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『〜囚われぬ絆・誘拐〜 』
マシンドール・セヴン4410)&草間・武彦(NPCA001)


 夜、仕事のない草間興信所は、それは静かなものだった。
 既に時刻は夜の11時を回っている。季節柄か外の人気は絶えており、さすがに興信所の主、草間 武彦もこの時間帯に来る依頼人などいないと判断し、事務所のソファーでくつろいでいた。
 最初はテレビを見てノンビリとしていた武彦だったが、ここしばらく平和な日々が続いたせいか、この日は普段よりも随分と早く眠気が訪れてきた。
 重くなってきた頭を振って、口に銜えていたタバコを灰皿へと押しつける。

「武彦様。そのような場所でお眠りになられるのは体に障りますから、本日はお休みになられては?」

 そんな武彦の様子を見ていたらしく、事務所の書類整理を行っていたマシンドール・セヴンが、棚にファイルを入れていた手を止めて武彦に声を掛けてきた。武彦はソファーから体を起こすと、新たなタバコに火を付けながらセヴンに逆に問いかける。

「そう言うセヴンこそ、まだ充電は大丈夫なのか?今日は零が居ないからな。朝から働き通しだろ」
「大丈夫です。零様は普段から整理と掃除をこまめにされておりますので、わたくしのする作業はそう多くはありませんでした。昼にも一時充電を行いましたので、最大明日の昼までの連続稼働が可能です」
「そりゃ助かる。だが無理するなよ?零が帰ってきた時にセヴンが事務所で倒れてたりしたら、ちょっとした騒ぎになりそうだ」

 武彦がそう言って苦笑すると、セヴンも釣られて苦笑した。
 普段、この事務所で武彦の世話を焼いている零は、今日は大掛かりな仕事で遠出している。仕事の難易度はそう高くはないのだが、それでも現場までの距離、仕事に掛かる手間、そして何より、仕事の開始時刻が深夜でなければならないという条件があったため、どうしても一泊かけての仕事になったのだ。
 今頃は怪しい除霊の真っ最中だろう。明日の朝には帰ってくるだろうが、寝不足でクタクタになっているのは、想像に難くない。
 そんな中、事務所に入って真っ先に見るのが床に倒れたセヴンでは、確かに何か凄い事が起こりそうだ。
 その際の被害を受けそうなのは武彦だったが‥‥‥

「ま、無理はするなよ。今日はもう仕事もないから、俺は風呂にでも入って、早々に‥‥?」
「‥‥武彦様。お休みになる前に、申し訳ありませんがお客様がお見えになられたようです」

 カッ、カッ、カッ‥‥‥
 興信所の出入り口の外から、階段を上がる音がする。
 靴音から察するに革靴だろう。硬い革靴とコンクリートと鉄で出来ている階段は、叩き合わされる毎に音を奏で、扉越しにでも微かにその音を伝えてくる。
 音のリズムと数から見て、相手は複数だ。
 武彦は時計の時間を確認してから立ち上がる。

「夜の11時半、か。興信所は深夜営業してないんだが、な」

 それでも応対はしなければならないだろう。そもそもこの時間帯に来るような依頼は、大抵が良いことのない厄介事である。2〜3分だけ話を聞いて、早々にお帰り願おうと武彦は扉へ向かう。
 階段を上がってくる音はやがて興信所の前で止まり、予想通り、扉をノックする“コンコン”という音が鳴り響いた。武彦が扉を僅かに開けると、そこにはサラリーマンのように安っぽいスーツを着込んだ男達が並んでいた。人数は見える範囲では4人。全員黒服、黒い革靴、これでサングラスでも掛けていたら、それこそどこのエージェントだと疑っていただろう。

「はい。どなたですか?」
「夜分申し訳ありません。我々は“心霊現象総合研究所・魔獣科”所属の者です。この近辺に危険性のあるモノが逃げ込んだ可能性がありますので、それについて頼みたいことが‥‥‥お話を聞いて頂けますか?」

 武彦が背後のセヴンに振り返る。
 この近辺に危険性のあるモノが逃げ込んだというのなら、それは他人事ではない。元より武彦は、誰かが犠牲になるようなことを良しとしない性格だ。確かに厄介事ではあったが、見て見ぬふりも出来ないだろう。
 先程までは断る気だったのだが、武彦は振り返ったセヴンに、“良いか?”と、目で訊いていた。
 勿論セヴンに、断るような理由はない。武彦の戦闘力を補佐出来るのは、現状ではセヴンだけだろう。
 武彦はセヴンとアイコンタクトを成立させると、男達に向き直った。

「分かりました。お話をお聞きします。どうぞ、中へ」
「はい。ありがとうございます」
「お茶を入れましょう」

 武彦が事務所の中に男達を引き入れる。セヴンは来客者達にお茶を入れるため、給湯室に入っていった。武彦は事務所の応接室に案内しようと、振り返って部屋の中へと引き返す。
 ‥‥‥‥‥その瞬間、武彦は後頭部に鈍痛を感じていた。

「っ!」
「大人しくしていろ。帰ってきた妹が最初に見る物が兄の死体じゃあ、何が起こるか分からんだろ?」

 床に倒れた武彦の耳元に誰かが声を掛ける。いや、誰かなど分かり切っている。続いて他の者達が踏み行ってくる足音が聞こえ、チャカチャカと、銃身をスライドさせるような音が聞こえてきた。
 どうやら、自分は思った異常の厄介事を引き入れてしまったらしい。

「どうかなさいまし――――!!」
「おっと動くなよ。いくらお前さんでも、こいつを撃つことは出来ないだろう?」

 体に仕込んだ内蔵銃を使おうとしたセヴンに、殴った男が話し掛ける。
 意識が朦朧としている武彦の首を掴んで持ち上げると、サラリーマン風の男はセヴンを嘲笑うかのように武彦を盾にする。武彦は後頭部に熱い感触を感じながら、自分が人質に取られているのだと理解した。

「危ない危ない‥‥‥捕まえるタイミングを計っておかないと、こっちが問答無用で殺される所だった」

 客のフリをしていたのは、一時的にセヴンを武彦の側から離れさせるためだったらしい。給湯室から事態を察し、武彦の元に駆けつけるためには数秒間の間が必要だ。その間に武彦を無力化すれば、セヴンに撃たれるようなこともない。
 口惜しいが、この状況下ではどうすることも出来ない。それは事実だった。
 悔しげに男達を睨んでくるセヴンを観察していた男達は、セヴンが飛び掛かろうとする体勢を解いたのを確認し、ホッとしたように息を吐いた。






〜武彦〜

「‥‥‥ふぅ。ここで主も構わずに暴れ回るような奴だったらどうした物かと思ったが‥‥どうやらそうではないらしいな。助かるよ」

 武彦の後頭部を掴んでいる男がそう言った。
 その本当に安心したかのような声にはムッとしていたが、自分には抵抗することも許されない。男の仲間達は現在、この事務所の中に全員が入っている。それも銃を持って‥‥
 照準しているのはセヴンではなく武彦だ。セヴンならまだ武彦を無視すれば余裕でこの男達を排除出来る。だが人間である武彦は、流れ弾一発をとっても致命傷。この状況下では、自分の意志を持つセヴンは動かない。
 ‥‥‥そのセヴンの性格を知っている武彦にとって、これ以上の屈辱はあり得なかった。

(くそっ‥‥‥手も足も動かない‥‥)

 せめて逃げ出すことが出来ればいくらでも手の内ようはあったのだが、殴られた箇所からの出血のためか、頭にも体にも力が出ない。

「要求はなんでしょうか?申し訳ありませんが、この興信所には余分なお金はありません。能力の割には稼げていないのが現状ですので」
「それは知ってるよ。お前さんに会うために、きっちりと身辺を調べておいたからな。この男の事も妹さんのことも、きっちりと、な」
(‥‥なに?)

 セヴンが武彦の稼ぎの悪さを言ったことで一瞬だけ苦笑しそうになったが、男のセリフを半ばまで聞いた所で、余裕など無くなった。
 こいつは‥‥今、零を調べたと言ったのか?

「お前さんが抵抗して、それで死ぬのはこいつだけじゃないって事だ」
「‥‥‥! あなた達は!」
「そうカッカするな。大丈夫だ。実はな、目的は金でもこいつでも妹さんでもない‥‥お前だ」
「な!?」
(に!?)

 今度は二人が同時に驚いていた。セヴンはビクリと体を硬直させ、武彦はそんなセヴンを見つめながら、男達の狙いを思考する。

(てっきり今まで相手にしてきた奴らに雇われたんだと思ったんだが、違うのか?)

 今まで武彦が扱ってきた事件を考えると、彼を消したがっている者が居たとしてもおかしい話ではない。だがそこでセヴンこそが狙いだと男は言った。何故?セヴンのスペックから見れば確かに欲しがる者はいるだろうが、ここまでしてまで欲しい理由とは‥‥?

(くそっ、頭に血が回らない‥‥)

 出血はまだ続いているのか、もはや視界には白い霞が掛かり始めている。手足にも痺れが出始めていた。

「大人しく拘束されてくれないかな?ほれ、お前のご主人様だって、このままだと危ないぞ?」

 セヴンは男に言われ、武彦をジッと見つめ始めた。武彦は自身がどんな表情をしているかなど意識していなかったが、恐らく酷く青い顔をしていたのだろう。武彦が危険と判断したであろうセヴンは、ダラリと両腕を垂らし、キッ!と、男達を真っ正面から睨み付けた。

「‥‥わたくしを捕まえて、武彦様はどうするのですか?」
「どうもしないさ。そこの床にでも投げておくだけだが‥‥そうだな。どうしてもというなら、救急車ぐらいは呼んでやるよ」
「殺しはしない‥‥‥それは」
「保証してやる。別にこいつ個人には用はないからな。ホレ、どうするんだ?こっちにも時間の都合があるからな。出来るだけ事は迅速に行いたいんだ。何なら、こいつの腕の一本ぐらいは組織の土産に‥‥」
「持っていかなくても結構です。どうぞ。拘束するなら、好きにして下さい」
(何を‥‥言ってるんだ。‥‥‥セヴン)

 もはや声などでない。虚ろになった目でセヴンの両脇に男が二人立つのを確認する。その手には、誤作動を起こしたマシンドールを拘束するために用いられるAI停止装置を仕込んである拘束具があった。
 武彦はセヴンが拘束される様を見続けながら、それを止められない自分の無力さ加減に腹が立ってきた。
 それと同時に‥‥‥絶望も。

(セヴン‥‥やめろ‥‥セヴ‥‥‥ン)

 思考が段々と遠ざかる。もはや意識を保てるのもここまでか。



 武彦は悔しさに握りしめていた拳を開き、全身から力を失い、昏倒した‥‥‥







〜セヴン〜

 銃を突きつけられている武彦を見た時、セヴンは体に走る衝撃を確かに感じていた。人間だったのならば“心臓が跳ねる”と形容するのだろうか。
 だがセヴンはそこらの一般人達とは訳が違う。瞬時に自分がするべき事を模索し、コンマ数秒後には実行に移そうとしていた。

「おっと動くなよ。いくらお前さんでも、こいつを撃つことは出来ないだろう?」

 それでも遅かった。武彦と殴り倒した男は、握っていた銃を武彦に突きつけながら、あろう事か片手で武彦の頭を掴み、引き起こした。男の手に武彦の血が伝わり、床に血痕を作る。
 その流れる速さを見て取り、セヴンは出血の速さを知り、愕然とする。

(武彦様‥‥!)

 人間がどれほどの出血にまで耐えられるのか、セヴンは知っている。
 武彦の元で暮らすようになってからは様々な知識を持つようになったため、その武彦がどれほどの状態まで耐えられるのかも予想は出来た。
 結論‥‥これ以上男達を、そして捕まっている武彦を刺激してはならない。
 激情は頭に血を上らせる。武彦の精神を刺激して出血を増やすようなことになれば、それこそ命が危うくなるだろう。
 瞬時に使おうとしていた内蔵銃を格納すると、男達は安心したように息を吐いた。

「‥‥‥ふぅ。ここで主も構わずに暴れ回るような奴だったらどうした物かと思ったが‥‥どうやらそうではないらしいな。助かるよ」
「要求はなんでしょうか?申し訳ありませんが、この興信所には余分なお金はありません。能力の割には稼げていないのが現状ですので」

 あまり時間を掛けてはいられない。この男達の要求が飲めるようなら、早々に飲んで帰って貰うのが最善だろう。最も、これが普通なら強盗に入っておいて目撃者を残すようなことはしないだろう。しかしそれなら、もう少し別の場所を襲うはずだ。
 今は深夜。襲える場所なら、それこそ街中にある。

「それは知ってるよ。お前さんに会うために、きっちりと身辺を調べておいたからな。この男の事も妹さんのことも、きっちりと、な」
「な!?」

 男の言葉で再びセヴンの体に衝撃が走った。いや、今度は凍り付くと言った方が的確だろうか?
 零は今日、遠出の仕事で明日の朝までは帰れない。つまりは護衛も無しに一人なのだ。男達が組織として動いているのならば、そっちを押さえているのは当然だった。
 マシンドールであるにもかかわらず、セヴンは震えそうになる手を押さえつけた。
 現状でこの状況を打破出来るのはセブンだけだ。ここでセヴンの心が折れでもすれば、それこそ武彦と零の命はない。
 武彦とて零のことを聞いて平常心ではいられないのだろう。明らかに憤りを感じているらしく、握り拳を作っている。

(お願いします武彦様。今は‥‥‥)

 眠っていて欲しいと、セヴンは自分が残酷なことを思っているのを自覚した。
 人間最も回復力が高まるのは睡眠をとっている時だ。体から余分な力を抜いておかなければ、それこそ本当に死んでしまう。
 この男達が何を要求してきても、セヴンは受け入れる覚悟を決めていた。しかしその条件を飲むのと引き替えに、武彦と零の安全を保証して貰わなければならな――――

「大人しく拘束されてくれないかな?ほれ、お前のご主人様だって、このままだと危ないぞ?」

 セヴンは、男の要求に愕然とした。

(わたくしが‥‥目的?)

 セヴンに対しての報復?違う。この男達は、セヴンのマシンドールとしての体が欲しいのだ。
 そこまで理解が及んでも、セヴンは愕然とした内心を押し止めることが出来なかった。

(わたくしがここに居たから‥‥‥‥武彦様は‥‥)

 武彦や零がこのセヴンの心を聞いたら、絶対に“違う!”と叫んでいただろう。もしかしたら、そのままセヴンに説教でもしていたかも知れない。
 しかし今のセヴンを止める者は誰も居ない。元より、ここで断れば間違いなく武彦は殺害され、セヴンは居場所を失うだろう。
 だが、捕まるよりも早く‥‥

「‥‥わたくしを捕まえて、武彦様はどうするのですか?」
「どうもしないさ。そこの床にでも投げておくだけだが‥‥そうだな。どうしてもというなら、救急車ぐらいは呼んでやるよ」
「殺しはしない‥‥‥それは」
「保証してやる。別にこいつ個人には用はないからな。ホレ、どうするんだ?こっちにも時間の都合があるからな。出来るだけ事は迅速に行いたいんだ。何なら、こいつの腕の一本ぐらいは組織の土産に‥‥」
「持っていかなくても結構です。どうぞ。拘束するなら、好きにして下さい」

 殺しはしない‥‥男の言葉を信じていた訳ではない。だが信じるより仕方がない。
 男達が寄ってくる。手に持っている拘束具は知っている。タチの悪い拘束具で、マシンドールのAIその物を“停止”させるという品物だ。アレを付けられれば、それこそセヴンの思考は闇に閉ざされ、外されるまで一切の意志が凍り付く。
 ‥‥‥だが抵抗する訳にも行かなかった。次に目覚めた時にこの意識があるのかどうかも分からない。その恐怖を前にしても、武彦の見ている前で不安そうにすることだけは、セヴンは許さなかった。

(ごめんなさい。武彦様。零様‥‥)

 セヴンの体に拘束具が取り付けられていく。手足に枷が填められ、首の後ろに冷たい感触が――――

「それじゃあな。さようなら、お嬢さん」
(! 武彦様!!)

 バチッ!
 首の後ろ、外部装置取り付けソケットから電撃が入り込み、セヴンの体に痺れが走る。充填の時のように心地良い眠りではない。まるで虚無に還るように、セヴンの体からは自由どころか、感覚その物が消えていく‥‥‥

(ごめんなさい‥‥‥)

 次に会う時、自分はどんな顔をして武彦の前に立っているのか‥‥‥
 いや、再び会うことが出来るのか‥‥‥
 セヴンは流れない涙を流しながら、深く、闇の中に沈んでいった‥‥‥






〜参加PC〜
4410・マシンドール・セヴン

〜後書き〜
 お久しぶりです。メビオス零です。
 相変わらずの納期ぶっちぎり野郎ですが、また発注して貰って嬉しい限りです。
 さて、今回は三部作とのことで、誘拐編と言うことになりました。
 武彦とセヴンの視点を変えての描写‥‥どうだったでしょうか?
 微妙に武彦を苛めすぎたというか‥‥う〜む、ちゃんと最後まで生き残ってくれるのか?まぁ、丈夫そうだから大丈夫か(爆
 またご意見、ご感想などがありましたらお手紙下さい。いつでも受け付けております。
 では、改めまして、今回のご発注、誠にありがとうございました。(・_・)(._.)

PCシチュエーションノベル(シングル) -
メビオス零 クリエイターズルームへ
東京怪談
2006年11月21日

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