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『好物日記のススメ 』
門屋・将紀2371)&門屋・将太郎(1522)&(登場しない)

○月○日(くもり)
 おっちゃんとグルメ番組見とるとき、なんでかボクの好きな食べ物のことを聞かれた。んなもん、決まっとるやん。「お好み焼き」と「たこ焼き」や。
 大阪人は、みんなこれが大好物なんや。

●将紀、お好み焼きを語る
 リビングにあるソファに並んで座り、門屋将紀(かどや・まさき)と、叔父の門屋将太郎(かどや・しょうたろう)はグルメ番組で紹介される料理を見るたび「あれ食べた〜い」「これも食いてぇ〜」と羨ましそうに言っている。その声は同時だったので、二重音声のようである。
 門屋家のエンゲル係数は、将紀が来てから高くなっている。将太郎一人の時はやや少ない、という程度だったが、将紀が家事をこなすようになってから徐々に上がっていったのだ。まだ8歳ということもあっておかずはお惣菜に頼っているが、サラダは手作りである。
 今、テレビ画面に映っているのは大阪にあるお好み焼きの名店だった。
「将紀、お前、この店行ったことあるか?」
「あらへん。ボクん家から遠いもん」
「やっぱ、大阪人って皆コレが好きなのか?」
 画面を見たまま、将太郎が将紀に尋ねた。答えはわかりきっていたが、聞かずにはいられない。
「そうに決まっとるやん」
 やっぱ、そうきたか…と思った将太郎。
「大阪人はお好み焼きで飯食うってのは本当か?」
「それが普通や。ごはんと一緒に食べるとおいしいで〜♪」
 ほっぺたが落ちそうな感じの表情をして、その時の感覚を想像しながら味わう将紀。
「お好み焼きは大阪風が一番うまいわ。広島風は口にあわん。広島風はお好み焼き、っちゅーより挟み焼きやん。具がたっぷし乗った分厚い大阪のお好み焼きのほうがボクは好きや。ボリュームあるし」
 子供だが、お好み焼きにはうるさい将紀であった。
 広島風お好み焼き好きの怒りを買いそうなコメントであるが、子供の言う事、ということで勘弁して欲しい。
「広島風でも大阪風でも、お好み焼きには変わりねぇだろうが」
「全然ちゃうわ!」
 
●将紀、たこ焼きを語る
「ということは…たこ焼きもお前の好物なんだな」
「あったりまえやん」
 将太郎の頭には、大阪人はお好み焼きとたこ焼きが好物で、熱狂的な虎ファンであるという偏った知識しかない。
「大阪のたこ焼きはごっつうまいで〜。タコが大きゅうて、アツアツで、ソースたっぷり、青のりたっぷり、口の中でとろけるほどのおいしさや〜♪」
 お好み焼き同様、ほっぺたが落ちそうな感じの表情をして、その時の感覚を想像しながら味わう。
「大阪の女はたこ焼きが上手に焼けないと嫁に行けない、ってのはホントか?」
 大阪生まれとはいえ、そこまでは知らないだろうと高を括っての質問を将太郎はした。
「そこまでは知らへん。大阪のおばあちゃんはたこ焼き作りの名人、といってもええほどやったから、それほんまかもしれへん」
「大阪のお前の家にも、たこ焼き器があったのか?」
「あったで」
 将太郎は思った。作っていたのはあいつではない、ということを。
「さっきからいろんなこと聞かれたけど、おっちゃんの意見、偏見ちゃうんか? 大阪の人全部がそやないで」
「…悪かったよ」
 将紀に説教され、将太郎は頭を掻きながら面倒くさそうに謝った。

●思い出のてっちりを語る
「お好み焼きとたこ焼き以外にも、好物があるんだろ。何だ?」
「……ちり」
 将紀は小声でそう言う。
「聞こえねぇよ。でかい声で言え」
「てっちりや!」
 ムキになった将紀が、声を大にして主張するように言ったかと思ったら…その後、寂しそうな顔で俯いた。
「何ぃ! 8歳児のくせに、んな高級なもん食いやがって! フグなんてもん、俺は生まれて28年間食ったこたぁねぇぞ!」
 ガキのくせに生意気な、と腹が立った将太郎は、得意の「うめぼし」で将紀を懲らしめようとしたが…止めた。将紀が泣いておることに気付いたからだ。
「でも…冬のボーナス出た時しか…食べられへんかった…。そん時だけ…家族みんな揃わんかった…」
 手で涙を拭いながら、将紀は泣き声で将太郎に説明した。将紀にとって、てっちりは年に一度しか食べられないご馳走であった。それよりは、家族揃って食べることの喜びが大きいが。
「悪かった、それ以上は聞かない。お詫びに今度、何かおごってやるよ」
 将太郎がおごると言えば、安上がりなものしかないので、将紀は断った。
「それより、ボク、東京のおばあちゃんのごはん食べたい。おいしかったの、今でもおぼえとるで」
 将太郎は困った。家を出た彼が実家に帰ったのは、将紀家族が正月に来た時だけだ。それ以外は仕事が忙しい、と帰っていない。
「わかった、おふくろにそう言ってやるよ。おふくろがいいって言ったら、メシ食いに行こう」
「うんっ!」
 顔を上げた将紀の表情は、笑顔だった。

○月△日(あめ)
 おっちゃんの好きなもんは「おふくろの味」と呼べるもんなら何でも、やって。特に肉じゃがとだし巻き玉子が好きだとか。それって…東京のおばあちゃんのお料理やん。
 また、おばあちゃんのお料理が食べたくなった。
 おっちゃん、早く連れてってくれへんかな…。

<あとがき>
氷邑 凍矢です。再び将紀くんに会えて嬉しいです。
お好み焼きを調べるのが大変でした。大阪風と広島風の作り方とか…。
執筆中、食べたくなるほどでした。

またお会いできることを楽しみにしております。
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東京怪談
2006年12月15日

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