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『水面の逢瀬 』
空狐・焔樹3484)&露樹・故(0604)&(登場しない)

 人間という生き物はお祭り好きだ。他の生物と会話する能力が無い限り、その見方は一方的ではあるが国柄、人種柄というものが存在し総合的に見ていくと人間、日本人はお祭り好きである。
 バレンタインという別国の行事を催した、と思えば次の月にはホワイトデーなるものが控えている、年越しを祝う祭りから、宗教や国境すら越えた。いや、当人達は全く考えもしない催しの裏にある事情を無視して兎に角その祭りごとに関係のある店だけがほんの一瞬、数日に渡り一番輝くと決まっているのだ。
「人とはほんに、疲れるな」
 年末となると淡い雪が限りなく金に光る琥珀に映る。
 年始の祭りに必死に動いていると思えば日本人、この東京はその国柄とは全く別のイルミネーション、横文字の祭りにも早変わりしてい、少し道を出れば祭りに関係のある美しく着飾った店が確実に見劣りするであろう柳仙閣の二階から見え、中華の装いは変わらぬその窓から空狐・焔樹(くうこ・えんじゅ)は肘をつきながらため息を零した。
 焔樹が属する天界でも年末となれば仕事量は増える。ついでのように彼女のやる気は反比例するばかりで、気侭に下界に下りたと思えばクリスマスという祭りごとに人間達は楽しげに仕事を蟻の如くこなしていく。
(だがこの街は変わらんな…)
 人の声に弾みが加わり、いつも箱に詰まった饅頭のように押し合う街はクリスマスではなくともイルミネーションで輝いている。
 活気か、虚像か、どちらにせよ焔樹には縁の無い事であり、光る人工の明かりがよく作ったと思える、ただその程度であった。

「恋人達の祭典、か」

 ふと、街角に掲げられている文句が目に止まり眉間に皺が寄っていくのがわかった。赤と緑で縁取られるそれは非常に目立っているが柳仙閣の二階から瞳で確認できる者は焔樹、ないし人ではない者の特徴だろうか。
 バレンタイン、ホワイトデーとやらも似たような文句が掲げられる。
(全く、この国の人間は何を考えておるのやら)
 一つ違うのは、クリスマスという企画には子供も居る事であり、玩具店の広告がゴミのように街角の至る所に配置、配られているという事だ。という事は、単に恋人達の祭典という文句は子供の祭典の後ろからついてきたものだろう。
「どちらにしても履き違えておるの」
 宗教的な意味合い、歴史的意味合いを考えればこの祭りの意味はせいぜい子供に何かをやる、という程度か。そもそもそれがプレゼントである意味もさほど無い。本人の取り様によればそうなるのかもしれなかったが。
(暇だ…)
 ならば天界にお戻り下さい、焔樹様。
 一瞬そんな声が聞こえたようで、焔樹は肘をついた窓際からびくりと立ち上がり、部屋の中へ身を隠すようにして入り込んだ。
 東京の冬はいくら神とはいえ、身体の芯から冷え込む何かがある。まるで天界の部下の嘆きのように染み込んでくるそれを振り払いながら何度か迎えが来たのではないかと辺りに瞳を泳がせ、肩を竦めて青銀の尻尾を警戒させる。
「おらん、…誰もおらんな?」
 誰に問うでもなくそうごちて、ようやく安堵のため息を押し出せば、尻尾は力が抜けたようにだらりと美しい毛並みを床に垂らす。
 暇と口で言っても天界に戻る気はさらさら無く、寧ろ何か楽しいと思える事があるのならば率先して参加したがるのが焔樹なのだ。
(なにぞ、おらんと分かっていてもこう賑おうておるというのに何も無いと暇だな)
 外では飽きもせずにクリスマスソングが流れ、同じメロディーの繰り返しの中を男女や親子連れが行き交うのが見て取れる、こんな時に天界の部下に連れ帰られるのはまっぴらではあったがだからと言って何も無いというのも寂しい。
 つまりは焔樹の我侭なのである。
「あやつも…忙しいのであろうな…」
 唇が何の気は無しにそう呟いて慌てて口を塞ぐ。
 また右を見て、左を見て、誰も居ないと確信するまで金色を泳がせては静かにその眼を閉じる今の焔樹を見る者が居ないのが勿体無い。
 こんな空狐、――焔樹はきっと今日この日にしか見られぬであろうから。
 だからこそ、彼女はこうして慌てて自分を取り繕おうと必死ではあるのだが如何せん、呟いた矢先に瞳に浮かんだ翡翠色、そして漆黒の髪や穏やかな微笑みが脳裏に焼きついて離れない。
 普段はごくシンプルな服を着こなしさりげない装飾品をつけ、仕事を抜け出した時は大抵西洋式の賑やかな服を落ち着きのあるそれに着こなす彼――露樹・故(つゆき・ゆえ)、生業が奇術師である彼は今仕事に追われているのだろうか、そう考えると何故か心が浮き立ってしまう。
(いつもは食えない男だからの、偶には余裕の無いあやつも見てみたいものだ)
 そう、思ってしまう事が恋をする者とは違うと蓋をして、焔樹は物置のように何かしら天界の物が転がっている店内の装飾品を物色する。
 普段はしっかりと掃除してあるこの店も自分が何かと入用な物を置く為、それが装飾品と化している所が否めない。

「ふむ、この程度で良いか」
 用意したのは細かい細工の文字列が書かれた水盤。それに少しばかり焔樹の神力を入れてやればあっという間に世に言う監視カメラの完成である。
 神の力とはいえ、大した力を使用したわけではなく、用意された水盤の壊れぬ程度に流し込んだ力は天界の者ならば容易に見抜けるものではあったが大抵の人間、人ならざるものも破る事は不可能。人間の使用する監視カメラとは違い媒体が見えぬ為、覗かれているという感覚も無い。
「ちと、悪趣味かの?」
 心なしか悪趣味という言葉でさえ微塵もそう思わせない、子供のような明るい声を上げて焔樹は黒い中華服の袖で口元を押さえた。故とは身分も種族もなにもかも違う、ただ仕事という一つの共通点は彼を自分のように慌しくするものなのだろうか、だとしたらあの穏やかな表情が崩れているとしたならば、これ程楽しい事は無いだろう。
(悪気は無いのだからな)
 言い聞かせる事に意味は無かったが、こうして覗こうとしている身が面白くも後ろめたい。
 手を水盤にかざし、少しばかり念を入れる。逢瀬を重ねるうちに感じる故の気を感じ、水盤の瞳はゆっくりと、砂糖に寄って行く蟻のように焔樹の僕となって彼の後ろ姿を追い、彷徨う。



「難儀な事だな」
 やがて水盤の目は故の頭上からの風景を映し出す。
 何処かのスタジオの裏であろうか、外のイルミネーションとは想像もつかぬ程暗い中に染み込むような光が這い寄り故の黒髪を、煌びやかな白いタキシードや黄金に光る装飾品を輝かせている。他の者が着けたのならば安い飾りにしか見えぬ黄金も彼がつけると本当に何枚も札を積んで購入された物に見えてしまう。
 実際はどうなのか、焔樹にとってはどうでも良い事であったが。
(人間はお祭り好きだからな、あやつも苦労しておろう)
 知らず焔樹の口元には笑みが耐えない。
 柔らかくカーブを描いたいつもの故ではない、水盤に映るのは紛れも無く自分の知らない仕事をしている彼。数人のテレビ局スタッフ証を付けた人間に囲まれ何度か相槌を打ってはふいに口元を緩めている。
「気に食わぬな」
 仕事で微笑む事は焔樹にはあまりない。元々気難しい仕事が天界には転がっているのだ、口元を綻ばせるような職種ではない事は承知だが、真剣かつ楽しげに打ち合わせをする故を見ていると酷く疎外感を感じてしまう。

 光の浸食を妨げている部屋に故と数人の人間。何度か頷いた故の元にまた一人、黒いスーツの男が駆け寄り耳打ちをする。水盤の能力で聞こえる声も耳打ちの声までは拾う事が出来なかったがすぐに他の人間達と相談する声で用件は聞く事が出来た。
 出演番組が増えた、と。相当きつい予定を組んでいたのか、笑みを零していた故の顔が一瞬だけ引きつったように眉を顰める。
 それでも、少し小首を傾げたと思えば数秒も経たぬうちに彼は微笑んで出演を快諾し、スーツの男も胸を撫で下ろしながら部屋を後にしていく。
「お人好しめ」
 自らを忙しさの中へ追い詰めて、また出会った時には熟睡するのだろうか。
 そう思うと故の休日に自分がなれるという事に気分が良いのか、会える時間を先延ばしされたようで胸にわだかまりが出来たようで胸中複雑となる。
 頬を赤くしてよいのか、眉間に皺を寄せたまま腕を組んだ焔樹の眼下にその場を移動し始める故が移る。急ぎ足で出る場にはスタジオの名前が掲げられており次の行き先が楽屋か別の出演場所かと絞られて、取り巻いていた人間も何かを話したと思うと蜘蛛の子を散らしたように彼の側から離れていく。
(何を考えておるのだ)
 私は。
 戒めるようにもう一度仕事という鎖に繋がれた故を眺め、悪戯心を満たそうとすれば。
「…故?」
 思わず彼の名前を口に出してしまった。それは思いの他小娘じみていて、威厳よりも初心な少女の部分が聞いて取れるような。けれど、自らの言葉、声色の一つを考えるよりも焔樹は目の前に広がった、あるはずの無い光景に黄金を濁らせていたのだ。

 見上げる、翡翠色。
 水盤は故の上から見つめてい、到底視線が水盤の瞳に合うはずが無い。無いのだが。
(まさか、しくじったのではなかろうな…)
 胸の奥がざわざわと音を立てる。恥じらいでも他の何かでもない、胸に手を当てても消える事の無い音は無神経に焔樹の心を不安と焦りで満たしていく。
 背けられる事の無い、故の新緑の瞳は今だ、焔樹の方を水盤が無いかのように、いつか膝枕をした時に見つめあったその時のように、しっかりとこちらを見据えていて、とても水盤に気付いていない彼とは思えない。
「!!」
 水盤を通し見詰め合えば見詰め合うほど、焔樹の脳内は焦りで凍っていく。
 雨の中よりも、冬という季節よりも冷たく、焦りだした心は自分を追い込み、故と繋がっている水盤への力の制御を早く解いてしまいたいという衝動にすら駆られた。
 兎に角、自分の術が失敗したかもしれない、という状況が焔樹を急き立てるのだ。こんな風に術が失敗した事は暫く無かったというのに、水盤に手を伸ばせば手の力と神力のバランスが崩れ小さな水飛沫が黒い袖に飛び散る。
「…くっ。 私としたことが…」
 焦りのあまり水盤をひっくり返すとは思ってもいなかった。
 壊すまでにはいかなかったが、水盤には元通りただの水と、その水に濡れてしまった焔樹が焦りのあまり額に汗を浮かべて映っている。
(まさか、な…)
 失敗している筈などない。あれほど焦ってみたものの、それを確かめる術も無く、焔樹は一人そう思う事で全てを落ち着ける。暫くの空白を置いて部屋には静けさと開け放った窓から西洋の陽気な音楽が流れ、今までの何もかもを取り戻す。
 そうして、焔樹は紅を塗った唇から白い息を一度吐き、硬質な靴音と共に青銀色の尻尾は一階へと茶を嗜みに降りていった。
 今は何も考えなくて良いと、頭を何度も振って。



 祭りごとというものは人間が決めた行事であり、時期を過ぎればその形跡は跡形も無く消え去る。季節が移り変わるように、春は桜の花弁が、秋には落ち葉が残りゆくように、風情の欠片も見せず何事も無かったかのように。
「しかしそれが人というものか」
 クリスマスという祭りも同じだ、東京の街を光の洪水に仕上げたその季節はたった一日に全ての宝石を散らし、途端に焔樹の前から消えていった。
 今、夜の街を見晴らせる一帯から覗く景色はいつも自分が見る風景。少しだけ減ったイルミネーションに下品なデザインの装飾品が入った宝石箱が蜃気楼のように揺らめくのみ。
「随分と感傷的ですね」
「…ふん。 悪いか」
 いえ、と返って来る声は故の穏やかな笑みを含んだもの。いつも知らぬ間に現れ、焔樹が分かるように姿を消す男の暖かな声色、そして肩にかかる長いマフラーの感触。
「風邪をひかれますよ?」
「そこまで寒くはないわ」
 闇夜が忍び寄る高台から見える物はマフラーですらその色に染める。
 人間の女性の姿に変化した焔樹はいつも中華服の妖艶な格好で、故は白いロングコートに身を包んで強く張る声に肩を竦めた。
「なんなのだ、お前は。 今日はやけに機嫌が良いな…」
 元々故という男は機嫌が良い事が多い。けれど出会って間もなくまだ微笑み、というよりは噴出すのを堪えている密やかな吐息を隠し持っている彼に焔樹の表情は強張った。
 髪と同じ色の眉が吊りあがり、黄金色の細まるのが自分でも分かる。

 静寂に包まれた人の居ない場所、二人の空狐と魔物は警戒と笑みを浮かべながら寄り添いあう。
 まるでそれはクリスマスに恋人達がそうしていたように。耳元で囁きあうのだ。
「そういえばあの時濡れた袖は乾きましたか?」
 甘い、間接的でしかなかったあの逢瀬を。




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東京怪談
2006年12月13日

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