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『Jack-O'-Lanternを、みっつ 』
藤井・蘭2163)&藤井・葛(1312)&藍原・和馬(1533)&(登場しない)

 お祭りが近づく雰囲気というのは、とても愉しい。非日常の演出がなされる街の風景は、うきうきと心を騒がせる。
 一年中でいちばん、楽しみなイベントはなぁに、と聞かれたなら、藤井蘭は少し考えたあと、「クリスマスかなぁ、なの?」と呟くのが常ではある。街中が緑と赤のクリスマスカラーで埋め尽くされ、華やかなイルミネーションに目を奪われる、あの季節。指折り数えてその日を待ち望み、大好きな人たちへのプレゼントをどうしようかと考えて――
(でもでも、ハロウィンも、楽しみなの! 今年は、予定がいっぱいなの!)
 晩秋にさしかかる今、街で目につくのは、怖いような可笑しいような、不思議な顔に造型された大きなかぼちゃである。
 蘭は、仲良しの友だちから、ハロウィンパーティに誘われていた。嬉しくてふたつ返事でOKしたものの、実のところ、ハロウィンという祭りがどんな謂れを持ち、本来はどういう風に過ごすべきものであるのか、よくわかっていない。
 大きなかぼちゃをくり抜いて作ったちょうちん(ジャック・オー・ランタンと言うそうだ)を飾ったり、モンスターの格好をして練り歩き、「トリック・オア・トリート(お菓子をくれなきゃ悪戯するぞ)」と大人たちを茶目っ気たっぷりに脅し、お菓子をもらったり――どうやら、そういうことをするらしいのだが。
「ぼく、まだ、世間しらずなの?」
 店頭に並ぶハロウィングッズをウインドウショッピングしてから藤井葛の部屋に戻り、ちょっと心配になって尋ねてみる。
 論文用の資料を読んでいた葛は、小さな居候の真剣な表情を見て、灰色の本をぱたんと閉じた。
「いや? 蘭くらいの知識があれば十分だろう? 日本人は、海外の祝祭や慣習をアレンジして取り入れるのが好きだからな。クリスマスやバレンタインは……その、商業的効果もあって、別目的のために活用されてるし……」
 恋人たちの祝祭として、すっかり日本の風土に溶け込んだ感のあるイベントを引き合いに出して、葛は口ごもる。
 自分もまた、その恩恵を受けていなくもないことに、思い至るからである。
「……商業的効果といえば、何でサン・ジョルディの日が定着しなかったんだろうって、父さんががっかりしてたっけ」
 4月23日に、男性から女性に花を、女性からは男性に本を贈る、という「サン・ジョルディの日」は、生花業界と出版業界が手に手を取ってキャンペーンを行いながらも、残念ながらうまくいかなかった代表例である。
 フラワーショップを経営している葛の実家では、年間を通し、イベントを考慮して商品を仕入れている。願わくば、サン・ジョルディの日が日本中に一大旋風を巻き起こしますように、もう仕入れが間に合わなくなるくらい、と、祈ってやまなかった業界の一員だった。
 しかしまあ、それは今となっては、過ぎ去りし春の記念碑だ。秋風がひときわ涼しいこの時期に入荷する、紅あおいやガーベラ、サザンクロスや羽衣ジャスミンに加え、現在、フラワーショップの店先を飾っているのは、いくつものお化けかぼちゃだったりするのだから。
 ハロウィンは、日本に根を下ろしつつあるのだ。少なくとも、サン・ジョルディの日よりは確実に。
(ハロウィンか……)
 和馬はどうするのかな、と、葛はふと思う。
 仕事だろうか。それこそ、何かのイベントに駆り出されて、モンスターの着ぐるみの中にでも入っていそうだけれど。
 その日の予定を聞いても聞かれてもいないし、特に約束もしていない。
 当然と言えば当然で、万聖節前夜という、あまり馴染みのない名称の日に、何を理由に会ったらいいんだか――
 もの思いにふけりかけた葛を、蘭の無邪気な問いかけが呼び戻す。
「持ちぬしさんは、ハロウィンの夜は、おひまなの?」
「……おひま……」
 もっと資料を探して読み込んだり、論拠の確認のために教授の意見を聞いたり、やるべきことは常にある。だが、蘭が聞きたいのはそういう意味ではないこともわかっている。
「……うん。今のところは」
「よかったなの。そしたら、持ちぬしさんを『よやく』なの」
「あれ? 俺はいいけど、でも蘭はその日、暇じゃないだろう? あんなに楽しみにしてたパーティに行くんだから」
「そうなのー。だけど、子どももたくさん参加するから、夕方には『おひらき』になるらしいの」
 だから、だからね、と、蘭は瞳を輝かせる。
 どうやら蘭は、フラワーショップでお化けかぼちゃを見たらしいのだ。それがどういうものなのか店主に説明を受け、大いなる興味を示したようだった。
「ぼくね、3人で、じゃっく・おー・らんたんを、作ってみたいなの」
 あの大きなかぼちゃをくり抜いて、自分でちょうちんを作りたい。できれば、葛や和馬と一緒に。それはきっと、わくわくする作業に違いない。
 蘭は勢い込んでそんな意味のことを言う。
「――ああ。そう言えば」
 数日前、葛が実家に顔出ししたとき、店では、ハロウィン用かぼちゃが飛ぶように売れていた。そんな中、当日入荷したてのうちのみっつ、大きいかぼちゃふたつと、小さなかぼちゃひとつに、【特別予約スペシャルエクセレントお取り置き】とかいう紙を、店主は貼っていたのである。
「もしかして、あの予約……?」
「はいなのー。ぼくがおねがいしたの。パパさんにはないしょだけど、かずまにーさんが、『すぽんさー』なの」
 にこにこと言う蘭は、なかなかにやり手である。
「手回しがいいなぁ」
「えへへー。それでね。かずまにーさんの予定も『よやく』してるのなのー」
 葛はさらに驚いた。まるで心を読まれているようだ。
 この幼いオリヅルランは、いつの間に、これほど頼もしくなったのか。
「……蘭」
「何ですか、なの?」
「今、すごくかっこいいよ」
「まかせてなの。みんなでハロウィンなの! じゃっく・おー・らんたんを作ったら、こんどはモンスターになってとりっく、おあ、とりーとなの! かずまにーさんも、持ちぬしさんも」
 ……やっぱり、まだまだ子どもだと思い直し、葛は笑う。
「全員でモンスターに仮装したら、誰もお菓子をくれないぞ?」
 蘭は、がぁーんと衝撃を受け、がっくりした。
「……そうだった、なの……」

 △▼△ ▼ △▼△

 そして、万聖節前夜。
 昼過ぎに、ドラキュラ王子の扮装をしてパーティに出かけた蘭は、陽が落ちるころ戻ってきた。
 友だちと会場を目指して歩く道中、どうやら界鏡現象に巻き込まれ、ひと冒険したらしい。帰ってきてしばらくは、興奮醒めやらぬまま、甘いお菓子の香りの沁みたマントを翻し、そのときの情景を葛に語り続けた。
「それで、まおうさまがね……」
「うんうん。ふたりがものすごい活躍をしたことはわかった」
「かずまにーさんにもお話しするのー!」
 まだまだ語り足りない蘭は、扮装を解かずに葛の手を引っぱって、和馬のアパートに向かう。

「よウ、蘭。……こりゃあまた、良くできたドラキュラ服だなぁ。へーえ」
 蘭の衣装の緻密な作り込みように、和馬は目を見張った。マントの裏を見たり、シルクハットをひょいと手にとって、しげしげと眺め、自分の頭に乗せてみては感心する。
「こんなの、よく作ってもらえたな。いい友達を持ったな、蘭。大事にしろよ」
「はいなのー!」
「やっぱ、ハロウィンったら、仮装だよな」
「かずまにーさんには、持ちぬしさんが作ってくれるの!」
「おオ! 今、蘭がいいこと言った!」
 葛はといえば、すでに台所に並べられているお化けかぼちゃ3個を前に、大きめのカッターを構え、思案している。和馬は、ささっとそのそばに走り、胸の前で手を組んでみる。
「持ち主さん持ち主さん。俺にもおようふくを作ってほしいのなの!」
「蘭の口真似をするなぁ!」
「うわ、葛。カッター持って振り向くのはやめろー。ツッコミはせめてハリセンで!」
「……衣装、何がいい? 狼男の着ぐるみとか?」
「お、おおおおおかみ?」
「いや、おかみじゃなくて狼」
「おおお狼男は、似合いすぎるってーか、しゃれにならないってーか、諸事情により別のコスプレでひとつ」
 葛に他意がないのはわかるにしても、和馬はぎくりとして大汗をかく。
 葛の方は、淡々とした表情なので伝わりにくいが、単なる冗談のつもりだった。第一、今から縫製を始めようにも素材があるわけではないし、間に合わない。
 なんといっても今夜のメインイベントは、お化けちょうちんの作成なのだから。
「それはともかく、パンプキンカービング(かぼちゃの彫刻)を始めるよ。蘭と一緒に、手頃なフリーサイトから型紙をダウンロードして、プリントアウトしてくれる?」

 △▼△ ▼ △▼△

「蘭ー。型紙の、目と鼻と口の部分を切り抜いて」
「わかりましたなのー。……んと。これでいいのなの?」
「おお、器用だな。よっし、俺はかぼちゃのへたに切り込みを、っと。ここはちょっと力がいるからな」
「へたが取れたら、はい、次はこれ」
「持ちぬしさーん。『おたま』を何につかうのなの?」
「中身を取り出すんだよ。わたや種が詰まってるだろう?」
「ほく、やってみるの!」
「がんばれ、蘭」
「中を削り取る感じでね。そうそう、うまいうまい」
「くり抜いたら、いよいよ顔の彫刻だな。……だめだ俺、絵心ねェんだよ」
「型紙どおりにすればいいんだから、絵心の問題じゃないと思うけど」
「いや、ほれ、バランスつーか。ずれると福笑いみたくなるだろう?」
「蘭、挑戦してみる?」
「う、うん。がんばるなのー!」

 △▼△ ▼ △▼△

 そして、ジャック・オー・ランタンは完成した。
 ちょっと鼻が丸かったり、目元が垂れていたりするが、その辺はご愛敬である。
 ご満悦の蘭は、ドラキュラマントをなびかせてとっとこ走り回り、和馬の前で立ち止まって両手を広げる。
「とりっく、おあ、とりーとなの!」
「ほほう。サマになってるなあ。ホントに、ちみっこい吸血鬼みたいだ」
 腕組みをする和馬に、葛がそっと包みを渡す。
(和馬。蘭にこれあげて。トリック・オア・トリートには、ハッピーハロウィンって応えるんだよ)
 前もって用意していた手作りのクッキーは、ミニかぼちゃの喜怒哀楽の表情各種詰め合わせである。かぼちゃ模様の布でくるみ、リボンの結び目を、コウモリ型のシールで止めていた。
(そのお約束は知ってるが、前々から気になってたことがあってな)
(なに?)
(大抵は、お菓子を渡して事なきを得るんだろうが、渡さなかったらどうなるんだ?)
(そりゃ……。悪さをされるんだろ?)
(どんな?)
(……さあ?)
 和馬と葛は、しばし揃って考え込む。
 蘭はきょとんとして、ふたりを交互に見た。
 顔を上げた和馬が、にやりと笑う。
「この機会にぜひ聞きたいぞ、蘭。もし、お菓子を渡されなかったら、どんな悪さを考えてた?」
「ええー?」
 可愛らしいドラキュラは、とたんにおろおろする。
「えっと、うんと、悪さ? って、いけないこと……? かずまにーさんや持ちぬしさんがこまっちゃうこと、なの?」
 いきなり、今から超難関進学校のお受験用問題を連続30問、5分以内に回答せよさあさあ! と言われでもしたかのように、蘭は眉をぐっと寄せる。が、まもなく降参してうつむいた。
「……考えたことなかったなの……。わからない、なの……」
「あー、そらそうだよな。よりによっておまえに、妙なこと聞いて悪かった。ほれ」
 黒いオーガンジーのリボンが、ふわりと風を起こし、しゅんとしたドラキュラの頬を撫でる。和馬がお菓子の包みをトスしたのだ。
 次の瞬間、蘭の腕の中には、カボチャ模様のかたまりがすっぽりとおさまった。
「Happy Halloween!」
「わぁい! とりっく・おあ・とりーとなの!」
「あのさ。その順番、逆だから」
 まあいいけどね、と、葛は肩を竦め、出来上がったジャック・オー・ランタンをひとつ、手に取る。
「そろそろ、灯をともすよ?」
「おっしゃ」
「はいなのー!」
 片手にかぼちゃを、片手に蝋燭を持って窓辺に移動する葛のあとを、ふたりは素直についていく。
 和馬も蘭も、それぞれ自分のかぼちゃを持って。

 △▼△ ▼ △▼△

 ハロウィンの夜、そのアパートの前を通りかかった人々は、ふと足を止め、とある部屋の窓に視線を投げる。
 そして、何となく暖かな気持ちになり、また歩き出す。
 
 その窓辺には、みっつのJack-O'-Lanternが並び、ほのかなオレンジ色のひかりを放っていた。
 ふたつの大きなかぼちゃに挟まれて、真ん中の小さなかぼちゃが、ひときわ楽しげに笑っている。

 東京の夜空は晴れ渡り、満天の星が地上を見つめ――どこからか虫の音が、聞こえ始めた。

 
 ――Fin.
PCシチュエーションノベル(グループ3) -
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東京怪談
2006年11月20日

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