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『真夜中のお届けもの 』
十種・巴6494



 クリスマス。と、言えば。
「サンタクロース。人間の世界では、白ヒゲ、赤服、トナカイにソリが定番」
 ぐっ、と右の拳を握りしめてステラは左手を腰に当てる。
「とはいえ、定番すぎて飽きてしまいます! やはりどんな商売だって工夫なのですよ!」
 彼女の後ろでは、彼女のトナカイのレイが微妙に呆れた顔で小さく拍手していた。とりあえずステラに合わせている、という感じだろう。
「これはですね、今までウチを愛顧してくださったお客様にご恩返しをする絶好の機会!」
「無料でプレゼントをしに行くってワケか……」
「その通り!」
 振り向いてレイに人差し指を向ける。レイはどうでもいいという顔をしていた。
「せっかくのクリスマス! いい夢みて欲しいじゃないですか!」
「……ゆめ?」
「そうです! ですが、協力者が必要ですぅ」
「……ていうかさ、そもそも儲かってないからいっつも食べ物に困っ……」
「この寒空の中、配達を手伝ってくれる優しい人がいるかは不明ですが、募集するだけしてみましょう!」
「……でもお礼するものがないじゃん」
 うぐ、とステラが言葉に詰まった。彼女はすぐに視線を明後日に向けて言う。
「お礼は『良い夢』です。まあ……これは手伝ってくれる方にはナイショにしておきましょう。無償、って言っておいたほうがいいと思いますぅ」
「期待され過ぎるとこっちが困るしね。どーせ本当にささやかな夢なんだろ?」
 レイに言われて、ステラは両手の人差し指をもじもじと絡ませた。
「そうなんですぅ。だから、無償で募集ですぅ」

***

「えーっと、ではですね。運転手はわたしですから、皆さんは侵入役となります。あ、お客様にいたずらしたり、余計なことをして姿を見られないようにしてくださいね」
 ソリの上で、サンタクロースであるステラがそう説明する。
 東京の空高く、夜の11時……一台のソリと、手伝いに集まった四人、それに運転手であるサンタ、トナカイが居た。ランプがソリに備え付けられているので、暗い中でも互いの顔が見える。
 ステラは手綱を両手で握っており、ソリの前の部分に立っている。最大でも大人四人しか乗れないこのソリでは、ステラが座る場所がないからだ。よく落ちないものだとシュライン・エマが思う。
「広瀬さんにお渡ししているのは『夢種』というものです。それを寝ている人の額に押し込んでくださいね」
 広瀬ファイリアが持つ袋に、全員が注目する。
 はいはーい、とウィノナ・ライプニッツが手を挙げた。
「その夢ってのは、手が加えられるってことでしょ? ねえねえ、ちょっかい出してもいいの!?」
「ダメですよっ!」
 ステラが振り向いて注意する。
「そう? ちょっとしたスパイスがあれば、夢もより楽しくなるもんだって。だから、これは手伝いだって。て・つ・だ・いっ」
「だいたい種を埋め込むだけですし、わたしはサンタであって、夢をいじくる能力はありません〜」
「なぁんだ。残念」
 肩をすくめるウィノナに、十種巴が苦笑してみせた。なんだか凄いメンバーが揃ってしまったようである。巴は少しだけ身を乗り出す。
「種を埋め込むって、押し込めるの? なんか痛そうだけど」
「そのへんは大丈夫ですぅ。特殊な種なので、勝手に脳に入ってそのまま朝には消えてなくなっちゃいます」
「人体に悪影響とか……ないわよね?」
 不安そうに尋ねるシュラインに、「ないですぅ」とステラが応えた。
 地図を広げるシュラインの横に座っている巴は、彼女の手元を覗き込んだ。地図には点々と赤いマークが記されている。
「バレンタインの時は短縮ルートを通ったけど、今回はどうするのかしら」
「あ、シュラインさんは前に手伝ったことがあるんですね」
「ええ。あの時は本当に……物凄い疲れたわ。サンタって意外にハードだって思ったし」
 思い返しているシュラインはげっそりした表情を浮かべる。巴は「へぇ〜」と頷いていた。
 袋をぎゅっと両手で抱いているファイリアは、空を走るトナカイを輝く瞳で見つめていた。
(本物です! 本物のサンタです!)
 夢ではない。これは現実だ。こんな体験ができるなんて!
 ぷるぷる震えて感動しているファイリアを、ウィノナが不思議そうに眺めていた。ウィノナにとってはここは別の世界になる。見るのも触るのも初めてのものが多い。
(この世界では配達っていうのはこういうものなのかなぁ)
 勿論、普通の配達はソリに乗って空を飛んだりしない。完全なる誤解であった。
 役割分担としてはこうだ。地図を見ながら指示をするのがシュライン。身の軽いウィノナ、それに巴は家に入って種を植え付ける役目だ。ファイリアは種の保管と侵入用のアイテムを使う役目である。
「あ、ステラちゃん、草間興信所にも寄るのかしら?」
「勿論ですぅ。草間さんにはお世話になってますしね」
「そっか」
 嬉しそうにするシュラインは巴とウィノナを見遣った。
「あの、草間興信所は私の勤め先だから……そこは私にやらせてくれる?」
「りょ〜かい!」
「わかりました」
 ウィノナと巴が快く譲ってくれたのでシュラインはうきうきしてしまう。
 ソリは飛んだ。夜空を、快適な速度で。どうやら今回は配達に行く人数がそれほど多くないので普通に空を飛んで行くらしい。



 最初の家はマンションだった。空からの来訪なので楽々とベランダの横にソリをつけ、まずシュラインが確かめる。
「間違いないわ。ここね」
「よっし! じゃ、ボクの出番だ」
 ソリの上で立ち上がるウィノナだったが、巴が慌てて立ち上がった。この世界に不慣れなウィノナ一人で家に入らせるのが不安なのである。
「私もついて行くから。ちょっと広そうな家だし、手分けすれば早いよ」
「わかった」
 と、ウィノナが頷く。
 ファイリアはあたふたと見回し、ステラに渡されていたスプレーを取り出した。一見、消臭用の携帯スプレーのようだが実は違う。
「えっと、これ、ですね???」
 何度も何度も周りの三人に確認し、ウィノナと巴にスプレーを吹きかけた。これで壁抜けができるようになる。
 続けてファイリアが種を一粒、袋から出してウィノナに渡した。ただの種にしか見えない。梅干の種くらいの大きさだ。
 ソリからベランダに降りて、巴たちは家の中へと入っていった。
「すごいです……。これ、泥棒さんが欲しがります!」
 きらきらと目を輝かせるファイリアとは違い、シュラインは頭痛がしてきた。おそらくこのアイテムでサンタは家の中に入ってくるのだろう。
(物騒なアイテムよね……)
「これ、これっ、もらっちゃダメですっ!?」
 前に身を乗り出してステラに尋ねると、彼女は「あはは」と苦笑した。
「それは効果時間が短いですからねぇ。それに、あまり使いすぎると危険なのですぅ」
「危険……?」
 嫌な予感、とシュラインが青ざめた。
「たくさん使うと、体が溶けちゃいますぅ」
「っ!」
 ファイリアがびくっと体をすくませ、シュラインが「えっ」と驚愕する。だがステラが三秒ほどしてから「なんちゃってー」と笑った。
「そんなわけないですよぅ。あ、でもちょっと頭がボーっとしたりはするでしょうね。でもでも、使い過ぎた場合ですから少量だとなんの問題もないですよ? そもそもこの薬は人間のためのものじゃないですからねぇ」
「…………」
 シュラインは前の席に座るファイリアと顔を見合わせたのだった。

「確かこの壁抜けって1回10分だったはず……。早くしないとね」
 ぶつぶつ呟きながら巴は部屋の中を歩き回る。だが足音を立てないようにとなると、かなり辛い。
 ウィノナは壁から頭だけ突っ込み、隣の部屋を覗いていた。顔を引き抜き、暗闇の中で巴に首を左右に振って「違う」と合図をする。
 目的の人物は一人だけ。他の家族は関係ないのだ。
(これって結構重労働だ……)
 ウィノナは壁伝いに歩きながら部屋を探る。用があるのは10代後半の少年だ。両親と共にここで暮らしているらしい。
 巴も暗闇の中をうろうろする。ついつい電気のスイッチを押しそうになるが、そんなことはできない。暗闇に目が慣れてきたのでなんとかなっているが、これはなかなか難しい作業だ。
「こっちこっち!」
 小声でウィノナが巴を呼ぶ。二人は壁をするっと通り抜け、中に入った。
「いだっ!」
 何かにすねをぶつけ、ウィノナが思わず反射的に声をあげてしまう。慌てて口を手で塞いだ。
 巴もその声にどっと冷汗をかき、硬直してしまう。
 しばし二人は部屋の主の様子をうかがう。ベッドの上の高校生くらいの少年は、すぅすぅと寝息を立てていた。
 二人は安堵して彼に近寄り、ウィノナは種を取り出して額に向けて手を近づける。勝手に入ると言われていたが……。
 額に種を押し付けると、そのまま種がずぶりと入ってしまう。ぎょっとしてウィノナが手を引いた。そして横の巴を見遣る。巴はぶんぶんと首を横に振った。
 種はそのまま額から頭の内側に入ってしまう。どうやらこれで完了のようだ。
 二人は早足でベランダまで戻ってくる。スプレーの効果が切れると壁抜けができなくなるからだ。
 慌てて戻って来た二人は信じられないものを見た。
 ソリの上で、シュラインが用意してきた軽食と、ポットに入っている暖かいココアに三人は手をつけていたのだ。どうやら待ち時間を持て余していたらしい。



 シュラインが持つ名簿に記された全ての家を回る。しかも、この夜間に。
 空の移動は地上の移動と違って渋滞も信号もないので快適ではあるが、かなり寒い。
 移動中はココアを飲みつつ、女五人で楽しく談笑する。ただ、到着してからが慌しい。
 コツをつかめないファイリアがもたもたと種を取り出してスプレーをかける。巴とウィノナが家に侵入するのだが、中に入って家具にぶつかることが多々あった。しかも電気をつけないのでかなり手探り。家から出てきた二人を拾ってすぐさま次に向かう……この繰り返しだった。
「じゃあ草間興信所で最後ですね!」
 ステラが手綱を強く引き、方向転換する。
 時刻は夜の3時。もうすぐこの配達も終わる……。

 草間興信所の前に降りて、今度はシュラインが立ち上がった。ここは彼女の担当だ。
「どうぞです!」
 張り切って種を渡してくるファイリアは、そのまますぐにスプレーをかけた。事務所の鍵を持ってはいるが、こちらのほうがいいだろうとシュラインはそのまま中に入ってしまう。
 そしてすぐに出てきた。彼女は神妙な様子で口元をおさえている。
「どうしたんですか? 草間さん、起きてたんですか?」
「大丈夫です!?」
 巴とファイリアが心配そうに訊いてくるが、シュラインは「違うの」と首を振った。
「寝てたけど……か、軽く鼻摘んだら……『ぶぶっ』って鼻息して……! ぷっ、ど、どうしようおなか痛い……!」
 笑いを堪えているシュラインは膝を軽くぱんぱんと叩いた。よっぽど可笑しかったらしい。
 ウィノナはちょっと身を乗り出して、ステラに尋ねる。
「これで全部を終わり?」
「はい! 皆さん、手伝ってくださって、どうもありがとうございました! 一人ではやっぱりこの時間までには終わらなかったと思いますぅ」
 ぺこっと頭をさげたステラは、ファイリアからスプレーと袋を受け取る。
「こんな遅い時間まですみませんでした。えっと、あのですね、ささやかなお礼というか……」
 袋からステラが種を4つ取り出し、一人に一つずつ渡した。全員驚いている。無報酬と聞いていたからだ。
「これ……もらっていいですか?」
 ファイリアは感動している。その横ではウィノナが何故か匂いを嗅いでいる。巴は珍しそうに見遣った。シュラインは悩んだような表情だ。
「使うか使わないかは皆さん次第。メリークリスマス! 今日は良い夢を見てくださいね!」



 巴は驚いた。ここは自分の部屋のはず。
(ど、どうして陽狩さんが私の部屋にいるの!?)
 なぜ彼が隣に座っているのか、さっぱりわからない。
「さっきから黙ってどうしたんだ?」
 陽狩に声をかけられ、ビクッと反応して彼のほうを見遣った。近い!
 間近に彼の顔があり、巴はみるみる顔を赤らめていく。ただでさえ美形なのに、この至近距離はマズイだろう。
 巴の手を陽狩が握る。ドキッとして巴は少し身を強張らせた。陽狩が身を寄せてくるので思わず退く。
「えっ、あ、な、なに……?」
「なんで逃げる? キスくらい、今さらだろ?」
 キス? 今さら???
「えええっ!? な、なんで!」
「なんでって……オレとおまえ、恋人じゃねえの?」
 不思議そうにする陽狩の言葉に巴は頭が完全にパンクした。

 悲鳴をあげて飛び起きた巴は顔が真っ赤だった。
「ゆ、夢……?」
 どうやら今のがステラのくれた種の効果らしい。
「お、惜しいことしたかも……」
 起きなければ良かった……かも。



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★   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ★
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PC
【6494/十種・巴(とぐさ・ともえ)/女/15/高校生・治癒術の術師】
【3368/ウィノナ・ライプニッツ(うぃのな・らいぷにっつ)/女/14/郵便屋】
【6029/広瀬・ファイリア(ひろせ・ふぁいりあ)/女/17/家事手伝い(トラブルメーカー)】
【0086/シュライン・エマ(しゅらいん・えま)/女/26/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、十種様。ライターのともやいずみです。
 家に入って種を配達する役目をしていただきました。そして最後の、彼と恋人の夢はいかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!
クリスマス・聖なる夜の物語2006 -
ともやいずみ クリエイターズルームへ
東京怪談
2006年12月19日

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