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『Holy song 』
セレスティ・カーニンガム1883




 ぐりぐり眼鏡の一見少女とも少年ともつかないふわふわ金髪の子供が、地面を見つめながらあーでもないこーでもないと人の波を掻き分けて進む。
 クリスマスらしく白い翼を背につけて、天使のコスプレのつもりなのか、その目につけている眼鏡さえなければ、可愛いと呼べる風貌に違いない。
『減ってるのです…』
 集めたはずの聖歌が明らかに減っているのである。
 子供はあっちへこっちへと歩き回って無くなった聖歌を探すものの、一向に見つからない。
『うぅ……』
 子供の呟きは喧騒に掻き消え、周りの大人は誰も子供に声をかけようとしない。
 何とも冷たい大人たちだ。
 いや、違う。もっとよく見てみれば、歩く人々は子供を避けてさえいない。
 そう彼らには見えていないのだ。
 子供はもう一度確認するように肩からかけた鞄を持ち上げるように覗き込む。なぜか向こうの景色が見えた。
『あああああ!!』
 拳サイズの穴が開いた鞄を見つめ、子供が叫ぶ。
 鞄から転げ落ちた聖なる歌声たち。
『折角集めたのに……』
 偶然通りを車で通りかかったセレスティ・カーニンガムは、不思議な子供の気配に気を止めてそちらへ視線を向ける。
「車を止めていただけますか?」
 運転手へ車を止めるよう促し、セレスティは訝しげに首を傾げる運転手を残して、一人百面相を繰り広げている子供へとゆっくりと歩み寄った。
「どうされましたか?」
 セレスティは子供の顔を覗き込むようにして腰を折り、その視線が自分に向けられた事を感じて微笑んだ。
 一瞬ぎゅっと両手で鞄を抱きしめた子供だったが、そんなセレスティの笑顔におずおずと口を開く。
『見える…ですか?』
 その言葉はいったい何に対して発せられた言葉なのかセレスティはわざとらしく虚空に視線を泳がせ、子供が心配そうな目つきで自分を見上げている事に軽く小首を傾げると、さも当然と言う様に告げた。
「正確には見えているわけではないのですが、キミの存在を感じてはいますよ」
 元々人魚であるセレスティは持っている視力が弱く、それを超感覚で補って生活しているため、目で見えているのか。と、問われればそう答えるしかない。
 子供はどうやら驚いた様子で、大きなぐりぐり眼鏡の下の瞳が微かに見開かれたようだった。
 あまりにも急な出来事だったため、杖を使って子供の前にやってきたセレスティの姿は、実際そこにいる子供を見下ろしているだけだとしても、何かそこに落ちているのではないかと周りに思わせるには充分だった。
「何かお困りでしたら、お手伝いしたいのですが」
 セレスティはにっこりと子供に向けて微笑んだ。



 子供は自分をサラフィエルと名乗り、自分のことはサラと呼んでほしいと言った。
「聖歌を、落とされたのですか…」
 何か突拍子も無いものを落としたのかと――実体がない分聖歌でも充分突飛だが――少々懸念したのだが、自分たちでも知っているもので良かったとセレスティは軽く頷く。
『今日歌われる聖歌を届けるのが、わたしの役目なのです』
 鞄一杯合った聖歌を早く見つけなくては。
 あの場所でそのまま話し込むよりは、と、セレスティの車に乗り込んだ子供は、しゅんと肩を落として小さくなる。
「聖歌を集めてきた場所を教えて頂けますか?」
 もしかしたら、聖歌という元々形の無いものなのだから、最初に集めてまわった場所に戻っているかもしれないと、どこか楽観的に考えながら、セレスティは問いかけた。
『教会や、大きなホールなのです』
 なるほど。
 教会という答えが出るであろう事は直ぐに予想が付いたが、クリスマス公演などをしているホールなどにも足を運んでいたと言うのは誤算だった。
「どこの教会か分かりますか?」
『どこ…は、分からないのです。呼ばれる方へと向かうだけですので』
 サラは聖歌に呼ばれその場所に向かうため、何処の教会という細かい事までは分からないようであった。
 サラは小さく、ごめんなさい。と告げ、縮こまってしまう。
 セレスティはそんなサラを安心させるよう微笑みかけ、ノートパソコンを広げると、今日クリスマス公演を行ったホールを検索し、都内の地図を表示させ教会をリストアップしていった。
 その数、20・30は下らない。
 この小さな体でその全てを回って来たのだとしたら、どれだけの時間(もしかしたら何日)聖歌を集めていたのだろう。
 聖歌を形として扱っているという事、背中の白い羽、それから名前。きっとこの子は人間ではない。それでも、
「そうですね」
 セレスティはそっと傍らのサラを見やり、小さく呟いた。
 その声に反応してサラが顔を上げる。
「まずは鞄を用意しなければいけませんね」
 聖歌を集めたとしても、穴の開いたままの鞄ではまた底から聖歌が落ちていってしまう。
 セレスティとサラは車からおり、元々サラが百面相をしていた街道へと戻った。
 何の躊躇いも無く「これは如何でしょうか?」と差し出されたセレスティの手の中の鞄の値札を見て、サラは恐れ戦く。
 地上の相場などあまり詳しくないサラではあったが、その鞄は所謂ブランドと呼ばれる鞄であった。
「丈夫で、持ち運びやすい鞄がいいですよね」
 と、呆然としているうちに会計が終り、その鞄は穴の開いた鞄の変わりにサラの肩にかけられた。
『あ、ありがとうございます!』
 顔を上げたサラにセレスティは満足したように微笑んで、
「さぁ行きましょうか」
 と、歩き出す。本当は自分の体力も考え、車で向かえればそれに越した事は無かったのだが、聖歌が歌われた場所へ戻ってしまったかどうかの確証は無く、もしかしたら道中の道端にころころと落ちてしまっているかもしれない。
 杖を突きながらの歩きはのんびりではあったが、何かを捜すにはその速度が嬉しかった。
「聖歌は、どんな形をしているものなのでしょうか?」
 そう言えば聞いていなかったと思い、少し進んだ場所にあるベンチで一休みしながらセレスティは尋ねる。
 あの穴の開いた鞄の穴の大きさは拳サイズ。それよりも小さいと考えるのが妥当。もし穴より大きければ、引っかかり落ちる事も無いはず、なのだから。
『キラキラと少しだけ光っていて…』
 そう言いながらどうやってか形を伝えようと、サラが両手をあれこれと動かす。
『えっと、あれに似てるです』
 ツリーの上の…と、言葉を続け、そっとサラが指をさしたのは、大きなツリーの一番上で輝いている星。
『とげとげでは、ないのですけど、似てると思うです』
 星のような少しキラキラした聖歌。
 なるほど…と、小さく頷いて、セレスティはベンチから立ち上がる。
 そして、2人は改めて聖歌を捜して歩き出した。
 サラが突然たっと走り出す。
 人と人の足の隙間、サラ同様普通の人間には見えていないその星を、つま先で蹴って歩く人々。
『あ……』
「どうされましたか?」
 どこか落胆したようなサラの声に気がつき、セレスティは足を止める。
『あ、いえ、何でもないのです』
 今まで蹴られていた星が、そのまま蹴られずにその人の足に吸い込まれてしまっただけ。
『きっとあの人には、あの聖歌が必要だったのです』
 他の人には吸い込まれず、その人にだけ吸い込まれたという事は、きっとその祈りの輝きを必要としていた人だったのだろう。それだけの事です。と、サラはセレスティに振り返り微笑んで告げた。
 しかし、そうなってくると、もしかしたら他の転げて落ちていった聖歌も誰かに吸い込まれ、無くなってしまっているのかもしれない。
 けれどそれは完全なる無ではないのだ。だって、星は人々が祈りを込めて歌った歌。誰かの幸せになるのなら、届ける事が出来なくても構わない。
 セレスティもまた聖歌を手に入れた人に、幸福が訪れるよう共に祈った。



『えっと、セレスティさん……?』
 セレスティはサラの手を引いて、大きなホールの前に立っていた。
 普通の人にはサラは見えていないため、会場スタッフにはセレスティしか見えていない。
 二言三言会話をし、そのまま杖を突いてホールへと入っていくセレスティを、サラはおろおろと周りを見回して早足で追いかける。
 さすが財閥総帥という立場故か、ほぼ顔パスとも言うようなスムーズさでセレスティは観客席まで案内された。
「如何ですか?」
『……!』
 誰かに吸い込まれてしまった可能性のある聖歌を闇雲に捜すよりは、今から確実に奏でられるであろう聖歌を集めた方が早い。
 セレスティはそう判断し、ネットで調べたこのホールへと足を運んだのだった。
 幕が開き、白い衣装に身を包んだ少年少女たちが、高らかと祝福の歌をその口に乗せる。
 サラはそっと両手を差し出す。
 手の中に歌が光の帯となって集まってくる。
 そして、歌が終わると共に出来上がったのは、綺麗な綺麗な星だった。
 数時間のクリスマスコンサートが終り、セレスティとサラはホールを後にする。
 鞄の中には数個の星の聖歌。
「新しい聖歌は集まりましたが、これだけでは足りませんね」
 次の聖歌を集めるために、セレスティはこれならば車の方がいいと、携帯電話を取り出した。
『大丈夫なのです』
「サラさん?」
 サラはそっとセレスティを見つめる。
 セレスティは携帯電話を手にしたままサラの行動を視線で追う。
 サラは鞄の蓋を開け、頭の上に掲げた。
 街の中から優しく淡く光の帯が空へと昇る。それは、サラの鞄へと吸い込まれていった。
 新しくなった鞄一杯に集まった聖歌たちに満足するように、サラは大きく頷く。
『セレスティさん、ありがとうございました!』
 そしてセレスティに向かって振り返り、大きく頭を下げた。
 その足が、少しだけ中に浮き始めている。
 セレスティはその変化を感じ取り、少しだけ顔を上げてサラに問いかけた。
「行かれるのですね?」
 サラは微かに―――けれどしっかりと頷く。
『手を出してくださいです』
 セレスティは求められるままに手を差し出す。
 その上にちょこんと置かれたそれは、星の形をした聖歌。

―――Es ist ein Ros’ entsprungen,

 そっと歌が広がる。セレスティは小首をかしげ、そっと耳を済ませてその歌を聞く。
 今まで作り物のように動かなかったサラの羽が広がる。
 空に飛び上がったサラフィエルの手には金のラッパ。
 セレスティの足が思わず一歩前へと進む。

―――バサッ……

「……?」
 手の中の聖歌からゆっくりと広がっていく淡い光の翼。

―――aus einer Wurzel zart,

 セレスティの手の中で、ゆっくりと上腿を起こした小さな小さな星の天使。

―――Wie uns die Alten sungen,

 今まで聖歌であった星が、そのまま人の形を取ったかのような小さな天使は、胸の前で両手を組み、全身から音を発するかのように謳う。

―――von Jesse kam die Art,

 空からはラッパの音が響く。

―――Und hat ein Blümein bracht

 歌の終わりに近づくにつれ、星の天使の身体が透けていく。
 セレスティはそっと瞳を閉じた。


―――mitten im kalten Winter



―――Wohl zu der halben Nacht.……



 落ちる白い羽と、いつまでも続く歌の音。
 それは、瞳を閉じたセレスティの中に、そっと染込んでいった。









fin.





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★   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ★
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【1883/セレスティ・カーニンガム/男性/725歳/財閥総帥・占い師・水霊使い】


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■         ライター通信          ■
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 Holy songにご参加ありがとうございます。ライターの紺藤 碧です。
 突発的な窓開けでしたがご参加ありがとうございました。
 聖歌の具体的な形の予想がされていましたので、そのまま採用しました。
 新しい鞄を買ってくださりありがとうございました。
 何気にブランドなのはきっと金銭感覚が一般人とは違うに違いないと思ったゆえにこざいます。
 今回の聖歌には「賛美歌96番 エサイの根より」の1番を引用しています。
 それではまた、セレスティ様に出会える事を祈って……

クリスマス・聖なる夜の物語2006 -
紺藤 碧 クリエイターズルームへ
東京怪談
2006年12月20日

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