い光の翼。

―――Les anges dans nos campagnes……

 シュラインの手の中で、ゆっくりと上腿を起こした小さな小さな真珠の天使。

―――Ont entonné l'hymne des cieux,…

 今まで聖歌であった真珠が、そのまま形を取ったかのような小さな天使は、胸の前で両手を組み、全身から音を発するかのように謳う。

―――Et l'écho de nos montagnes,

 空からはラッパの音が響く。

―――Redit ces chants mélodieux :

 歌の終わりに近づくにつれ、真珠の天使の身体が透けていく。
 シュラインはそっと瞳を閉じた。


―――Gloria in excelsis Deo,



―――……Gloria in excelsis Deo.



 落ちる白い羽と、いつまでも続く歌の音。
 それは、瞳を閉じたシュラインの中に、そっと染込んでいった。









fin.





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★   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ★
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【0086/シュライン・エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】


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■         ライター通信          ■
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 Holy songにご参加ありがとうございます。ライターの紺藤 碧です。
 突発的な窓開けでしたがご参加ありがとうございました。
 実は聖歌の形を聞いてくださいと書いたのは、参考にもさせていただきましたが、単純に当方の好奇心からでした。申し訳ありません。
 鞄を修復していただきありがとうございました。
 今回の聖歌には「賛美歌106番 荒野の果てに」の1番を引用しています。
 それではまた、シュライン様に出会える事を祈って……

クリスマス・聖なる夜の物語2006 -
紺藤 碧 クリエイターズルームへ
東京怪談
2006年12月20日

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