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『悲しき夢と辛き記憶に決着を 』
来生・十四郎0883)&来生・十四郎(0883)&(登場しない)

●夢の始め
 辺りが寝静まっている深夜の「第一日景荘」206号室。
 そこの住人である来生・十四郎は、締め切り間近の原稿を仕上げるための調べ物をしていた。様々な方面に顔がきき、広大な情報網が最大の武器とはいえ、それだけではわからないこともある。
 部屋に灯っている明かりは、机に有る薄暗いデスクスタンドのみだ。
「今夜中に終わるかどうか…締め切りが近いってのによ」
 苛立きからか、元々の乱れ髪掻くことで更に乱れ、銜えている煙草のフィルターをギリっと噛み締めた。灰が机に落ちているのにも気付かない程、十四郎は焦っていた。普段から険しい表情だが、今は更に近づき難いほど険しさを増している。
 職業柄、徹夜はしょっちゅうだ。仕事によっては、完徹になることもある。締め切りが迫っていることもあり、ここ数日ろくに食事を摂らず、眠らず、調べ物をしたり、情報収集に奔走したりと苦労している。だが、締め切りは待ってはくれない。締め切りが過ぎてしまうと、紙面に穴が開くという最悪な事態になる。仕事が自分の存在価値の全てと信じ、異様なほど執着する彼にとって、締め切りを破ることは許されないことという一種の脅迫概念のようなものがある。
 苛立ちの原因はそれだけではない。
 つい最近親戚から送られてきた家族写真を見て、一層機嫌が悪くなっているのだ。今になってあんなものを…と思うと、余計に気分が悪くなる。舌打ちしながらも、仕事に取り組む姿勢は真摯な雑誌記者そのものであった。

 眠気覚ましにと仕事前に淹れたコーヒーはすでに冷たくなっていたが、そのほうがかえって眠気が吹き飛ぶと思ったが、襲い来る睡魔には勝てなかった。
「まだ…寝るわけにゃあ…」
 相当疲れが溜まっていたということもあり、十四郎は机に突っ伏して眠ってしまった。

●辛い記憶
 気がつくと、十四郎は病院の廊下に立っていた。
 病院内はごく普通だが、総合病院並みの大規模な作りだ。日中だというのに人気がない。薄暗い雰囲気は、廃墟が舞台のホラーゲームの始まりを象徴しているかのようである。
「薄気味悪ぃ場所だな。俺がなんでこんな所に来なきゃなんねぇんだか…」
 前髪を掻き、厄介事に巻き込まれちまったぜと悪態つくが、立ち尽くしていても何にもならないと病院内を調べようと歩き始めた。
 暫くすると、突然、背後から数名の足音と、車椅子の軋む音が聞こえた。チラリと振り向いて見ると…車椅子には拘束衣が乗せられていた。拘束衣を見た途端、心臓が高鳴ったような気がしたが、それは一瞬だった。足音がする方に振り向くと、そこには白衣を着た医師と思われる人物達が規則正しく動く機械のように足並みを揃えて歩いていた。その先頭にいる人物には、見覚えがある。11年前、家に火が放たれ家族が焼死した十四郎の父だ。
 十四郎は、物心ついた頃から10歳までの間、父が研究員として働いていた大学の付属病院に理由を告げられることなく何度も強制入院をさせられた。嫌だと抵抗しても、泣き喚いても拒んでも、家族が猛反対しても入院をさせられ、血液や細胞、脳波に至るまで、身体中全てを綿密に、徹底的に検査された。

「俺は…俺はここで…!」
 父を見たことで、その頃の恐怖が蘇る。
 実験用モルモットのように扱われ、家族と過ごした事は稀少だった辛く、悲しかった少年時代。
 叫んで廊下を走り、その記憶から必死に逃げ出そうとするが、何者かにすぐに突き当たりに追い詰められる。
「父さん!」
 思わず今は亡き父に助けを求めるが、返事は無い。

 出来損ないが。

 突然、十四郎の眼前に現れ、失望した様子で父は吐き捨てるように言うと、父を含む研究員達の姿と車椅子がすぅっと消えた。
「出来損ない…?」
 何故、そう言われなければならないのだろうか。いくら考えても、答えは出ない。
「何故…何故、俺があんたにそう言われなきゃなんねぇんだ…。一体、俺が何をしたって言うんだっ!!」
 拳を握り締め、天井に向かい自分の思いを吐き出した十四郎。悔しさのあまり歯で噛み切った口端から血が伝う。
 
●謎の少年
 暫くは沈黙が続いていたが、どこかからクスクスと笑い声が聞こえた。笑い声に気付いた十四郎は、どこから聞こえたのだろうかと辺りを見回した。
『ここだよ』
 自分と向かい合うように立っていたのは、無邪気に笑っている10歳くらいの少年だった。どことなく、外見が十四郎に似ている。
「おまえは誰だ?」
 目線を少年に合わせるため十四郎はしゃがむが、少年は十四郎から視線を外すことなく、話し続ける。

『頑張って生き残ったのに、嫌われちゃったね。可哀相に』

 ――頑張って生き残った…? 可哀相…? 俺がか?
 
 唐突に言われたその言葉を、冷静になって考えてみた。
 生き残った、の意味は判らないが、嫌われた=父に見限られたことは理解できたが、もっと深い意味があるのだろうか。
 その思考を妨げるかのように、少年は更に話し始める。

『元々壊れてた僕達を使おうなんて、無理なのにね』

 ――僕達…? 壊れてた…?

 僕達、と少年は言うが、家族や親戚からは自分に双子の兄弟がいると聞かされたことは無い。壊れてた。それの意味が全く判らない。「壊れる」という表現に適切な大怪我や精神的ショックを受けた記憶が無い。
 
『無理なのにね』
 クスクスと笑いながら、その言葉を繰り返す少年の姿は消えた。無人の暗い病院の廊下にいるのは、十四郎だけとなった。
「何なんだよ…何で…こんなことに…」
 少年の言葉のショックからなのか、十四郎は身体中の力が一気に抜け、その場にへたり込んだ。

●古い写真
 そこで目を醒まし、泣いている自分に気がつく十四郎。夢と判ってほっとするが、少年の言葉が気にかかる。
 
 ――僕達って…あいつは誰だ?

 自分の幼き頃の姿に瓜二つの「壊れていた」と言った少年の言葉を思い出す。

 ――俺達は元々壊れてた…?
 
 何度も少年が言った言葉を考えるが、結局、何も思考え付かず、何も理解できなかった。落ち着きを取り戻すと、何らかの手がかりがあるかもしれないと机の引き出しにしまった写真が入っている茶封筒の中に入っている写真を急いで取り出し、改めてじっくりと見る。11年前の夏、家族全員で行った海辺の旅行の記念写真で、全員が名所の岬の看板の前に並んで写っている。家は燃えたというのに、唯一これだけが燃えずに残っていた。焼け跡から親戚が発見して保管していたものを十四郎に送ったのだ。
 写真の中央辺りにいるのは家族だけで、夢で会った少年は写っていない。写真を裏返し、そこに書いてある文字を見る。父の字で家族全員の名前と旅行先、旅行目的が書かれている。目的は「家族としての親睦を深めるため」とあるが、ありふれた家族旅行にしてはどこか不自然である。
 封筒をくまなく調べると、内ポケットに一枚のメモがあった。家族全員の名前らしきものが書かれているが……そこには十四郎の名前がなく、別の名前が書かれていた。
「何で俺の名前が無く、知らない奴の名前が書かれているんだよ…」
 
 あれこれ考えているうちに、夜が明け、朝となった。
「…自分で調べるしかねぇか」
 思い立ったが吉日、というが、原稿を書き上げることが先だと、勢い良く一気に仕上げた。書き終えると「週刊民衆」編集部に届け、その後、行動を開始した。

 自分が何者なのか、少年の言葉は何を意味するのか。
 それを知るため、自分の過去を調べる決意を固めた十四郎であった。

<あとがき>
 氷邑 凍矢です。シチュエーションノベルのご発注、ありがとうございました。
 今後どうなるかは、来生様の行動次第ではないでしょうか。
 「決着」は「ケリ」と読みます。このほうが来生様らしいと思います。
 またお会いできることを楽しみにしております。 
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
氷邑 凍矢 クリエイターズルームへ
東京怪談
2006年12月14日

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