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『謎の守崎家 〜ある日の乱れからくり〜 』
守崎・啓斗0554)&守崎・北斗(0568)&(登場しない)

 私鉄沿線のとある駅の、裏手の山に向かって徒歩15分の場所に立地する、築数百年にも及ぶ総木造の迷路状建物。部屋数は無数、というかカウント不可能。狐狸妖怪魑魅魍魎、各種在住。
 それは、巨大アパート「あやかし荘」の説明に他ならぬ。だが、あやかし荘にほど近い、小高い丘の上にある守崎家もまた、似たような存在なのだった。
 ちなみに徒歩15分というのは、東京在住の人間にはさして苦ではないけれども、ご近所の家を訪ねるにも自家用車移動がポピュラーな地方人にとっては、痛む足をさすりながら涙目で抗議したくなる距離である。
 えてして、世の中のイメージとは裏腹に、都会人の方が徒歩移動に慣れている分、足が丈夫だったりするのだ。
 ――それはさておき。
 この守崎家、築年数こそ数百年とまではいかないかも知れないが、外見のボロさ加減と内部に仕掛けられた高度なトラップの数々においては、あやかし荘に勝るとも劣らない、超絶技巧の粋を極めたからくり屋敷なのである。
 一見した限りでは、古いだけの木造平屋建住宅に過ぎない。しかし、ひとたび、引き戸をがらりと開け、屋敷内に足を踏み入れたその瞬間、哀れな闖入者はあれよあれよという間もなく、矢継ぎ早に繰り出されるからくりの渦にもみくちゃにされる。
 それが不埒な泥棒であれば、トラップから命からがら這い出してきた時にはもう、魂を抜かれたかのように再起不能になっているので、犯罪都市東京にささやかな平和を呼ぶ一助にもなろうというものだ。だが、うっかり引っかかったのが、ご近所にお住まいの妖怪や物の怪、魑魅魍魎の誰かさんだったりする場合、あとのフォローが何かと大変である。
 人間同士のお付き合いでさえ気を使うのだから、相手が人外ともなればなおのこと。しかし、姑獲鳥(うぶめ)や絡新婦(じょろうぐも)といった、今をときめく妖怪のお姉さんあたりに、あたしが罠に掛かっても仕方ないって思っているのねッ? などと逆ギレされても、飽くなき挑戦者はその手を緩めない。
 ――日々是、精進あるのみってヤツだよな。ってか、腹へった〜。
 この家のからくりを仕込んでいるのは、弟の北斗の方だ。
 天高く、馬を始めいろんなものが肥える、食べ物の美味しい秋のこととて、スーパーでの買い食いの合間に、あるいは草間興信所での貰い食いの合間に、もしくは落ちかけの柿をキャッチしたり、そこら辺に散らばっていた栗を茹でたりする拾い食いの合間を縫って、大いなる仕掛けの作成に尽力しているのである、が。
 からくりまみれのこの屋敷に於いて、実のところ、淡々と冷静な日常生活を営むのが可能なのは、何故か、兄の啓斗のほうである。
 仕掛けた本人のはずの北斗は、部屋の中がいつの間にか巨大ボードゲーム状態になっているのに驚愕したり、トイレのドアが計26回スライドさせないと動かない秘密扉になっていて、しかも開いた途端虎ばさみに挟まれて宙づりになったり、最下段に靴下をしまってある七段箪笥が、その引き出しを開けるためには他の引き出しを計128回開け閉めしなければならず、やっと開いたと思ったら左右バラバラの靴下しか残ってなかったり(これはからくりとは無関係の悲劇だが)する日々に、日夜翻弄されている。
 何故、そんなことが起こるかというと、北斗の仕掛けたからくりを、啓斗がこっそり、暇つぶしがてらに改造しているからであって――

 ◇◆◇ ◇◆◇ 

 とある晩秋の、夕餉前のこと。
 鮮やかな夕焼けが西の空を染め、守崎家の屋根瓦をも金色に照らし出す。
 甲高い声を上げ、飛び交うのはヒヨドリの群れ。あやかし荘の露天風呂からは、楽しげな歓声が聞こえてくる。
 ……そんな光景には目もくれず、啓斗は今日も今日とて、からくり改造にいそしんでいた。
 こつこつこつこつ。黙々黙々黙々。ぎぃいいいいい(何やら螺子を巻く音)。ぐがががががげごが(説明不能)。
 座布団の上にきっちりと正座して、平常心そのものの表情で作業しているさまは、まるでお茶席にでもいるようである。
 改造作業はいつもどおり快調だった。啓斗の顔に満足げな表情が……浮かんだかどうかは余程の手練れ(何の?)でないと判別はつかないのであるが。
 しかし、好事魔多し。
「あ」
 啓斗は微かな――本当に微かな声音を発した。
 ほんの少し、手元が狂ったのである。
 からくりは、わずかな誤差が、そのシステムに多大なる影響を及ぼす。
 それが、精密であればあるほどに。

 ぐらり、と。

 ……いや、そんななまやさしいものではなく。
 右に左に、家が揺れた。

 いくつもの隠し扉が、まるで回転扉のようにぐるぐるし始める。二重天井がすぽっと剥がれ、隠してあった400種類以上の手裏剣が、雨あられと降ってくる。
 屋根裏の刀隠しからは、日本刀の逸品が何本もこぼれ落ち、さくっさくっと畳を突き刺す。その拍子に、畳裏に仕込んであった地下道への隠し階段が反転し、逆さまになって床板を突き破る。
 ちゅど〜ん。どん。どーん!
 行きがけの駄賃のように、壁の隠し倉庫に納めてあった火薬玉が、炸裂した。
 啓斗の真横に、ぽっかりと深い落とし穴が口を開ける。それは本来、地下道に連結しているはずの空井戸であり、さらに井戸の奧には抜け道があって、根気よく進めば草間興信所の冷蔵庫裏につながるのだけれども――どこで何がどう暴走したやら、からっぽのはずの井戸から、どどどどど、と水が噴出する。
 その水は、塩辛かった。すなわち、海水である。
 どこで何がどう(以下略)間欠泉のように吹き上がる海水に乗って、小ぶりのホオジロザメがざっばーんと跳ね上がった。
「……困ったな」
 そんな状態になっても、啓斗はそう呟いただけだった。
 無表情かつ冷静なまま、すっと手を差し伸べて、びちびち動くホオジロザメを受け止める。
 もちろん、正座は崩していない。
 それは忍者修行の成果として、米俵ひとつ分の重さ(約60kg)を、指2本で支えることが出来る啓斗ならではの、余裕であった。
 
 ◇◆◇ ◇◆◇ 

 そのころ、北斗が何をしていたかというと。
 ご多分にもれず、こそっと絶好調に買い食いまっしぐらである。
 ただでさえ、買い食いというのは楽しい。それが禁じられているとなればなおのこと、タブーを破る甘美な耽美に元気にうっとりだ。
 ……途中からどんな心理状態なんだかワケわからなくなっているが、ともかく北斗は、食べ盛りの青少年の食欲を存分に爆裂させ、スーパーを彩る秋の新製品を片っ端から美味しく食べたのだった。
 すっかり満足し、徒歩15分の道程を意気揚々と帰ってきたところ。
(あれ?)
 どうも、家の周辺が騒がしい。
 火薬玉が破裂する音が連発しているし、ときおり、間欠泉のようなものも吹き上がっているではないか。
 間欠泉は、あやかし荘の男湯の風物詩であるが、守崎家にそんな気の利いた設備はないはずである。
 あるのは、隅々まで張り巡らした、からくりのみ――
 いやーな予感がして近づけば、案の定だ。
 ご近所にお住まいの(あやかし荘住人以外にも、一般人のご近所はいるのだ)顔見知りの奥さんたちが、遠巻きに家を見ている。
「んまあ、奥様。今のごらんになりました? 守崎さんのお宅の屋根で、ホオジロザメがジャンプしてるわよ」
「あれはサメなの? イルカかと思ったわ」
「イルカもいたわよ。あと、シャチもマッコウクジラも」
「ダイナミックねぇ」
「双子ちゃんは、手品の練習中なのかしらね」
「大がかりなからくりかもよ。花火とからくりのコラボレーション」
「花火屋だけじゃなくて、からくり師も目指すつもりなのかしら」
「若いのに熱心ねえ」
「ふたりとも偉いわぁ。一所懸命に頑張っているのね」
 ……何だか、いい話になっているようだ。
 奥さん方に見つからぬよう、そーっと通り過ぎて家に入ろうとして……。しかし、あっさり指さされてしまった。
「あら北斗ちゃん」
「お出かけだったの? お帰りなさい」
「家にいるのは、お兄ちゃんだけだったのね。早く、手伝ってあげなさい」
 気配を殺した忍者の動勢を見抜くとは、主婦、恐るべし!
「あはは。こんちは。じゃ、そゆことで!」
 脱兎のごとく、その場を去る。平凡な一般男子高校生を標榜したい北斗にとって、「あのお家、変わってるのよねー」と噂されるのは、たとえそれが好意に満ちたものであったとしても、恥ずかしいお年頃なのである。

(何てこった)
 この騒動はおそらく、啓斗の改造が原因なのだろう。
 きっと、押さえ部分の螺子を、巻きすぎたかどうかしたのだ。
(まったくもう)
 北斗は、屋根の上にひらりと跳躍する。
 玄関からは、大量の海水と共に、海老、イカ、蟹、ウニ、マグロといった海の幸が溢れ出ている状態で、とてもじゃないが、普通に出入りできないからだ。
 間欠泉が吹き出さないタイミングを見計らって、開いた穴から飛び降りる。屋根裏をつたい、2階部分の二重天井裏へ。とっちらかっていた手裏剣コレクションを拾い集め、もとの場所に並べ直す 。
 畳をだめにした日本刀も、納められるべき場所に収まった。刀を畳から引っこ抜いた瞬間、反転していた隠し階段がまたもやくるんと回転し、定位置に戻る。その辺、からくりは便利である。
 さらに、ちゅど〜ん、どど〜んと、景気の良い音と光を立て続けに繰り出してくる火薬玉をひらりひらりと避けながら、くるんと(今度は自分が)1回転。
 すとんと、啓斗の隣に降りたった。落とし穴ぎりぎりの絶妙な位置は、あえて点数をつけるとしたら、評価9.0。
 ホオジロザメを持ったまま、啓斗はまだ平然と正座している。
「啓斗! 何でこんなことになったんだ」
「改造したから」
「そんなの見りゃわかるって。原因を聞いてんの!」
「螺子、かな」
 必要最小限の説明しかしない啓斗にがっくりし、予測通り、巻きすぎだった螺子を調整する。

 暴走は、何とか止まった。

 ◇◆◇ ◇◆◇ 

「あのさ、そもそも、何で改造なんかするんだよ?」
「日常の鍛錬の為だ」
 さらっと言われて、北斗は脱力する。
「……っそ。ま、いいや。……で、晩飯は?」
 一連の対処に頑張ったおかげで、買い食い分はすっかり消費してしまい、北斗はお腹ぺこぺこだった。
 啓斗は、非常に意外なことを聞いた、という表情になり(これも、マニアじゃないとわからない変化だが)、ひとこと。

「あ」

 ――夕餉のことはすっかり、忘れていたのである。
 
「仕方ない。食べるか?」
「何を?」
「これ」
 歯を剥くホオジロザメを、啓斗は抱えたままだった。
「食えんの?」
「……おまえなら」
「……料理してくれたら、考えてもいっけど」
 空腹に耐えかね、北斗は頷く。
 そして、放心状態のあまり、彼はまだ、気づいていない。

 玄関先には、先刻の海の幸がまだたくさん散らばっていて、ご近所の奥さんたちが、ちゃっかりとテイクアウト中だということに。

 
 ――Fin.
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
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東京怪談
2006年11月20日

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