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『押し花によせて 』
嘉神・真輝2227)&(登場しない)



 とある休日のことだった。
 嘉神真輝は、早朝から大型雑貨店へ赴いて、工作用品や手芸用品一式を買い込むと、寄り道もせず真っ直ぐに自宅マンションへと戻った。
 低血圧のなせる業か、それとも朝が早い所為か。いつものごとく大きな瞳は眠たげに半目状態。もう少し布団の中でまどろんでから買い物に出ても良かったか、と今更ながらに思いはするが、女性が好んで入るような可愛らしい雑貨屋の袋を抱えている今の自分を、極力他人に見られたくない――特に学校関係者――という強い意志が、朝の弱い真輝を動かした。

 マンションの玄関を開けた途端、室内に篭っていたむせ返る程の香りが真輝の鼻孔を刺激する。柔らかく甘い香りではあるのだが、それも度を越してしまうと、悪臭のような気がしてくるから不思議だ。
 真輝は、抱えていた雑貨屋の袋をガラス机の上に置くと、換気をするべく窓辺へと直行し、そのまま勢い良く窓を開け放った。
 秋の冷涼な空気が真輝の頬をかすめ、匂いに満ちた自室の空気を浄化させて行く。その新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込むと、真輝は軽く溜息をついた。
「部屋ん中に居る時は解らないもんだな、香りっつーのは」
 どうりで雑貨屋の店員が「良い香りですね♪ なんのコロンですか?」などと聞いてくるわけだ、と真輝は思わず自分の着ていたシャツに鼻を寄せた。
 巷には香水をつける男も居るには居るが、流石にフローラルなものを好んでつける男は少ないだろう。
 ベランダに出ると、そこには金木犀やニラの花をはじめ、遅咲きの真紅の薔薇や、ポプリにするべく乾燥させている花々が輪ゴムで束ねられ、逆さまの状態で物干し竿に吊るされている。さらに自室へ視線を戻せば、自分でも驚くほどの大量の花が、部屋中を所狭しと埋め尽くしていた。真輝が採取したものだ。
 四季神の為に押し花を作ろうと決め、それを実行に移したのは良いが、おかげで現在真輝の部屋はお花畑状態。一歩間違えれば素敵☆乙女部屋である。
 ラミネート加工では味気が無いと、牛乳パックのリサイクル紙に花を梳き込んでみたり、画用紙に絵画の如くデザインして花を貼り付けなどしているうちに、花の形を留め難いものはポプリに。いっそのことドライフラワーなども作ってみたら面白いかもしれない、などと凝り出してしまった結果だ。
「……この部屋、今だけはぜってー立入禁止だな」
 部屋に入った瞬間の知人達のリアクションを想像して、学校の生徒も、友人も、身内だろうが何だろうが、なんびとたりとも入室する事は厳禁だ、と真輝は心に強く誓いながら、胸ポケットに常備しているKOOLを銜えると、つい先日に起きた出来事を思い返した。


*


 四季神はそれぞれの季節にのみ身を置く事が出来る、と夏の神から聞かされたのはいつだっただろう。
 一瞬さらりと聞き流してしまいそうになった言葉だが、よくよく考えてみれば、それは即ち、彼らは一つの季節しか知らないということになる。
 日本の美しい四季を、季節を司る神が見られないというのは些か理不尽な話のように思え、どうにかして四季折々に咲き誇る草花を彼らに見せる方法は無いものかと思案した結果、「四季神一人一人の為に押し花を作ってみようか」と考えるに至った。
 尤も、夏の神自らに「押し花にすれば見ることが出来る」と満面の笑みで言われた事が、大元のきっかけだったのだが。
 始めこそ、何故に男が男の為に押し花をせにゃならんのだ! と真っ向から否定した真輝ではあったが、季節毎の草花を直に目で見て触れる為には、やはり押し花が最善の策だと思い直した。ついでに、押し花を作っている時の様子を語って聞かせれば、相手をさらに喜ばせることが出来るかもしれない。

 既に夏の気配は消え、今この大地は深まりゆく秋で彩られている。
 夏秋入れ替わりの時期に、辛うじて作り上げた押し花を数枚、二人の四季神に渡すことは出来たが、どうせなら全ての四季神に、全ての季節の草花を見せてやりたいと思った。
 まさに一年がかりの大計画だな、と苦笑しながら、自宅マンションと学校の中間地点にある土手を歩いていると、見事な秋の草花が咲き誇っている様子が真輝の目に留まった。その色彩の艶やかさに、真輝は思わず近寄って押し花に出来そうなものは無いかと吟味しはじめたのだが。
「まっきちゃーん! なーに乙女な事してんのー!?」
 遠方から大声で名前を呼ばれ、何事だと真輝がそちらの方へ視線を向けると、神聖都学園の制服を着た女子生徒が数人、真輝の行動を眺めて楽しげに騒いでいた。
「やーん、花と戯れるまきちゃん! しかも超似合ってるし♪」
「写メ写メ!! ちゃんと撮った? ほら、まきちゃん笑って〜!」
 矢継ぎ早にはやしたててくる生徒達は、あろうことか花に埋もれた真輝を写メールで激写していた。真輝は乙女と呼ばれたこともあって、額に怒りマークをつけながら彼女達に向き直る。
「お前ら勝手に撮るな! つーか撮ってどうすんだ、んなもん!」
「売りさばくに決まってマース♪」
 大量に焼き増しされた自分の写真が脳裏を掠めて行き、真輝の目が一瞬点になった。次の瞬間、
「さばくなー!!!」
 真輝の怒鳴り声が周囲にこだまする。だが、生徒達は少しも悪びれる様子を見せず、むしろ「まきちゃんが怒鳴った〜♪」などと、キャーキャー楽しげにはしゃいでいる。
 真輝は片手を腰に当て、もう片方の手で頭を軽く掻くと、「これは四季神に話して聞かせる内容から大幅削除な」と大きく溜息をつき、来い来いと手招きをして生徒達を呼び寄せた。
「おーい、お前ら今暇かー? 暇だったら手伝えや!」
「何するのー?」
 真輝の声を受けて興味深々に近づいてきた生徒達に、真輝はニカッと笑顔を向けて「秋の課外授業♪」と呟いた。


*


 生徒数名を巻き込んでの草花採取は、次の日には学校中に知れ渡っていた。
 予想していた事ではあったが、廊下を歩く度に空手部の連中やら授業を受け持っている生徒達から茶々を入れられるのは、流石にストレスが溜まる。それでも、手伝ってくれた生徒の一人が「楽しかったね!」と満面の笑みを浮かべて言いに来たり、「今度は私達も誘ってね♪」と通りざまに冗談ではなく言われるのは、素直に嬉しかった。


 そんな事を思い出しながら、真輝は火のついていないKOOLを口に銜えたままベランダから自室へ戻ると、ラフな普段着に着替え、再び作業にいそしむべく、フローリングの床に座り込んだ。
 真横には、春・夏・秋・冬と区分された箱が置かれ、押し花にする為に準備した秋の花々が入れられている。
 先日までは、休日を利用して山にでも行き、そこで大量に花を取って来ようと考えていたのだが、生徒達と秋の課外授業をして以来、不思議と身近に咲く小さな花々に目が行くようになった。
 都心部やその周辺でも、季節が巡ればそれに応えて、力強く芽吹く花がある。
「身近にも花は咲いているのに……案外見えていないもんだな」
 日常に追われる日々を過ごしていると、例え自然を好む真輝であっても、そういったものに触れる機会は少なくなる。それに気付かされたのは、やはり彼ら四季神に出会えた事がきっかけなのかもしれない。

「稀少価値のある花よか、俺の身近に咲いてる花で押し花を作ってみた方が、かえって親しみがあるかもな」
 真輝は腕まくりをすると、先ほど雑貨屋で購入した和紙やリボンを袋から取り出し始める。
 貴重な休日を潰してまで押し花を作ることに何のメリットがあるのか、といわれれば、有るようで無いような。
「……何でこんなに熱中してんだ? 俺」
 と、手を動かしながら真輝は自問して首を傾げるが、答えは決まっていた。
 四季神達の喜ぶ顔が見たいのだ。

 日本の暑さは嫌いだ。けれどその暑さが植物の成長を勢いづかせるのもまた事実。
 夏にしかり、秋にしかり、全ての季節が優しさと厳しさを兼ね備えている。そして、その季節に抱かれて、命あるもの達は成長しているのだという事を、日本に来て以来真輝は特に実感していた。
「色んな恵みを貰ってるんだ。俺に出来る事はしてやりてーよな」
 一年の間に数ヶ月のみ会うことの出来る、この倭と呼ばれし国を彩る神達へと想いを馳せ、真輝は穏やかに微笑んだ。



<了>


PCシチュエーションノベル(シングル) -
綾塚るい クリエイターズルームへ
東京怪談
2006年11月30日

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