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『クリスマス福引 』
浅葱・漣5658



「はぅ〜。早いものです。もう冬ですか」
 ステラはクリスマス色に染まっている街中を見回す。
 通り過ぎる人々は寒さに白い息を吐く。
 少し立ち止まって空を見上げると、少し天気が悪い。
「なんだかまだ先なのにクリスマスのことばっかり……。皆さん商売上手なんですねぇ」
 ほうほう、と頷く彼女は首に巻いている赤いマフラーをしっかりと強く巻き直し……そこで手を止めた。
「そ、そうです! こういう時こそあれです!」
 何やら思いついた彼女は嬉しそうにニタニタした。
「ふっふっふっ。日本人は福引が好きと聞きました……。これはやるべきです! クリスマス福引!」
 ガッツポーズをとっていた彼女は周囲から注目されて慌てて身を縮まらせて照れ笑いをし、歩き出す。
(あのガラガラ回すのを用意して……それで、くじを引いてもらうんですぅ)
 そのついでに……。
(先輩に言われていた分は用意できますかねぇ、たぶん)
 にしししし。
 悪い笑みを浮かべるステラはそこではた、とした。
 そういえば景品がいる。
(そうですねぇ……。まあなんとかなりますか)

***

「今日は寒いから鍋にでもするか」
「わ! お鍋か。いいね」
 にっこりと微笑む日無子に、浅葱漣は頬を赤らめる。もうほんと……。
(可愛いなぁ、日無子は)
「なに入れる? 白菜だろ……それに、鶏肉と、ネギ……シラタキに……」
「カニ!」
「蟹?」
 う〜んと悩む漣に彼女はくすくすと笑った。
「冗談だよ。漣が作り置きしてた餃子あったでしょ? あれ入れようよ」
「それ、いいかもな」
 微笑み合う二人は、誰が見ても仲睦まじい恋人だった。二人は同じ高校に通い、同じアパートに戻って行く……四六時中一緒に居るのである。
 学校でもこんな調子なので、今では漣や日無子に告白しようとする無謀な人間は鳴りをひそめている。
 日無子が漣の学校に入る少し前、漣はやたらと女子生徒から告白を受けていた時期があった。勿論、恋人がいるので丁重に断ってはいたが、漣としては何故モテていたのか謎のままだ。
 それからすぐに日無子が編入手続きを経て漣の高校に入ってきた。制服がないので、以前潜入用に使っていたという深紅のセーラー服を着て目立っていたが、その美貌もあってか彼女は男子生徒から熱烈な告白を連日受けていた。彼女はどの告白も一蹴していたが。
 ちりんちりん、とベルの音が鳴る。その音に気づき、漣はどこかで福引でもやっているのかと見回した。
 道端に机が置かれ、その背後には紅白の幕まである。貧相で規模は小さいが、福引会場だ。
「あの女の子……」
 ありがとうございましたー、と去っていく客に頭を下げている金髪の少女に見覚えがあった。漣の通う高校で行方不明になった、配達の女の子だ。
 日無子が漣の視線を追い、それからムッと顔をしかめた。
「誰……?」
「ほら、話しただろ? 学校で行方不明になった……」
「ああ……あの子が」
 安堵したように日無子が表情を和らげる。
 漣に気づいて金髪少女・ステラが笑顔を浮かべた。
「浅葱さん! この間は助かりました〜。あ、良かったら福引しませんかぁ?」
「あ、いや。残念だが、福引の券を持っていないから……」
「券はいりません〜。福引を一回するのに必要なのは、恥ずかしい思い出ですぅ」
 漣は日無子と顔を見合わせ、ステラに近づく。
「え? 恥ずかしい思い出?」
 怪訝そうにする漣は再度尋ねた。ステラは頷く。
(よりによって日無子の前で……)
 ちら、と横に立つ日無子に目配せする。彼女はステラに訊いていた。
「何が当たるの?」
「えっとぉ、一等は温泉旅行。二等は食べ物と飲み物。三等はわたしがソリで夜空の散歩にお連れしますぅ」
「へぇ! 温泉かぁ」
 ニコニコする日無子を見て、漣は汗を流した。やると言いかねない状況になりつつある。
 ステラはうんうんと何度も頷いていた。
「おすすめですよぅ? 豪華な食事付き! あ、でもペアですけどね。
 そういえばお二人はどういう関係ですかぁ?」
「恋人、になるよね?」
「お、俺に訊かなくても、そ、そうだろ?」
 赤くなってどもる漣に、ステラが目を輝かせる。
「わあ、そうなんですかぁ?」
 漣は慌てた。このままではマズイ気がする。
「さ、さて、そろそろ行こうか日無子……夕飯の買出しに行かないとな」
「漣の恥ずかしい思い出ってあれだよな」
「草薙!?」
 突然声をかけられ、背後に立っている草薙秋水に気づいた漣がぎょっと目を剥いた。一体いつの間に背後に?
 大荷物を抱えている秋水は、愉しそうに笑みを浮かべている。
「えーっと、確かあったはず……。月乃、俺の財布を出してくれないか?」
「お財布ですか?」
 不審そうにする少女の姿に漣は正直驚いた。
 緩いウェーブの長い髪を持つ少女は片目だけ極端に色が違っており、なにより日無子と比べても遜色のないほど美しい娘だったのだ。
(日無子以外にもいるんだな……こんな美人)
 素直に感心している漣とは違い、横に立つ日無子が仰天したように相手の少女を見ている。
「これでいいですか?」
「それそれ。中に写真があるから、出してくれ」
 財布を取り出した少女に指示をする秋水。財布から写真を取り出す少女に、続けて言う。
「黒髪の女の写真があるはずだから、それを出してくれ」
「…………」
 じろ、と少女が秋水を睨んだが、彼は気づかなかったようだ。写真を少女が見せると、秋水がケラケラと笑った。
「そうそうこれだ! ほれ、この写真、お前が女装したヤツ!」
「な、その写真はっ!?」
 真っ青になって慌てる漣の様子に秋水は意地悪な笑みを浮かべる。
「中学の時、任務でお嬢様寮に潜入したんだよな? 黒髪のロングで似合ってたぜー! ははははは!」
「なんでそんなもの持ってるんだ!」
「お姉様〜って慕われてまんざらでもなかったんじゃないか? ラブレターとか貰って困ってたじゃん。
 漣の彼女、彼氏の麗しい写真やるよ」
 荷物を降ろし、秋水は少女から写真を受け取り、日無子に渡す。あ、と漣が思った時には日無子が漣をちら、と見て無言になってしまう。
(わーっ!)
 心の中で絶叫をあげる漣はキッと、笑い続ける秋水を睨みつけた。そして薄く笑った。
「……ふ。そっちがその気ならこっちだって……!」
 ビシッ! と漣が秋水を指差した。
「あんた、三年くらい前に俺とコンビで大仕事を片付けたよな? その時、依頼人の少女に熱烈に気に入られたらしくどこまでも追いかけられて、足音がするだけで物陰に隠れる程に参ってたよな!」
「ば、漣! お前その話は……!」
「まったく。傍から見ていて情けなかったぞ?
『俺はいないと言ってくれ!』
 とか……。……こんな男が俺を救ったと思うと……泣けてくる」
 はあ、と溜息をつく漣の前で秋水が顔を引きつらせ……ゆっくりと連れている少女のほうへ視線をやる。
「つ、月乃!」
「…………」
 無言の彼女に秋水は慌てて弁解している。
「言っておくが何もなかったぞ? つかあの時本気で怖かったんだぞ! なあ!」
「………………」
 彼女のほうはツンと顔を逸らした。秋水がガーンと青ざめている。
(やった! ざまあみろ!)
 ふふっと笑う漣を日無子が引っ張る。
「せっかく話したんだから、一回は回さないと勿体無いよ?」
「え? あ、ああ」
「はいどうぞー」
 ウツボカズラに似たツボを両手で持っていたステラはハッとして抽選器を漣のほうへ押し出した。漣は取っ手を掴んで回し出す。
 出てきた玉を見てステラがベルを鳴らす。
「おめでとうございますー。三等ですぅ」
「秋水さんも回さないと!」
「え? あ、うん」
 連れの少女に背中を押されて秋水も回し出した。出てきた玉は、漣とは違う色だ。
 ステラがベルを鳴らす。
「二等ですぅ」
「やった! 勝ったぞ!」
 なぜか漣に向けて勝ち誇った笑みを浮かべる秋水を、日無子が冷たく見ていた。ぎくっとして漣が彼女を押さえつけにかかる。どうやら漣を『攻撃』されて彼女は頭にキたらしい。
「日無子、落ち着け!」
 殺気が完全に目に宿っている。彼女は薄く笑った。
「大丈夫。一瞬で首を刎ねるから」
「こ、こら!」
「秋水さんに手出しをするなら私が相手になります」
 叱咤する漣の声に割り込むようにして、秋水の連れの少女が日無子に向けてそう言い放った。
 秋水はステラに紙を渡され、そこに住所を書き込んでいる最中なのでこちらの会話を聞いていない。
 日無子と少女の間で火花が散る。日無子が小さく笑った。
「お初にお目にかかるわね。四十四代目……いいえ、遠逆月乃」
「……私をご存知ですか。あなたも遠逆の退魔士ですね。お名前は?」
「遠逆日無子よ」
 ふふふと二人の少女が笑い合った。怖い! 漣はゾッとして思わず二人から視線を逸らす。そして相手の少女の名前に怪訝そうにした。
(トオサカ? そうか……日無子と同じ……)
「本当に届くんだろうな?」
「失礼ですねぇ。きちんとお届けしますってばぁ」
「ふーん。さてと、帰るか月乃」
 月乃のほうへ向き直った秋水を、彼女は冷たく見る。彼女はそのままフンと言い放って歩き出した。どうやら先ほどのことをまだ根に持っているようだ。
 秋水は荷物を持つと慌てて彼女を追いかける。
「つ、月乃! だからさっきの話は……っ!」
 残された漣のほうへステラが尋ねる。
「えっとぉ、ではイブの夜、ご都合のよろしいお時間に迎えに行きますぅ」
「は?」
「三等ですから」
 そう言われて漣は納得した。確かソリで散歩だったはず。
「ソリで夜の散歩か……洒落てるな」
「ありがとうございますぅ! そう言ってもらえると嬉しいですぅ」
 嬉しそうに笑うステラにつられ、漣も思わず微笑み返した。
 そして、彼は日無子のほうを向く。
「そういえば日無子、草薙から渡された写真、返してくれないか?」
「え? どして?」
「それは俺の人生最大の汚点なんだ……抹消しないとな」
 爽やかに笑う漣を見てステラが「うわぁ」と洩らした。漣としてはよっぽど知られたくなかったものらしい。
 日無子は意地悪に笑った。
「だ〜め。これはあたしが貰ったものだもん」
 そして写真を首元からふところに入れてしまう。どう見てもセーラー服のさらに内側に入れたに違いない!
「欲しかったら取り出せば?」
「お、おま……っ」
 真っ赤になる漣が差し出しかけた手を引っ込めた。いくらなんでもここでは無理だ。
 日無子はくすくすと笑う。
「帰ってからじっくり探ればいいよ。でも、あたしは嬉しいけど。これであたしの知らない漣がまた一つ減ったわけだしね」
「わわっ! すごい情熱的……!」
 驚くステラまでが、漣につられて頬を赤らめていたのは……言うまでもない。
 漣の腕を彼女が抓った。いたっ、と漣が洩らす。
「で・も、女子寮ってのと、お姉様って慕われてまんざらでもないってのは、ちょっと許せないので帰ったらお仕置きね」
「そんなわけ……!」
「言い訳は結構。帰ったら、た〜っぷり漣の可愛い顔を拝ませてもらうから」
「〜っ!」
 楽しそうに笑う彼女の横で、耳まで赤くして漣は恥ずかしそうに俯いたのであった。ステラは意味がわからずに疑問符を浮かべていた。



 クリスマス・イブ――。

「は〜い、お待たせしましたー!」
 シャンシャンと鈴を鳴らし、上空からソリごと降りてきたステラが荒い息を吐きながらにっこり微笑んだ。
 トナカイに、ソリ。本当にサンタのようだ。
「えっとぉ、後部座席に乗ってくださいね。落ちたら危ないので気をつけてください」
 ステラの注意を聞きながら、漣はソリに乗り込む。その横に日無子が座った。
 漣は腕時計で時間を確かめる。時刻は19時を回ったあたりだ。
「やっぱり夕飯とケーキ食べないで正解だったな。これなら帰ってからでも十分だろう」
「そうだね。ケーキ食べて、ついでにあたしも食べる?」
 日無子の邪気のない楽しそうな言葉に漣は吹いた。
 ごほっ、ごほっ、とむせる彼の背中を彼女が擦った。
「大丈夫? ほんとこういうのにはいつまで経っても免疫つかないよねぇ、漣って」
「人前ではやめろって言ってるだろ!」
 赤くなって言う漣は、ハッとしてステラのほうを見た。サンタ少女は困ったように顔を赤らめ、こちらを見ていたのだ。いつ出発していいのかと様子見をしていたらしい。
「も、もういいから! 早く出発してくれ!」
 悲鳴のような漣の声に、ステラは手綱を引いて出発する。トナカイが空中に向けて歩き出し、ソリが浮かぶ。まるで魔法だった。

 眼下に広がる街の明かりは美しい。ソリはかなりの高度を飛んでいるため、地上からはこちらが見えないだろう。
「綺麗だな」
 ゆっくりと上空を走るソリの上からの眺めに漣は微かに微笑んでそう洩らした。
 そんな漣を見て、日無子が小さく笑った。
「良かったね、漣」
「? 何が?」
「漣が楽しそうだから、あたしも嬉しい」
 彼女はそう呟くと無言になり、こそこそと耳打ちする。
「ねえねえ、帰ったらイチャイチャさせてくれる?」
「ばっ……! なんだ突然!」
「なんかねぇ、今の漣があんまり可愛いから、我慢できなくなってきた」
 舌を少し出して申し訳なさそうにする日無子の言葉に、漣は真っ赤になって口を開閉した。
「ここで押し倒したら怒るでしょ?」
「当たり前だ!」
「だよね」
 くすくすと笑う日無子が漣に擦り寄ってくる。そして腕を組んだ。
「な、なんだ!?」
「あたしにくっつかれるの好きでしょ?」
「そりゃ……嫌いじゃ、ないけど……」
「それに寒いから、こうしてくっついてたほうがいいよ」
 厚着をしてきたが、高い位置を飛んでいるのでここは寒い。
 そういうもんかなと思いながらも、漣は緩みそうになる顔に力を入れる。こうして二人で居ることがたまらなく幸せで、漣はそっと日無子に頭をもたれさせた。
 手綱を握っていたステラはちらっと二人をうかがい、すぐに前を向いた。頬が赤くなっている。
(あひゃ〜。仲のいいお二人ですねぇ。こっちまでアチチですぅ)
 漣は日無子と共に夜空の散歩を心ゆくまで楽しんだのであった――――。



★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
★   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ★
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

PC
【5658/浅葱・漣(あさぎ・れん)/男/17/高校生・守護術師】
【3576/草薙・秋水(くさなぎ・しゅうすい)/男/22/壊し屋】

NPC
【遠逆・日無子(とおさか・ひなこ)/女/17/退魔士】
【遠逆・月乃(とおさか・つきの)/女/17/退魔士】
【ステラ=エルフ(すてら=えるふ)/女/16/サンタクロース】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、浅葱様。ライターのともやいずみです。
 日無子とのクリスマス・イブでのソリの空中散歩、いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!
クリスマス・聖なる夜の物語2006 -
ともやいずみ クリエイターズルームへ
東京怪談
2006年12月18日

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